• 作成日 : 2025年6月5日

ホテルのM&A動向は？メリット・デメリットやポイントを解説

この記事では、現在のホテル業界がどのような状況にあり、なぜM&A（企業の合併・買収）が注目されているのか、その背景について解説します。

ホテル業界のM＆A動向

まず、ホテル業界の現状やM&Aが注目されている理由について見ていきましょう。

ホテル業界の現状と課題

日本のホテル業界は、インバウンド需要の回復という明るい兆しが見える一方で、人手不足の深刻化、施設の老朽化、競争の激化といった課題も抱えています。特に地方のホテルや旅館では、後継者不足も大きな問題となっています。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行は、旅行・宿泊業界全体のビジネスモデルや収益構造に大きな変化をもたらしました。このような状況下で、持続的な成長や事業の存続を目指すために、新たな戦略が求められているのです。

M&Aが注目される理由

こうした課題への対応策、そして新たな成長機会を掴むための有効な手段として、M&Aへの関心が高まっています。買い手にとっては、短期間での事業規模拡大、新規エリアへの進出、ブランド力の強化、優秀な人材やノウハウの獲得などが可能になります。一方、売り手にとっては、事業承継問題の解決、創業者利益の確保、従業員の雇用維持、さらには大手資本傘下での事業安定化といったメリットが期待できます。厳しい環境を乗り越え、変化に対応していくための戦略的な選択肢として、ホテルM&Aはますます重要性を増していると言えるでしょう。

M&Aの基礎知識

ここでは、ホテルM&Aを進める上で知っておきたい基本的な知識について解説します。M&Aの基本的な仕組みから、ホテル業界ならではの特徴、関連する法律まで、順を追って見ていきましょう。

M&Aとは？基本的な仕組みと種類

M&Aとは、「Mergers（合併）and Acquisitions（買収）」の略称で、複数の企業が一つになったり、ある企業が他の企業を買い取ったりすることを指します。企業の成長戦略、事業再編、事業承継など、様々な目的で行われます。

主な手法としては、以下のようなものがあります。

どの手法を選択するかは、M&Aの目的や当事者の状況によって異なります。

ホテルのM&Aの特徴

ホテルM&Aは、他の業種のM&Aとは異なる特徴を持っています。まず、ホテルは「不動産」という側面が非常に強いビジネスです。そのため、建物の価値評価や権利関係（所有権、賃借権など）、法規制（建築基準法、消防法など）の確認が極めて重要になります。

また、ホテルは「運営」が収益の源泉です。従業員のスキルやホスピタリティ、予約システム、顧客情報、ブランドイメージといった無形の資産も評価の対象となります。さらに、旅館業法に基づく営業許可の承継手続きや、取引先との契約関係の引き継ぎなども、特有のプロセスとして挙げられます。これらの点を考慮せずに進めると、後々思わぬ問題が発生する可能性があるので注意が必要です。

ホテルのM＆Aに関連する法律

ホテルのM&Aに関連する主な法律としては、まずM&Aの手法全般に関わる「会社法」があります。株式譲渡や合併などの手続きは、会社法に基づいて行われます。

また、ホテル事業そのものに関わる「旅館業法」も重要です。営業許可の取得や承継に関する規定を確認する必要があります。不動産取引が伴う場合には、「宅地建物取引業法」の規制も関わってきます。さらに、従業員の雇用を引き継ぐ場合には「労働契約承継法」などの労働関連法規、優越的地位の濫用などを防ぐ「独占禁止法」なども関係してくる可能性があります。

M&Aは法的な側面が非常に強いため、弁護士や M&Aアドバイザーといった専門家のサポートを得ながら進めることが不可欠です。

ホテルのM&A最新動向

実際にホテルM&Aがどのように行われているのか、最近の動きや具体的な事例を交えながら見ていきましょう。成功例や失敗例から学べる教訓や、投資ファンドなどの動きについても触れていきます。

国内外のホテルM&A事例

近年、国内外で活発なホテルM&Aが見られます。国内では、大手ホテルチェーンによる地域有力ホテルの買収、異業種からのホテル事業への参入、事業承継を目的とした中小規模ホテルのM&Aなどが増えています。特に、コロナ禍を経て経営環境が変化したホテルを対象とした動きや、インバウンド需要の回復を見据えた投資が目立ちます。

海外では、グローバルなホテルブランドによる大型買収や、アジア圏の富裕層による日本の高級旅館・リゾートホテルの取得なども見られます。こうした事例からは、規模の拡大、ブランドポートフォリオの多様化、新たな顧客層の獲得など、各社がM&Aを通じて戦略的な目的を達成しようとしている様子がうかがえます。

成功事例と失敗事例から学ぶ

成功するホテルM&Aには、いくつかの共通点が見られます。例えば、事前の徹底したデューデリジェンス（買収監査）によってリスクを洗い出し、適切な価格で買収していること、明確なM&A戦略と買収後の統合計画（PMI）を持っていること、そして従業員との良好なコミュニケーションを通じてスムーズな組織統合を実現していることなどが挙げられます。

