- 作成日 : 2025年6月24日
有機溶剤業務とは?資格やルール、安全対策をわかりやすく解説
建設現場などで有機溶剤を取り扱う業務では、働く人の健康を守るために、有機溶剤中毒予防規則(有機則)などのルールに沿った適切な管理が欠かせません。塗料、接着剤、洗浄剤など、建設業務では様々な場面で有機溶剤が使われています。これらは使い方を誤ると健康に深刻な影響を及ぼすことがあります。
この記事では、「有機溶剤業務」とは何か、法律の要点、健康リスク、具体的な安全対策、など、わかりやすく解説します。
目次
有機溶剤業務とは?
有機溶剤業務とは、有機溶剤を使った作業を指し、労働安全衛生法に基づき「有機溶剤中毒予防規則(有機則)」で定義されています。有機溶剤とは、物質を溶かす性質を持つ揮発性の高い液体で、建設現場では塗料や接着剤、防水材などに広く使われています。
この業務には、塗装、洗浄、接着などが含まれます。例えばスプレーガンでの塗装や、シンナーを使った工具の洗浄などが該当します。これらの作業では、有機溶剤が空気中に蒸発しやすく、作業者がその蒸気を吸い込むことにより健康を害する可能性があります。
有機溶剤は皮膚からも吸収されるため、吸入と皮膚接触の両方に注意が必要です。業務に該当するかどうかを判断するには、製品ラベルやSDS(安全データシート)に記載されている成分を確認し、法令で定められた対象溶剤が含まれているか、作業内容が該当するかをチェックしましょう。
有機溶剤業務の具体例
有機則では、以下のような業務が有機溶剤業務として定められています。
- 塗装作業:塗料に有機溶剤物(5%超)を含むスプレーガンや刷毛での塗料塗布
- 接着作業:有機溶剤を含む接着剤を塗る作業
- 有機溶剤等を用いて行う洗浄・拭き取り:シンナーなどで道具や部材を洗浄したり、汚れを拭き取る作業
- つや出し・防水加工:防水材の塗布
- 乾燥作業:有機溶剤等が付着しているものの塗装や洗浄の後の乾燥工程
有機溶剤業務に適用される「有機則」と5%ルール
有機溶剤を扱う業務では、「有機溶剤中毒予防規則(有機則)」が適用されます。有機則は、労働安全衛生法に基づき、有機溶剤の蒸気を吸い込むことによる健康被害を防ぐために制定された法令です。
有機則の中で重要な基準の一つが「5%ルール」です。これは、使用する製品の中に有機溶剤が重量比で5%を超えて含まれているかどうかを基準に、規制の適用範囲が変わるというものです。
- 有機溶剤が5%を超えて含まれている場合 →「有機溶剤含有物」となり、有機則の規制対象。
作業環境測定、作業主任者の選任、特殊健康診断の実施などの義務が生じます。 - 有機溶剤が5%以下 → 安全とは限らず、有機溶剤の蒸発によって健康リスクが残るため、換気対策や保護具の使用は引き続き重要です。
また、有機則の対象となる有機溶剤は、第一種・第二種・第三種と分類されています。分類により義務の内容が異なるため、使用している溶剤の種類と濃度をSDS(安全データシート)などでしっかり確認しておきましょう。
有機溶剤の分類(第一種・第二種・第三種)と主な違い
有機則の対象となる有機溶剤は、その有害性や蒸発のしやすさなどを考慮して、3つのグループに分類されています。
- 第一種有機溶剤等:最も有害性が高く、かつ蒸発しやすいものが分類されます。例として、二硫化炭素、1,2-ジクロルエチレン(二塩化アセチレン)があります。規制が最も厳しいグループです。
- 第二種有機溶剤等:第一種に該当しない単一物質の有機溶剤が分類されます。アセトン、トルエン、キシレン、メタノール、酢酸エチルなど、工業的に広く使われている多くの溶剤がここに含まれます。有機則の主要な規制対象となる分類です。
- 第三種有機溶剤等:主に複数の炭化水素からなる石油系の混合溶剤で、沸点がおおむね200℃以下のものが分類されます。ガソリン、石油エーテル、石油ナフサ、石油ベンジン、シンナー(ミネラルスピリットなど)が該当します。第一種、第二種に比べると規制は緩やかですが、タンクや密閉空間での使用時には特別な措置が必要です。
※対象となる有機溶剤の全リストは、労働安全衛生法施行令 別表第六の二で確認できます。
有機溶剤の分類(屋内作業場の場合)
分類 | 主な物質例 | 表示色 | 作業環境測定 | 特殊健康診断 | 作業主任者選任 |
---|---|---|---|---|---|
第一種有機溶剤 | 二硫化炭素、1,2-ジクロルエチレン | 赤 | 必要 | 必要 | 必要 |
第二種有機溶剤 | アセトン、トルエン、キシレン、メタノール、酢酸エチルなど | 黄 | 必要 | 必要 | 必要 |
第三種有機溶剤 | ガソリン、ミネラルスピリット(シンナー類)など | 青 | 原則不要 | 原則不要(※) | 必要 |
※ 第三種有機溶剤でも、タンク等の内部で業務を行う場合は特殊健康診断が必要です。
さらに、作業現場での識別をわかりやすくするため、有機則では分類ごとに色分け表示が義務付けられています。第一種は赤、第二種は黄、第三種は青で表示され、作業者がすぐに識別できるようになっています。
複数の有機溶剤が混合されている場合
複数の有機溶剤が混合されている製品も多く、分類の判断は含有率によって変わるため注意が必要です。例えば、第一種の成分が4%、第二種が2%含まれている場合、その合計が5%を超えているため、第二種の規制対象として扱われることがあります。
有機溶剤業務に必要な資格と安全管理
有機溶剤を扱う現場では、作業者の健康と安全を守るために、一定の知識と責任を持った人材の配置が求められます。ここでは、有機溶剤作業に関わる資格と、事業者として整えるべき安全管理体制について解説します。
有機溶剤作業主任者とは?
