• 作成日 : 2025年6月9日

M&Aにおけるクラウンジュエルとは?事例や類似用語との違いを解説

敵対的買収の脅威に直面した際、企業が取りうる防衛策は多岐にわたります。その中でも、「クラウンジュエル」という言葉を耳にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。この記事では、M&Aの現場で注目されるこの「クラウンジュエル」について、その定義から具体的な事例、戦略、注意点を詳しく解説します。

クラウンジュエルとは?

クラウンジュエルとは、敵対的買収の標的となった企業が、買収者にとって最も魅力的な事業部門、資産、子会社などを指します。王冠(クラウン)に例えられる企業にとって、宝石(ジュエル)のように価値のある部分という意味合いがあります。

本来、「クラウンジュエル」という単語だけだと、ある会社の魅力的な部門という意味合いを持ちますが、敵対的買収への防衛策である「クラウンジュエル・ディフェンス(王冠の宝石防衛)」が語源とされています。

買収者がその企業を買収する主目的となっているような、収益性が高く、独自の技術やノウハウを持ち、市場シェアが高い事業などが該当します。買収者は、通常、買収によって対象企業の価値ある部分を手に入れることを目的としているため、その部分が失われることで買収の意欲を削ぐ効果が期待されます。

また、クラウンジュエルは、敵対的買収に対する防衛策の一つである「焦土作戦(スコーチド・アース)」において、その中核となる要素でもあります。これは、自社の価値ある部分を意図的に譲渡や分社化することで、企業全体の魅力を低下させ、買収者の意欲を削ぐ戦略です。焦土作戦は、買収会社が得られる利益をなくすため、被買収会社の資産や事業を処分する行為を指し、クラウンジュエルはその一形態と言えます。

クラウンジュエルの条件

クラウンジュエルとみなされる事業や資産は、買収者の買収意欲を削ぐために、相手にとって魅力的なものであることが条件となります。具体的には、以下の特性を持つものが挙げられます。

  • 高い収益性: 安定した収益を生み出している、または将来的に高い成長が期待できる事業部門や子会社。買収の目的と考えられる、収益性の高い主要な事業を手放すことが、企業価値を下げる方法の一つとして挙げられます.
  • 独自の技術やノウハウ: 他の企業にはない独自の技術や特許、長年培ってきたノウハウなど。
  • 強力なブランド力: 消費者からの信頼が厚く、高いブランドイメージを持つ事業や製品。
  • 高い市場シェア: 特定の市場において高い占有率を誇り、競争優位性を持っている事業。
  • 戦略的に重要な資産: 事業継続や将来の成長に不可欠な設備、不動産、知的財産など。企業の魅力を低減させる方法には、重要財産の売却も含まれます.

これらの条件を満たす事業や資産を譲渡・分社化する際には、法的な手続きが必要となります。主な手続きとして、事業譲渡、子会社の譲渡、重要財産の売却があります。事業譲渡を行うには、株主総会での特別決議が必要で、議決権を行使できる株主の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)の株主が出席し、出席株主の3分の2以上の賛成を得る必要があります。子会社の譲渡も一定の場合には株主総会の特別決議が必要とされています。一方、重要財産の譲渡は、取締役会の決議のみで行うことができます。

類似用語との違い

M&Aの文脈では、クラウンジュエルと似た用語として「コア事業」や「主要事業」が用いられることがあります。これらの用語はそれぞれ異なる意味合いを持っています。

  • コア事業: 企業が営む複数の事業のうち、収益の軸となる中心的な事業であり、経営資源が優先的に投入される事業を指します。これは、企業の持続的な成長と収益の柱となるものです。コア事業は、企業の中で相対的に競争力のある中核事業であり、選択と集中を行う場合に経営資源を集中的に投下する対象となります。
  • 主要事業: 企業が行っている事業の中で、中心となる主要な事業活動を指します。企業の経営戦略や事業展開において重要な役割を果たします。主要事業は、企業の組織として機能するための全ての財産を含み、M&Aにおける買収や事業譲渡の中心的な要素となります。

