- 作成日 : 2025年6月16日
自社株買いのルールを解説!メリットや手続きの流れも紹介
M&Aや資本政策に携わる企業の担当者の皆様にとって、「自社株買い」は耳にする機会が多いキーワードではないでしょうか。自社株買いは、企業が自ら発行した株式を市場などから買い戻す行為を指します。
この記事では、そんな自社株買いの基本的な仕組みや目的から、実施する上で必ず押さえておくべき会社法や金融商品取引法上のルール、具体的な手続きの流れについて解説していきます。
目次
自社株買いとは?
まず自社株買いがどのようなものなのか、その基本的な仕組みと、企業がなぜ自社株買いを行うのか、その主な目的についてご説明します。
自社株買いとは、文字通り、株式会社が自社の発行済み株式を買い戻すことです。買い戻した株式は「自己株式」または「金庫株」と呼ばれます。以前は原則禁止されていましたが、法改正により機動的な資本政策の一環として活用できるようになりました。
企業が自社株買いを行う目的は様々ですが、代表的なものとしては以下の点が挙げられます。
- 株主への利益還元
配当と並ぶ株主還元の方法です。市場に出回る株式数が減ることで、1株あたりの価値向上(株価上昇やEPS:1株あたり利益の上昇)が期待できます。 - 株価対策
株価が企業価値に比べて割安だと判断される場合に、需要を創出して株価を下支えしたり、上昇させたりする効果が期待されます。 - 資本効率の向上
自己資本利益率(ROE)などの経営指標を改善する効果があります。 - ストックオプションへの活用
役員や従業員へのインセンティブとして付与するストックオプションのために、あらかじめ株式を取得しておくことがあります。 - 敵対的買収への防衛策
市場の株式数を減らすことで、買収を仕掛けにくくする効果も期待できます。 - M&A(合併・買収)における対価
合併や株式交換の際に、相手企業の株主へ交付する対価として自己株式を利用することがあります。
このように、自社株買いは多様な目的で活用される経営戦略の一つなのです。
会社法における自社株買いのルール
自社株買いを実施する上で、まず理解しておくべき重要な法律が会社法です。このセクションでは、会社法で定められている主なルールについて解説します。
会社法では、株主保護や会社の財産的基礎の維持といった観点から、自社株買いに関する様々なルールを設けています。主なポイントは以下の通りです。
財源規制(分配可能額の制限)
自社株買いは、会社から株主への財産の払い戻しという側面を持つため、無制限に行えるわけではありません。会社法では、剰余金の分配可能額の範囲内でしか自己株式を取得できないと定めています(会社法第461条)。これは、会社の債権者を保護するための重要なルールです。分配可能額を超えて自社株買いを行った場合、その職務を行った取締役等に責任が生じる可能性があります。
取得できる株式の種類
原則として、会社は発行している全ての種類の株式を、種類ごとに株主を平等に扱って取得することができます。ただし、特定の種類の株式のみを取得する場合や、特定の株主からのみ取得する場合は、別途特別な手続きが必要になることがあります。
取得手続きに関するルール
自己株式の取得は、会社の財産に関わる重要な行為であるため、原則として株主総会の普通決議が必要です(会社法第156条)。
ただし、定款に定めることで、特定の取得方法(市場取引など)については取締役会の決議で取得できる場合があります(会社法第165条2項)。M&Aの一環として特定の株主から相対取引で取得する場合などは、株主間の公平性を保つため、株主総会の特別決議が必要となるケースもあります(会社法第160条)。
特定の株主からの取得
市場を通さずに特定の株主から自己株式を取得する場合(相対取引)、他の株主にも売却の機会を与えるための手続き(売主追加請求権)など、株主間の公平性を確保するためのルールが定められています(会社法第160条2項、3項)。
これらの会社法のルールは、自社株買いの基本的な枠組みを定めており、遵守することが必須となります。
金融商品取引法における自社株買いのルール
会社法と並んで、自社株買いにおいて重要な法律が金融商品取引法です。特に上場企業が市場で自社株買いを行う場合には、こちらの法律のルールを遵守する必要があります。このセクションでは、金融商品取引法における主なルールについて解説します。