屋内作業場(タンク内部なども含む)などで有機溶剤を使った作業を行う際には、「有機溶剤作業主任者」の選任が法律で義務付けられています。有機溶剤作業主任者は、厚生労働省が定める「有機溶剤作業主任者技能講習」を修了した者の中から、事業者が選任します。
有機溶剤作業主任者の主な役割
- 作業方法の決定と労働者の指揮:労働者が有機溶剤によって汚染されたり、蒸気を吸入したりしないように、具体的な作業手順や方法を決定し、作業中は労働者を直接指揮します。
- 換気装置の点検:局所排気装置、プッシュプル型換気装置、全体換気装置などが適切に設置され、正常に機能しているかを、1ヶ月を超えない期間ごとに点検します。
- 保護具の使用状況の監視:作業者が適切な保護具(マスク、手袋など)を正しく着用しているか、吸収缶の交換などが適切に行われているかなどを監視します。
- タンク内作業における安全措置の確認:タンク等の内部で作業を行う際に、有機則で定められた換気、退避用具の準備、監視人の配置などの特別な措置が確実に講じられていることを確認します。
有機溶剤作業主任者は、現場で定められた職務を遂行することが求められます。小規模な事業所では、事業主自身や現場責任者がこの資格を取得し、主任者を兼ねることも一般的です。
作業環境測定の実施義務
有機則では、第一種有機溶剤または第二種有機溶剤に係る有機溶剤業務を屋内作業場で行う場合、6ヶ月以内ごとに1回、定期的に作業環境測定を実施することが義務付けられています。
測定の方法
測定は、デザイン(測定計画)、サンプリング(空気の採取)、分析(濃度の測定)という手順で行われます。これらの作業は専門的な知識と技術を要するため、国家資格を持つ「作業環境測定士」または国に登録された「作業環境測定機関」が行わなければなりません。
結果の評価と対応
測定結果は、「作業環境評価基準」に基づいて評価され、作業環境の状態は「第一管理区分」「第二管理区分」「第三管理区分」のいずれかに区分されます。
- 第一管理区分:良好な状態。現状の維持に努めます。
- 第二管理区分:改善の努力が必要な状態。施設、設備、作業方法などを点検し、改善を図る必要があります。
- 第三管理区分:改善措置が急務な状態。直ちに施設、設備、作業方法などを点検し、有効な改善措置を講じなければなりません。場合によっては、有効な保護具の使用も必要となります。
測定結果とその評価の記録は、3年間保存する義務があります。これは、万が一健康障害が起きた場合の証拠資料にもなります。
有機溶剤業務による体への影響
有機溶剤は、見た目には透明で無臭に近いものもありますが、吸い込んだり皮膚に触れたりすることで、私たちの体に様々な影響を与えることがあります。ここでは、健康への影響とその症状について、急性と慢性に分けてご紹介します。
急性中毒の症状と特徴
急性中毒は、作業中に一度にたくさんの有機溶剤の蒸気を吸い込んだり、皮膚に多量に付着したりしたときに起こるもので、症状がすぐに現れるのが特徴です。
代表的な症状は以下のようなものです:
- めまいや頭痛
- 吐き気や嘔吐
- 判断力の低下
- 意識がぼんやりする
- 昏睡、呼吸困難(重度の場合)
特にタンクの中など密閉された空間で作業しているときに、換気が不十分な場合に発生しやすいです。万が一に備え、作業前の安全確認や換気装置の点検が重要です。
慢性中毒のリスクと気づきにくさ
慢性中毒は、低濃度の蒸気を長期間にわたって吸い続けることで、徐々に体にダメージがたまっていくものです。症状がはっきりせず、他の体調不良と見分けがつきにくいため、気づくのが遅れることがあります。
よくある初期症状には以下のようなものがあります。
- 慢性的な頭痛やだるさ(倦怠感)
- イライラや不眠
- 記憶力や集中力の低下
- 皮膚のかゆみや炎症(手荒れ)
進行すると、神経系、肝臓、腎臓などの内臓にダメージが及ぶことがあります。例えば、神経障害として手足のしびれやふるえが出ることもあります。
体のどこに影響が出やすいのか
- 神経系:脳や末梢神経に入り込みやすく、集中力の低下や感情の変化、手足のしびれなどが起こります。
- 肝臓・腎臓:溶剤を分解・排出する役割があるため、負担がかかりやすく、機能障害の原因になります。
- 皮膚・粘膜:溶剤に触れることで皮脂が失われ、かさつきや炎症、ひび割れを起こします。目や喉に入ると、強い刺激や痛みを感じることも。
こうした症状を防ぐには、作業環境の改善や保護具の使用、そして定期的な健康診断が大切です。
