- 作成日 : 2025年9月9日
ノンコア事業のM&Aとは?メリットやスキームを解説
企業が持続的な成長を実現するためには、限られた経営資源を最も収益性の高い事業に集中させることが重要です。この戦略的な判断において、ノンコア事業のM&Aは企業価値向上の有効な手段として注目されています。この記事では、ノンコア事業のM&Aについて、基本概念から実践的な注意点まで詳しく解説します。
目次
ノンコア事業とは?
ノンコア事業の定義と企業経営における位置づけについて解説します。
ノンコア事業の基本概念
ノンコア事業とは、企業の主力事業や中核事業以外の周辺事業を指します。具体的には、企業の競争優位性や収益性において重要度が相対的に低く、経営資源の配分において優先順位が下位に位置する事業領域です。
企業は限られた人材、資金、時間といった経営資源を効率的に活用する必要があります。そのため、収益性や成長性の観点から、事業を「コア事業」と「ノンコア事業」に分類し、戦略的な判断を行うことが求められます。
コア事業との違い
コア事業は企業の競争力の源泉となる中核的な事業であり、以下の特徴を持ちます。
- 高い収益性と成長性を有する
- 企業の独自性や競争優位性が発揮される
- 経営資源を優先的に配分すべき領域
- 企業のブランド価値向上に直結する
一方、ノンコア事業は以下のような特徴があります。
- 収益性や成長性が限定的
- 企業の競争優位性が発揮しにくい
- 経営資源の配分優先度が低い
- 本業との関連性が薄い
ノンコア事業が生まれる背景
企業がノンコア事業を抱える理由は多様です。過去の多角化戦略の結果として残存している事業、買収によって取得したが統合効果が期待できない事業、市場環境の変化により競争力を失った事業などが挙げられます。
また、創業時から続く伝統的な事業であっても、市場の成熟化や技術革新により、相対的にノンコア事業となるケースも少なくありません。
ノンコア事業をM&Aするメリット
ノンコア事業の売却により得られる具体的な利益と企業価値向上の仕組みを説明します。
経営資源の最適化
ノンコア事業の売却により、企業は限られた経営資源をコア事業に集中できます。人材、資金、設備、経営陣の時間といった貴重な資源を、最も収益性の高い分野に振り向けることで、全体的な企業価値の向上が期待できます。
特に中小企業においては、経営資源の制約が厳しいため、選択と集中による効果は顕著に現れます。売却により得られた資金を新規事業開発や既存事業の拡大に投資することで、持続的な成長基盤を構築できます。
財務体質の改善
ノンコア事業の売却は、企業の財務状況を大幅に改善する効果があります。売却代金により借入金の返済が可能となり、自己資本比率の改善や金利負担の軽減が実現します。
また、収益性の低い事業を手放すことで、全体的なROE(自己資本利益率)やROA(総資産利益率)といった収益性指標の向上も期待できます。これらの改善により、資本市場での企業評価向上や資金調達条件の改善につながります。
リスクの軽減
多角化している企業は、それぞれの事業領域で異なるリスクを抱えています。ノンコア事業の売却により、企業は事業リスクを軽減し、より予測可能で安定した収益構造を構築できます。
特に、景気変動の影響を受けやすい業界や、規制負担の重い事業を除外することで、企業運営上の法的・コンプライアンスリスクを軽減できる場合があります。
専門性の向上
事業領域を絞り込むことで、企業は特定分野での専門性を深めることができます。専門性の向上は競争優位性の確立につながり、長期的な収益性の向上を実現します。
また、組織内の知識やノウハウが集約されることで、イノベーションの創出や効率性の向上も期待できます。
ノンコア事業のM&Aスキーム
ノンコア事業の売却で活用される主要なM&Aスキームについて詳しく解説します。
事業譲渡
事業譲渡は、会社が営む特定の事業を他の会社に譲渡するスキームです。譲渡対象となる資産、負債、契約関係、従業員を個別に移転するため、柔軟な取引設計が可能です。
事業譲渡の特徴として、売り手企業は必要な部分のみを残し、不要な部分を除外して譲渡できる点があります。また、買い手企業も必要な資産や人材のみを取得でき、簿外債務などのリスクを回避しやすいメリットがあります。
ただし、個別の資産移転手続きが必要となるため、取引完了までに時間を要する場合があります。
株式譲渡
株式譲渡は、対象会社の株式の全部または一部を他の会社に譲渡するスキームです。会社の経営権とともに、すべての資産、負債、契約関係が包括的に移転されます。
株式譲渡の利点は、手続きが比較的簡便で、取引完了までの期間が短縮できることです。また、対象会社の許認可や取引先との契約関係がそのまま維持されるため、事業継続性の観点でも優れています。
一方で、買い手企業は対象会社のすべての資産と負債を承継するため、詳細なデューデリジェンスによるリスク把握が重要となります。
会社分割
会社分割は、会社の事業の全部または一部を他の会社に承継させるスキームです。新設分割と吸収分割の2つの形態があり、それぞれ異なる特徴を持ちます。
新設分割では、承継する事業のために新たに会社を設立し、その株式を対価として受け取ります。吸収分割では、既存の会社が事業を承継し、その会社の株式や現金を対価として受け取ります。
会社分割の特徴は、組織再編税制の適用により、税務上の優遇措置を受けられる可能性があることです。また、従業員の雇用関係や許認可の承継についても、法律上の保護措置が設けられています。
カーブアウト
カーブアウトは、大企業が子会社や事業部門を独立させ、その株式の一部を外部投資家に売却するスキームです。完全な売却ではなく、親会社が一定の持分を保持し続ける場合が多いのが特徴です。
このスキームにより、売り手企業は資金調達を行いながら、対象事業への影響力を維持できます。また、独立した事業体として運営することで、機動性の向上や専門性の発揮が期待できます。
ノンコア事業のM&A注意点
