• 作成日 : 2025年6月13日

運送業のM&A動向は?メリットや成功のポイント、事例などを解説

私たちの生活や経済活動に欠かせない運送業ですが、今、大きな変革期を迎えています。ドライバー不足や「2024年問題」と呼ばれる労働時間規制の強化、燃料費の高騰、そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応など、多くの課題が山積しています。一方で、Eコマースの拡大などにより、輸送ニーズそのものは多様化・増加傾向にあります。

このような状況下で、企業が持続的に成長し、競争力を維持・強化していくための有効な手段として、M&Aへの関心が高まっているのです。この記事では、運送業のM&Aに関する最新動向から、具体的なメリット・デメリット、成功のためのポイントまで、幅広く解説していきます。

運送業の現状と課題

運送業界を取り巻く環境は、年々厳しさを増しています。最も深刻な課題の一つが、慢性的なドライバー不足です。若年層の入職者減少と既存ドライバーの高齢化が進み、将来的な労働力確保に大きな不安があります。加えて、2024年4月から適用された時間外労働の上限規制(いわゆる2024年問題)は、ドライバーの労働時間に制約を与え、輸送能力の低下や人件費の増加につながる可能性があります。

さらに、燃料価格の変動や車両維持コストの上昇は、収益性を圧迫する要因です。また、荷主からの運賃交渉圧力も依然として強く、厳しいコスト管理が求められます。中小企業においては、経営者の高齢化に伴う事業承継の問題も深刻化しており、後継者が見つからずに廃業を選択せざるを得ないケースも少なくありません。これらの課題に対応し、事業を継続・発展させていくために、M&Aが解決策の一つとして注目されているのです。

運送業のM&Aの種類と特徴

次に、運送業でよく用いられるM&Aの手法(スキーム)にはどのような種類があり、それぞれにどんな特徴があるのかを解説します。どの手法を選ぶかによって、手続きや影響が異なります。

運送業のM&Aでよく用いられる代表的な手法には、主に以下のものがあります。

  • 株式譲渡:売り手企業の株主が、保有する株式を買い手企業に売却する方法です。会社自体はそのまま存続し、株主が変わることで経営権が移転します。手続きが比較的シンプルで、許認可などもそのまま引き継がれることが多いのが特徴です。中小企業の事業承継でよく利用されます。
  • 事業譲渡:会社全体ではなく、特定の事業部門や資産(車両、不動産、従業員、取引契約など)を選んで売買する方法です。買い手は必要な事業だけを引き継げるメリットがありますが、資産や契約を個別に移転する手続きが必要となり、やや煩雑になることがあります。従業員の再雇用契約や許認可の再取得が必要になる場合もあります。
  • 合併:複数の会社が法的に一つの会社になる方法です。吸収合併(一方の会社が他方を吸収する)と新設合併(新しい会社を設立して既存会社が統合する)があります。組織の一体化を図りやすい反面、手続きが複雑で時間もかかります。

どの手法を選択するかは、M&Aの目的、対象会社の状況、税務上の影響などを考慮して慎重に決定する必要があります。以下に簡単な比較表を示します。

手法対象手続きの簡便さ許認可の引継ぎ負債の引継ぎ主な利用場面
株式譲渡会社全体(株式)比較的容易原則、自動承継引き継ぐ事業承継、包括的買収
事業譲渡特定の事業・資産やや煩雑個別対応・再取得原則、引き継がないが、引き継ぐ場合は債権者の承諾が必要事業の選択的買収
合併会社全体複雑原則、自動承継引き継ぐグループ再編、統合

注意:上記は一般的な特徴であり、個別のケースによって詳細は異なります。

運送業のM&Aメリット

ここでは、M&Aを行うことで、売り手企業(譲渡企業)と買い手企業(譲受企業)それぞれにどのような良い点(メリット)が期待できるのかを具体的に解説します。

【譲渡企業(売り手)のメリット】

  • 後継者問題の解決:経営者の高齢化や後継者不在に悩む企業にとって、M&Aは事業と従業員の雇用を守りつつ、会社を存続させる有効な手段となります。
  • 創業者利益の確保:株式や事業を売却することで、経営者はこれまで築き上げてきた会社の価値を現金化し、引退後の生活資金や新たな事業への投資資金を得ることができます。
  • 従業員の雇用維持:廃業を選択した場合、従業員は職を失うことになりますが、M&Aにより事業が継続されれば、多くの場合、従業員の雇用は維持されます。より大きなグループに入ることで、処遇が改善される可能性もあります。
  • 個人保証からの解放:中小企業の経営者は、会社の借入金に対して個人保証を行っているケースが多くありますが、M&Aによって会社が大手グループ傘下に入るなどすれば、この個人保証を解消できる可能性があります。
  • 事業のさらなる発展:単独では難しかった設備投資やエリア拡大、新規事業展開などが、譲受企業の経営資源を活用することで可能になる場合があります。

