- 作成日 : 2025年6月13日
買収と合併の違いは?それぞれの手法とメリット・デメリットを比較
「買収」と「合併」、どちらも企業の成長戦略として耳にする言葉ですが、その違いを正確にご存知でしょうか?言葉は似ていますが、法的な意味合いや手続き、そして経営に与える影響は大きく異なります。
この記事では、M&Aの基本的な選択肢である「買収」と「合併」の違いを明確にし、それぞれの代表的な手法、メリット・デメリットを分かりやすく比較解説します。
買収と合併の違いは?
まず、M&A(Mergers and Acquisitions) は、日本語で「合併と買収」と訳される通り、これら二つの概念を包括する言葉です。企業の組織再編や事業拡大などを目的として行われます。
買収 (Acquisition) とは、ある会社が他の会社の経営権を取得することを目指す行為です。多くの場合、株式の過半数を取得したり、事業の重要な部分を譲り受けたりすることで実現します。買収された側の会社は、買収後も独立した法人格として存続することが一般的です。代表的な手法としては、「株式譲渡」や「事業譲渡」があります。
一方、合併 (Merger) とは、複数の会社が法的に一つに統合されることです。合併により、少なくとも一つの会社は法人格を失い、消滅します。全ての権利義務は、統合後の新しい会社または存続する会社に引き継がれます。合併には、一方の会社が他方を吸収する「吸収合併」と、全ての会社が解散して新しい会社を設立する「新設合併」の2種類があります。
基本的な違いをまとめると、買収は「相手企業の経営権を取得する」 ことを主眼とし、相手企業が法人として残るのに対し、合併は「複数の企業が法的に一つの企業になる」ことを意味し、少なくとも一方の企業は消滅する、という点が大きな違いと言えるでしょう。
買収の手法
ここでは、企業買収でよく用いられる具体的な手法について、それぞれの特徴やメリット・デメリット、手続きの流れを見ていきましょう。
株式譲渡
株式譲渡は、買収対象企業の株主から株式を買い取り、経営権を取得する最も一般的な買収手法です。
仕組み:売り手企業の株主が持つ株式を、買い手企業(または個人)が対価を支払って取得します。過半数の株式を取得すれば、株主総会での普通決議を単独で可決できるようになり、実質的な経営権を握ることができます。
メリット | デメリット |
---|---|
手続きが比較的シンプルで、包括的に経営権を移転できる | 簿外債務(帳簿に載っていない債務)など、予期せぬリスクを引き継ぐ可能性がある |
会社組織や事業運営への影響が少なく、スムーズな移行が可能 | |
株主が分散している場合、全株式の取得に手間がかかることがある | |
従業員の雇用や取引先との契約は原則として維持される | |
許認可や契約関係の再手続きが不要な場合が多い(※例外あり) |
手続きの流れ(概要):
- 交渉・基本合意:買い手と売り手(主要株主)間で条件交渉を行い、基本合意書を締結します。
- デューデリジェンス(DD):買い手が対象企業の財務状況や法務リスクなどを詳細に調査します。
- 最終契約:DDの結果を踏まえ、最終的な条件を確定し、株式譲渡契約(SPA)を締結します。
- クロージング:株式の譲渡と対価の支払いを行います。
- 株主名簿の書き換え:買い手を新たな株主として株主名簿に記載します。
事業譲渡
事業譲渡は、会社の事業の一部または全部を他の会社に譲渡する手法です。会社全体ではなく、特定の事業だけを選んで売買できる点が特徴です。
仕組み:売り手企業が持つ事業(資産、負債、従業員、ノウハウ、取引関係など)を特定し、それを買い手企業が対価を支払って譲り受けます。
メリット | デメリット |
---|---|
必要な事業や資産だけを選んで取得できる | 個別の資産・負債ごとに移転手続が必要で、煩雑になる場合がある |
簿外債務など、不要なリスクを引き継ぐ可能性が低い | 従業員の転籍には個別の同意が必要となる |
取引先との契約は、原則として再契約が必要となる | |
許認可は基本的に引き継がれず、買い手が新たに取得する必要がある | |
譲渡対象資産に消費税が課される場合がある(株式譲渡は非課税) |
手続きの流れ(概要)
第三者割当増資
第三者割当増資は、特定の第三者(買い手企業など)に対して新株を発行し、その対価として出資を受け入れる手法です。直接的な「買収」とは少し異なりますが、結果的に経営権の移動につながることがあります。
仕組み
対象企業が新たに株式を発行し、それを買い手企業が引き受けます。これにより、買い手は対象企業の株主となり、出資比率に応じて経営への影響力を持つことになります。発行済株式総数が増えるため、既存株主の持株比率は低下(希薄化)します。
活用事例
- 資本提携・業務提携:協力関係を強化するために、相手企業の株式を引き受ける。
- 資金調達と経営参加:対象企業は事業資金を得られ、買い手は株主として経営に関与する。
- 段階的な買収:まずは一部出資から始め、将来的に追加取得して子会社化を目指す。
- 友好的な買収:対象企業の経営陣の合意のもとで行われることが多いです。
メリット
対象企業は返済不要な資金を調達できます。買い手は、比較的少ない資金で関係性を構築し、経営に関与し始めることができます。
デメリット
既存株主の持株比率が低下します。買い手が過半数を取得しない限り、完全な経営権は得られません。
合併の手法
次に、複数の会社が一つになる「合併」の具体的な手法について、それぞれの特徴や流れを見ていきましょう。
