• 更新日 : 2025年6月5日

アーンアウト条項の内容は?条項の構成要素について詳しく解説

M&A(企業の合併・買収)を進める中で、「アーンアウト条項」という言葉を耳にしたことはありますか? M&Aの価格交渉は、特に将来性が未知数な企業の評価において難航しがちです。そんな時、このアーンアウト条項が交渉をスムーズに進める潤滑油のような役割を果たすことがあります。

この記事では、アーンアウト条項の基本的な考え方から、具体的な条項の構成要素、設計する上でのポイントまで、分かりやすく解説していきます。

アーンアウト条項の基本

アーンアウト条項とは、簡単に言うと、M&Aの最終的な買収価格の一部を、買収後の一定期間における業績目標の達成度合いに応じて支払うことを定めた契約条項のことです。

アーンアウト条項を設けるM&Aの場面では、まず契約締結時に買収価格の一部(初期対価)を支払い、その後、契約で定められた期間(アーンアウト期間)が終了した時点で、対象企業(または事業)が特定の業績目標を達成していれば、追加の対価(アーンアウト対価)を支払う、という流れが一般的です。

この条項の主な目的は、買収価格に関する買収側と売却側の「認識のズレ」を埋めることです。買収側は将来のリスクを考慮して慎重な価格を提示したい一方、売却側は自社の将来性を高く評価してほしいと考えます。アーンアウト条項は、このギャップを「将来の業績」という客観的な指標で調整する手段となります。

また、ベンチャー投資の文脈では、創業者や経営陣が引き続き事業に関与する場合、アーンアウト条項が事業成長への強いインセンティブとして機能することもあります。目標達成が直接的な報酬につながるため、モチベーションを高める効果が期待できるのです。

アーンアウト条項が利用される背景には、いくつかの重要な理由があります。

  • 評価ギャップの解消:これが最も一般的な理由です。特に、成長ステージにある企業や、将来の収益予測が難しいビジネスの場合、買収側と売却側の企業価値評価には大きな隔たりが生じがちです。「将来、本当にこれだけ稼げるのか?」という買収側の不安と、「これだけのポテンシャルがある」という売却側の期待。この溝を、「実際に目標を達成したら、その分を追加で支払いましょう」という形で埋めるのがアーンアウト条項です。
  • 将来の事業成長へのインセンティブ付与:売却後も元の経営陣や主要メンバーが会社に残り、事業運営を続けるケースは少なくありません。アーンアウト条項で設定された業績目標を達成することが、彼らにとって直接的な経済的メリットになるため、買収後の事業成長に向けて積極的に取り組む動機付けとなります。これは買収側にとっても、買収した事業が計画通りに成長する可能性を高める上で有益です。
  • リスク分担の考え方:M&Aには常に不確実性が伴います。アーンアウト条項は、将来の業績が未達だった場合のリスクを、買収側だけでなく、売却側にも一部負担してもらうという考え方に基づいています。買収側にとっては、過大な先行投資リスクを軽減でき、売却側にとっては、自社のポテンシャルを信じ、それを証明することでより高い対価を得るチャンスとなります。

このように、アーンアウト条項は、単なる価格調整のツールではなく、関係者の利害を調整し、M&A後の成功確率を高めるための戦略的な意味合いも持っているのです。

アーンアウトの計算方法や事例について詳しく知りたい方はこちらの記事も併せてお読みください。

関連記事:アーンアウトとは?メリット・デメリットや計算方法を解説

アーンアウト条項の主要な内容

アーンアウト条項を具体的に形作る、重要なパーツについて詳しく見ていきます。実際に契約書に落とし込む際には、これらの要素を明確に定義することが、後のトラブルを防ぐ鍵となります。

業績目標の種類

アーンアウト対価の支払いのトリガーとなるのが「業績目標」です。どのような指標を目標とするかは、対象企業のビジネスモデルやM&Aの目的によって様々ですが、一般的には以下のようなものが用いられます。

  • 売上高:シンプルで分かりやすい指標ですが、利益を伴わない売上増加もあり得るため、注意が必要です。
  • 営業利益経常利益:企業の「稼ぐ力」を測る代表的な指標です。
  • EBITDA(税引前・利払前・償却前利益):支払利息減価償却費の影響を除いた利益指標で、国際的なM&Aや、異なる会計基準の企業を比較する際によく用いられます。
  • 特定のKPI(重要業績評価指標):財務指標だけでなく、ビジネスの成長段階や特性に応じて、例えば「新規顧客獲得数」「特定のプロダクトの利用者数」「ウェブサイトのユニークユーザー数」といった、より具体的な事業活動の成果を測るKPIが目標とされることもあります。

