
今回は第2弾「マスタ設定」の実践テクニックについてです。監修いただいたのは、会計・経理のBPO(* )サービスを25年以上行っている、CSアカウンティング株式会社 代表取締役の中尾篤史さん。多くの会社の経理を担当してきた、「経理業務のプロ中のプロ」です。
システム化が進む経理業務をどう改善していくか、旬で、かつ基礎になるネタを集めました。みなさんの業務改善のヒントにお使いください。
* BPO……ビジネス・プロセス・アウトソーシングの略称。業務の一部または業務プロセスの全体を外部委託するアウトソーシング形態を指します。
前回の記事では、銀行API連携やAI-OCRを活用し、経理業務における「手入力」を極力なくす方法についてご紹介しました。これにより、データ入力の効率化と正確性向上を実現できます。
しかし、データを効率的に入力するだけでは、経理業務全体の最適化は道半ばです。入力されたデータが、その後の月次・年次決算、税務申告といった「後工程」でスムーズに活用され、手戻りなく処理されるようにすること。これが、真の効率化・合理化の鍵となります。
第2回は、この「後工程での手戻りをなくす」という視点から、会計システムの「マスタ設定」を戦略的に行う実践的なテクニックに焦点を当てます。マスタ設定は、一度適切に行えば、日々の業務効率を継続的に高め、決算・申告業務の負荷を大幅に軽減できる、非常に重要な取り組みです。
目次
1. なぜマスタ設定が重要なのか? ~後工程を意識する~
会計システムには、勘定科目マスタ、取引先マスタ、部門マスタ、消費税区分マスタなど、様々なマスタが存在します。これらのマスタは、単に仕訳入力時の選択肢を提供するだけでなく、入力されたデータに「意味」や「属性」を与える役割を担っています。
例えば、単に「接待交際費」として入力するだけでなく、「誰と」「何のために」「いくら」使ったか、そしてそれが「税法上どう扱われるか」といった情報を、入力時点でデータに付与しておく。これが、後工程での作業を劇的に楽にする秘訣です。
マスタ設定を工夫する際には、常に「このデータが、最終的にどのレポートや申告書で、どのように使われるか?」を意識することが重要です。
2. 実践テクニック①:消費税申告を見据えた勘定科目・補助科目設定
消費税の申告書作成は、決算締め作業における一つの工程ですが、課税・非課税・不課税・対象外といった消費税区分の判定ミスは、月次や年次のチェックで発覚し、遡って修正する手戻りの原因となります。
この手戻りを防ぐために、勘定科目マスタ、特に補助科目の設定と消費税区分のデフォルト設定を工夫しましょう。
具体例:接待交際費の場合
- 課題:接待交際費の中には、飲食費(原則、消費税課税仕入)と、香典やお祝い金(消費税対象外)が混在しています。入力時に毎回消費税区分を確認・選択するのは手間であり、ミスも発生しやすいです。
- 解決策:
- 1. 勘定科目「接待交際費」の下に、補助科目を作成します。
- 例:「飲食費」「贈答品費」「慶弔費(香典・祝金等)」
- 2. それぞれの補助科目に、デフォルトの消費税区分を設定します。
- 「飲食費」→ デフォルトで「課税仕入 10%」
- 「贈答品費」→ デフォルトで「課税仕入 10%」
- 「慶弔費(香典・祝金等)」→ デフォルトで「対象外」
- 仕訳入力時に適切な補助科目を選択するだけで、自動的に正しい消費税区分が適用されるようになります。
- 入力担当者が消費税の判定に迷うことが減り、ミスが大幅に削減されます。
- 消費税申告書作成の基礎となるデータ(課税売上、課税仕入など)の精度が向上し、決算時のチェック・修正作業が軽減されます。
このように、取引の内容に応じて補助科目を細分化し、それぞれに適切な消費税区分を初期設定しておくことで、日々の入力作業が楽になるだけでなく、消費税申告業務の正確性と効率性が格段に向上します。
3. 実践テクニック②:法人税申告(別表)作成を効率化する補助科目設定
