• 作成日 : 2025年6月9日

インカムアプローチとは?計算方法や種類を解説

インカムアプローチは、不動産や事業などの資産価値を評価する上で重要な手法の一つです。将来的にその資産が生み出すであろう収益やキャッシュ・フローに着目し、現在の価値を算出しようとするものです。

この記事では、インカムアプローチの基本的な概念から、具体的な計算方法、種類、そしてメリット・デメリットまでを分かりやすく解説します。

インカムアプローチとは?

インカムアプローチとは、評価対象となる資産(不動産や事業など)が将来生み出すと期待される収益やキャッシュ・フローを基にして、その現在の価値を評価する手法のことです。

例えば、賃貸マンションの価値を評価する場合、単に「建物がいくらで建てられたか(コストアプローチ)」や「近隣の似たマンションがいくらで売れたか(マーケットアプローチ)」だけでなく、「そのマンションが将来どれくらいの家賃収入を生み出し、経費を差し引いた純粋な利益はいくらになるのか」という視点で価値を測ります。

このアプローチは、特に賃貸用不動産や事業用不動産のように、継続的な収益を生むことが目的とされる資産の評価に適しています。M&Aにおいては、買収対象企業の収益性や、保有する収益不動産の価値を評価する際に用いられます。将来にわたってどれだけの利益をもたらしてくれるのか、という投資家視点での合理的な価値判断が可能になります。

インカムアプローチの計算方法

不動産評価におけるインカムアプローチには、大きく分けて「直接還元法」と「DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法」という2つの代表的な計算方法があります。ここでは、それぞれの計算方法と考え方について解説します。

直接還元法

直接還元法は、ある一期間(通常は1年間)の純収益を、「還元利回り(キャップレート)」と呼ばれる利回りで割ることで、対象資産の価値を算出する比較的シンプルな方法です。

計算式: 収益価格 = 対象不動産の年間純収益(NOI) ÷ 還元利回り
  • 年間純収益(NOI): 年間の家賃収入などから、空室による損失や回収不能賃料を引き、さらに運営にかかる費用(管理費、修繕費、固定資産税、損害保険料など)を差し引いたものです。詳しくは後述します。
  • 還元利回り: 投資家がその不動産に期待する利回りのことです。類似不動産の取引事例や、市場の動向、リスクなどを考慮して設定されます。これも後ほど詳しく解説します。

直接還元法は、計算が比較的簡単で分かりやすいのがメリットです。特に、収益が安定していると見込まれる不動産の評価や、迅速な価値評価が必要な場合に用いられます。ただし、将来の収益変動や、複数年にわたるキャッシュ・フローの時間的価値を詳細に反映することは難しいという側面もあります。

DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法

DCF法は、対象資産が将来生み出すと予測されるキャッシュ・フローを、一定期間(例えば5年や10年)にわたって予測し、それぞれの年のキャッシュ・フローを「割引率」を使って現在価値に割り引いて合計し、さらに予測期間終了時点での想定売却価格(ターミナルバリュー)の現在価値も加えて、対象資産の価値を算出する方法です。

計算式: 収益価格 = (1年目のキャッシュ・フロー ÷ (1 + 割引率)^1) + (2年目のキャッシュ・フロー ÷ (1 + 割引率)^2) + … + (N年目のキャッシュ・フロー ÷ (1 + 割引率)^N) + (N年後のターミナルバリュー ÷ (1 + 割引率)^N)
  • キャッシュ・フロー: 各年に得られると予測される純収益(NOI)から、さらに資本的支出(大規模修繕費など)を差し引いたものなどが使われます。
  • 割引率: 将来のキャッシュ・フローを現在の価値に換算するための率です。リスクや時間価値(今日の100円は1年後の100円より価値があるという考え方)を反映します。
  • ターミナルバリュー: 予測期間が終わった後に、その不動産を売却するとした場合の想定価格です。予測期間最終年のキャッシュ・フローを還元利回りで割るなどして算出します。

