- 作成日 : 2025年6月16日
事業譲渡の株式総会とは?特別決議や総会の流れなどを解説
会社の事業を他の会社に譲り渡す「事業譲渡」は、会社にとって非常に大きな決断と言えます。M&Aの手法の一つとして活用されますが、会社の経営方針や財務状況に大きな影響を与える可能性があります。だからこそ、株主の皆さまの意思を確認するプロセスがとても大切になってくるのです。
このプロセスの中核をなすのが「株主総会」です。ここでは、なぜ事業譲渡において株主総会が重要視されるのか、その理由と意義について考えていきましょう。株主の権利を守り、会社の重要な意思決定を円滑に進めるために、株主総会がどのような役割を果たしているのかを見ていきます。
目次
事業譲渡における株主総会とは
株主総会は、株式会社における最高の意思決定機関です。株主は会社の所有者であり、会社の経営に関する重要な事項は、株主総会での決議によって決定されます。事業譲渡は、会社の事業や財産、従業員の雇用などに大きな変化をもたらす可能性があるため、原則として株主の承認を得る必要がある重要な経営判断と位置づけられています。
会社法では、一定の条件に該当する事業譲渡を行う際には、株主総会の決議、特に「特別決議」が必要であると定められています。これは、事業譲渡が株主の利害に深く関わるため、より慎重な意思決定プロセスを求める趣旨からです。つまり、事業譲渡における株主総会は、単なる形式的な手続きではなく、株主が会社の重要な方向性について意思表示を行い、経営陣の判断を承認または否認するための、法的に定められた重要な場なのです。
事業譲渡における株主総会で特別決議が必要なケース
すべての事業譲渡で株主総会の特別決議が必要なわけではありませんが、会社の根幹に関わるような重要な事業譲渡では、原則として特別決議が求められます。ここでは、具体的にどのような場合に特別決議が必要となるのか、譲渡する会社(譲渡会社)と譲り受ける会社(譲受会社)それぞれの立場から見ていきましょう。
譲渡会社の場合
事業を譲り渡す側の会社(譲渡会社)では、以下のケースで株主総会の特別決議が必要です。
- 事業の全部を譲渡する場合
会社が行っている事業のすべてを他の会社に譲り渡すケースです。会社の存在意義そのものに関わるため、株主の慎重な判断が求められます。 - 事業の重要な一部を譲渡する場合
会社の事業の一部であっても、それが会社にとって「重要」な部分である場合、特別決議が必要になります。「重要な一部」とは、一般的に、譲渡する資産の帳簿価額が会社の総資産額の5分の1を超えるような場合を指しますが、単なる資産額だけでなく、その事業が会社全体の売上や利益に占める割合、ブランドイメージへの影響なども考慮して総合的に判断されます。
譲受会社の場合
事業を譲り受ける側の会社(譲受会社)では、以下のケースで株主総会の特別決議が必要です。
- 他の会社の事業の全部を譲り受ける場合
他の会社が行っている事業のすべてを引き継ぐケースです。これにより、譲受会社の事業規模や内容が大きく変化する可能性があるため、株主の承認が必要とされます。ただし、対価として交付する財産(株式など)の帳簿価額が、譲受会社の純資産額の5分の1を超えない「簡易な事業譲受」に該当する場合は、原則として特別決議は不要です(後述します)。
事業譲渡における株主総会で特別決議が不要なケース
前述のとおり、事業譲渡においては原則として株主総会の特別決議が必要ですが、例外的に不要となるケースもあります。ここでは、どのような場合に特別決議が省略できるのか、その具体的な条件について解説します。「簡易事業譲渡」と「略式事業譲渡」と呼ばれるケースがこれに該当します。
簡易事業譲渡・略式事業譲渡とは?