【譲受企業(買い手)のメリット】

  • 事業規模の迅速な拡大:新規に拠点を設立したり、車両やドライバーを確保したりするには時間とコストがかかりますが、M&Aを活用すれば、既存の事業基盤(拠点、車両、人材、顧客網など)を短期間で獲得し、事業規模を効率的に拡大できます。
  • 人材(特にドライバー)の確保:深刻なドライバー不足の中、M&Aは経験豊富なドライバーや運行管理者などをまとめて確保する有効な手段となります。
  • 新規エリアへの進出・エリア拡大:自社が展開していない地域で事業を行う企業を買収することで、地理的なカバー範囲を広げ、新たな顧客を獲得できます。
  • 新規事業への参入・多角化:例えば、一般貨物輸送の会社が、特定の分野(冷蔵・冷凍輸送、倉庫業、国際輸送など)に強みを持つ企業を買収することで、事業領域を広げ、リスク分散を図ることができます。
  • スケールメリットによるコスト削減:複数の事業を統合することで、車両の共同購入、燃料の一括仕入れ、管理部門の効率化などにより、コスト削減効果が期待できます。
  • 許認可やノウハウの獲得:特定の事業に必要な許認可や、独自の輸送ノウハウ、技術などを獲得できます。

運送業のM&Aデメリット

M&Aは多くのメリットをもたらす可能性がある一方で、以下のようなデメリットやリスクも存在します。

【譲渡企業(売り手)のデメリット】

  • 希望条件での売却が難しい場合がある:必ずしも希望する価格や条件で売却できるとは限りません。買い手が見つからない、あるいは想定より低い評価額となる可能性もあります。
  • 経営権の喪失:株式を全て譲渡した場合、会社の経営からは基本的に退くことになります。経営への関与を続けたい場合は、事前に条件を交渉する必要があります。
  • 従業員や取引先への影響:M&A後の経営方針の変更や組織統合により、従業員の処遇が変わったり、従来の取引先との関係が変化したりする可能性があります。丁寧なコミュニケーションが必要です。

【譲受企業(買い手)のデメリット】

  • 想定外の債務やリスクの引き継ぎ(簿外債務など):デューデリジェンス(買収監査)を徹底しても、後から未払いの残業代や訴訟リスク、環境問題など、把握していなかった問題が発覚する可能性があります。
  • 統合プロセス(PMI)の失敗:M&Aで最も難しいとされるのが、買収後の統合プロセス(Post Merger Integration:PMI)です。異なる企業文化や業務プロセス、情報システムなどをうまく融合できなければ、期待したシナジー効果が得られないばかりか、混乱を招き、従業員のモチベーション低下や離職につながる恐れがあります。
  • キーパーソンや従業員の離職:M&Aを機に、譲渡企業の優秀な人材や、事業運営に不可欠なキーパーソンが退職してしまうリスクがあります。
  • 顧客離れ:経営母体が変わることで、従来の顧客との関係性が悪化し、取引が解消されてしまう可能性も考慮する必要があります。
  • 高値掴み:買収価格が適正な企業価値を上回ってしまう(高値掴み)と、投資回収が困難になり、経営を圧迫する可能性があります。

これらのデメリットを最小限に抑えるためには、事前の慎重な検討と準備、専門家の活用が不可欠です。

運送業のM&A相場

運送業のM&Aにおいて、「相場はいくらですか?」という質問をよくいただきますが、残念ながら「定価」のような明確な相場は存在しません。会社の価値は、その収益力、保有資産、事業エリア、従業員の状況、将来性など、多くの要因によって個別に評価されるためです。

一般的に、中小企業のM&Aでよく用いられる企業価値の評価方法には、以下のようなものがあります。

純資産価額 + 営業権(のれん代)

  • 純資産価額:会社の貸借対照表(バランスシート)に記載されている資産から負債を差し引いた金額が基本となります。ただし、土地や建物などの資産は時価で評価し直すことが一般的です。
  • 営業権(のれん代):会社の「稼ぐ力」を評価するもので、通常、年間の営業利益EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)の数年分(例えば3年~5年分程度)で計算されることが多いです。この年数は、事業の安定性、収益性、将来性、ドライバーの定着率、許認可の種類などによって変動します。運送業の場合、特にドライバーの質と量が重視される傾向にあります。