類似用語の比較

用語定義用いられる文脈M&Aにおける役割
クラウンジュエル敵対的買収者にとって最も魅力的な事業部門、資産、子会社など敵対的買収への対抗策買収者の意欲を削ぐために譲渡・分社化を検討される
コア事業企業の収益の軸となる中心的な事業。経営資源が優先的に投入される通常の事業運営、経営戦略企業の成長戦略の中核。友好的M&Aにおいては買収対象の重要な要素となる
主要事業企業が行っている事業の中で、中心となる主要な事業活動。企業の経営戦略や事業展開において重要な役割を果たす通常の事業運営、M&A全般M&Aの対象となる事業の中心的な要素。事業譲渡、会社分割、合併など様々な手法において重要な位置づけとなる

クラウンジュエルの具体的な事例

次に、日本の企業におけるクラウンジュエルの具体的な事例をいくつか紹介します。

メディア業界

2005年のライブドアによるニッポン放送への敵対的買収未遂事件は、クラウンジュエルの代表的な事例として知られています。当時、ライブドアはニッポン放送の子会社であったフジテレビの経営権を握ることを目的としており、ニッポン放送が保有するフジテレビの株式がまさにクラウンジュエルでした。ニッポン放送は、この買収に対抗するため、保有するフジテレビの株式を売却する可能性を示唆しました。

建設業界

2020年の前田建設工業による前田道路への敵対的買収事例では、前田道路が総資産の2割に相当する535億円の特別配当の実施を発表しました。これは、買収の目的が前田道路の豊富な資金であるとされたため、その資金を社外に流出させることで買収の魅力を低下させる、クラウンジュエル戦略の一種と見ることができます。前田道路は、約850億円の現預金等のうち60%超を特別配当として社外へ流出すると発表しました。

事例による考察

ライブドアによるニッポン放送買収未遂事件では、ニッポン放送が実際にフジテレビ株を売却することはなかったものの、その可能性を示唆したことがライブドアの買収に対する牽制になったと考えられています。これは、クラウンジュエル戦略が必ずしも実行に移されなくても、その脅威だけで敵対的買収を阻止できる可能性があることを示唆しています。ニッポン放送は、フジテレビという収益性の高い資産(クラウンジュエル)を売却する可能性を示唆することで、ライブドアの買収意欲を削ごうとしたと考えられます。

一方、前田建設工業による前田道路の事例では、前田道路が特別配当という対策を講じたものの、最終的には前田建設のTOBが成立し、連結子会社化されました。この事例は、クラウンジュエル戦略が常に成功するとは限らないことを示しています。買収者の目的や資金力、その他の要因によって、その効果は左右される可能性があります。前田建設の買収の狙いは前田道路の豊富な資金とも言われており、資金流出だけでは買収を防ぎきれなかったと考えられます。

クラウンジュエル戦略の方法

クラウンジュエルがM&Aにおいてどのように扱われるのか、買収ターゲットとして、また買収防衛策としての戦略について解説します。

買収ターゲットとしてのクラウンジュエル

買収者にとって、クラウンジュエルは買収の最大の動機となることが多いです。ニッポン放送に対するライブドアの買収目的がフジテレビの支配であったように、買収者はターゲット企業の持つ特定の事業や資産に高い価値を見出しています。買収者は、買収対象企業の中核となる事業や収益源、将来性のある資産などを「クラウンジュエル」と捉え、それを獲得することで、自社の企業価値向上を目指しているのです。

買収者は、クラウンジュエルを獲得することで、自社の事業の多角化や拡大、収益性の向上、市場シェアの拡大、シナジー効果の創出などを期待します。M&Aは、企業成長を加速させるための手段として利用され、合併により規模の経済を実現し、買収は新しい技術やスキルを獲得する機会を提供します。

