• 作成日 : 2025年9月9日

保育園のM&Aとは?現状やメリット、流れを解説

保育園業界は現在、保育の2025年問題という重要な転換点を迎えています。厚生労働省の試算によれば、保育所利用児童数は2025年頃にピークを迎え、その後は少子化の進行により減少傾向に転じると予想されています。このような環境変化を背景に、保育園のM&Aが急速に活発化しており、業界再編の時代が本格化しています。

この記事では、保育園のM&Aを検討している経営者に向けて、具体的な手法、成功のポイントまでを解説します。

保育園のM&Aのメリット・デメリット

M&Aは売り手と買い手の双方にとって戦略的な価値を創出しますが、固有のリスクも伴います。

売り手側のメリット

  • 特に地方では、地域住民のニーズに応えるために、高齢の経営者と少数のスタッフによって運営されている社会福祉法人主体の保育園も少なくありません。M&Aにより、後継者不在でも事業継続が可能になります。
  • 譲渡により資産を現金化し、経営資源の有効活用が可能になります。また、大手企業の傘下に入ることで、安定した財務基盤を獲得できます。
  • 譲渡により経営リソースを集中的に活用でき、競争力の強化が期待できます。

買い手側のメリット

  • 市場自体は成熟していることもあり、地道に保育園の開設や人材確保を行うことは、収支の観点から見て厳しいと考えられます。M&Aによるスピーディーかつ効率的な事業規模拡大が可能です。
  • 保育園では、保育士一人あたりが見られる子どもの人数が規定されています。そのため、事業を拡大して受け入れ人数を増やす際には、人材不足が大きな壁となりやすい状況です。M&Aにより、経験豊富な保育士を一括確保できます。
  • 未進出地域への参入や、地域ネットワークの構築を効率的に実現できます。

主なデメリット・リスク

  • 企業文化や保育理念の違いから摩擦が生じることがあり、子どもたち、保護者、職員などに不安感を生じさせる可能性があります。
  • 設備更新や人材再編、営業権譲渡など多くのコストが発生し、M&Aが失敗した場合には不要な費用を抱えるリスクがあります。
  • 保育園特有の許認可関連の手続きが複雑で、専門知識と綿密な準備が必要となります。

保育園のM&Aの特徴

保育園のM&Aは、一般的な企業のM&Aとは大きく異なる特徴を持っています。

運営主体による違い

2019年に内閣府より公表された「保育所等の運営実態に関する調査結果」において、私立の認可保育所の運営主体の割合は、社会福祉法人86.9%、営利法人(株式会社)が4.9%、学校法人が2.8%、その他が5.4%となっており、大部分は社会福祉法人が占めています。

社会福祉法人は営利企業とは基本的な性格が異なり、公益性と非営利性が求められるため、M&Aにおいても特別な配慮が必要です。解散時の残余財産は社会福祉法人などの社会福祉事業運営者か国庫にしか帰属させることができないなど、制約があります。

許認可の継承

保育園のM&Aでは、都道府県知事による認可の取り扱いが重要な検討事項となります。株式譲渡の場合は比較的スムーズですが、事業譲渡の場合は許認可の再申請が必要となるケースがあります。

2025年問題の影響

保育所の利用児童が、2025年にピークを迎えるだろうとの試算があり、その後は市場縮小が予想されています。この「2025年問題」により、保育所の過剰感が高まり、業界再編の必要性が増しています。

保育園のM&A売却相場

保育園の売却価格は、規模や立地、収益性などにより大きく変動しますが、一定の算定方法があります。

年買法による価格算定

保育園の売却においては、バリュエーションの結果に加えて、以下の要素も価格決定に影響しますが、基本的な算定方法としては年買法が用いられるのが一般的です。

基本計算式

売却相場 = 時価純資産 + 営業利益 × 2〜5年

具体例

相場 = 1,000万円 + 1,000万円 × 2〜5 = 3,000万円〜6,000万円

ただし、これは簡易的な算出方法であり、実際の価格は個別要因により大きく変動します。

実際の取引相場

保育園の場合、他業種に比べると、ゼロ円での譲渡が多いという特徴があります。これは、後継者不在や経営難により、事業継続を最優先とする譲渡が多いためです。

価格決定要因

施設規模

許認可保育園が利用定員20人以上に対して、小規模保育は6〜19人以下です。保育する人数が多いほど、保育料を多く得ることができるためM&Aの際は小規模保育より許認可保育園に高い売買価額になります。

立地条件

住宅やマンションなどが密集している都市部や送り迎えが便利な駅周辺、その他に待機児童が多いエリアは高い評価を受けます。

収益性

安定した収益基盤と将来の収益見通しが価格に大きく影響します。

保育園のM&A注意点

保育園のM&Aには、業界特有の注意点があり、事前の準備と専門知識が不可欠です。

許認可関連の手続き

保育園や保育所の事業を譲渡する際には、許認可の申請が求められる場合があります。また、事業譲渡に関する手続きは細かく専門知識が求められます。特に事業譲渡の場合は、新たに許認可を取得する必要があるケースが多く、手続きが複雑化します。

契約関係の整理

賃貸契約、保育士との雇用契約、備品の使用契約など、取引契約は譲渡前の運営者と異なるため、事業譲渡と同時に契約を結びなおす必要があります。

さらに、保育園を利用しているすべての保護者との契約も再締結が必要となり、膨大な事務作業が発生します。

人材の継続確保

保育士不足が深刻な中、M&A後の人材流出は致命的な問題となります。統合プロセスにおいて、既存スタッフの処遇や労働環境に十分配慮し、安心して働き続けられる環境を整備することが重要です。