類似会社比較法(マルチプル法)

上場している同業他社の株価や、過去の類似M&A事例における評価額(売上高や利益に対する倍率=マルチプル)を参考に、対象企業の価値を算出する方法です。

DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法

会社が将来生み出すと予測されるフリーキャッシュ・フローを、リスクを考慮した割引率で現在価値に割り戻して企業価値を算出する方法です。比較的精緻な評価が可能ですが、将来予測の精度が求められます。

実際には、これらの評価方法を参考にしつつも、最終的な売買価格は、売り手と買い手の交渉によって決定されます。ドライバーの定着率が高い、特定のニッチ分野で強みを持っている、優良な顧客基盤がある、といったポジティブな要素は評価を高める要因となります。逆に、赤字が続いている、多額の借入金がある、労務問題を抱えている、といったネガティブな要素は評価を下げる要因となります。

運送業のM&Aを成功させるポイント

ここでは、運送業のM&Aを成功に導くために、特に重要となる考え方や具体的な行動について解説します。これらのポイントを押さえることが、スムーズな取引と期待する成果の実現につながります。

M&Aは大きな経営判断であり、成功のためには入念な準備と戦略的な実行が不可欠です。特に以下の点を意識することが重要です。

  1. 明確なM&A戦略と目的の設定
    「なぜM&Aを行うのか?」という目的を明確にすることが全ての出発点です。「エリアを拡大したい」「ドライバー不足を解消したい」「後継者問題を解決したい」など、具体的な目的を設定し、それに合致する相手先を探すことが重要です。目的が曖昧なまま進めると、交渉が迷走したり、期待した効果が得られなかったりする可能性があります。
  2. 適切な相手先の選定
    自社の目的や企業文化、事業戦略に合致する相手を見つけることが成功の鍵です。価格条件だけでなく、経営者の考え方、従業員への配慮、事業の将来性などを多角的に評価し、信頼できるパートナーを選びましょう。
  3. 徹底したデューデリジェンス(DD)の実施
    買収対象企業の財務状況、法務リスク、税務リスク、事業内容、人事労務状況などを詳細に調査するデューデリジェンスは、M&Aのプロセスで最も重要と言っても過言ではありません。特に運送業では、車両の状態や管理状況、ドライバーの労働時間管理、許認可の有効性、未払い賃金のリスクなどを重点的に確認する必要があります。潜在的なリスクを見逃さないように、専門家の協力を得て慎重に進めましょう。
  4. 適正な価格での交渉
    事前の企業価値評価やデューデリジェンスの結果を踏まえ、双方が納得できる価格で合意を目指します。感情的にならず、客観的な根拠に基づいて交渉を進めることが大切です。
  5. 買収後の統合計画(PMI)の事前準備と実行
    M&Aは契約締結がゴールではありません。むしろ、そこからが本当のスタートです。買収後の経営方針、業務プロセス、情報システム、人事制度、企業文化などの統合をスムーズに進めるための計画(PMI計画)を、契約前から具体的に検討しておくことが極めて重要です。特に、従業員の不安を取り除き、モチベーションを維持するための丁寧なコミュニケーションは欠かせません。
  6. 専門家の活用
    M&Aは法務、税務、会計、労務など、専門的な知識が多岐にわたって必要となります。M&A仲介会社、ファイナンシャルアドバイザー(FA)、弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士など、経験豊富な専門家のサポートを得ることで、リスクを低減し、円滑な取引を実現できます。

運送業のM&A事例

このセクションでは、実際にどのような運送業のM&Aが行われているのか、具体的な事例をいくつか紹介します。守秘義務があるため詳細はお伝えできませんが、一般的なパターンとして理解を深めていただければと思います。

SBSホールディングスによる東芝ロジスティクスの買収(2020年)

譲受企業(買い手):SBSホールディングス株式会社
譲渡企業(売り手):株式会社東芝
対象企業:東芝ロジスティクス株式会社(現:SBS東芝ロジスティクス株式会社)

概要:大手電機メーカーである東芝が、ノンコア事業と位置付けていた物流子会社(東芝ロジスティクス)の株式の過半数を、3PL(サードパーティー・ロジスティクス)事業を主力とするSBSホールディングスに譲渡した事例です。SBSホールディングスは、この買収により、大手メーカーの物流ノウハウや国際輸送網を獲得し、事業基盤を強化しました。メーカー系物流子会社が独立系物流企業グループの一員となる代表的なケースの一つです。