吸収合併
吸収合併は、合併する会社のうち1社だけが存続し、他の会社は解散して、その権利義務の全てを存続会社に承継させる手法です。「合併」という場合、通常はこの吸収合併を言います。
仕組み
A社がB社を吸収合併する場合、B社は解散・消滅し、B社の資産、負債、従業員、契約などの権利義務は全てA社に引き継がれます。B社の株主には、対価としてA社の株式や現金などが交付されるのが一般的です。
メリット | デメリット |
---|---|
複数の会社が一体となることで、シナジー効果を発揮しやすい | 消滅会社の株主や従業員へのケア、企業文化の融合など、統合プロセスが複雑 |
組織が一本化され、経営の効率化や意思決定の迅速化が期待できる | 手続きが煩雑で、時間とコストがかかる |
スケールメリットによるコスト削減や競争力向上が見込める | 債権者保護手続きなど、法的な手続きが厳格 |
許認可は原則として承継される場合が多い(※要確認) |
手続きの流れ(概要)
- 合併契約の締結:存続会社と消滅会社の間で合併契約を締結します。
- 事前開示:合併契約に関する情報を、株主総会の前に開示します。
- 株主総会承認:原則として、両社の株主総会で合併契約の承認を得ます(特別決議)。
- 債権者保護手続:官報公告や個別催告により、合併に異議のある債権者に申し立ての機会を与えます。
- 効力発生・登記:合併契約で定めた効力発生日に合併の効力が生じ、その後、登記手続きを行います。
- 事後開示:合併に関する情報を、効力発生後に開示します。
新設合併
新設合併は、合併する全ての会社が解散し、同時に新しい会社を設立して、解散する会社の権利義務の全てを新設会社に承継させる手法です。
仕組み
A社とB社が新設合併する場合、A社もB社も解散し、新たにC社を設立します。A社とB社の権利義務は全てC社に引き継がれます。A社とB社の株主には、対価として新設されるC社の株式などが交付されます。
メリット | デメリット |
---|---|
全く新しい会社としてスタートできるため、対等な立場での統合を演出しやすい | 全ての会社が解散し、新会社を設立するため、手続きが非常に複雑でコストも高い |
許認可は新会社が新たに取得し直す必要がある | |
吸収合併に比べて実務上の利用例が少なく、ノウハウが蓄積されにくい | |
上場企業の場合、新会社が改めて上場審査を受ける必要がある(非上場化することも多い) |
手続きの流れ(概要)
手続きは吸収合併と類似する点が多いですが、新会社の設立手続きが加わるため、より複雑になります。合併契約の作成・承認、債権者保護手続、新会社の設立登記、解散会社の解散登記などが必要です。実務上、吸収合併に比べて選択されるケースは多くありません。
M&Aのメリット
買収・合併といったM&Aを実行することで、企業はどのような恩恵を受けられるのでしょうか。ここでは、M&Aがもたらす一般的なメリットについて解説します。
事業規模の拡大・成長スピードの加速
新規市場への参入やシェア拡大を、自社単独で実現するよりも短期間で達成できる可能性があります。特に、買収や合併は、時間をお金で買う戦略とも言えます。
シナジー効果の創出
統合により、販売網の相互活用、技術・ノウハウの共有、管理部門の効率化、仕入れコストの削減など、様々な相乗効果(シナジー)が期待できます。これにより、収益性の向上やコスト削減が見込めます。
新規事業への進出・多角化
自社にない技術、ノウハウ、ブランド、顧客基盤などを獲得し、新たな事業分野へ効率的に進出できます。これにより、事業リスクの分散にもつながります。
優秀な人材や技術の獲得
相手企業の持つ優れた人材や、独自性の高い技術、特許などを獲得できます。これは、自社だけでは育成や開発に時間がかかる貴重な経営資源です。
後継者問題の解決(売り手側)
中小企業などでは、後継者が見つからない場合に、M&Aによって事業と従業員の雇用を守ることができます。
M&Aのデメリット
一方で、M&Aにはリスクや注意すべき点も存在します。ここでは、M&Aを進める上で考慮すべき一般的なデメリットについて解説します。
統合プロセスの困難さ(PMIの失敗)
M&A成立後の統合プロセス(Post Merger Integration: PMI)がうまくいかないケースは少なくありません。異なる企業文化や人事制度、ITシステムなどの融合に失敗すると、期待したシナジー効果が得られないばかりか、混乱を招きかねません。
簿外債務や偶発債務のリスク
デューデリジェンス(DD)を徹底しても、帳簿に載っていない債務や将来発生する可能性のある債務(訴訟リスクなど)を完全に見抜けないことがあります。これらを引き継いでしまうと、想定外の損失につながる可能性があります。
従業員のモチベーション低下や人材流出
組織の再編や処遇の変化に対する不安から、従業員の士気が下がったり、優秀な人材が流出してしまったりするリスクがあります。丁寧なコミュニケーションとケアが不可欠です。
買収価格(プレミアム)の高騰
魅力的な企業を買収しようとする場合、競争原理が働き、本来の企業価値よりも高い価格(のれん代・プレミアム)で買収せざるを得なくなることがあります。高値掴みは、後の投資回収を困難にします。
期待したシナジー効果が得られない可能性
事前に見込んでいたシナジー効果が、様々な要因で実現できない、あるいは想定より小さくなることもあります。楽観的な予測だけでなく、慎重な分析が求められます。
買収・合併どちらを選ぶべき?