保育理念の統合

保育園は教育的側面が強く、各園が独自の保育理念や教育方針を持っています。M&A後にこれらの理念をどのように統合・発展させるかは、保護者や地域住民の理解を得るうえで重要な要素です。

保育園のM&Aを成功させるポイント

保育園のM&Aを成功に導くためには、業界特性を踏まえた戦略的アプローチが必要です。

事前準備の徹底

財務状況の整理

過去数年分の決算書類や補助金の受給状況、保育料の収納状況などを整理し、透明性の高い財務情報を準備します。

運営体制の文書化

保育プログラムの内容、職員の配置状況、安全管理体制などを文書化し、運営ノウハウの見える化を図ります。

法令遵守状況の確認

児童福祉法や保育所設置基準への適合状況を再確認し、問題があれば事前に是正措置を講じます。

適切な相手先の選定

保育理念の整合性

単に財務条件だけでなく、保育に対する考え方や子どもへの接し方など、根本的な価値観が合致する相手を選ぶことが重要です。

地域への貢献姿勢

地域密着型の保育園では、買い手が地域社会への貢献に積極的な姿勢を示すことが保護者や自治体の理解を得るために不可欠です。

統合後のビジョン

M&A後の保育園運営について明確なビジョンを持ち、職員や保護者に対して説明できる相手を選定します。

専門家の活用

保育園のM&Aは特殊性が高いため、業界に精通したM&Aアドバイザーや法務専門家のサポートが不可欠です。特に社会福祉法人のM&Aでは、所轄庁との調整も必要となるため、経験豊富な専門家の関与が成功の鍵となります。

保育園のM&Aの流れ

保育園のM&Aプロセスは、一般的な企業のM&Aに加えて、許認可関連の手続きや所轄庁との調整が必要となります。

基本的なプロセス

保育園のM&Aでは、以下のステップを踏んで進行します。

  1. 初期検討・準備段階
    • 自社の現状分析と課題整理
    • M&Aの目的と期待効果の明確化
    • 専門アドバイザーの選定
  2. 売却準備段階
    • 企業価値評価の実施
    • 必要書類の整備
    • ノンネームシート(匿名情報)の作成
  3. 買い手探索・初期交渉
    • 買い手候補のリストアップ
    • 秘密保持契約の締結
    • 初期的な条件交渉
  4. 詳細検討段階
    • 詳細資料の開示
    • トップ面談の実施
    • 基本合意書の締結
  5. 最終調整段階
    • デューデリジェンス(買収監査)の実施
    • 最終契約書の締結
    • 所轄庁への届出・承認手続き
  6. クロージング・統合
    • 譲渡実行・資金決済
    • 職員・保護者への説明
    • 統合作業の実施

所要期間の目安

保育園のM&Aは、許認可関連の手続きや所轄庁との調整があるため、一般的な企業のM&Aよりも時間を要します。通常、開始から完了まで9ヶ月から1年半程度の期間が必要です。

保育園のM&A成功事例

実際の成功事例を通じて、保育園M&Aの効果と実施方法を理解することができます。

大手企業による事業拡大事例

2024年5月、SDエンターテイメントの孫会社であるITグループは合同会社TAISETSUを子会社化することを発表しました。この事例では、企業主導型保育園を運営するSDエンターテイメントグループが、認可保育所を運営するTAISETSUを買収することで、サービス区分の拡大を図りました。

業界大手による統合事例

2023年4月にグローバルキッズ COMPANYによる東京建物キッズ株式会社の株式譲渡契約(子会社の取得)及び業務提携契約が実施されました。グローバルキッズ COMPANYは保育事業についてM&Aを積極活用した成長を中期経営計画に掲げており、新規開設需要が鈍化する中でのさらなる成長を企図したM&Aとして注目されました。

異業種からの参入事例

日本生命保険は、ニチイ学館(東京)を中核企業とするニチイホールディングスを買収。さらに、ライクと資本業務提携し、保育業界全体の業務効率化を支援しています。また、ダスキンは、JPホールディングスの筆頭株主となり、子育て支援事業に参入するなど、異業種からの参入が活発化しています。

地域密着型の事業承継事例

東昇商事は神奈川県や東京都で認可保育園6園を運営している企業です。ミアヘルサは東京・神奈川・千葉・埼玉で薬局・介護施設・保育園を運営しており、2020年7月にミアヘルサが東昇商事の全株式を取得し完全子会社化を実現しました。地理的重複が少なく、保育園展開エリアの拡大に大きく寄与する成功事例となっています。

保育園M&A成功への道筋

保育園業界は2025年問題を機に本格的な再編期を迎えており、M&Aは単なる事業承継手段を超えて、持続可能な保育サービス提供のための重要な戦略となっています。

成功するM&Aには、保育理念の共有、地域社会への貢献、職員と子どもたちの福祉を最優先に考える姿勢が不可欠です。また、許認可関連の複雑な手続きや社会福祉法人特有の制約を理解し、専門家と連携しながら進めることが重要です。

業界の構造変化に対応し、質の高い保育サービスを継続的に提供するため、早期からM&Aの検討を始め、最適なパートナーとの出会いを通じて、子どもたちの未来に貢献する保育園運営を実現していくことが、今後の成功への確実な道筋となるでしょう。


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