DCF法は、将来の収益変動やキャッシュ・フローの時間的価値を考慮できるため、より精緻な評価が可能です。特に、将来の収益予測が重要となる大規模な不動産や、開発プロジェクト、企業の事業価値評価などで用いられます。M&Aの場面では、このDCF法が用いられることが一般的です。ただし、将来のキャッシュ・フロー予測や割引率の設定には専門的な知識と判断が必要となり、計算も複雑になります。

インカムアプローチのメリット・デメリット

どんな評価手法にも良い点と注意すべき点があります。インカムアプローチのメリットとデメリットを整理してみましょう。

メリットデメリット
将来の収益性(稼ぐ力)を直接反映できる将来予測の精度に結果が大きく左右される (収益、空室率、費用など)
投資判断(買うべきか、売るべきか)に直結しやすい還元利回りや割引率の設定に主観が入りやすい
異なるタイプの不動産(オフィス、住居、商業)でも比較しやすい計算が複雑になる場合がある(特にDCF法)
不動産鑑定評価基準でも主要な手法の一つとして認められている短期的な市場の変動を反映しにくい場合がある
M&Aにおける事業価値評価の考え方と親和性が高い新築物件など、過去の収益実績がない場合の予測が難しい

このように、インカムアプローチは将来の収益性を重視する点で非常に有用ですが、その根拠となる将来予測や利回り設定の客観性・妥当性が評価の精度を大きく左右します。

インカムアプローチの活用事例

インカムアプローチは、収益を生む様々な不動産の評価に活用されています。ここでは、具体的な活用事例を見ていきましょう。

賃貸マンション・アパートの評価

個人の投資家にも身近な賃貸マンションやアパートの評価では、インカムアプローチが中心的な役割を果たします。将来にわたって安定した家賃収入が期待できるか、空室リスクはどの程度か、運営費用はどれくらいかかるか、といった点を分析し、NOIを算出します。そして、地域の類似物件の取引利回りなどを参考に還元利回りを設定し、直接還元法で収益価格を求めることが一般的です。より長期的な視点や、大規模な物件の場合はDCF法が用いられることもあります。

オフィスビルの評価

オフィスビルも代表的な収益不動産です。テナントからの賃料収入が主な収益源となります。景気動向や周辺エリアのオフィス需要、テナントの信用力、契約期間などが収益予測に影響します。大規模なオフィスビルや、将来的な賃料改定、大規模修繕計画などを考慮する必要がある場合は、DCF法による精緻な評価が行われることが多いです。

商業施設の評価

ショッピングセンターやロードサイド店舗などの商業施設も、テナントからの賃料収入を基に評価されます。商業施設の評価では、売上歩合賃料(テナントの売上に応じて賃料が決まる契約)が含まれる場合があるため、将来の売上予測も重要になります。また、景気変動や消費者の嗜好の変化、競合施設の動向などが収益に与える影響も考慮する必要があります。こちらもDCF法が用いられるケースが多いでしょう。

REIT(不動産投資信託)の評価

REITは、投資家から集めた資金で不動産を購入し、その賃料収入や売却益を投資家に分配する金融商品です。REITが保有する不動産の価値評価や、REIT自体の投資価値を判断する際に、インカムアプローチ(特にDCF法)が重要な役割を果たします。各保有物件が生み出すキャッシュ・フローを積み上げて、REIT全体の収益力を評価します。M&A担当者にとっては、企業がREITを保有している場合や、不動産関連事業の評価で参考になる考え方です。