ノンコア事業の売却を成功させるために把握しておくべき重要なポイントを解説します。
適切な企業価値評価
ノンコア事業の売却において、適切な企業価値評価は取引成功の鍵となります。売り手企業は、事業の将来性や独自性を適切に評価し、市場価値を正確に把握する必要があります。
価値評価の手法には、DCF法、類似会社比較法、類似取引比較法などがあります。それぞれの手法には特徴があり、事業の性質や市場環境に応じて適切な手法を選択することが重要です。
また、事業の価値を最大化するために、売却前に収益性の改善や組織の整備を行うことも検討すべきです。
タイミングの重要性
M&A市場は経済環境や業界動向の影響を大きく受けるため、売却タイミングの選択は極めて重要です。市場が活況な時期や、対象業界に対する投資家の関心が高い時期を狙うことで、より有利な条件での売却が可能となります。
また、企業の業績が好調な時期に売却することで、より高い評価を得やすくなります。逆に、業績が悪化してからの売却では、期待する価格での取引が困難になる可能性があります。
買い手企業の選定
適切な買い手企業の選定は、取引の成功と従業員の処遇に大きな影響を与えます。単純に最高価格を提示した企業を選ぶのではなく、事業との適合性、経営方針、従業員の処遇方針などを総合的に評価することが重要です。
特に、買い手企業が対象事業をどのように発展させる計画なのか、既存の従業員の雇用をどのように維持するのかといった点は、長期的な事業発展の観点から重要な要素となります。
法務・税務上の検討事項
ノンコア事業の売却には、様々な法務・税務上の検討事項があります。事業譲渡の場合、個別の契約移転手続きや許認可の承継手続きが必要となる場合があります。
税務面では、売却益に対する法人税の計算や、組織再編税制の適用可能性について詳細な検討が必要です。また、従業員の処遇についても、労働法上の規制を遵守した適切な手続きを行う必要があります。
これらの複雑な検討事項については、専門家のアドバイスを受けながら進めることが推奨されます。
デューデリジェンスへの準備
買い手企業によるデューデリジェンス(詳細調査)に適切に対応することは、円滑な取引進行のために不可欠です。財務情報、法務情報、事業情報などを整理し、買い手企業の質問に迅速かつ正確に回答できる体制を整備する必要があります。
特に、過去の財務データの正確性、契約関係の整理、潜在的なリスクの洗い出しなどは、取引価格や条件に直接影響する重要な要素となります。
ノンコア事業のM&A事例
実際の企業事例を通じて、ノンコア事業売却の実践的な側面を理解します。
製造業における事例
大手電機メーカーA社は、2023年に半導体事業を投資ファンドに売却しました。この事業は創業時から続く伝統的な事業でしたが、競争激化により収益性が低下し、巨額の設備投資が必要な状況となっていました。
売却により得られた資金約5,000億円を、成長分野であるAI・IoT関連事業に投資することで、企業全体の競争力強化を図りました。売却後、A社の株価は30%上昇し、投資家からも高い評価を得ています。
買い手となった投資ファンドは、半導体事業を独立した会社として運営し、専門的な経営により収益性の改善を実現しています。
サービス業における事例
総合商社B社は、2022年に物流子会社を専門の物流会社に売却しました。この子会社は本業との関連性が薄く、規模的にも競合他社に劣る状況が続いていました。
売却価格は約800億円で、B社はこの資金を新興国でのインフラ投資に活用しました。買い手企業は既存の物流ネットワークとの統合により、規模の経済効果を実現し、サービス品質の向上を図っています。
従業員については、買い手企業が雇用を継続し、より専門的な環境での成長機会を提供しています。
IT企業における事例
大手IT企業C社は、2021年にクラウドサービス事業の一部を米国のテクノロジー企業に売却しました。この事業は技術的な優位性を失い、激しい価格競争により収益性が悪化していました。
売却により約2,000億円の資金を調達し、AI技術の研究開発と新規事業創出に投資しました。結果として、C社は AI分野でのリーディングカンパニーとしての地位を確立し、売上高・利益ともに大幅な成長を実現しています。
中小企業における事例
地方の製造業D社(従業員300名)は、不動産管理事業を地元の不動産会社に売却しました。この事業は創業者の個人的な投資から始まったもので、本業の製造業とは関連性がありませんでした。
売却価格は約3億円と比較的小規模でしたが、D社はこの資金を製造設備の更新と技術者の採用に投資し、主力製品の競争力強化を実現しました。売却後3年間で売上高は25%増加し、利益率も大幅に改善しています。
ノンコア事業のM&Aという前向きな戦略で成長を目指す
この記事では、ノンコア事業のM&Aについて、そのメリットやスキームを解説しました。
ノンコア事業のM&Aは、単なる事業の切り売りではありません。売り手にとっては、経営資源を中核事業へ集中させる「選択と集中」を実現し、企業全体の競争力を高めるための重要な経営戦略です。また、得られた資金は新たな成長投資や財務基盤の強化に活用できます。
一方で買い手にとっては、時間やコストをかけてゼロから事業を立ち上げるリスクを避け、スピーディーに市場参入や事業規模の拡大を実現できるという大きなメリットがあります。
成功の鍵は、事業譲渡や会社分割といったスキームごとの特性を理解し、自社の目的に最も合った手法を選択すること、そして専門家も交えた慎重なデューデリジェンスにあります。
経営環境の変化が激しい現代において、ノンコア事業のM&Aは、企業の持続的な成長と価値向上を実現するための、前向きで戦略的な選択肢と言えるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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