- 作成日 : 2025年10月6日
M&Aにおける偶発債務とは?具体例や会計基準、リスク回避について解説
M&Aを検討する上で、多くの経営者や担当者が不安に感じるのが「偶発債務」です。見落とせば予想外のコスト負担が生じるだけでなく、経営計画が大きく狂う可能性もあります。
本記事では、M&Aにおける偶発債務の基本的な意味から具体例や会計基準での扱い、リスクを回避する方法を解説します。偶発債務が発覚した場合の対応にも触れていますので、ぜひ参考にしてください。
目次
M&Aにおける偶発債務とは?
偶発債務とは、将来の不確実な出来事によって発生する可能性のある債務です。係争中の訴訟リスクや、他社の債務を保証している保証債務などが該当します。
その時点で確定した債務ではないため、貸借対照表には計上されず、重要性の高いものは財務諸表の注記として開示されます。
M&Aにおいて偶発債務が注目される理由
M&Aにおいて偶発債務が注目される理由には、買収後に予期せぬコストが発生するリスクが潜んでいるからです。
一方で、M&Aの時点では確定していなかった訴訟が、買収後に敗訴して多額の賠償金が発生したり、他社の債務保証が実行されて損失を被ったりする可能性もあります。
このような見えにくい負債は、買収の価格交渉や契約の成否に直接影響を及ぼします。その上で、買い手企業は偶発債務が顕在化した場合の財務的な影響を、正確に評価しなければなりません。
また、M&Aのプロセスにはデューデリジェンスと呼ばれる財務の詳細な調査を行い、潜在的な偶発債務を徹底的に洗い出すことが不可欠です。これにより、リスクを踏まえた適切な取引価格を決定したり、契約内容にリスクヘッジ条項を盛り込めます。
簿外債務との違い
偶発債務は簿外債務と混同されやすいですが、両者には明確な違いがあります。
簿外債務は、すでに発生しているものの、帳簿や決算書には計上されていない負債です。たとえば、従業員への未払いの残業代、適切に処理されていない退職給付債務などが該当します。
これらの債務は、過去の取引や事象の結果として発生しており、支払い義務が確定しているのが特徴です。
一方で、偶発債務はまだ確定しておらず、将来の不確実な出来事によってはじめて発生する可能性がある債務です。
両者の違いを理解するためには、現在・未来を時間軸で区別するとわかりやすいでしょう。
引当金との違い
偶発債務と引当金は、会計上の基準で厳密に区別されます。
偶発債務は、発生する可能性や金額が不確実で不明確なものです。一方で引当金は将来の費用であり、発生の可能性が高く、発生が当期以前の事象に起因します。
たとえば、金額がある程度合理的に見積もれる場合に、企業の財務状況をより正確に反映させるために計上されます。貸倒引当金や退職給付引当金、製品保証引当金などがあげられます。
これらは、将来の費用としてすでに負債に計上されている点が特徴です。そのため、M&Aの際には違いを正しく理解し、会計基準にもとづいて評価することが求められます。
偶発債務は「未知の負債リスク」や、引当金を「既知の負債」として捉えることで潜在的なリスクを把握できます。
偶発債務の具体例
偶発債務の具体例を知ることで、M&Aにおけるリスクをより深く理解できます。ここでは、代表的なものを5つ紹介します。
訴訟リスク
M&Aの対象企業が、取引先との契約トラブルや顧客からの損害賠償請求などの訴訟リスクを抱えているケースは、偶発債務の典型例といえるでしょう。
訴訟の進行中にM&Aが成立し、買収後に敗訴した場合は、買い手企業が多額の賠償金を支払う義務を負う可能性があります。
知的財産権の侵害や従業員からの訴訟など、長期化しやすい法的リスクは、M&A後の経営に深刻な影響を与えることがあります。
対象企業が法的問題を過去に抱えていないかを、法務デューデリジェンスを通じて詳細に確認し、契約書にリスクヘッジ条項を盛り込むことが不可欠です。
未払賃金
未払賃金は、従業員への残業代や退職金などの支払いが適切に行われていない場合に発生します。そのため、可視化されにくいリスクといえるでしょう。
労務管理が不十分な企業に多い傾向で、発覚するとM&A後に従業員から訴えられたり、労働基準監督署の調査が入るなど、多額の支払いが発生する可能性があります。このような未払いの賃金は、法律上の義務であるため、支払いを避けられません。