金融商品取引法は、主に投資家保護や市場の公正性を確保する観点から、自社株買いに関するルールを定めています。特に注意すべき点は以下の通りです。
インサイダー取引規制
自社株買いに関する未公表の重要事実を知っている会社の役職員などは、その事実が公表される前に自己株式の売買を行うことが禁止されています(金融商品取引法第166条)。自社株買いの実施決定自体も重要事実に該当するため、情報管理には細心の注意が必要です。
相場操縦規制
自己株式の買い付けによって、株価を意図的に吊り上げたり、市場の価格形成を歪めたりするような行為は、相場操縦として禁止されています(金融商品取引法第159条)。市場で買い付けを行う際には、市場の価格に影響を与えないよう、買い付けの時間帯、価格、数量などに一定の制限(いわゆる「30分ルール」や価格制限など、取引所の自主規制ルールも関連)が設けられています。
公開買付け(TOB)規制
一定期間内に、市場外での買い付けなどにより、発行済み株式総数の一定割合(原則として3分の1超)を取得する場合には、原則として公開買付け(TOB)の手続きが必要となります(金融商品取引法第27条の2)。自社株買いも、この規制の対象となる場合があります。
自己株式取得に関する開示
取得枠の設定・開示
取締役会などで自社株買いの実施を決議した場合、取得する株式の種類、総数、取得価額の総額、取得期間などを決定し、速やかに開示する必要があります(金融商品取引法に基づく開示、取引所規則に基づく適時開示)。
取得状況の開示
設定した取得枠に基づいて自己株式を取得した場合、その取得状況(取得日、取得株式数、取得価額など)について、原則として翌月末までに自己株式取得状況報告書を提出する必要があります(金融商品取引法第24条の6)。また、取引所の規則に基づき、月ごとの取得状況を適時開示することも求められます。
これらの金融商品取引法のルールは、市場の透明性・公正性を保ち、投資家を保護するために非常に重要です。特に上場企業においては、これらの規制を正しく理解し、遵守することが不可欠です。
自社株買いの手続き
ここからは、実際に自社株買いを行う際の具体的な手続きの流れについて解説します。大きく分けて、決議、買い付け、買い付け後の手続きというステップがあります。
取締役会・株主総会での決議
自社株買いを実施するには、まず社内での意思決定が必要です。原則として、株主総会の普通決議によって、以下の事項を定める必要があります(会社法第156条1項)。
- 取得する株式の種類及び数
- 株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及びその総額
- 株式を取得することができる期間(1年を超えない範囲)
ただし、前述の通り、定款に定めがあれば、市場取引等による取得を取締役会決議で行うことも可能です(会社法第165条2項)。この場合、取締役会で上記の事項を決議します。
また、特定の株主から相対取引で取得する場合など、特別なケースでは株主総会の特別決議が必要になることもあります。
決議後は、速やかにその内容を開示することが求められます(取引所規則など)。
買い付け方法の選択と実行
決議で定められた取得枠の範囲内で、実際に自己株式を買い付けます。主な買い付け方法には、以下のようなものがあります。
- 市場買付
証券取引所が開設する市場を通じて買い付ける方法です。最も一般的な方法であり、取引時間内であれば、他の投資家と同じように注文を出して買い付けます。ただし、前述の相場操縦規制やインサイダー取引規制に注意が必要です。金融機関に委託して行うことが多いです。 - 公開買付け(TOB:Takeover Bid)
期間、価格、買付株数を公告し、市場外で株主から直接株式を買い付ける方法です。大量の株式を一度に取得したい場合や、特定の価格で確実に取得したい場合に用いられます。金融商品取引法の規制に従って行う必要があります。 - 相対取引
市場を通さず、特定の株主(大株主など)と交渉し、合意した価格と数量で直接買い取る方法です。特定の株主からの取得に関する会社法のルール(売主追加請求権など)に注意が必要です。
どの方法を選択するかは、取得したい株式数、価格、期間、法令上の制約などを考慮して決定します。買い付け期間中は、金融商品取引法や取引所のルールに基づき、取得状況を適時開示する必要があります。
買い付け後の手続き
自己株式を買い付けた後の対応としては、主に以下の二つの選択肢があります。
