• 更新日 : 2025年10月6日

人事M&Aに欠かせないプロセスとは?人事デューデリジェンスと人事PMIについて解説

M&Aの成否は、最終的に「人」で決まります。どんなに優れた事業や技術をもつ企業でも、優秀な人材が流出してしまえば、M&A後に期待した効果が得られません。

そこで本記事では、M&A後の人事リスクを回避や円滑に統合を進めていくためには欠かせない、人事デューデリジェンス(人事DD)・人事PMI(統合)について解説します。

M&Aを検討している企業の経営者や人事担当者の方は、ぜひ参考にしてください。

M&Aにおける人事の課題とは?

M&Aでは、事業や設備だけでなく人も引き継ぎます。とくに中小企業は、設備やブランドよりも「人」が運営の中心になりやすいため、買収後に人材が流出すると事業に与える影響が大きくなるでしょう。

一方で、会社の数だけ評価基準や給与体系、働き方のルールや使用するシステムも異なります。お互いのシステムがM&A後もそのままでは、現場はどのように運用していけばいいかわからず混乱するでしょう。そのため、丁寧に周知・対話できるように設計することが求められます。

また、人事は買収前の実態把握から、買収後の統合までを見通した準備と段取りが欠かせません。M&A後に従業員が不安とならないように、まずは人事デューデリジェンスで会社の今の姿を押さえ、価格・契約・統合方針の土台を固めましょう。

くわえて成約後は、PMIで等級・評価・報酬・勤怠などの仕組みを、段階的にそろえることも重要です。キーパーソンの処遇を早めに示し、説明会・FAQ・1on1などで疑問に答えられるようにし、従業員の不安を和らげましょう。

人事デューデリジェンスと人事PMIの目的は、M&A後も従業員が安心して動ける状態を早くつくることです。そのうえで、事前に期待した相乗効果を実際の成果につなげていきます。

人事デューデリジェンス(人事DD)とは?

人事デューデリジェンス(人事DD)は、対象企業の「人・制度・働き方」を冷静に見て、潜むリスクと使える強みを洗い出す作業です。

指標の把握に役立つ主な項目は、以下のとおりです。

  • 人員構成
  • 就業規則の現状
  • 勤怠、残業の運用状況
  • 評価や報酬の基準やルール
  • 過去の労務トラブル
  • 未払い残業の有無
  • 人件費のふくらみ
  • キーパーソン流出のリスク
  • 人材育成
  • 従業員のエンゲージメント
  • 採用活動

人事DDの目的は、M&Aの成立後に「思っていたのと違った」とならないための前提づくりです。

M&Aの後に行う人事PMIで重要な役割を果たすため、調査で得られた根拠や分析結果をまとめておき、関係するメンバーに共有しておきましょう。

確認すべき項目

人事デューデリジェンス(人事DD)確認すべき項目とポイントは、以下のとおりです。

項目確認すべきポイント
従業員の内訳雇用区分/年齢/職種の偏り/拠点差
直近の離職率12ヶ月の総離職/早期離職(入社1年未満)
時間外労働/固定残業平均/固定残業超過の実態
就業規則/特別条項最新化/周知/36協定の内容と届出
休日/有給/代休管理付与/取得/繰越/振替休日の処理
人事評価評価基準の明確さ/実施率/分布の偏り
休職/労災件数/傾向/再発防止策の有無
労基署の是正指導/是正勧告の有無と是正状況
給与/賞与/インセンティブ等級ごとの公平さ/同一等級内のばらつき/市場水準

項目を確認する際は、単体の数字ではなく、過去の推移や拠点ごとの差、同業他社の目安で相対的に評価することが大切です。

異常がある場合はヒアリングで背景を確かめ、必要に応じて追加資料やサンプル監査で事実確認を行いましょう。

必要な資料とヒアリング内容

人事DDをスムーズに進めるためには、事前に必要な資料の準備とヒアリングの内容を把握しておくことが大切です。用意すべき資料には、たとえば以下があげられます。

資料目的
組織図/従業員名簿人数/配置/雇用区分/キーパーソン
就業規則/労使協定(36協定等)働くルール/残業上限/特例の有無
賃金台帳/評価制度給与水準/評価の決め方/運用の有無
勤怠データ実残業/休暇取得/承認フローの実態
懲戒/労災記録労務リスクの有無/再発状況
役員一覧/キーパーソン情報重要人物の把握/流出リスク
採用実績/採用のコスト採用力とコスト感
福利厚生一覧制度差/平準化の論点

