- 作成日 : 2025年10月6日
老人ホームM&A完全ガイド|準備からクロージング・補助金まで解説
少子高齢化の進展により、老人ホーム業界は転換期を迎えています。入居ニーズは増加しているものの、人材不足や採用難・運営コストの上昇、さらには後継者不在や資金繰りといった課題が経営を圧迫しています。
介護需要の拡大を背景に買収を検討する企業も増加しており、こうした状況で注目されるのが老人ホームのM&Aです。株式譲渡や事業譲渡を通じて、売り手は事業承継を実現し買い手は成長戦略の加速が期待できます。本記事では仕組みや特徴・注意点・流れを解説します。
目次
老人ホームM&Aとは?
老人ホームM&Aとは、後継者不在で事業承継を必要とする経営者が、施設や事業を譲渡・売却する組織再編行為のことです。帝国データバンクの調査によれば、中小企業の後継者不在率は52.1%に達しており、承継を目的としたM&Aは増加傾向です。
介護業界では慢性的な人材不足が続いており、人材確保やスケールメリットによる経営効率化を目的としたM&Aの動きも見られます。
同業種間での統合・再編が進む一方で、一部では異業種企業による介護分野への参入事例も確認されています。
特に介護付有料老人ホームは、新規開設にあたって自治体の調整や制限がかかる場合があり、そのため既存施設をM&Aで取得する動きが見られているようです。
実務上は、売り手は入居者や従業員への配慮を重視し、買い手は運営改善や収益性の確保を意識するケースが多いとされています。
M&A対象となりやすい老人ホームの種類とは?
統計的なデータは乏しいものの、一般的に株式会社など営利法人が運営する有料老人ホームは事業承継や売却の対象となりやすいとされます。
これらは運営母体が株式会社などの民間企業であるため、事業承継や売却の対象となりやすく、収益性や成長性を評価しやすい点が特徴です。
特別養護老人ホームなどの公的・非営利施設は社会福祉法人が主体であり、法規制や運営目的の性質上、原則としてM&Aの対象にはなりにくいとされています。
そのため、市場では営利施設を中心にM&Aが活発化しており、投資家や法人の注目が集まっています。
M&Aの代表的な手法
老人ホームのM&Aでは主に株式譲渡と事業譲渡の2種類が用いられます。
株式譲渡は会社ごと買収し資産・負債を一括承継する方法で、事業譲渡は施設や事業のみを取得し、譲渡範囲を柔軟に設定できる手法です。
株式譲渡の特徴とポイント
株式譲渡は法人格ごと事業を引き継ぐM&A手法です。
売り手の立場から見ると、行政指定を維持したまま譲渡できるほか、利用者との契約や従業員の雇用契約も法人ごと引き継ぐことが可能です。
一部の契約では承諾や届出が必要となる場合があるものの、買い手の立場からは、行政指定をそのまま維持できます。運営をスムーズに継続でき、契約も引き続き有効となるため、混乱が少ないという利点があります。
反面、過去の債務リスクを引き継ぐ可能性があるため、事前のデューデリジェンスが欠かせません。総じて、株式譲渡はスムーズな承継が可能で双方にメリットの大きい手法ですが、過去の債務や契約条件には十分注意が必要です。
事業譲渡の特徴とポイント
事業譲渡は、会社そのものを残したまま特定の事業だけを譲渡できる柔軟なM&A手法です。売り手にとっては、譲渡対象を限定できるため経営資源を再集中させ、大手企業の傘下に入る道を選びやすいでしょう。
一方で、廃止届の提出や買い手による個別指定申請などの手続きが必要となり負担が大きくなります。必要な事業や資産のみを取得できる一方で、多くの場合は新たに許認可を取得する必要があり、営業開始までに手続きが必要です。
さらに利用者や従業員との契約を再度締結しなければならないため離脱リスクが生じます。事業譲渡は売り手にとって経営資源を効率的に活用する手段であり、買い手にとって必要な部分を選んで取得できる点で魅力的です。
とはいえ、許認可の取得や契約の再構築など、手続き上の負担やリスク管理が非常に重要です。
M&Aを検討すべき2つの視点からのタイミング
老人ホームのM&Aは、売り手は事業承継や経営安定のため、買い手は事業拡大や新規参入のために行われます。こうした双方の目的を踏まえ、適切なタイミングで検討することが成功の鍵となります。
売り手視点でのタイミング
売り手がM&Aを検討するタイミングは、後継者問題を解決し、事業を継続したいときが代表的です。さらに、大手グループ傘下に入ることで資金力や経営基盤を強化し、安定的な運営を実現するケースもあります。
慢性的な人材不足に悩む施設では、M&Aによって従業員を一括で確保し、運営の効率化やサービスの安定化を図ることも可能です。
経営課題を解消しつつ事業の未来を守り、従業員や入居者の安心を確保しながら円滑に承継を進められるときが、売り手にとって最適なタイミングです。
買い手視点でのタイミング
買い手がM&Aを検討するタイミングは、規模拡大によるスケールメリットを得たいときに適しています。地域展開を迅速に進めたい場合や、総量規制の影響を回避しつつ事業を拡大したい場合にも有効です。