これらの制度は、株主への影響が比較的小さいと考えられる場合や、実質的に株主の意思が反映されていると考えられる場合に、手続きを簡略化し、機動的な事業再編を可能にすることを目的としています。
ケース | 譲渡会社側の条件 | 譲受会社側の条件 | 根拠条文(会社法) |
---|---|---|---|
簡易事業譲渡 | 譲渡する資産の帳簿価額が、譲渡会社の総資産額の 5分の1 を超えない場合(※定款でより厳しい基準を定めることも可能) | 譲り受ける資産の対価として交付する財産の帳簿価額合計額が、譲受会社の純資産額の 5分の1 を超えない場合(※定款でより厳しい基準を定めることも可能) | 467条1項、468条2項 |
略式事業譲渡 | 譲渡会社の総株主の同意がある場合、または譲受会社が譲渡会社の 特別支配株主(議決権の90%以上を保有)である場合 | 譲受会社が譲渡会社の 特別支配株主(議決権の90%以上を保有)である場合 | 467条1項、468条1項 |
注意点:
- 「5分の1」の基準は、定款でより厳しい割合(例えば「10分の1」など)を定めることができます。
- 略式事業譲渡の要件を満たす場合でも、事業譲渡に反対する株主は、会社に対して公正な価格で自己の株式を買い取るよう請求する権利(株式買取請求権)が認められます。ただし、簡易事業譲渡の要件を満たす場合、株式買取請求権は認められないためご注意ください。
- これらの手続きを利用する場合でも、取締役会での決議は通常必要となります。
事業譲渡の株主総会の流れ
株主総会で事業譲渡の承認を得るためには、法に定められた手続きを適切に進める必要があります。ここでは、実際に株主総会を開催し、決議を得るまでの一般的な流れをステップごとに解説します。
- 取締役会での事業譲渡契約承認と株主総会招集の決定
まず、経営の執行機関である取締役会で、事業譲渡契約の内容を承認し、株主総会を開催することを決定します。招集する株主総会の日時、場所、目的(議題)などを具体的に定めます。 - 株主総会招集通知の発送
株主総会の開催日の原則として2週間前までに、株主に対して招集通知を発送します(非公開会社の場合は1週間前、非公開会社でかつ取締役会非設置会社の場合は定款でさらに短縮可能)。招集通知には、開催日時、場所、議題(事業譲渡承認の件など)を記載します。事業譲渡のような重要な議案については、議案の概要や参考となる資料も添付することが望ましいでしょう。 - 株主総会当日
- 開会:定刻に議長(通常は代表取締役)が開会を宣言します。
- 議案の説明:議長または担当役員が、事業譲渡契約の内容、譲渡の理由、譲渡後の会社の状況などを株主に対して分かりやすく説明します。
- 質疑応答:株主からの質問を受け付け、誠実に回答します。事業譲渡に関する疑問や懸念に丁寧に答えることが、株主の理解と信頼を得る上で重要です。
- 採決:議案に対する賛否を株主に問い、採決を行います。事業譲渡の承認には、原則として特別決議が必要です。特別決議は、議決権を有する株主の過半数が出席し、その出席株主の議決権の3分の2以上の賛成によって可決されます(なお、定款によってこれ以上の賛成割合を求めることも可能です)。
- 閉会:すべての議事が終了したら、議長が閉会を宣言します。
- 株主総会議事録の作成と備置き
株主総会が終了したら、遅滞なく議事録を作成します。作成した議事録は、会社法に基づき、本店に原本を10年間、支店にその写しを5年間備え置く必要があります。株主や債権者は、会社の営業時間内であれば、いつでも議事録の閲覧や謄写を請求することができます。
株主総会における承認を得るためのポイント
事業譲渡という重要な決断について、株主からスムーズに承認を得ることは、M&Aを成功させる上で欠かせません。ここでは、株主総会で承認を得やすくするためのポイントをいくつかご紹介します。
事前の丁寧な情報提供と説明
株主総会の招集通知を送る際に、事業譲渡の背景、目的、契約内容、譲渡によるメリット・デメリット、将来の見通しなどを分かりやすく記載した参考書類を添付しましょう。専門用語を避け、具体的なデータや見込みを示すことで、株主の理解を深めることができます。総会当日も、質疑応答の時間を十分に設け、株主の疑問や不安に真摯に向き合う姿勢が大切です。
譲渡の必要性と合理性の明確化
なぜこの事業譲渡が必要なのか、他の選択肢と比較してなぜこの方法が最適なのか、その合理性を明確に説明することが重要です。会社の成長戦略や企業価値向上にどうつながるのかを具体的に示すことで、株主の納得感を得やすくなります。
株主との対話を重視する姿勢
株主総会は、単に決議をとる場ではなく、株主と経営陣が対話する貴重な機会です。株主からの意見や質問には、たとえ厳しいものであっても、誠実かつ丁寧に対応しましょう。一方的な説明に終始するのではなく、株主の声に耳を傾ける姿勢を示すことが、信頼関係の構築につながります。
反対株主への配慮
