- 作成日 : 2025年9月9日
第三者承継とは?内容やメリット、事例を解説
中小企業の事業承継において、後継者不足という深刻な課題に直面する経営者が増加しています。従来の親族内承継や従業員承継が困難な場合の新たな選択肢として、第三者承継が注目を集めています。
第三者承継とは、経営者の親族や従業員以外の第三者に事業を引き継ぐ手法であり、M&A(合併・買収)を通じて実現されることが一般的です。
この記事では、第三者承継の基本的な仕組みから実際の承継方法、メリット・デメリット、注意すべきポイント、成功事例までを解説します。
目次
第三者承継とは?
第三者承継とは、現経営者の親族や既存従業員以外の第三者に対して事業を承継する手法です。具体的には、他の企業による買収、投資ファンドによる買収、新たな経営者による個人買収などの形態があり、いずれもM&A取引を通じて実現されます。
従来の事業承継は、親族内承継と従業員承継(MBO:マネジメント・バイアウト)が主流でした。しかし少子化の進展や価値観の多様化により、親族に後継者がいない、または承継を望まないケースが増加しています。また従業員承継においても、経営責任の重さや必要資金の調達困難により実現が困難な場合が多くあります。
第三者承継の最大の特徴は、承継先の選択肢が広く、経営者が最適なパートナーを選定できることです。事業の特性や将来性に応じて、最も適した承継先を見つけることで、事業の継続・発展と従業員の雇用維持を実現できます。
中小企業庁の資料によると、2023年時点での後継者不在率は約54%、日本政策金融公庫調査では決定済が10.5%にとどまり、未定や廃業予定を含めると75%以上に達していることから、第三者承継への関心が急速に高まっています。
第三者承継で引き継がれる内容
承継対象となる事業資産と権利義務の具体的な範囲について解説します。
有形資産の承継
第三者承継では、土地・建物などの不動産、製造設備・機械装置、車両、在庫商品、現金・預金、売掛金などの有形資産が承継対象となります。製造業では生産設備や機械装置が事業の核となるため、これらの設備の状態や償却状況が承継価格に大きく影響します。
在庫については、商品の品質状態や回転率、陳腐化リスクなどを詳細に評価した上で承継価格に反映されます。売掛金については、回収可能性を慎重に検討し、不良債権の可能性がある場合は承継対象から除外される場合もあります。
無形資産の承継
事業承継において最も価値が高いとされるのが無形資産です。特許権や商標権などの知的財産権、顧客リストや取引先情報、独自の技術やノウハウ、営業秘密、ブランド価値などが含まれます。
顧客基盤は特に重要な無形資産であり、長年にわたって築き上げた顧客との信頼関係や継続取引の実績は、新規事業者が一から構築することが困難な貴重な財産です。技術系企業では、熟練技術者が持つ技能やノウハウ、製造技術や品質管理手法なども重要な承継対象となります。
人的資源と契約関係の承継
従業員とその雇用関係も重要な承継対象です。特に中小企業では、熟練した技術者や営業担当者、管理部門の専門スタッフなど、代替が困難な人材が事業の中核を担っているケースが多くあります。
事業運営に必要な各種契約関係も承継対象となります。取引先との売買契約、賃貸借契約、リース契約、保険契約、金融機関との借入契約などが含まれます。許認可についても承継が必要な重要な要素です。
第三者承継の方法
具体的な承継手法とそれぞれの特徴について詳しく解説します。
株式譲渡による承継
最も一般的な第三者承継の方法が株式譲渡です。現経営者が保有する株式を第三者に売却することで、経営権の移転を実現します。株式譲渡では、会社の法人格が継続するため、各種契約関係や許認可、従業員との雇用関係などが自動的に承継されるメリットがあります。
株式譲渡の手続きは比較的簡単で、譲渡契約の締結と株主名簿の書き換えにより完了します。譲渡価格の算定においては、純資産価額方式、類似会社比準方式、DCF法などの評価手法を組み合わせて適正な価格を設定します。