未払賃金のリスクは、残業代や退職金の未払いがあっても帳簿に表れにくく、実際には勤怠記録や賃金台帳などの資料を突き合わせてはじめて明らかになるケースが多いです。
そのため、人事デューデリジェンスでは潜在的な未払賃金リスクを特定することが、買収後の人事統合(PMI)をスムーズに進める上で不可欠となります。
債務保証
債務保証は、子会社や取引先が借り入れたお金について、親会社が返済を保証する契約です。もし保証先の企業が経営破綻した場合、保証人である買い手企業が債務を肩代わりしなければなりません。
この義務は、保証先の倒産という偶発的な事象によって発生するため、M&Aの際に重要な偶発債務となります。そのため、M&Aの際には対象企業が結んでいる保証契約の一覧を必ず精査し、それぞれの保証額や保証先の財務状況を評価することが重要です。
これにより、M&A後の予期せぬ財政的負担を回避できます。
デリバティブ取引に伴うリスク
デリバティブ取引は、株式・為替・金利などの金融商品から派生した取引で、将来的な価格変動リスクを伴います。
これらの取引は、元となる商品の価格変動に連動して価値が決まるため、市場が予想と異なる動きをした場合に大きな損失が発生する可能性もあります。会計上の負債として計上されていなくても、M&A後に顕在化する可能性があるため注意しましょう。
とくに海外展開や金融取引を頻繁に行う企業では、財務デューデリジェンスにおけるデリバティブ契約の内容を注意深く確認し、潜在的な損失リスクを評価することが不可欠です。
割引手形・裏書手形によるリスク
中小企業では、取引で手形を使用する場合があります。
割引手形とは支払い期日前に銀行などで現金化することで、もし手形の発行元である取引先が不渡りを出した場合は、手形を割り引いた買い手企業に支払い義務が戻ってきます。
裏書手形も同様に、次の受取人が支払い不能になった場合に、手形に署名した企業が責任を負うことになります。
これらの手形は表面上資産として扱われますが、将来的に負債に転じる可能性があり、M&Aの際に見過ごされやすい偶発債務です。
取引の実態を細かく確認し、手形に関連するリスクを評価することが重要です。
会計基準における偶発債務の取り扱い方法
偶発債務は、将来の不確実な出来事によって負債に変わる可能性があるものです。しかし発生が確定していないため、会計上は貸借対照表に直接計上しません。
代わりに財務諸表の注記として、そのリスクの内容と将来発生しうる、おおよその金額を開示することが義務付けられています。
これは発生の可能性が高く、金額を合理的に見積もれる引当金とは異なる扱いです。引当金は費用として計上されますが、偶発債務は仕訳として費用計上されることはありません。
日本の財務諸表等規則や国際的なIFRSでも注記開示が求められており、企業の財政状態をより透明に、網羅的に示すための重要なルールとなります。
参考:IAS 37 引当金、偶発負債および偶発資産
参考:債務保証及び保証類似行為の会計処理及び表示 に関する監査上の取扱い|財務諸表等規則
M&A実務での偶発債務の開示と伝え方
M&A実務において、売り手側は偶発債務の可能性を適切に開示する責任があります。開示を怠るとM&A成立後のトラブルや、損害賠償請求に発展するリスクがあるためです。
買い手との信頼関係を構築するためには、会計基準に従って注記するだけでなく、交渉の場で潜在的なリスクを正直に伝えることが求められます。
具体的には、係争中の訴訟や未払いの残業代や退職給付債務、子会社や取引先への保証契約など、リスクになりうる情報をすべて開示します。
リスクの金額を見積もることが難しい場合でも、「どのような状況で、どの程度の支払いが発生しうるか」を、できる限り具体的に説明することが望ましいでしょう。
一方で、買い手側は、開示された内容が十分かどうかを精査する必要があります。訴訟書類や過去の税務調査結果といった一次資料にもとづいて確認しましょう。
さらにデューデリジェンスを通じて、表面的な情報に隠れた潜在リスクがないか徹底的にチェックすることも重要です。
偶発債務のリスクを回避するデューデリジェンスとは?