事業譲渡に反対する株主がいる可能性も考慮しておく必要があります。反対株主には、株式買取請求権という権利が認められている場合があることを説明し、その手続きについても案内するなど、適切な対応を心がけましょう。
これらのポイントを押さえ、株主との良好なコミュニケーションを図ることが、円滑な承認獲得の鍵となります。
事業譲渡の株式総会議事録に記載すること
株主総会で事業譲渡が承認された場合、その内容を正確に記録した議事録を作成し、保管することが法律で義務付けられています。この議事録は、後日、手続きの適法性などを証明する重要な証拠となります。ここでは、会社法で定められている議事録の主な記載事項について解説します。
会社法施行規則第72条3項に基づき、主に以下の事項を記載する必要があります。
- 開催日時及び場所:株主総会がいつ、どこで開催されたかを正確に記載します。
- 議事の経過の要領及びその結果:
- 開会から閉会までの議事の進行状況を記録します。
- どの議案が提出され、どのような説明があり、どのような質疑応答が行われたか、その要点を記載します。
- 各議案の採決方法(拍手、投票など)と、賛成・反対・棄権の数、またはその割合を明記し、決議が可決されたか否決されたかの結果を記載します。事業譲渡承認の件については、特別決議の要件を満たしたことを示すために、具体的な賛成数を記載することが望ましいでしょう。
- 出席した役員(取締役、監査役など)の氏名または名称:総会に出席した役員の名前を記録します。
- 議長の氏名:株主総会の議長を務めた人の名前を記載します。
- 議事録を作成した取締役の氏名:議事録の作成責任者である取締役の名前を記載します。
- 出席した株主の数及び議決権の数:総会に出席した株主の人数と、その株主が持つ議決権の総数を記載します。これにより、定足数を満たしていたかどうかが確認できます。
これらの事項を漏れなく正確に記載し、適切に保管しておくことが、将来的な紛争を防ぐためにも重要です。
事業譲渡の株式総会をしないとどうなる?
事業譲渡を行う際に、本来であれば必要な株主総会の承認決議を得なかった場合、どのような問題が生じるのでしょうか。ここでは、株主総会を経ずに事業譲渡を進めてしまった場合のリスクについて解説します。
最も重大なリスクは、その事業譲渡が無効とされる可能性があることです。会社法で定められた手続き、特に株主総会の特別決議は、事業譲渡の効力発生要件と解されています。そのため、必要な決議を欠いた事業譲渡は、法律上、効力が認められない可能性があります。
もし事業譲渡が無効と判断された場合、以下のような深刻な事態に陥る可能性があります。
- 契約の巻き戻し
譲渡した事業や資産を元に戻さなければならなくなる可能性があります。すでに代金の支払いや従業員の移籍などが進んでいる場合、その原状回復は非常に困難で、多大なコストと混乱を招きます。 - 株主からの訴訟リスク
株主は、決議を経ない事業譲渡は違法であるとして、会社や取締役に対して損害賠償請求訴訟(株主代表訴訟など)や、事業譲渡の無効確認訴訟などを提起する可能性があります。訴訟に発展すれば、企業の信用失墜にもつながりかねません。 - 取引の不安定化
譲受会社にとっても、無効とされるリスクのある事業を譲り受けたことになり、その後の事業展開に大きな支障をきたします。取引先や金融機関からの信用も損なわれる可能性があります。
このように、必要な株主総会決議を省略することは、譲渡会社・譲受会社の双方にとって極めて大きなリスクを伴います。たとえ手続きが煩雑に感じられたとしても、法律で定められたプロセスを遵守することが、結果的に会社を守り、スムーズな事業譲渡を実現するために不可欠なのです。
まとめ
この記事では、事業譲渡を進める上で非常に重要なプロセスである株主総会について、その意義から具体的な手続き、注意点までを解説してきました。
事業譲渡は、会社の将来に大きな影響を与える可能性があるため、原則として株主の意思を確認する場である株主総会での承認、特に「特別決議」が必要となります。ただし、株主への影響が比較的小さい「簡易事業譲渡」や、親会社・子会社間などで行われる「略式事業譲渡」に該当する場合は、例外的に株主総会での決議が不要になるケースもあります。
株主総会を適切に開催し、承認を得るためには、事前の丁寧な情報提供や、総会当日の誠実な質疑応答が鍵となります。また、総会の内容を正確に記録した議事録の作成・保管も法律上の義務です。
もし、必要な株主総会決議を経ずに事業譲渡を進めてしまうと、その譲渡が無効となったり、株主から訴訟を起こされたりするリスクがあります。M&Aを成功させ、会社の持続的な成長を実現するためにも、事業譲渡における株主総会の重要性を十分に認識し、法に則った適切な手続きを着実に進めていきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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