- 保有
取得した自己株式をそのまま「金庫株」として会社が保有し続けます。将来のストックオプションへの充当や、M&Aの対価として利用することなどが考えられます。保有している自己株式には、議決権や剰余金配当請求権はありません。 - 消却
取得した自己株式を消滅させる手続きです。株式数を減少させることで、1株あたりの価値を恒久的に高める効果があります。自己株式の消却は、原則として取締役会の決議で行うことができます(会社法第178条)。消却を行った場合は、その旨を登記する必要があります。
自己株式の取得自体は、資本金の額には直接影響しません。ただし、取得した自己株式を消却した場合、その分だけ発行済株式総数が減少します。また、自己株式を消却する際に、その他資本剰余金を充当しますが、同時に資本準備金や利益準備金を取り崩してその他資本剰余金に振り替えるような会計処理が行われることもあります。
自社株買いのメリット・デメリット
自社株買いは様々な目的で行われますが、企業側、株主側の双方にとってメリットとデメリットが存在します。このセクションでは、それぞれの立場から見た利点と注意点を整理します。
企業側のメリット・デメリット
企業にとって、自社株買いは有効な財務戦略の一つですが、その効果と影響を十分に理解しておく必要があります。
メリット | デメリット |
---|---|
市場への買い需要創出による株価の下支え・上昇効果。 | 設備投資や研究開発など、将来の成長に必要な資金が減少する可能性。 |
自己資本が減少するため、利益が変わらなければROEが向上し、資本効率が改善したと評価されやすい。 | 自己資本の減少により、負債比率が高まる可能性がある(ただし、適度なレバレッジは評価される側面も)。 |
配当と並ぶ株主還元策として、株主へのアピールになる。 | 本業への投資の方がより高いリターンを生む可能性があれば、自社株買いは機会損失となる。 |
市場の浮動株を減らすことで、買収を仕掛けにくくする効果。 | 成長戦略がないために自社株買いに走っている、と見なされるリスク。 |
取得した自己株式を、合併対価や役職員へのインセンティブとして活用できる。 | 必ずしも株価が上昇するとは限らず、買い付け後に株価が下落する可能性もある。 |
株主側のメリット・デメリット
株主にとっても、自社株買いは一概に良いことばかりとは言えません。
メリット | デメリット |
---|---|
自社株買い発表や実施による株価上昇で、保有株の価値が上がる期待。 | 企業が自社株買いに資金を使うことで、将来の成長投資が抑制され、長期的な企業価値向上に繋がらない可能性。 |
発行済株式数が減少するため、利益が変わらなくても1株あたりの利益が増加する。 | 自社株買いに資金を使い、将来の配当原資が減少するリスク(ただし、還元方針による)。 |
企業から株主への実質的な利益還元となる。 | 相対取引などで特定の株主だけが高値で売却できる場合、他の株主との間で不公平感が生じる可能性。 |
市場での自社株買いは、株主にとって株式の売却機会となる。 | 根本的な企業価値向上策ではなく、短期的な株価対策に過ぎないと見なされる場合。 |
このように、自社株買いは多面的な影響を持つため、企業も株主も、そのメリットとデメリットを十分に理解した上で判断することが重要です。
ルールをきちんと理解して自社株買いを行おう
ここまで見てきたように、自社株買いは株主還元や株価対策、資本効率の向上など、様々なメリットが期待できる有効な経営戦略です。しかしその一方で、会社法や金融商品取引法による厳格なルールが存在し、手続きも複雑です。
特に、財源規制やインサイダー取引規制、相場操縦規制などは、違反した場合に企業や役員が法的な責任を問われる可能性のある重要なルールです。また、手続きを誤ると、自社株買い自体が無効になったり、株主間の公平性を損ねたりするリスクもあります。
M&Aなどの場面で自社株買いを活用する際にも、これらのルールを正確に理解し、遵守することが、スムーズかつ適法な取引実行の大前提となります。自社株買いを検討・実施する際には、必ず専門家(弁護士や証券会社など)に相談し、適切なアドバイスを受けるようにしましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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