次に、資料が整った段階でヒアリングすべき人物の選定と内容を決めます。具体的には、以下のとおりです。

ヒアリングすべき人物ヒアリング内容
人事責任者ルールと現場運用のズレ/過去の是正
現場管理職残業/人員不足/繁忙期の対応の仕方
経営層統合方針/キーパーソンの処遇/採用計画
従業員代表困りごとや不安/求める対策

もし足りない資料やデータがあれば、代替データで補って誤差や会社の違いを埋めるようにしましょう。

人事デューデリジェンス(人事DD)の流れ

小規模案件であれば、重要論点を絞るなどしながら、週1回の定例ミーティングで進捗と優先順位を見直すだけでも十分に進められます。

一般的な人事デューデリジェンスの流れは、以下のとおりです。

  1. 対象と期限を確定して優先順位を決める
  2. データを集めて整える
  3. 初期診断で異常値を見つける
  4. ヒアリングして背景を確認する
  5. 重要視すべき論点を深堀する
  6. 結論を整理する
  7. 契約条件とPMI計画に反映

1.対象と期限を確定して優先順位を決める

まずは、調査範囲を明確にします。「本社とA拠点の直近1年分の資料を10月末までにそろえる」といったように、何を・どこまで・いつまでに調べるのかを具体的に決めましょう。

次に、プロジェクトの体制を整えます。窓口・承認者・実務担当を定めて、連絡方法や週次ミーティングの予定も決めます。資料提出の締め切りやミーティングの日時をその都度スケジュールに記録・共有しましょう。

また、調査範囲や優先順位を決める際に、やらないタスクを明確にしておくのも効果的です。やるべきことに集中でき、作業を効率化できます。

2.データを集めて整える

収集する資料が明確になったあとは、集まった資料の受領状況をチェックリストで管理し、不足や差し戻しがないかを確認します。

受領データで重複・欠損・異常値を整理し、データに不備があった場合は修正方法も記録しておきましょう。

集めたデータを活用するためには、拠点・職種・等級など比較基準を決めて、何を分析するのかを明確にすることが重要です。

3.初期診断で異常値を見つける

初期診断で問題点がないか確認することも重要です。異常値を見極めるためには、過去推移や拠点差、同業の目安を相対的に評価します。

問題の深刻度に応じて、以下のように色分けするとわかりやすいでしょう。

  • 赤(危険):早急な対応が必要な、深刻な問題
  • 黄(注意):注視すべき点や、改善の余地がある点
  • 緑(安全):現状では問題が少ない点

4.ヒアリングして背景を確認する

ヒアリングを実施する際は、まず背景を確認しましょう。経営層や人事責任者、従業員の代表などに各45〜60分行います。

ヒアリングでは、単に数字を確認するだけでなく、数字の裏にある具体的な状況を確認することが重要です。これにより、データだけでは見えてこなかった実態を把握できます。事実・意見・課題・対応案の4つに分けて記録すると、あとで整理もしやすいです。

同じ質問を複数の立場の人物に投げかけ、それぞれの回答に食い違いがないかを確認しましょう。これにより、客観的で正確な情報が得やすくなります。

5.重要な論点を掘り下げる

初期診断で異常値と判定された項目は、重要な課題となるため、詳しい調査が必要です。

たとえば、以下のような確認作業が必要になります。

  • 勤怠と給与の確認: 勤怠データと給与明細を照らし合わせ、不一致がないか確認
  • 36協定の遵守状況: 労働時間に関する36協定が守られているかチェック
  • 契約の実態: 雇用契約や業務委託契約が、実際の働き方と一致しているかを確認

さらに、手当の基準・評価基準・過去の是正履歴といった追加資料を収集し、事実関係を裏付けます。現場の状況を直接確認するスポット監査も、必要に応じて行えるといいでしょう。

調査で明らかになった各課題は、影響の大きさと発生する可能性を掛け合わせて数値化し、対応の優先順位を決めます。あわせて、リスクを改善するためにかかる費用の概算も試算しておきましょう。

6.結論を整理する

調査で得られた結果は、報告書にまとめておいて共有できる形にしましょう。全体像が把握でき、経営層も意思決定がしやすくなります。たとえば、上位にあがるリスクや強み、金銭的な影響や直近で取り組む内容をまとめておくのがいいでしょう。

相手の立場や役割に配慮しながら情報を整理しておくことで、調査結果を最大限に活用でき、次のステップへとつなげられます。

7.契約条件とPMI計画に反映

調査で見つかった課題は、契約条件に反映させましょう。表明保証や価格調整、必要に応じてクロージング条件に盛り込み、法的な対応を明確にします。

同時に、統合を円滑に進めるための「PMI100日計画」を以下のように策定します。

項目内容
マイルストーンの設定統合初日の周知からはじめ、30日後・60日後・100日後といった具体的な目標を定める
KPI(重要業績評価指標)の導入計画の進捗を測るために、離職率・キーパーソンの残存率・1対1ミーティングの実施率・勤怠エラー率などのKPIを設定する
進捗管理設定したKPIに基づき、毎週のレビューを実施して進捗を管理する