事業譲渡による承継
事業譲渡は、会社の事業の全部または一部を他の会社に譲渡する手法です。株式譲渡と異なり、譲渡する資産や契約を個別に選択できるため、不要な資産や負債を除外した承継が可能になります。
事業譲渡では、譲渡対象となる資産・負債・契約を明確にし、個別に移転手続きを行う必要があります。税務上は、事業譲渡益に対して法人税が課税されます。
その他の承継方法
会社分割は、会社の事業の全部または一部を他の会社に承継させる組織再編手法です。一定の要件を満たす場合は、適格組織再編として税務上の優遇措置を受けることができます。
個人投資家や経営者候補が直接買収を行う場合もあります。この場合、買収資金の調達が最大の課題となり、金融機関からの借入や投資家からの出資などの手法が用いられます。
承継方法 | メリット | デメリット | 適用場面 |
---|---|---|---|
株式譲渡 | 手続きが簡単 | 簿外債務も承継 | 包括的承継 |
事業譲渡 | 選択的承継可能 | 手続きが複雑 | 部分的承継 |
会社分割 | 税務優遇あり | 時間がかかる | 組織再編 |
第三者承継のメリット
承継者・被承継者双方から見た第三者承継の利点について詳しく分析します。
承継元(売り手)のメリット
第三者承継の最大のメリットは、後継者問題の解決です。親族や従業員に適任者がいない場合でも、外部から最適な承継先を見つけることで事業の継続を実現できます。
創業者利益の実現も重要な利点です。長年にわたって築き上げた事業価値を現金化できるため、老後資金の確保や新たな事業投資の原資とすることができます。株式公開が困難な中小企業にとっては、唯一の投資回収手段となる場合もあります。
従業員の雇用維持と処遇改善も期待できます。承継先企業の経営資源を活用することで、従業員の雇用安定や給与・福利厚生の改善が実現される場合があります。
経営リスクからの解放により、経営者は精神的な負担を大幅に軽減できます。個人保証の解除、倒産リスクの心配からの解放により、新たな人生設計を描くことが可能になります。
承継先(買い手)のメリット
承継先企業にとっては、既存事業の拡大や新規事業への参入を迅速に実現できることが最大のメリットです。一から事業を立ち上げる場合と比較して、既に確立された事業基盤、顧客関係、技術・ノウハウを即座に獲得できます。
市場シェアの拡大と競争力強化も重要な利点です。同業企業の承継により市場シェアを拡大し、スケールメリットによるコスト削減や価格競争力の向上を実現できます。
優秀な人材と技術の獲得により、承継先企業の技術力や営業力を向上させることができます。特に人材不足が深刻な業界では、経験豊富な人材を一度に確保できる価値は非常に高いものとなります。
第三者承継のデメリット
承継に伴うリスクと課題について実務的な観点から詳細に解説します。
承継元のデメリット
最大のデメリットは、経営権の完全な喪失です。長年にわたって自分の分身のように育てた会社を他人に委ねることへの心理的抵抗は大きく、承継後の経営方針や企業文化の変化を受け入れることが困難な場合があります。
従業員への影響も重要な懸念事項です。承継先企業の経営方針により、従業員の配置転換、労働条件の変更、場合によってはリストラが実施される可能性があります。
取引先との関係変化も課題となります。承継により会社の性格や方針が変わることで、既存の取引先との関係に影響が生じる可能性があります。
承継先のデメリット
承継先企業にとって最大のリスクは、期待したシナジー効果が実現しない可能性です。企業文化の違い、システムの不整合、人材の流出などにより、想定していた統合効果を得られない場合があります。
簿外債務や偶発債務の存在も重要なリスクです。中小企業では会計処理や税務処理が不十分な場合があり、承継後に予期しない負債が判明するリスクがあります。
人材流出のリスクも深刻です。承継後の環境変化により、キーパーソンとなる優秀な人材が離職する場合があり、承継の目的である技術やノウハウの獲得が困難になる可能性があります。