一方、失敗事例からは、デューデリジェンスの甘さによる簿外債務の発覚、想定していたシナジー効果が得られない、文化や運営方針の違いによる従業員の離反といった教訓が得られます。特にホテル事業は「人」が重要な要素となるため、従業員のモチベーション維持や文化の融合に失敗すると、サービスの質が低下し、顧客離れにつながるリスクがあります。

投資ファンドやREITの動向

近年、ホテルM&Aのプレイヤーとして存在感を増しているのが、投資ファンドや不動産投資信託（REIT）です。彼らは、割安になったホテルを取得して再生させ、価値を高めて売却する（投資ファンド）、あるいはホテルを保有・運営して安定的な賃料収入や配当を目指す（REIT）といった目的で、積極的にホテルへの投資を行っています。

特に、経営再建が必要なホテルや、潜在的な成長力を持つホテルは、彼らにとって魅力的な投資対象となります。彼らの参入は、ホテル市場の流動性を高め、M&Aを活性化させる一因となっています。売り手にとっては、新たな買い手の選択肢が増えることにもつながります。

ホテルM&Aのメリット・デメリット

M&Aは大きな決断であり、メリットだけでなくデメリットも存在します。ここでは、ホテルM&Aにおける買い手側、売り手側それぞれのメリットとデメリット、そして期待されるシナジー効果について整理してみましょう。

買い手側のメリット・デメリット

売り手側のメリット・デメリット

M&Aによるシナジー効果

シナジー効果とは、M&Aによって「1 + 1」が2以上になる効果のことです。ホテルM&Aにおいては、以下のようなシナジーが期待できます。

ただし、これらのシナジー効果は自動的に得られるものではなく、M&A後の統合プロセス（PMI）をいかに計画的かつ丁寧に進めるかにかかっています。

ホテルM&Aのポイント

ホテルM&Aを成功させるためには、いくつか押さえておくべき重要なポイントがあります。特に、ホテル特有の価値をどう評価するか、そして買収監査（デューデリジェンス）をいかに徹底するかが鍵となります。

ホテル特有の価値評価方法

ホテルの価値は、単に土地建物の価格だけで決まるものではありません。以下の３つの側面から総合的に評価する必要があります。

不動産価値、ブランド価値、収益性の評価

これらの要素を専門家（不動産鑑定士、公認会計士、税理士など）の意見も聞きながら、多角的に分析し、適正な企業価値（株価）を算定することが求められます。

デューデリジェンス（買収監査）の重要性

デューデリジェンス（Due Diligence、略してDD）は、M&Aの対象となる企業の価値やリスクを詳細に調査するプロセスです。ホテルM&Aにおいては、特に以下の点の調査が重要になります。

デューデリジェンスを徹底することで、買収後に「こんなはずではなかった」という事態を防ぎ、リスクを把握した上で適切な条件交渉を行うことが可能になります。時間とコストはかかりますが、M&Aの成否を左右する極めて重要なプロセスです。

ホテルM&Aを成功させるための戦略と手順

ホテルM&Aを成功に導くためには、行き当たりばったりではなく、しっかりとした戦略に基づき、正しい手順で進めることが大切です。ここでは、戦略の立て方から交渉、そしてM&A後の統合プロセス（PMI）まで、成功のためのステップを解説します。

M&A戦略の立て方

まず、「なぜM&Aを行うのか」という目的を明確にすることがスタート地点です。例えば、「首都圏でのシェアを拡大したい」「ラグジュアリー層向けのブランドを獲得したい」「DX化を進めるためのノウハウが欲しい」「後継者問題を解決したい」など、自社の経営戦略とM&Aを結びつける必要があります。

目的が明確になったら、どのようなホテル（地域、規模、価格帯、経営状態など）を対象とするのか、具体的なターゲット像を設定します。そして、M&Aによってどのようなシナジー効果を期待するのか、買収後の事業計画を具体的に描いておくことが重要です。しっかりとした戦略があれば、交渉の軸がぶれることなく、M&A後の統合もスムーズに進めやすくなります。

交渉と契約のポイント

M&Aの交渉は、条件面（価格、買収スキーム、従業員の処遇など）だけでなく、お互いの企業文化や将来のビジョンに対する理解を深める場でもあります。良好な関係を築きながら、粘り強く交渉を進めることが求められます。

交渉がある程度進んだ段階で、基本的な合意内容をまとめた「基本合意書（LOI/MOU）」を締結することが一般的です。これは法的な拘束力を持たないことが多いですが、その後のデューデリジェンスや最終契約に向けた交渉の土台となります。

デューデリジェンスを経て、最終的な条件が固まったら、「最終契約書（株式譲渡契約書、事業譲渡契約書など）」を締結します。契約書には、譲渡価格、支払方法、譲渡日、表明保証（売り手が買い手に対して、開示した情報が真実であることを保証する条項）、解除条件などが詳細に定められます。法的な専門知識が必要となるため、弁護士などの専門家と連携し、慎重に内容を確認することが不可欠です。