計画は、現場の混乱を最小限に抑えるため、「周知→必要に応じて契約→制度・システムの統合」という順序で進めるのが効果的です。

人事デューデリジェンス(人事DD)の注意点

人事デューデリジェンス(人事DD)を実施する際は、以下の3つに注意しましょう。

  • 文書と現場のズレを見つける
  • グレーゾーンの働き方を確認する
  • 特定の条件下で発生するリスクに注目する

就業規則や36協定などの書類上のルールが、実際に現場でどう運用されているかを確認することが重要です。

たとえば、勤怠データや給与明細に記載された固定残業代の扱いが、ルール通りになっているかを詳細にチェックします。抜き取りで数名の1ヶ月分のデータを調べ、面談でその理由をヒアリングできると実態が見えてきやすいです。

くわえて、業務委託や派遣社員、兼業や副業といった働き方が適切に管理されているかもチェックしましょう。「指揮命令が誰なのか」「勤務場所や時間に縛りがないか」などを、現場とのヒアリングを通じて確認します。もし疑わしい点が見つかった場合は、契約内容や運用ルールの見直しも必要です。

一方で、特定の条件下のみで問題が表面化するケースがあります。「本社と地方拠点の勤怠に差がないか」「夜間や繁忙期の労働時間に偏りがないか」「労災の発生状況に偏りがないか」なども確認しましょう。必要に応じて応援体制や人員計画を見直すことで、潜在的なリスクを未然に防げます。

人事PMIとは?

人事PMI(Post Merger Integration)とは、M&Aの成立後に、「人」と「制度」をうまく統合させるプロセスを指します。これにより従業員の不安が解消され、業務の混乱を最小限に抑えられます。

M&Aでの狙った効果を出すために欠かせない、人事PMIの主なプロセスは以下の3つです。

  • 不安を減らす:経営トップからのメッセージや相談窓口を明確に示して従業員の不安を取り除く
  • 情報をそろえる:Q&A形式で共有して混乱を防ぐ
  • 制度を整える:等級、評価、報酬などを時間をかけて統一し、スムーズな移行を目指す

進捗を管理する際は、目標やスケジュールを明確にしておき、30日・60日・100日といった節目ごとに公開するのが有効です。一度にすべてを統一するのではなく、経過措置を設けて徐々に段差をなくしましょう。

人事PMIで確認すべき項目

現状を把握するためには、人事PMIにおける重要な項目をチェックしておくことが重要です。確認しておくことで、M&A後の人事に関するリスクが事前に洗い出せ、従業員が安心して働ける環境に整えやすくなります。

人事PMIで確認すべき項目は、以下のとおりです。

確認項目具体的な内容
労働条件/労使協定雇用契約書や労働協定の内容が正しく運用されているか確認
社会保険/労働保険加入状況や手続きに漏れがないか確認
労働組合との協議労働組合や従業員代表との話し合いの内容(議事録など)を確認し、変更点がないかチェック
職場環境実際の勤務状況や安全衛生管理が適切に行われているか、ヒアリングや現場確認を通じて把握

M&A種類別の特色

M&A取引の種類によって、人事PMIの進め方は異なります。雇用が自動で引き継がれるかを基準に考えるとわかりやすいでしょう。

M&A取引の種類特徴進め方
株式譲渡会社そのものを買収するため、従業員の雇用はそのまま継続制度(評価や手当など)の違いを徐々に統一し、必要に応じて給与の締め日などを調整
事業譲渡事業だけを譲り受けるため、従業員は個別に新しい会社との雇用契約を結び直す必要がある新しい雇用契約書で、年間の有給休暇の残り日数や勤続年数などを明確に記載
合併複数の会社がひとつになるため、全従業員の制度統一が必要社名や給与振込口座、締め日といった実務的な部分を早めに切り替えます。制度の差は、経過措置を設けて少しずつ解消
会社分割事業の一部を切り離して譲渡するため、どの従業員が異動するのかを明確にする必要対象となる従業員への説明と、労働組合との協議を丁寧に行い

どのようなM&Aにも、勤怠・給与・人事システムの統一が必須です。いつから新制度を適用するかを決め、担当者とスケジュールをしっかり定めましょう。

人事PMIの流れ

人事PMIは、以下の5つのステップで進みます。

  1. 目指す人材像を決める
  2. 等級・評価の土台をそろえる
  3. 処遇と運用ルールを設計する
  4. システム・データを移行する
  5. 周知と定着を進める

