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「人的資本経営」により、業務環境が大きく変わる総務人事
2023年以降、経理部門もインボイス制度や電子帳簿保存法などにより、業務環境が大きく変わることが想定されていますが、総務人事部門も同様です。
トレンドワードである「人的資本経営」(社員一人ひとりの価値を最大化させることで、会社の売上利益など経営面にも良い効果をもたらす経営)への取り組みによって、これまでの業務に加えて、たとえば上場企業であれば有価証券報告書の非財務情報への記載についても担当しなければいけないでしょうし、会社のHPもそれに合わせて充実させなければいけません。
社員インタビューなども、これまでのような学生や転職希望向けだけでなく、投資家の目線にも耐え得るような内容や表現にブラッシュアップしていくことが求められていくことでしょう。
実際に私もすでにいくつかの企業からこうした非財務情報に関してのご相談や社員インタビューのライティングの仕事を昨年後半から受け始めています。その際に私が気を付けていることは「投資家に刺さる内容やキーワードを入れる」ということです。
「人的資本経営」の重要項目の一つに、「経営戦略と人材戦略の連動」があります。
これまで人材採用に関しては、「うちの部門に人材が不足しているから採用してください」という依頼があったり「来年度の新卒は全体のバランスを考えて〇名を目標にしようか」と協議をしたりした後、粛々と採用面談活動を担うのが総務人事部門の役割でした。
しかし、これからは採用することが最終目標ではなく、採用された人間が実際に会社の売上や利益に貢献したのかしていないのかを検証したり、貢献できるように一人ひとりの社員の価値を最大化させるためにはどのような投資を会社がすべきか、といった検討や実施が新たに仕事として加わります。
さらに重要なのは、そのような取り組みを「社外にも伝える役割を担う」ということです。
非財務情報をどう精査し表現するか
有価証券報告書や会社のHPなどで、「当社には社員の価値を最大化させるさまざまな仕組みがあり、取り組みも行っています」「当社は産休、育休などの、社員のどのようなライフステージにも対応できるサステナブルな働き方の制度を設けています」というようなアピールをすることで、「当社は常に価値のある人材が途切れない会社である=売上利益が安定的に確保でき、さらに成長できる可能性がある会社である」ということをアピールすることができます。
これを見た投資家などが「この会社の非財務情報は将来性があり、財務情報にもいずれ連動して売上利益も向上するはずだから今のうちに投資をしよう」となっていきます。
普段売上や利益の数字を業務上意識している経理や営業の人達が人的資本経営を見ると、「会社における価値のある人材=売上・利益を出せる人材」ということが直感的に結びつくと思いますが、それ以外の人達にとってはそうではありません。
技術部門やクリエティブ部門の社員でしたら「価値のある人材=これまでの枠にとらわれない発明やアイデアを出せる人」という解釈をする人もいるでしょう。
総務人事部門であれば、数字よりも人格的な部分、たとえば「周囲から信頼されている人、品行方正な人、マネジメント能力がある人、リーダーシップがある人」などが会社にとって価値のある人と考える人もいることでしょう。
そのため、たとえば総務人事部門の方達が、人的資本経営の対応に備えて、女性活躍や男性の育休制度利用についての情報開示を会社から指示をされて行う際に、「ただ純粋に現状の全体に占める女性管理職比率や育休利用率の数字を情報開示すればいいのか、それとも開示する以上はプラスの評価を投資家からされるように、ストーリーやコンテンツを練って情報開示をすればいいのか、どのように進めたらいいのかがわからない」という会社もかなりあります。
財務情報の要領で非財務情報を精査・表現する
そのような時に、経理社員がサポートできることがあります。上場企業であれば、有価証券報告書はそもそも経理部門がメインで作成することでしょう。
その際、財務情報はただ数字だけを掲載するだけでなく、その数字がなぜ良かったのか、なぜ良くなかったのかを「正直でありながらも今後売上利益が伸長、改善するなど、期待を持たせる書き方」で、日本語の文章を数字の前後に記載し、補足しているはずです。