法人税申告書の作成、特に別表の作成も、データ集計に手間のかかる作業です。例えば、交際費等の損金不算入額を計算する「別表十五」では、支出した交際費を飲食費か否か、飲食費の場合は一人あたり10,000円以下か超えるか、社内飲食費か、などで区分して集計する必要があります。
これも、勘定科目マスタを工夫することで、申告書作成時の集計作業を大幅に効率化できます。
具体例:接待交際費の場合(法人税申告視点)
- 課題:法人税申告時に、一年分の交際費の元帳や証憑を遡って確認し、上記の区分ごとに集計し直すのは非常に煩雑です。
- 解決策:
- 例:「社外飲食費(1人1万円以下)」
- 例:「社外飲食費(1人1万円超)」
- 例:「社内飲食費」
- 例:「贈答・その他交際費」
- 例:「慶弔費(損金算入)」
- 1. 勘定科目「接待交際費」の下に、法人税申告(別表十五)の区分を意識した補助科目を作成します。
- 2. 仕訳入力時に、支出の内容に応じてこれらの補助科目を選択するようにルール化します。
- 法人税申告書作成時(別表15作成時)に、各補助科目の合計金額をそのまま転記・集計するだけで済むようになります。
- 元帳や証憑を遡って確認・再集計する手間がなくなります。
- 入力時点で区分されているため、集計ミスも起こりにくくなります。
交際費だけでなく、寄付金や租税公課も、法人税別表への転記を想定して、同様に補助科目などを活用して、入力時点で情報を付与しておくことも有効です。
4. 実践テクニック③:外形標準課税(付加価値割)申告を見据えた科目設定
2025年4月1日開始事業年度から、外形標準課税の付加価値割の対象となる企業の範囲が拡大されます。付加価値割の計算要素の一つである「報酬給与額」「純支払利子」「純支払賃借料」の集計にあたっても、マスタ設定が役立ちます。特に、支払賃借料については注意が必要です。
具体例:支払賃料の場合
- 課題:支払賃料の中には、外形標準課税の付加価値割(純支払賃借料)の計算対象となるもの(事務所家賃など)と、対象とならない可能性のあるもの(倉庫賃料の一部、共益費など、契約内容や性質による)が混在する場合があります。申告時にこれらを区別せず集計すると、税額を過大に計算してしまったり、後から除外する作業が発生したりします。
- 解決策:
- 例:「事務所家賃(付加価値割対象)」
- 例:「共益費(付加価値割対象外)」
- 1. 勘定科目「支払賃料」の下に、補助科目を設定し、付加価値割の計算対象となるもの、ならないものを区別できるようにします。
- 2. 契約等を確認し、賃借料と共益費等が明確かつ合理的に区分されている場合には、共益費等は支払賃借料とはなりませんので、仕訳入力時に適切な補助科目を選択します。
- 外形標準課税の申告書作成時に、必要な数値をスムーズに集計できます。
- 集計時の判断や、後からの修正作業の手間を削減できます。
- 正確な税額計算に繋がり、過払いや修正申告のリスクを低減します。
おわりに
今回は、後工程での手戻りをなくし、決算・申告業務を効率化するための「マスタ設定」の重要性と、具体的な実践テクニックをご紹介しました。
総勘定科目や補助科目のマスタを戦略的に設計・活用することは、日々の入力作業の標準化・効率化だけでなく、月次・年次業務の負荷を大幅に軽減し、経理部門全体の生産性向上に貢献します。
「マスタは一度設定したら終わり」ではなく、業務内容の変化や法改正、システム導入に合わせて、定期的に見直し、改善していくことが大切です。今回ご紹介した視点を参考に、ぜひ自社のマスタ設定を見直してみてはいかがでしょうか。
「経理の実務Tips」集Vol.1 経理DXの第一歩!「手入力ゼロ」を目指す実践的アプローチ
「経理の実務Tips」集Vol.2 手戻りゼロを目指す! 後工程を見据えた「マスタ設定」実践テクニック(本記事)
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