有機溶剤業務従事者に義務付けられる健康診断
有機溶剤業務で働く人には、定期的な健康診断(特殊健康診断)が法律で義務付けられています。
有機溶剤に関連する健康診断は「特殊健康診断」と呼ばれ、一般の健康診断とは異なり、有害な化学物質にさらされる業務に従事する人を対象としています。特に、屋内作業場で有機溶剤(第一種・第二種、または特定条件下の第三種)を扱う場合が対象です。
特殊健康診断の受診が必要なタイミング
以下のタイミングで、特殊健康診断を受ける必要があります:
- 新たに有機溶剤業務に就くとき(雇入れ時・配置換え時)
- 定期的(6ヶ月ごと)
検査項目の一例
健康診断では、以下のような内容が調べられます:
- 業務歴や症状の聞き取り(頭痛、めまい、倦怠感など)
- 尿検査(尿中たんぱくの有無など)
- 有機溶剤に応じた検査
- キシレン → 尿中メチル馬尿酸
- トルエン → 尿中馬尿酸
- ノルマルヘキサン → 尿中2,5-ヘキサンジオン
- 肝機能検査
- 貧血の有無(血液検査)
- 眼底検査(必要に応じて)
これらの検査結果は、健康被害の早期発見や予防につながる大切な情報です。特に、慢性中毒の初期症状は見落とされがちなため、定期的なチェックが欠かせません。
健康診断の費用と補助制度
健康診断の費用は、原則として事業者負担です。一人親方や小規模事業者にとっては負担になることもありますが、補助金制度の利用で軽減できる場合があります。
- 一般財団法人あんしん財団:中小企業向けの福利厚生サービスなどを提供している団体で、会員となっている事業所に対して、特殊健康診断にかかった費用の一部(費用の1/2、ただし年度ごとの上限額あり)を補助する制度があります。加入には会費が必要ですが、健康診断以外にも様々な補助やサービスが利用できる場合があります。
- 厚生労働省の助成金など:厚生労働省では、労働者の雇用管理改善やキャリアアップ支援などを目的とした助成金制度を設けており、その中で健康診断に関連するものもあります(例:人材確保等支援助成金、旧職場定着支援助成金など)。ただし、これらの助成金は、法定の特殊健康診断そのものではなく、法定外の健康診断(がん検診など)の導入や、非正規労働者の処遇改善の一環としての健康診断制度導入などが対象となる場合が多いようです。また、建設業に特化した助成金制度(人材開発支援助成金(建設労働者技能実習コース)など)もありますが、直接的に特殊健康診断費用を補助するものは限定的かもしれません。
- 地方自治体や健康保険組合、業界団体など:自治体や加入している健康保険組合、所属する業界団体などが、独自の補助金制度を設けている場合もあります。
ただし、補助金や助成金は、制度内容の変更や、申請期間が限られることがあります。利用を検討する場合は、必ず最新の情報を各制度の実施機関に確認し、要件や手続きを理解した上で進めるようにしましょう。
有機溶剤業務を安全に行うポイント
有機溶剤業務は、建設現場をはじめとする多くの職場で必要とされる一方で、中毒症状などの健康リスクや法令上の義務が伴う業務です。
実務で押さえておくべき4つのポイント
- 作業内容と使用製品の成分を確認する
SDS(安全データシート)を必ずチェックし、5%以上の有機溶剤が含まれていれば有機則の対象になります。 - 溶剤の分類ごとの義務を理解する
第一種・第二種は多くの安全義務が課され、第三種でも作業環境によっては同様の対応が必要です。 - 作業環境測定や作業主任者の選任を忘れずに
屋内作業では6ヶ月ごとの環境測定が義務付けられており、主任者の配置も法律で定められています。 - 健康診断と補助制度の活用で労働者の健康を守る
特殊健康診断の定期実施は法律で義務化されており、補助金制度を利用すれば費用負担も軽減可能です。
有機溶剤業務の安全対策を徹底しよう
有機溶剤を扱う現場では、蒸気の吸入や皮膚接触による健康リスクを防ぐために、正しい知識と日々の対策が欠かせません。
SDSの確認、換気と保護具、健康診断を欠かさず実施することで、安全な現場環境を維持できます。
ご不明な点は、労働基準監督署や安全衛生コンサルタントなどの専門機関に相談することをおすすめします。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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