NIPPON EXPRESSホールディングスによるオーストリアcargo-partner社の買収(2023年発表、2024年完了)

譲受企業(買い手):NIPPON EXPRESSホールディングスグループ
対象企業:cargo-partner GmbH(カーゴ・パートナー社)

概要:日本最大の物流企業であるNIPPON EXPRESSホールディングスグループが、中・東欧を中心にグローバルな航空・海上貨物輸送事業を展開するオーストリアのcargo-partner社を買収した(手続き完了予定)事例です。これは、NIPPON EXPRESSグループにとって過去最大級のM&Aであり、特に欧州域内のネットワークや航空・海上輸送における取扱量拡大、グローバル市場での競争力強化を目的としています。

これらの事例からもわかるように、M&Aは単なる規模拡大だけでなく、経営課題の解決、事業領域の拡大、競争力強化など、様々な戦略的目的を持って活用されています。

運送業のM&A注意点

運送業のM&Aを検討・実行する際には、業界特有の注意点があります。これらを事前に理解し、対策を講じることが重要です。

許認可の引継ぎ

運送事業を行うためには、国土交通省からの「一般貨物自動車運送事業」などの許認可が必要です。M&Aの手法によって、この許認可がスムーズに引き継げるかどうかが異なります。特に事業譲渡の場合は、原則として買い手が新たに許認可を取得し直す必要があるため、注意が必要です。株式譲渡の場合は通常、許認可は会社に付随するため引き継がれますが、役員の変更などは届け出が必要です。手続き漏れがないよう、行政書士などの専門家に確認しましょう。

従業員(特にドライバー)の処遇と引継ぎ

運送業の価値は、ドライバーをはじめとする「人」に大きく依存します。M&A後にキーとなるドライバーが大量に離職してしまうと、事業継続が困難になりかねません。譲渡企業の従業員の雇用条件や労働環境を丁寧にヒアリングし、M&A後の処遇について誠実に説明し、不安を取り除く努力が不可欠です。労働関連法規(労働時間、残業代など)の遵守状況も、デューデリジェンスで厳しくチェックする必要があります。

車両・設備の状況確認

運送業の重要な資産であるトラックなどの車両や、倉庫などの設備の状態を詳細に確認することが重要です。車両の年式、走行距離、整備状況、リース契約の内容などを把握し、将来的な修繕費や更新費用も考慮に入れる必要があります。簿価と実際の価値が乖離している場合もあるため、専門家による査定も検討しましょう。

取引先との関係維持

譲渡企業の主要な荷主との取引関係が、M&A後も継続されるかどうかが事業の安定性に直結します。経営者が変わることによる影響を最小限に抑えるため、適切なタイミングで丁寧な説明を行い、信頼関係を維持・構築していく必要があります。場合によっては、一定期間、元の経営者に顧問などの形で残ってもらうことも有効です。

偶発債務のリスク

過去の交通事故に関する損害賠償リスクや、燃料費の未払い、環境汚染リスクなど、帳簿には表れていない「偶発債務」が存在する可能性があります。デューデリジェンスを通じてこれらのリスクを洗い出し、契約書で適切に手当て(表明保証など)することが重要です。

事例やポイントをもとに運送業のM&Aを成功させよう

運送業界は、ドライバー不足、2024年問題、コスト上昇、DX化の遅れといった深刻な課題に直面しています。しかし同時に、社会を支える基幹産業として、その重要性はますます高まっています。このような厳しい環境変化に対応し、持続的な成長を遂げるための有効な戦略として、M&Aの活用が不可欠になりつつあります。

M&Aは、後継者問題の解決、事業規模の拡大、人材確保、新規分野への進出、経営効率化など、売り手・買い手双方に多くのメリットをもたらします。一方で、統合の難しさや潜在的なリスクも存在するため、成功のためには明確な戦略、慎重な相手選び、徹底したデューデリジェンス、そして丁寧なPMIが欠かせません。

今後、運送業界では、生き残りと成長をかけた再編・統合の動きがさらに加速していくと考えられます。M&Aを戦略的に活用できる企業が、変化に対応し、業界の未来を切り拓いていくことになるでしょう。この記事が、運送業のM&Aを検討されている企業担当者の皆様にとって、有益な情報となれば幸いです。


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