PMI（M&A後の統合プロセス）の重要性

M&Aは契約締結がゴールではありません。むしろ、そこからが本当のスタートと言えます。PMI（Post Merger Integration）とは、M&A成立後に行われる経営統合、業務統合、意識統合などの一連のプロセスを指します。PMIがうまくいかなければ、期待したシナジー効果が得られないばかりか、組織が混乱し、M&Aが失敗に終わる可能性すらあります。

ホテルM&AにおけるPMIでは、特に以下の点が重要になります。

PMIは、M&Aの検討段階から計画を始め、専門チームを設置するなど、十分な準備とリソースを投入して取り組むべき重要な課題です。

ホテルM&Aにおける課題

多くのメリットが期待できるホテルM&Aですが、当然ながら課題やリスクも存在します。事前にこれらを認識し、対策を講じることが、M&Aを成功させるためには欠かせません。

人材、不動産、契約上の課題

経済変動や競合激化のリスク

ホテル業界は、景気動向や為替レート、国内外の旅行需要、さらには自然災害や感染症の流行といった外部環境の変化に大きく影響を受けやすいという特徴があります。M&Aによって事業規模を拡大したとしても、予期せぬ経済変動によって収益が大幅に悪化するリスクは常に存在します。

また、近年は新たなホテルの開業が相次ぎ、競争が激化しています。特にオンライン旅行会社（OTA）の台頭や民泊の普及など、競争環境は常に変化しています。M&Aによって獲得したホテルが、将来にわたって競争力を維持できるかどうかも見極める必要があります。

リスクマネジメントの重要性

これらの課題やリスクに対応するためには、M&Aの初期段階からリスクマネジメントの視点を持つことが重要です。デューデリジェンスを通じて潜在的なリスクを洗い出し、その影響度を評価し、対応策を検討します。例えば、不動産リスクに対しては修繕計画を立てる、人材流出リスクに対しては丁寧なコミュニケーションプランを用意するなど、具体的な対策を講じることが求められます。

M&Aは大きな投資判断です。リスクをゼロにすることはできませんが、事前にリスクを認識し、備えておくことで、その影響を最小限に抑えることが可能になります。

ホテルM&Aの今後の展望

最後に、ホテルM&Aが今後どのように展開していく可能性があるのか、いくつかの視点から考えてみましょう。社会や経済の変化は、M&Aの動向にも影響を与えていきます。

コロナ禍後のホテル業界の変化

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、ホテル業界に衛生管理意識の向上、非接触型サービスの導入促進、ワーケーションなど新たな需要の創出といった変化をもたらしました。一方で、経営体力が低下したホテルも少なくありません。今後は、こうした変化に対応するための投資余力を持つ企業によるM&Aや、経営再建を目的としたM&Aが増加する可能性があります。また、より安全・安心な滞在を提供できるホテルや、ユニークな体験価値を提供できるホテルの価値が高まり、M&A市場でも注目されるかもしれません。

インバウンド需要の回復とM&A

水際対策の緩和以降、訪日外国人観光客（インバウンド）は回復基調にあります。今後、インバウンド需要が本格的に回復・拡大していくと、それに伴いホテルへの投資意欲も高まるでしょう。特に、海外の富裕層や大手ホテルチェーンは、日本の魅力的な観光地にあるホテルや、国際的なブランド展開が可能なホテルをターゲットとしたM&Aを積極的に行う可能性があります。国内企業にとっても、インバウンド需要を取り込むための拠点確保やブランド力強化を目的としたM&Aは、重要な戦略の一つとなりそうです。

テクノロジーの進化とM&A

AI、IoT、データ分析といったテクノロジーの進化は、ホテル運営の効率化や顧客体験の向上に大きく貢献します。例えば、AIを活用したレベニューマネジメント、スマートロックによるキーレスエントリー、顧客データ分析に基づいたパーソナライズされたサービス提供などが挙げられます。こうしたテクノロジーを導入・活用しているホテルは、そのノウハウやシステム自体が付加価値となり、M&Aにおいて高く評価される可能性があります。また、先進的なテクノロジーを持つ企業が、ホテル運営ノウハウを獲得するためにM&Aを行うといった動きも出てくるかもしれません。

最新動向やトレンドを知りホテルM&Aを成功させよう

この記事では、ホテルM&Aの動向から基礎知識、メリット・デメリット、成功のポイント、そして今後の展望まで、幅広く解説してきました。

ホテルM&Aは、企業の未来を左右する可能性のある大きな決断です。成功のためには、専門的な知識や経験が欠かせません。もしM&Aをご検討される際には、信頼できるM&Aアドバイザー、弁護士、公認会計士などの専門家にご相談いただくことを強くお勧めします。この記事が、皆様のM&A戦略の一助となれば幸いです。

• 【監修】M＆Aの基礎知識担当（公認会計士）

  公認会計士として会計の基礎知識・請求書の基礎知識をはじめ、多数の記事監修を行っております。信頼できる実務視点から監修しております。