- 作成日 : 2025年8月19日
個人保証とは?メリットや関連するガイドラインについて解説
企業の資金調達において、長らく慣行とされてきた「個人保証」。しかし、この制度は経営者に過大な負担を強いており、事業の成長や承継の足かせとなる側面も持ち合わせています。
政府の方針転換もあり、近年では個人保証に依存しない融資への移行が進められています。この記事では、個人保証の基礎知識から、潜むリスク、そして保証を解除するための具体的な手法まで、経営者が今知っておくべき情報を解説します。
個人保証とは?
企業の資金調達を検討する上で避けては通れない論点の一つが個人保証です。これは、会社が金融機関から融資を受ける際に、経営者などの個人が連帯して返済を保証する契約を指します。
会社の借入を経営者個人が連帯保証する制度
個人保証契約を締結すると、万が一会社が倒産などで借入金を返済できなくなった場合、保証人である個人が会社に代わって全額の返済義務を負うことになります。
連帯保証人には、まず会社に返済を請求するよう求める「催告の抗弁権」や、会社の資産から先に取り立てるよう主張する「検索の抗弁権」がありません。
つまり、金融機関から請求があれば、会社の財政状況に関わらず、直ちに個人の資産で返済に応じなくてはならない、極めて重い責任を伴う制度です。
個人保証が求められる背景
金融機関が個人保証を要求する主な理由は、融資の回収可能性を高めるためです。中小企業の場合、会社の資産と経営者個人の資産の区別が明確でなかったり、財務基盤が脆弱であったりすることが少なくありません。
金融機関は、個人保証によって経営者自身にも返済の責任を負わせることで、融資の貸し倒れリスクを低減させています。また、経営者に強い当事者意識を促し、規律ある経営を期待する、という側面も背景にはありました。
個人保証のメリット
個人保証は経営者に重い責任を課す一方で、資金調達の局面においては一定の利点をもたらしてきました。金融機関と経営者、双方の立場から見たときのメリットを理解することで、なぜこの慣行が長年続いてきたのか、その構造が見えてきます。
金融機関側の利点
金融機関にとっての最大の利点は、融資した資金の回収可能性が高まることです。企業の返済能力が失われたとしても、経営者個人の資産から回収できる道が確保されるため、貸し倒れのリスクを効果的に抑制できます。
これにより、金融機関はより積極的に融資を検討できるようになります。また、経営者個人の責任を明確にすることで、企業情報の開示や経営状況の報告に対する経営者の真摯な対応を促す効果も期待されます。
経営者側の利点
経営者側から見た個人保証の利点は、創業期や事業拡大期など、企業の信用力がまだ十分でない段階でも、金融機関からの資金調達がしやすくなる点に集約されます。
個人保証によって企業の信用を補完することで、本来であれば融資の審査通過が難しい案件でも、必要な資金を確保できる可能性が生まれます。これにより、事業機会を逃すことなく、迅速な事業展開が可能になるという側面がありました。
個人保証のリスク
資金調達を円滑にする一方で、個人保証には経営者の人生を左右しかねない、看過できないリスクが潜んでいます。事業の失敗が個人の生活破綻に直結するだけでなく、会社の将来的な成長や円滑な事業承継をも阻害する要因となり得ます。
事業失敗が個人の破産に直結
個人保証の最大のリスクは、会社の倒産が経営者個人の破産に直結してしまうことです。連帯保証人である経営者は、会社の負債全額を個人の資産で返済する義務を負います。
自宅や預貯金といった私財のすべてを失う可能性があり、経営者本人だけでなく、その家族の生活基盤までもが根底から揺らぐ事態になりかねません。
この過大なリスクによって、経営者の再挑戦意欲にブレーキがかかるケースもあります。
事業承継やM&Aの障壁となる可能性
個人保証は、次世代へのスムーズな事業承継を妨げる大きな壁となります。後継者候補は、会社の経営を引き継ぐと同時に、多額の個人保証も引き継ぐことを要求されるケースがほとんどです。
この重い責任を嫌い、親族や従業員が承継をためらう原因となります。また、M&A(企業の合併・買収)の場面においても、買い手側が個人保証の引き継ぎを拒否したり、保証の解除を取引の条件としたりすることが多く、交渉が難航する一因となっています。
思い切った経営判断の妨げに
経営者が個人保証という重圧を常に背負っていると、心理的なプレッシャーから、リスクを取った前向きな投資や、革新的な事業展開に踏み切れなくなることがあります。
失敗した場合に個人資産まで失う恐怖が、過度に保守的な経営判断を招き、結果として企業の成長機会を逸してしまうことにつながりかねません。短期的な資金繰りを優先するあまり、長期的な視点での設備投資や人材育成が後回しになることも考えられます。
経営者保証に関するガイドラインとは?