クラウンジュエル戦略(焦土作戦)

敵対的買収を仕掛けられた企業が、自社のクラウンジュエルを第三者に譲渡したり、分社化したりすることで、買収者の意欲を削ぐ戦略が焦土作戦、別名クラウンジュエル戦略です。これは、王冠から宝石を取り除くことで価値を下げるイメージに由来します。焦土作戦は、買収対象企業(クラウン=王冠)から資産や事業部門、特許など(ジュエル=宝石)を切り離し、自社の価値を毀損することを指し、M&Aの文脈ではクラウンジュエル戦略と同義で用いられることが多いです。

具体的な手法としては、事業譲渡、重要財産の譲渡、子会社の譲渡などが考えられます。これらの行為は、買収者にとって買収後のメリットを大きく減少させる可能性があります。例えば、ライブドアによるニッポン放送の買収はフジテレビの支配が目的であったため、フジテレビの株式を売却されれば、買収の意味はなくなります。

その他の防衛策との組み合わせ

クラウンジュエル戦略は、単独で用いられることもありますが、他の買収防衛策と組み合わせて用いられることもあります。例えば、友好的な買収者(ホワイトナイト)を探すことや、株式の大量発行によって買収者の持ち株比率を下げるポイズンピル、経営陣の退職金を高額に設定するゴールデンパラシュートなどと併用することで、より強固な防衛体制を構築することが考えられます。ホワイトナイトは、敵対的買収者よりも高い金額でTOBをかける、対象会社の第三者割当増資や新株予約権を引き受けるなどの方法で、友好的な買収を行います.

クラウンジュエルを特定する方法

自社にとってのクラウンジュエルを特定するためには、まず自社の事業内容を深く理解し、どの事業部門や資産が最も収益性が高く、競争力があり、将来性があるかを分析する必要があります。収益性の高い事業部門や子会社、独自の技術やノウハウ、強力なブランド力、高い市場シェア、戦略的に重要な資産などが、クラウンジュエルとなり得るものです。事業価値を事業部門ごとに評価することで、価値創造への貢献度が高い部門とそうでない部門を明確に把握することができます。

次に、敵対的買収を企図している可能性がある企業が、どのような目的で自社を買収しようとしているのかを推測することが重要です。買収者の狙いが特定の技術、顧客基盤、市場シェアなどにある場合、それらに合致する自社の事業や資産がクラウンジュエルとなる可能性が高いです。例えば、ライブドアがニッポン放送を買収しようとした主な目的は、ニッポン放送が保有するフジテレビの株式を通して、間接的にフジテレビを支配することでした。このフジテレビの株式が、ニッポン放送にとっての「クラウンジュエル」であり、ライブドアにとっての買収の主要なターゲットだったと言えます。

SWOT分析やバリューチェーン分析などのフレームワークを活用し、自社の強みを客観的に評価することも有効です。SWOT分析は、自社の強み、弱み、機会、脅威を分析するもので、M&Aにおいてはシナジー効果のある組み合わせを見つけるのに役立ちます。また、M&Aの専門家に相談することで、より専門的な視点からのアドバイスを得ることもできます。デューデリジェンス(買収監査)を通じて、対象企業のビジネスモデルや市場競争力などを評価することも、クラウンジュエルの特定に繋がります。

クラウンジュエルを育成する方法

クラウンジュエルとなりうる事業や資産を育成するためには、その事業の競争優位性を高め、収益性を向上させるための戦略的な投資と経営努力が必要です。企業価値向上のためには、収益性の向上、投資効率性の向上、財務の最適化といったアプローチが考えられます。

具体的には、研究開発への積極的な投資による技術力の強化、ブランドイメージの向上と顧客ロイヤルティの強化、市場シェアの拡大と新規市場への参入、業務効率の最適化などが考えられます。自社の強みを伸ばすためには、市場調査と顧客ニーズの深掘り、データに基づく戦略立案、リソースの適切な配分、そして自社の強みの活用が重要です。