これから有価証券報告書に記載が義務化される非財務情報に関しても同様で、その数字や取り組みをただ羅列するよりも、その数字や取り組みが今後、財務情報へどのようにプラスの効果で連動していくかを記載することで、開示した意味を発揮します。
たとえば、女性社員や女性管理職の比率が伸長しているデータが出たら、それによって、どのようなプラスの影響が「財務情報」として出てくるかということを明示します。そうすることで、投資家がよりその会社に価値があることを認識してくれます。
一例として、一般的に女性社員や女性管理職がこれまで少なかった理由としては、純粋に育児に関する負担が女性に偏り、男性と女性双方が共働きの家庭であれば女性が会社を辞めたり、時短勤務をしたり、これまで培ったキャリアよりも等級を下げた業務にしたり、といった犠牲を払ってきたことも一因でしょう。
会社が女性社員にそれまで投資をしてきた給与や研修などの費用や、女性社員自身がキャリアを積むことによって会社にもたらしてきた対価が、育児が理由で退職をした場合、会社としても「将来的な売上や利益」を毀損してきたことになります。
つまり女性がそれまでのキャリアを犠牲にすることなく、女性、男性問わず育休取得や子育てがしやすい制度や組織の仕組みを会社が設けることは、少なくともこれまで育児のために退職やキャリアダウンを強いられてきた人達が相対的に減る、つまり損失が減少し、投資してきた人材がより長く会社に貢献でき、売上や利益を生み続けるという環境が整っている会社だと投資家にアピールできるのです。
このようなことを有価証券報告書に一字一句書きなさいということではなく、このような「裏テーマ」を念頭に非財務情報の開示を行うと、おのずとその文章の内容も、財務情報に連動した将来的に売上や利益の向上に期待を持たせる文章構成になるはずですし、投資家もそれを敏感に感じ取ってくれるはずです。
会計の知識が身に着くことで、総務人事の戦略次第で利益が変わることも理解できる
こうしたことをより総務人事部門が肌感覚で理解するためには、やはり財務情報を読み込める能力を養うことが今後は必須になってくると思います。
だからといって、総務人事部門の人が今から簿記を1から勉強するわけにもいかないと思います。そのような時こそ、経理社員の出番、というわけです。
経理社員が「粗利とは何か」「経常利益とは何か」「福利厚生費や研修費は損益計算書のどこの項目に含まれているか」など、基本的な数字の見方を総務人事部門に伝えます。
総務人事部門の人達自身が行っている業務が決算書のどの項目と連動しているかをイメージできるようにすることで、より非財務情報が財務情報に良い形で連動して、表現できるようになるはずです。
たとえばキャリア採用の場合、人材紹介会社を通した採用形式が、身元確認や職務経歴もチェックされているので、総務人事や現場部門からすると安心です。
しかし、経理帳簿から見ると一番お金がかかるのは人材紹介会社を通した採用です。それも内定者の年収の数十パーセントの手数料を払うのが一般的ですから、安い金額ではありません。
経理帳簿から見た一番よい採用方法は、自社のHPなどのオウンドメディアを通した直接応募です。その場合、コストがかからないからです。
次にコストがかからないのがリファラル採用といわれる既存の社員からの紹介です。会社によっては紹介者、入社した人それぞれにお祝い金を支給する会社もありますが、これも人材紹介を通した採用を考えれば安いものです。
つまり会社が魅力的に映るようなHPなどのオウンドメディアを企画、作成できる社員や、「〇〇さんがいい会社だというならきっとそうだろうと思い応募しました」と何人も自分の知り合いを紹介してくれうる社員は、会社のコスト抑制にものすごく貢献しているわけです。
だからこそ社内で良い人材が育つ仕組みを対外的にアピールすること自体が非常に重要であり、それは非財務情報でありながら、財務情報にも連動しているといえるのです。
純粋に会計用語だけでなく、こうした「お金の視点から業務を見ることの重要さ」を経理部門から総務人事部門に伝えることで、総務人事部門も、既存の総務人事目線に加えて経理目線、経営目線で人材戦略を考え、実行し、発信できるようになるはずです。
経理と総務人事はオフィスでも隣り合って仕事をしていることも多いと思います。
経理部門が総務人事部門に越境してサポートをすることで「経営戦略と人材戦略の連動」が実現し、そのことが会社からも新たな経理の役割として評価を得ることができると思います。
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