異業種から介護分野へ新規参入する際は、M&Aを通じて施設や人材、ノウハウを一括で獲得できるメリットがあります。
許認可を引き継ぎ、事業拡大をスムーズに進められる点も魅力です。既存施設の強化や運営効率化も同時に図れるため、成長戦略に沿った最適なタイミングで検討することが非常に重要です。
老人ホームM&A|3つの視点からのメリット
老人ホームM&Aには、売り手・買い手・利用者それぞれに大きなメリットがあります。経営課題の解決や事業拡大だけでなく、サービスの質向上や安心感の確保など多方面でプラス効果が期待でき、未来へつながります。
売り手側
老人ホームの売り手にとってM&Aは、後継者不足を解消し、円滑に事業を引き継ぐことができる大きな機会です。売却益を得ることで生活資金や新しい事業への資金として活用でき、経営者自身の選択肢も広がります。
個人保証や担保といった重い負担から解放されるため、精神的にも安心できます。たとえ赤字経営の施設であっても、運営ノウハウや人材が評価され、買い手が見つかるケースもあり出口戦略として有効です。
買い手側
買い手にとって老人ホームのM&Aは、事業規模を拡大してコスト削減や効率化を図れる大きなメリットがあります。現場で経験を積んだ人材をそのまま確保できるため、安定した運営を即座に実現可能です。
新しいサービスやノウハウを取り入れることで事業展開を加速でき、地域や事業領域の拡大によって利用者基盤も広げられます。加えて、サービスラインナップを強化することで認知度や競争力の向上にもつながります。
利用者や従業員
利用者や従業員にとっても、M&Aには前向きなメリットがあります。たとえば、運営体制の強化によってサービスの質が向上し、多様な選択肢が提供されることです。
その結果、利用者の満足度が高まり、安心して長期的にサービスを利用できる可能性も広がります。
従業員にとっては研修制度や資格取得支援などを通じてキャリアアップがしやすくなり、大手グループ傘下に入ることで雇用条件や働きやすさが改善されることも期待できるでしょう。
老人ホームM&A|3つの視点からのデメリットと注意点
老人ホームM&Aには、売り手・買い手・利用者や従業員それぞれに注意すべきリスクやデメリットが存在します。契約や運営体制の変化により、混乱や不安を招く可能性もあるため慎重な対応が必要です。
売り手側
売り手にとっての最大の懸念は、売却代金に対する課税です。株式譲渡であれば株主である個人に譲渡所得税が課され、事業譲渡であれば法人税や消費税が課されるため、思ったほど手元資金が残らないケースもあります。
契約後に過去の法令違反や未開示債務が判明すると、表明保証責任を問われ、損害賠償や補償請求につながる可能性があります。こうした課題を避けるには、事前の情報開示を徹底し、専門家のサポートを得て透明性を高めることが重要です。
買い手側
買い手にとっては、介護報酬制度の改定が経営計画を左右する点が大きなリスクとなります。3年ごとの見直しによって収益が増減し、事業シナリオの再構築を迫られることもあります。
譲受企業に潜在的な負債やコンプライアンス問題が潜んでいると、引き継ぎ後に追加コストが発生する危険も否めません。これらを踏まえ、買収前にはデューデリジェンスで財務・法務の両面を精査し、想定外の支出を未然に防ぐ取り組みが求められます。
利用者や従業員
M&Aによって施設の運営主体が変わると、利用者や家族にとっては「今までと同じサービスが受けられるのか」「料金が変わらないか」といった不安が生まれることがあります。
従業員にとっても体制の変化は大きな出来事であり、雇用や待遇に関する心配から離職を考えてしまうケースも見られます。そのため、買い手・売り手ともに事前に丁寧な説明を行い、利用者や従業員が安心して継続できる環境づくりを心がけることが大切です。
老人ホームM&Aにおける価格の決まり方
老人ホームM&Aの価格は、収益力や入居率・立地条件・人材状況など多角的に評価されます。将来の成長性や地域需要、介護報酬改定の影響なども加味され、総合的に慎重かつ的確に判断されるのが特徴です。
M&A全般で使われる4つの代表的な評価手法
M&Aの価格評価にはいくつかの代表的な手法があり、老人ホームM&Aでも一般的な評価方法が活用されることがあります。施設の収益性や資産状況に応じて適切な方法が選ばれ、複数の手法を組み合わせて総合的に判断されるケースも見られます。
これにより、売り手と買い手の双方が合意しやすい公正な価格設定を行うことが可能です。具体的な手法としては、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算定するDCF法、会社の資産や負債を基に評価する簿価純資産法や修正純資産法があります。
類似企業の取引事例と比較して価格を導く市場比較法や、純資産にのれん価値を加えて評価する年倍法なども、一般的に活用される手法として挙げられます。
老人ホームM&A特有の相場に関わる要因
老人ホームのM&Aでは、一般的な企業評価に加え、施設特有の条件が価格に大きく影響します。入居率や職員の定着率の高さやアクセスに優れた良好な立地、そして評判の良さやコンプライアンス体制が整っていることはプラス要因となるでしょう。