また、M&Aを成長戦略として活用し、自社の強みをさらに伸ばすことも有効です。M&Aは、事業拡張や市場へのアクセス向上、製品・サービスのポートフォリオ拡大、規模の経済の実現、重要な資源の共有などを通じて、競争優位性を構築する機会を提供します。

注意点とリスク

クラウンジュエル戦略を実行する際には、いくつかの重要な注意点とリスクが存在します。

まず、取締役は会社法上の善管注意義務・忠実義務を負っており、クラウンジュエル戦略の実行がこれらの義務に反する可能性がありますため、慎重な判断が必要です。株主から会社経営陣に対して、株主代表訴訟が提起されるリスクもあります。会社の事業や重要財産の処分は、会社に損害を与える可能性があり、株主の利益を損なうことにも繋がりかねません。

また、事業譲渡や一定規模以上の子会社の譲渡など、重要な資産の処分には株主総会での特別決議が必要となる場合があり、株主の理解と同意を得る必要があります。株主総会での承認を得るには、議決権を行使できる株主の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)の株主が出席し、出席した株主の3分の2以上の賛成が必要となるため、ハードルは比較的高いと言えます。

さらに、クラウンジュエル戦略は、たとえ敵対的買収を阻止できたとしても、自社の企業価値を大きく毀損する可能性があり、長期的な企業成長に悪影響を及ぼす可能性も考慮しなければなりません。重要な資産や事業を失うことで、企業の魅力や競争力を失うだけでなく、既存株主にも大きな損害を与えることになりかねません。

FAQ(よくある質問)

クラウンジュエルはどのような企業に存在しますか?

収益性が高く、独自の技術やノウハウを持ち、市場シェアが高いなど、買収者にとって魅力的な事業部門や資産を持つ企業であれば、規模に関わらずクラウンジュエルが存在する可能性があります。中小企業であっても、特定のニッチ市場で高い競争力を持つ事業などは、クラウンジュエルとなり得ます。

中小企業にもクラウンジュエルはありますか?

はい、中小企業にもクラウンジュエルは存在し得ます。例えば、長年培ってきた独自の技術や、特定の顧客との強固な信頼関係、地域に根ざしたブランド力などは、買収者にとって非常に魅力的な資産となる場合があります。

クラウンジュエル戦略は必ず成功するのでしょうか?

いいえ、クラウンジュエル戦略は必ず成功するとは限りません。買収者の目的や資金力、他の対抗策の状況など、様々な要因によってその成否は左右されます。また、戦略の実行によって自社の企業価値を毀損するリスクも伴います。

クラウンジュエルを守るために最も重要なことは何ですか?

クラウンジュエルを守るために最も重要なことは、その価値を常に向上させ、競争優位性を維持することです。また、敵対的買収のリスクを早期に察知し、適切な防衛策を事前に検討しておくことも重要です。株主との良好な関係を維持し、経営の透明性を高めることも、買収防衛においては不可欠な要素となります。

クラウンジュエルはM&Aにおける重要な戦略のひとつ

この記事では、M&Aにおけるクラウンジュエルの定義、条件、類似用語との違い、具体的な事例、戦略、特定・育成方法、そして注意点とリスクについて解説しました。

クラウンジュエルは、敵対的買収に対する強力な防衛策となりうる一方で、その実行には慎重な判断と法的な検討が不可欠です。M&Aに携わる企業担当者の皆様は、この概念を深く理解し、自社の状況に合わせて適切な対応を検討することが重要となります。

敵対的買収は、企業の存続や経営の独立性を脅かす可能性があります。クラウンジュエルという概念を理解し、自社の最も価値ある資産を把握しておくことは、予期せぬ事態に備えるうえで極めて重要な役割を果たします。


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