不動産投資における意思決定への活用

インカムアプローチによる評価額は、不動産投資を行う際の重要な判断材料となります。

  • 購入判断: 評価額と実際の売買価格を比較し、割安か割高かを判断します。評価額が価格を上回っていれば、投資妙味があると考えられます。
  • 売却判断: 保有不動産の評価額を定期的に把握し、適切な売却タイミングを見極めます。
  • 開発判断: 新規に不動産を開発する場合、完成後の想定収益からDCF法などで価値を算出し、開発コストに見合うかを判断します。
  • 資金調達: 金融機関から融資を受ける際、インカムアプローチによる評価額が担保価値や事業性の判断材料の一つとなります。

インカムアプローチの注意点

インカムアプローチは強力な評価手法ですが、その精度はいくつかの要因に左右されます。ここでは、活用する上での注意点を見ていきましょう。

将来予測の精度を高めるためのポイント

インカムアプローチの根幹は将来予測です。予測の精度を高めるためには、以下のような点が重要になります。

  • 客観的なデータ収集: 賃料相場、空室率、運営費用などについて、過去の実績データや市場データをできるだけ多く収集・分析する。
  • マクロ経済動向の考慮: 金利、景気、人口動態などのマクロな変化が、賃料や空室率にどう影響するかを考慮に入れる。
  • シナリオ分析: 標準的な予測(ベースケース)だけでなく、楽観的なシナリオ、悲観的なシナリオも設定し、リスクの幅を把握する。
  • 専門家の意見: 不動産鑑定士や市場アナリストなど、専門家の意見も参考に、多角的な視点を取り入れる。

還元利回り・割引率の設定における注意点

還元利回りや割引率は、評価額に直接的な影響を与える重要な要素です。これらの設定においては、以下の点に注意が必要です。

  • 根拠の明確化: なぜその利回り(率)を設定したのか、客観的な根拠(類似取引事例、市場データ、リスク分析など)を明確に示すことが重要です。
  • 市場との整合性: 設定した利回り(率)が、現在の市場環境や、類似不動産の取引利回りと大きく乖離していないかを確認します。
  • リスクの適切な反映: 対象不動産の個別リスク(立地、築年数、テナント属性など)や、将来の不確実性を適切に利回り(率)に反映させる必要があります。

経済状況や市場の変化への対応

不動産市場や経済状況は常に変化しています。インカムアプローチを用いる際は、評価時点での最新の情報を反映させることが重要です。金利の変動、法改正(税制や建築基準など)、周辺地域の再開発計画などは、将来のキャッシュ・フローや適切な利回りに影響を与える可能性があります。定期的に評価を見直し、変化に対応していく姿勢が求められます。

複数の評価手法との組み合わせの重要性

インカムアプローチは有力な手法ですが、万能ではありません。コストアプローチやマーケットアプローチといった他の評価手法も併用し、多角的な視点から価値を検証することが、より客観的で信頼性の高い評価につながります。それぞれのアプローチで算出された価格を比較検討し、最終的な評価額を決定していくプロセスが重要です。不動産鑑定評価基準においても、原則として複数の手法を適用することが求められています。

インカムアプローチのキーワード

インカムアプローチを使いこなすためには、いくつか重要なキーワードを理解しておく必要があります。ここでは、特に押さえておきたい用語を分かりやすく解説します。

NOI(Net Operating Income:純営業収益)

NOIは、インカムアプローチ、特に直接還元法において非常に重要な指標です。これは、不動産が生み出す年間の総収入(満室想定家賃収入など)から、空室による損失や貸倒損失を引き、さらにその不動産を運営するために必要な経費(運営費用)を差し引いた後の純粋な営業利益のことを指します。

NOI = 満室想定賃料 – 空室等損失 – 運営費用

このNOIが大きいほど、その不動産の収益力が高いと評価されます。注意点として、NOIには減価償却費支払利息法人税などは含まれません。

キャッシュ・フロー

キャッシュ・フローは、実際のお金の流れを意味します。DCF法で使われるキャッシュ・フローは、NOIからさらに、不動産の価値を維持・向上させるために必要な大規模修繕費などの「資本的支出」を差し引いたもの(NCF:ネットキャッシュ・フロー)が使われることが一般的です。税引後のキャッシュ・フローを考慮する場合もあります。