第三者承継の注意点
承継を成功させるための重要な留意事項と対策について説明します。
承継先の選定基準
適切な承継先の選定は、第三者承継成功の最も重要な要素です。単純に最高価格を提示した買い手を選ぶのではなく、事業の継続・発展能力、従業員の処遇方針、企業文化の適合性、経営理念の共通性などを総合的に評価する必要があります。
事業理解度と将来ビジョンも重要な選定基準です。承継対象事業の特性や価値を正しく理解し、将来の発展計画を具体的に示せる承継先を選定することで、事業の持続的成長が期待できます。
デューデリジェンスの重要性
承継先による詳細調査(デューデリジェンス)は、承継後のトラブルを防ぐために不可欠なプロセスです。財務面では、過去の業績分析、資産・負債の実態把握、キャッシュ・フローの分析、税務リスクの確認などを実施します。
法務面では、契約書の精査、訴訟リスクの確認、許認可の状況確認、知的財産権の調査などを行います。特に中小企業では、契約書の整備が不十分な場合があり、リスクを特定する必要があります。
統合計画の策定
承継成功の鍵は、承継後の統合にあります。承継前に詳細な統合計画を策定し、統合責任者の選任、統合スケジュールの設定、従業員への説明方法などを明確にしておくことが重要です。
企業文化の融合は最も困難で重要な課題です。両社の企業文化の違いを理解し、段階的な統合アプローチを採用することで、従業員の反発や混乱を最小限に抑えることができます。
第三者承継の事例
後継者不足の解決策として、第三者へ事業を託す「第三者承継(M&A)」が注目されています。企業の存続と発展を可能にする、実際の成功事例を3つ紹介します。
1. 有限会社よつば薬局(調剤薬局) → 総合メディカル株式会社
創業者の高齢化と過重労働が課題だった埼玉県の地域密着型薬局。従業員の雇用と薬局の理念を守ることを最優先に、大手企業へ承継されました。結果、経営基盤は安定し、創業者は労働環境が改善された職場で薬剤師として勤務を継続。事業と雇用の両方が守られました。
2. 株式会社fm craic(伝統野菜加工) → 個人(元・地域おこし協力隊)
廃業の危機にあった滋賀県の伝統野菜「弥平とうがらし」の事業を、強い熱意を持つ個人が承継。事業承継・引継ぎ支援センターのサポートを受け、伝統を守りつつ新商品開発にも挑戦。地域の宝が次世代に引き継がれた好例となっています。
3. 株式会社さらい(屋号:Cut Roze、美容室) → 個人(美容室経営経験者)
千葉市の美容室が後継者不在に。事業承継・引継ぎ支援センターのマッチングにより、経営経験豊富な個人への承継が実現しました。譲受側は初期投資を抑えて独立でき、店舗や顧客をスムーズに引き継いで、地域に愛される店の歴史を次代へ繋いでいます。
成功する第三者承継のために
第三者承継市場は、経営者の高齢化進展と後継者不足の深刻化により、今後も大幅な拡大が予想されます。2025年までに70歳を超える中小企業経営者は約245万人に達すると推計されており、これらの企業の事業承継需要は急激に増加すると見込まれています。
成功する第三者承継のためには、早期準備、適切なパートナー選び、慎重な統合の3つの要素が重要です。早期からの準備により企業価値を向上させ、事業の特性を理解してくれる最適な承継先を選定し、承継後の統合を丁寧に実行することで、関係者全員にとって価値のある承継を実現できます。
第三者承継は、日本の中小企業が直面する後継者問題を解決し、経済の持続的発展を支える重要な仕組みです。適切な理解と準備により、企業価値の最大化と社会貢献を両立する承継を実現し、次世代への価値ある事業承継を成功させることができるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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