建物の老朽化や多額の修繕コストの見込み、行政指導歴や法令違反の有無、人材不足や離職率の高さはマイナス要因となります。
これらを総合的に勘案して適正価格を判断し、売り手・買い手の双方が納得できる価格を設定するためには、専門家の助言を得ながら慎重に評価を進めることが重要です。
老人ホームM&Aの5つのステップ
老人ホームM&Aには、売り手・買い手双方が安心して納得しながら取引を進めるための5つのステップがあります。
① 事前準備
M&Aをスムーズに進めるためには、まず事前準備が重要です。売り手は自社の企業価値を評価し、強みや弱みを分析して希望価格を明確にします。事業概要や譲渡条件を整理し、ノンネームシートや案件概要書を作成して買い手に提示できるようにします。
交渉前に秘密保持契約(NDA)を締結し、情報漏洩を防止することが不可欠です。これにより、安心して交渉を進められ、売り手・買い手双方が納得できる取引の基盤をしっかり整えられます。 その後の交渉や契約もスムーズに進めやすくなります。
② 交渉フェーズ
交渉フェーズでは、まず経営陣同士のトップ面談を実施し、相互理解と信頼関係を構築することが重要です。
基本合意書(LOI)を締結し、譲渡条件やスケジュールの方向性を双方で確認し譲渡価格や契約条件について慎重に交渉を重ね、最終契約に向けて調整を進めます。
この段階で十分に話し合い、合意形成を行うことで後の契約締結やPMI(統合プロセス)が円滑に進み、売り手・買い手双方にとって安心できる取引の基盤が整うのです。
③ デューデリジェンスと最終契約
この段階では、財務・法務・業務のデューデリジェンスを実施し、潜在的なリスクや課題を洗い出します。調査結果を踏まえた上で最終条件を確定し、最終契約を締結します。
契約書には譲渡対象や譲渡価格、従業員の雇用維持方針などを明確に記載し、売り手・買い手双方が納得できる形で合意をすることが重要です。
これにより将来的なトラブルを防ぎ、事業承継や運営の安定性を確保できるとともに、安心してクロージング後の統合プロセスに移行できる体制を整えます。
④ 家族・従業員・入居者への説明
M&Aにおいては、家族や従業員、入居者への説明が非常に重要です。情報は必要最小限に留めつつ、安心感を与えることが求められます。経営方針や雇用維持の方針を丁寧に伝えることで、信頼を築き、混乱や離職のリスクを抑えることが可能です。
説明の過程で不安や疑問に寄り添う姿勢を見せることで、関係者が納得しやすくなり、クロージング後もスムーズな運営を続けられる環境を作れるでしょう。
⑤ クロージング後のPMI
クロージングでは、資産移転や支払い、許認可手続きなどを完了させます。その後、PMI(統合プロセス)を通じて組織文化や運営体制の調整を進めます。統合後も利用者や従業員への配慮を欠かさず、運営の混乱を最小限に抑えることが重要です。
計画的にPMIを実施することで、M&Aによる効果を最大化でき事業継続や成長・サービス品質の向上を両立させ、より安定した運営体制を確立することが可能です。
老人ホームM&Aで活用できる2つの補助金・支援制度
老人ホームM&Aでは、中小企業庁の事業承継・引き継ぎ補助金や自治体独自の支援策など、資金面や手続き面で活用できる制度が複数あります。これらを活用することで、M&Aのコストを抑え、スムーズな事業承継を実現しやすくなります。
① 中小企業庁の事業承継・引き継ぎ補助金
老人ホームのM&Aでも、国の事業承継・M&A補助金を活用できます。介護施設の場合も中小企業庁の事業承継・引き継ぎ補助金を活用でき、仲介手数料や専門家への相談費用などが補助対象となり、登録済みのM&A支援機関を通じた実施が条件です。
補助対象には、仲介手数料や専門家への相談費用も含まれ、M&Aの準備や交渉・契約までの費用負担を大幅に軽減できます。
補助金を活用することで、資金面の不安を抑えながら計画的に事業承継を進めることが可能となり、売り手・買い手双方が安心して取引に臨める環境が整うでしょう。
補助金の活用は手続きや戦略の検討を効率化し、M&A成功の可能性をより高めるだけでなく、安心感のある事業承継を実現できます。
② 自治体独自のM&A支援策
自治体ごとに独自のM&A支援策があり、制度内容は地域により異なります。例として、東京都や横浜市、高知県の中山間地域などが挙げられます。国の補助金より競争率が低く採択されやすく、申請・報告書類も比較的シンプルです。
地域の経済状況や課題に即した制度が多く、現場に合った支援を受けやすいのが特徴です。補助対象には、外部専門家(M&A仲介会社・弁護士・税理士など)への委託費が含まれるケースもあり、活用することでM&Aを効率的に進められます。
自治体の担当窓口や商工会議所を通じて相談することで、申請の手続きや必要書類の確認もスムーズに行え、より安心して制度を利用できます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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