目標設定の際の注意点 どの指標を選ぶにしても、「客観的に測定可能」であり、「双方にとって納得感のある、現実的なレベル」であることが極めて重要です。曖昧な目標や、達成が到底不可能な目標を設定してしまうと、かえって紛争の原因になりかねません。また、選んだ指標が、買収後の経営判断によって操作されにくいものであるかも考慮する必要があります。

目標達成期間

これは、設定された業績目標を達成すべき期間、すなわち「アーンアウト期間」のことです。 一般的には、M&Aのクロージング(取引完了日)から1年~3年程度とされることが多いようです。

期間設定の考慮事項 期間をどのくらいにするかは、以下のような点を考慮して決定されます。

  • 事業計画の期間:対象企業の事業計画や、買収側が期待する成果が現れるまでの期間。
  • 業績変動の大きさ:業績が安定しているビジネスか、変動が大きいビジネスか。
  • 買収後の統合プロセス(PMI):買収後に組織やシステムを統合するのに必要な時間。

あまりに短すぎると十分な成果を出す前に期間が終了してしまい、長すぎると将来の予測困難性が増し、管理も煩雑になります。対象ビジネスの実態に合わせて、適切な期間を設定することが大切です。

対価の算定方法

業績目標を達成した場合に支払われる追加対価(アーンアウト対価)を、どのように計算するのかを定めます。主な方法としては、以下のようなものがあります。

算定方法の種類内容特徴
定額支払い目標を達成した場合に、あらかじめ定められた一定額を支払う。シンプルで分かりやすい。
段階的支払い目標の達成度合いに応じて、支払う金額が変動する(例:達成率80%なら〇円、100%なら△円)。達成度に応じて柔軟に対価を調整できる。
計算式に基づく支払い目標達成度合いに応じて、特定の計算式(例:超過利益の〇%)に基づいて金額を算出する。より業績と連動した対価設定が可能。
株式交付現金の代わりに、買収企業の株式を追加で交付する。買収側のキャッシュアウトを抑えられる。

算定方法の具体例 例えば、「アーンアウト期間中の平均年間営業利益が1億円以上を達成した場合、追加で5,000万円を支払う」(定額支払い)や、「目標売上高に対する達成率に応じて、達成率 × 1億円を支払う」(計算式に基づく支払い)といった形で具体的に定められます。

どの方法を選択するかは、買収側・売却側双方の意向、買収側の資金状況、税務上の影響などを考慮して決定されます。

支払い条件・時期

業績目標を達成したかどうかをどのように確認し、いつ、どのような手続きでアーンアウト対価を支払うのかを明確に定めておく必要があります。

  • 目標達成の検証方法:誰が(例:公認会計士、双方合意の第三者)、どのような情報(例:監査済み財務諸表)に基づいて、いつまでに達成度を判定するのかを具体的に規定します。判定方法に疑義が生じないよう、客観性と透明性を担保することが重要です。
  • 支払い手続きの流れ:検証結果の通知方法、支払い請求の手続き、支払い期限などを定めます。
  • 支払い時期の明確化:通常は、アーンアウト期間終了後、業績が確定し、検証が完了した後の特定の期日(例:業績確定後〇〇日以内)が設定されます。

支払いに関する条件が曖昧だと、後々「達成したはずだ」「いや、していない」といった水掛け論になりかねません。細部まで具体的に詰めておくことが、円滑な対価支払いにつながります。

コントロール条項(買収後の経営への関与)

アーンアウト期間中は、売却側(の元経営陣など)が引き続き経営に関与することが多いですが、買収後は当然、買収側が経営の主導権を握ります。この際、買収側の経営方針(例:投資の抑制、事業戦略の変更など)が、アーンアウト目標の達成に影響を与えてしまう可能性があります。