1.目指す人材像を決める

M&A後の事業目標を達成するために、「どのようなスキルや経験をもつ人材が・いつまでに・何人必要なのか」を具体的に定義します。現状の従業員構成にとらわれず、理想的な組織をゼロから描くことがポイントです。

次に、役割の明確化やキーパーソンの特定と維持、そしてゴールの共有を行います。各役職や部署で担うべき役割と責任を簡潔に定義しましょう。

M&A後の事業成功に不可欠な優秀な人材(キーパーソン)が特定できたら、彼らが安心して働けるような個別のフォロー体制を検討することも重要です。目指す人材像を関係者間で共有することで、PMIの方向性について共通理解を築けます。

2.等級・評価の土台をそろえる

従業員が公正に評価されるための共通ルールを構築することは、従業員のモチベーション向上や組織の一体化させるためには重要です。

まずは、「何を、どのように評価するのか」という評価の軸を明確にしましょう。単なる成果だけでなく、仕事に取り組むプロセスや日々の行動を評価対象に含めるなど、両社の文化を考慮した軸を定めます。

誰でも理解・運用ができるシンプルな評価制度にすることも重要です。複雑なルールは混乱を招き、形骸化のリスクがあります。評価の頻度やフィードバックまでの流れを統一し、全従業員が公平に評価を受けられるようにしましょう。

3.処遇と運用ルールを設計する

給与・手当・福利厚生といった処遇制度の統合は、従業員の生活に直接影響するため慎重に進める必要があります。

まず、新しい等級制度に合わせた給与の範囲を決め、昇給のイメージを明確にしましょう。どのようなスキルや成果が昇格につながるのか、条件を具体的に文書化しておくのが理想です。

次に両社の手当や福利厚生の違いを洗い出し、どちらの制度を適用するのか、あるいは新しい制度を設計するかを決定します。

その際、待遇が下がる従業員に対しては、経過措置や代替案を提示するなど、丁寧な対応が求められます。従業員の不満や離職を防ぎ、スムーズな統合を目指しましょう。

4.システム・データを移行する

人事システムとデータの統合は、人事PMIの基盤となる重要なステップです。効率的に進めることで、人事情報の管理が円滑になります。

まずは、両社の人事データ項目の定義を統一しましょう。社員ID・部署名・等級といった項目名を合わせることで、データの整合性が保たれます。

次に、勤怠管理のルール・給与の締め日・支払い日を一本化し、新しい処遇ルールに合わせて給与計算の項目を再設定しましょう。これにより、両社の給与体系を統一できます。

本稼働前には、必ずテスト運用を実施しておくことも重要です。システムの不具合が事前に見つけられ、トラブルを未然に防げます。

5.周知と定着を進める

新しい人事制度を従業員に定着させるためには、透明性の高いコミュニケーションが不可欠です。たとえば、段階的に説明会を開催するなどが効果的でしょう。

制度の意義や詳細を理解している管理職向けに行った上で、全従業員を対象とした説明会を開くとよいでしょう。これにより、管理職が現場の疑問に答えられやすくなります。

また、従業員からの質問を想定したFAQ(よくある質問集)を、作成・配布するのも有効です。これにより、誰もが同じ情報を正確に把握でき、情報共有のミスが防げます。

一方で、制度変更によって待遇や働き方が大きく変わる従業員に対しては、1対1の面談を行うのが望ましいです。その際に、変更の背景や意図を説明しましょう。

人事PMIの注意点

人事PMIをスムーズに進めるためには、以下の3つに注意しましょう。

  • 一度にすべてを統一しない
  • 待遇を下げる変更は慎重に行う
  • システム統合は丁寧に進める

異なる文化をもつ2つの組織を、一度にすべてを統一しようとするのは避けるべきです。優先順位をつけながら、段階的に進めましょう。

すぐに統合できない部分は、両社の制度を併用したり、移行期間を設けることで移行を円滑にできます。制度の名称が同じでも、実際の運用と異なるケースがあるため言葉だけでなく、実態まで確認してから判断することが重要です。

一方で、給料や手当といった待遇を下げるような行為は、従業員から強い反発を買い、離職の原因になります。待遇が下がる従業員に対しては代わりの手当を設けたり、移行期間を長くしたりするなどし、納得してもらえるような措置を検討しましょう。

システムを切り替える際は、「なぜシステムを切り替えるのか」「どのように使うのか」を丁寧に説明し、ステップごとに進めましょう。


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