還元利回り(キャップレート)

還元利回りは、主に直接還元法で用いられ、投資家が対象不動産に対して期待する収益率(リターン)を意味します。NOIをこの還元利回りで割ることで、不動産の収益価格が求められます。

還元利回りは、類似の不動産の取引事例から算出された利回りや、国債利回りなどの安全資産の利回りに、不動産投資特有のリスク(空室リスク、賃料下落リスク、災害リスクなど)や、物件の個別性(立地、築年数、管理状態など)を上乗せ(リスクプレミアム)して決定されます。一般的に、リスクが高いと判断される不動産ほど、還元利回りは高くなる傾向があります。

割引率

割引率は、主にDCF法で用いられ、将来受け取る予定のキャッシュ・フローを、現在の価値に換算(割り引く)ために使われる率です。

将来のお金は、インフレや機会費用(そのお金を他の投資に使っていたら得られたであろう利益)などを考慮すると、現在の同額のお金よりも価値が低いと考えられます。割引率は、この「時間価値」と、将来キャッシュ・フローの「不確実性(リスク)」を反映したものです。還元利回りと同様に、リスクが高いほど割引率は高くなります。

割引率の決定方法には、類似不動産の還元利回りを参考にしたり、借入金利と自己資金の期待収益率を加重平均するWACC(加重平均資本コスト)を用いたりするなど、様々な考え方があります。

ターミナルバリュー

ターミナルバリュー(TV)は、DCF法において、キャッシュ・フローを個別に見積もる予測期間(例えば10年間)が終了した時点での、その不動産の価値を指します。予測期間以降も不動産は価値を持ち続けるため、その価値を算出して現在価値に割り引いて加える必要があります。

ターミナルバリューの計算方法としては、予測期間最終年の翌年(N+1年目)のキャッシュ・フローを、適切な還元利回り(ターミナルキャップレート)で割って算出する「永久還元法」や、予測期間終了時点での売却価格を見積もる方法などがよく用いられます。

空室率

空室率は、賃貸可能な面積のうち、実際に空室となっている割合です。家賃収入を予測する上で非常に重要な要素となります。過去の実績や、周辺地域の類似物件の空室状況、将来の市場動向などを考慮して設定します。空室率が高く設定されるほど、予測される収入は減少し、評価額は低くなります。

運営費用

運営費用(Opex: Operating Expenses)は、不動産を運営・維持管理していくために日常的に発生する費用のことです。具体的には、以下のようなものが含まれます。

  • 管理委託費
  • 共用部分の水道光熱費
  • 清掃費
  • エレベーターなどの保守点検費
  • 修繕費(日常的な小修繕)
  • 固定資産税・都市計画税
  • 損害保険料

これらの費用を正確に見積もることが、適切なNOIやキャッシュ・フローを算出するために不可欠です。

インカムアプローチを理解し、不動産投資を成功させよう

この記事では、インカムアプローチとは何か、その計算方法、重要なキーワード、メリット・デメリット、具体的な活用事例、そして注意点について解説してきました。

インカムアプローチの考え方は、単に不動産の価値を評価するだけでなく、企業の事業価値や将来の収益力を評価する上でも非常に役立ちます。対象企業が保有する不動産の価値をインカムアプローチで評価することはもちろん、買収対象事業そのものが将来どれだけのキャッシュ・フローを生み出すのかをDCF法などで分析することは、M&Aの意思決定において不可欠と言えるでしょう。

インカムアプローチは、将来予測という不確実性を伴いますが、その予測の根拠を突き詰め、リスクを分析するプロセス自体が、投資対象を深く理解することにつながります。他の評価手法も参考にしながら、インカムアプローチを適切に活用することで、より精度の高い価値評価と、成功確率の高い投資判断が可能になるはずです。


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