ここまで見てきたように、買収と合併、そしてそれぞれの具体的な手法には、異なる特徴があります。では、自社の状況において、どちらの選択肢、あるいはどの手法がより適しているのでしょうか。
選択にあたっては、「M&Aによって何を達成したいのか」という戦略目的を明確にすることが最も重要です。その上で、以下の比較表を参考に、各要素を検討してみましょう。
比較項目 | 買収(特に株式譲渡)が向いているケース | 合併(特に吸収合併)が向いているケース | 事業譲渡が向いているケース |
---|---|---|---|
主な目的 | 相手企業の経営権を取得したい、グループ企業として迎え入れたい | 完全に一体化し、組織・運営を効率化したい、強いシナジーを追求したい | 特定の事業・資産だけを取得したい |
相手企業の法人格 | 原則として存続させたい | 消滅させて一体化したい | 関係ない(自社事業として組み込む) |
手続きの複雑さ | 比較的シンプル | 複雑(特に債権者保護など) | 移転対象が多くなければ比較的シンプルだが、個別手続は煩雑 |
リスクの引き継ぎ | 会社全体のリスクを引き継ぐ(簿外債務含む) | 会社全体のリスクを引き継ぐ(簿外債務含む) | 選択した事業・資産に関するリスクのみ |
統合の度合い | 段階的な統合も可能 | 高いレベルでの迅速な統合が必要 | 事業単位での統合 |
従業員・契約 | 原則として引き継がれる | 包括的に承継される | 個別同意・再契約が必要 |
許認可 | 原則として引き継がれる場合が多い | 原則として承継される場合が多い | 新規取得が必要 |
買収が適している例
- 対象企業のブランド力や独立性を維持しながら、グループ全体の成長を図りたい場合。
- まずは子会社として経営状況を見極め、段階的に統合を進めたい場合。
- 手続きを比較的迅速に進めたい場合(株式譲渡)。
合併が適している例
- 重複する部門を整理し、経営資源を集中させて大幅なコスト削減や効率化を目指したい場合。
- 両社の技術や販売網を完全に融合させ、強力なシナジー効果を早期に実現したい場合。
- 対等な精神での統合を重視し、一体感を醸成したい場合(ただし新設合併は稀)。
事業譲渡が適している例
- 不採算事業を切り離したい、あるいは成長事業だけを取得したい場合。
- 対象企業全体の負債リスクを遮断したい場合。
最終的な選択は、法務、税務、財務の専門家とも相談しながら、自社の戦略、財務状況、リスク許容度、統合能力などを総合的に勘案して決定することが重要です。
買収と合併の違いを理解して、最善の選択をしよう
この記事では、M&Aの代表的な手法である「買収」と「合併」について、その違いから具体的な手法、メリット・デメリット、そして選択の考え方までを解説してきました。
M&Aは、うまく活用すれば企業の飛躍的な成長を可能にする強力なツールです。しかし、その成功は決して保証されたものではありません。成功の鍵は、明確な戦略、徹底したデューデリジェンス、周到な統合計画(PMI)、そして関係者との丁寧なコミュニケーションにあります。
安易な判断は避け、必要に応じてM&Aアドバイザーや弁護士、公認会計士などの専門家の知見も借りながら、貴社にとって最適な道筋を見つけ出してください。本記事が、今後の取り組みの一助となれば何よりです。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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