デューデリジェンスとは、買収対象企業の価値やリスクを詳細に調査するプロセスを指します。M&Aにおいて偶発債務のリスクを見極めるためには、このプロセスが欠かせません。
デューデリジェンスによって、偶発債務のような見えにくいリスクを事前に発見し、M&Aの取引をより安全に進められます。
デューデリジェンスの役割
デューデリジェンスは、M&Aにおける企業の「健康診断」のような役割を果たします。
公認会計士や弁護士などの専門家が、財務や法務、税務や労務といった多角的な視点から、買収対象企業に潜むリスクを徹底的に洗い出します。
偶発債務のような潜在的なリスクを早期に把握することで、そのリスクを考慮した買収価格の調整や、リスクヘッジのための契約条件を盛り込むことが可能です。
これにより、買収後に予期せぬ損失を被ることを防ぎ、M&Aの成功確率を高められます。
デューデリジェンスを成功させるポイント
デューデリジェンスを成功させるためには、以下のポイントを押さえることが重要です。
- 一次資料の徹底確認
- 過去数年分のデータを調査
- 専門家との緊密な連携体系の構築
- 偶発債務があった場合の損害賠償や保証に関する条項内容を検討
契約書・保証契約・訴訟案件に関する書類など、一次資料を徹底的に確認することで、決算書だけでは見えない偶発債務の存在を把握できます。
税務リスクや労務問題など、過去数年分のデータを調査し、一過性の問題ではないかを確認しましょう。
一方で、専門家と緊密に連携し、リスクが顕在化した場合の金銭的な影響を定量的に評価することも不可欠です。
もし調査の段階で見つからなかった偶発債務があった場合に備え、M&A契約書に損害賠償や表明保証に関する条項を盛り込んでおくことも重要です。
偶発債務が発覚した場合の対応方法
デューデリジェンスの過程で偶発債務のリスクが見つかった場合、そのままM&Aを進めてしまうと、買収後に予期せぬ損失を被る可能性があります。リスクの度合いに応じて適切な対応をとることが重要です。
取引の枠組みを見直す
偶発債務のリスクを特定した場合、まず取引の枠組み(スキーム)を見直すことを検討しましょう。たとえば、偶発債務のリスクがとくに大きい場合は、会社全体を引き継ぐ株式譲渡から、特定の事業のみを引き継ぐ事業譲渡へと切り替えることでリスクを限定できます。
また、契約の段階で特定の債務をM&Aの対象から除外する方法もあります。これらのスキーム変更は、大規模な案件では複数の選択肢を比較検討して行われることが一般的です。
買収価格や契約条項を修正する
偶発債務のリスクが金額で見積もれる場合は、その額を買収価格から減額することがあります。リスクの程度に応じて、M&A契約書に特別な条項を設けることも重要です。
とくに、表明保証条項を強化し、M&A後に偶発債務が顕在化した場合の補償について取り決めておきます。
補償の範囲や期間を契約書に明確に記載することで、将来のトラブルを未然に防ぎ、買い手側が安心してM&Aを進められます。
M&Aの偶発債務に関するよくある質問
ここでは、偶発債務に関するよくある質問について、わかりやすく回答します。
偶発債務は必ず注記しなければならないのか?
偶発債務の注記が必要かどうかは、発生の可能性と金額の見積もり可能性によって判断されます。
発生の可能性が極めて低いと判断される場合は、注記が免除されます。一方で、「発生の可能性はあるが確実ではない」場合の偶発債務は、財務諸表の注記が求められます。
国際会計基準(IFRS)に定められている偶発債務の取り扱いは、以下のとおりです。
- 発生可能性が高く、金額が見積もれる場合: 財務諸表に「負債」として計上
- 発生可能性はあるが、金額が見積もれない場合は注記として開示
- 発生可能性が低い場合: 開示は不要となるケース
この判断基準を理解しておくことで、会計上の処理がなぜそのようになっているのかを把握できます。
参考:IAS 37 引当金、偶発負債および偶発資産|IFRS
M&A成立後に偶発債務が確定した場合はどうする?
偶発債務は「まだ発生していないが、将来発生する可能性がある債務」であるため、通常は仕訳が行われていません。
しかし、M&A成立後に注記に記載していた偶発債務の発生が確定した場合、引当金に計上されることがあります。
偶発債務が引当金として計上するためには、以下の4つの条件をすべて満たす必要があります。
- 将来の特定の費用または損失であること
- その費用または損失が当期以前の事象に起因していること
- 発生の可能性が高いこと
- その金額を合理的に見積もれること
条件を満たした場合にのみ、偶発債務が会計上の負債として扱われ、財務諸表に影響を与えます。
M&Aで偶発債務の可能性を隠ぺいした場合はどうなる?
偶発債務があると、M&Aの条件交渉で不利になることから、隠ぺいするケースがあります。しかし、偶発債務を意図的に隠ぺいすると、買い手企業との信頼関係が崩壊し、最終的にM&Aの破談につながるリスクも高まります。
一方で、M&Aの成立までにはデューデリジェンスが何度も行われます。専門家が契約書や財務データ、訴訟記録などを徹底的に精査するため一度隠し通せたとしても、どこかの時点で発覚する可能性が極めて高いでしょう。
もし、情報漏えいが発覚した場合は交渉が難航し、最悪の場合は損害賠償請求の対象にもなりかねません。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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