経営者に過度な負担を強いる個人保証の問題を解決するため、国が主導して策定された指針が「経営者保証に関するガイドライン」です。このガイドラインは、金融機関と経営者の双方に自主的なルールとして活用が促されており、個人保証に依存しない融資慣行の確立を目指しています。
ガイドラインの目的と概要
このガイドラインは、経営者保証の弊害をなくし、経営者の果敢な事業展開や早期の事業再生、円滑な事業承継を後押しすることを目的としています。
金融機関に対しては、安易に個人保証を求めないこと、そして経営者に対しては、経営の透明性を高めることなどを要求しています。保証契約を締結する際や見直しを行う際の、双方の誠実な対応を促すための共通の指針として機能します。
2022年改定のポイント
2022年12月に行われたガイドラインの改定では、個人保証を求めないことを金融機関の「原則」とする姿勢がより鮮明になりました。
改定の主なポイントは、融資の申込時に、経営者が保証を提供しない場合の代替的な融資手法を金融機関が提案することを明記した点です。
また、保証契約を締結する際には、どの部分が充足されれば保証が解除されるのか、その基準を具体的に示すよう金融機関に求めています。これにより、経営者は保証解除に向けた明確な目標設定が可能になります。
ガイドラインの対象となる要件
金融機関が経営者保証を求めずに融資を検討する際、企業と経営者には主に3つの要件を満たすことが期待されます。
一つ目は、法人と経営者個人の資産や経理が明確に分離されていること。二つ目は、財務基盤が強化され、返済能力が十分にあること。そして三つ目は、金融機関の求めに応じて、資産や負債の状況、事業計画などを適時適切に開示することです。
これらの要件は、経営の健全性と透明性を示すための指標となります。
経営者保証に関するガイドラインを活用するには
「経営者保証に関するガイドライン」の浸透により、金融機関との対話を通じて個人保証なしでの融資や、既存保証の解除を実現できる可能性が高まっています。ガイドラインを効果的に活用し、保証からの脱却を目指すための具体的な行動が求められます。
ガイドライン活用の流れ
ガイドラインの活用は、まず自社の経営状況が要件を満たしているかを確認することから始まります。法人と個人の資産分離、財務基盤の健全性、情報開示の体制などを整理し、客観的な資料を準備します。
その上で、金融機関との面談に臨み、ガイドラインに基づいた保証契約の見直しや、保証なしでの新規融資を申し込みます。金融機関側から代替案の提示がなければ、その理由について説明を求めることも可能です。
金融機関との対話で意識すべきこと
金融機関との対話においては、自社の事業の強みや将来性、そして安定した収益を生み出す能力があることを、具体的なデータや事業計画書を用いて論理的に説明することが不可欠です。
感情的な訴えではなく、客観的な事実に基づいた説得力のある情報開示が、金融機関の信頼を獲得します。経営の透明性を確保し、誠実な対話姿勢を貫くことで、良好なパートナーシップを築くことが保証解除への道を開きます。
専門家への相談の利点
自社だけで金融機関との交渉を進めることに不安がある場合は、税理士や公認会計士、中小企業診断士といった専門家の支援を受けることが有効です。
専門家は、客観的な視点から企業の財務状況を分析し、説得力のある事業計画の策定を支援してくれます。また、金融機関との交渉に同席してもらうことで、対等な立場で対話を進めやすくなり、保証解除の実現可能性を高めることができます。
個人保証を見直したいときは?
すでに締結済みの個人保証契約も、見直しの対象となります。会社の経営状況の改善や、ガイドラインの趣旨を踏まえた交渉によって、保証の負担を軽減、あるいは解消できる場合があります。
既存の保証契約の解除・変更交渉
既存の保証契約を見直したい場合、まずは取引のある金融機関の担当者に相談の意向を伝えます。その際、ガイドラインの要件を満たすために、自社がどのような経営改善努力を行ってきたのかを具体的に示すことが大切です。
例えば、収益性の向上、コスト削減の成果、資産管理の透明化といった実績を資料として提示し、保証がなくても事業継続に問題がないことを論理的に説明します。
保証解除に向けた具体的な準備
保証解除の交渉を成功させるためには、周到な準備が欠かせません。具体的には、直近数期間の決算書や試算表、詳細な事業計画書、資金繰り表などを整備します。
特に事業計画書では、今後の市場動向を踏まえた売上予測や、その根拠となる具体的な販売戦略などを盛り込み、事業の成長性をアピールします。これらの資料を通じて、金融機関に安心感を与えることが交渉の成否を分けます。
事業承継支援・専門家活用着手型の保証解除
事業承継のタイミングは、個人保証を見直す絶好の機会です。後継者の育成状況や新たな経営体制での事業計画を提示することで、保証の解除や、より負担の少ない保証制度への切り替えを交渉しやすくなります。
2022年12月に公表された『経営者保証に関するガイドラインの特則(事業承継時等の保証の取扱い)』では、『専門家活用型・着手支援型』など、事業承継に際して個人保証の解除を後押しする新たな枠組みが導入されました。これは、M&Aや親族内承継の場面で、専門家の関与や準備段階からの支援を条件に、保証の解除を柔軟に進めるための仕組みです。
出典:経営者保証に関するガイドラインの特則|一般社団法人全国銀行協会
企業の未来を見据えた意思決定を
これまで見てきたように、個人保証は企業の資金調達を支える一方で、経営者に重い枷をはめ、事業の可能性を狭めるリスクを内包しています。
しかし、「経営者保証に関するガイドライン」の登場と浸透により、その在り方は大きく変わりつつあります。もはや個人保証は、融資を受けるための絶対条件ではなくなりました。
経営者が自社の財務状況を健全化し、経営の透明性を高め、その情報を金融機関と誠実に共有する努力を重ねることで、個人保証という重圧から解放される道は開かれています。既存の保証契約の見直しや、これから受ける融資について、一度立ち止まって検討してみてはいかがでしょうか。必要であれば専門家の力も借りながら、会社の未来と経営者自身の人生を守るための、賢明な意思決定を行うことが今、求められています。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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