そこで、アーンアウト条項には、しばしば「コントロール条項」と呼ばれる規定が盛り込まれています。これは、アーンアウト期間中の経営に関する取り決めです。

  • 買収側の経営関与の範囲:買収側がどの程度、対象会社の経営(予算、人事、戦略など)に介入できるのか。
  • 売却側の経営への影響力:売却側(旧経営陣など)が、アーンアウト目標達成に必要な範囲で、どの程度の裁量を維持できるのか。
  • 制約事項:買収側が、アーンアウト目標達成を不当に妨げるような行為(例:合理的な理由なく予算を削減する、主要な人材を異動させるなど)を行わないことを約束する規定など。

このコントロール条項は、買収側と売却側の利害が対立しやすい部分であり、非常にデリケートな交渉が必要となります。「経営の自由度を確保したい」買収側と、「目標達成の機会を守りたい」売却側のバランスを、いかに取るかがポイントです。

アーンアウト条項設計のポイントと注意点

ここまでアーンアウト条項の構成要素を見てきましたが、実際にこれらを組み合わせて有効な条項を作り上げるには、いくつかの重要なポイントと注意点があります。このセクションでは、アーンアウト条項を設計する際の勘所について解説します。

明確性と客観性

まず何よりも大切なのは、「明確性」と「客観性」です。業績目標の定義、測定方法、計算式、達成期間、支払い条件など、すべての要素について、誰が読んでも同じ解釈ができるように、具体的かつ曖昧さのない言葉で記述する必要があります。特に業績目標は、公認会計士などの第三者が客観的に測定・検証できる指標を選ぶことが、後の紛争予防に繋がります。

現実的な目標設定

次に、「現実的な目標設定」を心がけることです。買収側としては目標を高く設定したい気持ちも分かりますが、到底達成不可能な目標では、売却側のモチベーションを削ぐだけでなく、アーンアウト自体が無意味になってしまいます。一方で、簡単に達成できる目標では、リスク分担やインセンティブとしての効果が薄れます。対象企業の過去の業績、市場環境、買収後のシナジー効果などを冷静に分析し、努力すれば達成可能な、しかし挑戦的なレベルの目標を設定することが理想的です。

買収後の経営と目標達成の整合性

また、「買収後の経営と目標達成の整合性」も重要な論点です。先ほどのコントロール条項でも触れましたが、買収側の経営方針が、売却側のアーンアウト目標達成の努力を阻害しないような配慮が必要です。例えば、アーンアウト目標達成に必要な投資を、買収側の都合で一方的に停止したりしないよう、事前の取り決めや、誠実な協議プロセスを設けることが考えられます。この点は、契約書に落とし込むだけでなく、買収後のコミュニケーションにおいても意識すべきポイントです。

潜在的な紛争の可能性

さらに、「潜在的な紛争の可能性」を常に念頭に置き、紛争解決手続きを事前に定めておくことも賢明です。どれだけ慎重に条項を設計しても、解釈の相違や予期せぬ事態から紛争が生じる可能性はゼロではありません。万が一、業績目標の達成度や対価の計算について意見が対立した場合に、どのような手順(例:専門家による鑑定、協議、調停、仲裁など)で解決を図るのかを明記しておくことで、問題が大きくなる前に対処しやすくなります。

税務上の取り扱い

最後に、アーンアウト条項は税務上の取り扱いも考慮すべき点があります。アーンアウト対価がいつ、どのように課税されるのか(所得の種類、課税タイミングなど)は、買収側・売却側双方にとって重要です。契約を最終化する前に、必ず税理士等の税務専門家にご相談ください。

アーンアウト条項の設計は、単に数字や条件を決めるだけでなく、買収側と売却側の将来にわたる関係性をデザインする作業とも言えます。法務・財務・税務の専門家を交え、双方にとって公平で、かつM&Aの成功に寄与するような条項を作り上げることが肝要です。

内容を理解し、双方にとって公平なアーンアウト条項を設計しよう

今回は、M&Aにおける価格調整やリスク分担の有効な手段である「アーンアウト条項」について、その基本から構成要素、設計上のポイントまでを解説しました。

アーンアウト条項は、買収価格に関する買収側と売却側のギャップを埋め、売却側経営陣のモチベーションを維持・向上させ、将来の不確実性リスクを分担するための重要な仕組みです。

アーンアウト条項は、うまく活用すればM&Aの成功確率を高める強力なツールとなり得ますが、設計を誤るとかえって紛争の火種にもなりかねません。もしM&Aのプロセスでアーンアウト条項の導入を検討される際には、本記事の内容を参考にしつつ、必ず弁護士や公認会計士、税理士といった専門家にご相談の上、慎重に進めてください。


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