- 作成日 : 2025年9月9日
保険代理店のM&Aとは?メリットや流れを解説
保険代理店業界では、経営環境の変化によりM&Aが活発化している状況です。2025年6月には三井物産インシュアランスが昭光通商保険サービスから保険代理店事業を引き継ぐなど、大手企業による中小保険代理店の買収が相次いでいます。後継者不足や規制強化の影響で、多くの保険代理店がM&Aによる事業承継を検討しています。
この記事では、保険代理店のM&Aについて、業界動向から具体的な手法、注意点までを解説します。
目次
保険代理店の現状とM&A動向
保険代理店業界は構造的な変化と厳しい経営環境に直面しており、これがM&A市場の活発化を促進しています。
業界を取り巻く厳しい環境
保険代理店業界は複数の構造的な課題に直面しています。帝国データバンクの2024年調査によると、全産業の事業承継における「後継者不在率」は52.1%に低下したものの、依然として約半数の企業で後継者が未定です。特に保険・金融業界は2023年時点で34.1%と低いものの、依然として約3割強が後継者を確保できていません。
2016年の改正保険業法(平成26年改正)により、募集人に対する手数料開示義務や顧客意向把握義務などが導入され、これが代理店の管理コスト増と収益性低下を招いたとされています。さらに、NISAやiDeCoの普及により従来の貯蓄型保険が競合を強いられ、加えて新型コロナウイルス感染拡大の影響で代理店の廃業や店舗整理が増加している状況です。
2023年上半期(1–6月)における保険代理店業の倒産件数は16件で、前年同期比166.6%増。同期間では2004年・2006年並みの“リーマンショック時を超えるペース”となっており、過去最悪クラスの水準となっています
参考:全国「後継者不在率」動向調査(2024年)|帝国データバンク
M&A市場の活発化
一方で、業界全体の市場規模はWeb相談・オンライン契約の拡大により増加に転じています。このような背景から、異業種の会社や大手保険会社による出店が目立ち、新規参入や事業規模拡大の手段としてM&Aが活用されています。
2025年現在、メガバンク系や大手保険会社傘下の代理店による中小代理店の買収が特に注目されており、規模の経済を活用して経営効率を向上させたい大手企業と、事業の継続性に課題を抱える中小代理店の思惑が合致しています。
保険代理店のM&Aのメリット・デメリット
M&Aは売り手と買い手の双方にとって重要な戦略的選択肢となっており、それぞれ異なるメリットとリスクが存在します。
売り手側のメリット
保険代理店を売却する主なメリットは以下の通りです。
- 後継者不在でも外部の経営者や企業に経営権を引き継ぐことができ、従業員や顧客に迷惑をかけることなく事業を存続できます。
- 数百万円から数千万円(もしくはそれ以上)のキャッシュを得ることで、経済的に豊かな生活を送れたり、新規事業や主力事業に資金を投下できます。
- 大手の保険会社や保険代理店は資金力やブランド力などの点で優れており、M&Aによって大手企業の傘下に入ると、こうした経営資源を自社事業で活用できます。
買い手側のメリット
- 既に実績のある保険代理店を獲得することで、新規拠点開設よりも確実な事業拡大が可能です。
- 保険募集人になるには試験合格と登録が必要ですが、M&Aで保険代理店を買収すれば、スキルを身に付けた経験豊富な保険募集人を確保できます。
- 特定地域で営業活動を行ってきた代理店の買収により、その地域におけるネットワークを継承できます。
主なデメリット・リスク
- 事業譲渡の場合、保険会社が販売委託契約の買い上げを検討しているケースがあるため、M&Aを行う際には事前に保険会社に対して販売委託契約を買い手企業に引き継いで良いかを確認する必要があります。
- M&Aによって経営主体が変わることに伴い、保険販売員の待遇や働き方なども変わる可能性があり、従業員が離職したりモチベーションが低下して売上に悪影響が及ぶおそれがあります。
- 買い手企業の経営方針次第では、既存顧客が求めるサービスを提供できないケースがあります。
保険代理店のM&A手法
保険代理店のM&Aでは、事業の特性や目的に応じて適切な手法を選択することが重要です。
株式譲渡
株式譲渡は、譲受企業が譲渡企業の株式を取得し、会社そのものを引き継ぐ手法です。保険契約や従業員の雇用、許認可の再取得が容易であることから、保険業界のM&Aにおいて頻繁に用いられる手法の一つです。
メリット: 手続きが簡便で、債権者保護や公的機関への手続きが不要なため短期間で実施できます。顧客や従業員との契約を包括的に移転でき、売却利益に対する税率も低く設定されています(個人株主の場合は税率20.315%)。
デメリット: 簿外債務や偶発債務も引き継ぐリスクがあり、赤字事業も含めて全事業を引き継ぐ必要があります。
事業譲渡(商権譲渡)
事業譲渡は会社が有する事業の一部または全部を売却する手法で、保険代理店事業の権利のみを売却する場合は「営業権譲渡」や「商権譲渡」とも呼ばれます。
メリット: 売却したい事業を選択でき、不採算事業の売却や業績の悪いエリア・店舗のみの売却が可能です。買い手にとっても負債や不要な資産を引き継がずに済みます。
デメリット: 資産や契約を個別に手続きする必要があり、許認可は原則取り直しが必要です。従業員や取引先の契約も個別に実施する必要があり、手続きが煩雑になります。
合併
合併は複数の企業を1つに統合する手法で、シナジー効果が見込める点、買収会社の株式の交付で行えるため資金調達が不要な場合が多い点がメリットです。
デメリット: 債権者保護手続きや株主総会による特別決議などが必要で、手間・時間のかかる手続きが多く煩雑になりやすく、迅速に売却したい場合はあまり適しません。
保険代理店のM&A売却相場
保険代理店の売却価格を適切に把握することは、成功するM&Aの前提条件となります。
年買法による価格算定
中小企業のM&Aでは、時価純資産にのれん代(年間利益の数年分)を足し合わせた金額を売却価格の相場として考えることが一般的で、この算出方法は「年倍法(年買法)」と呼ばれています。
基本計算式
具体例
時価純資産が6,000万円、年間の営業利益が2,000万円の保険代理店の場合、売却価格の相場は
となります。
実際の相場感
保険代理店M&Aの売却価格は、結果的に数千万円程度の事例が多いですが、1億円を超えるケースもあり、ケースバイケースです。保険代理店では、保有契約から将来得られるコミッションの予測額のおよそ60%が売却価格の目安とされています。
大手・中堅企業間の取引では10億円前後が一般的な水準で、数億円から数十億円まで幅があります。取引形態としては株式譲渡が多く採用されており、一度に全株を取得しない事例もあります。
保険代理店のM&A注意点
M&Aを成功させるためには、保険代理店業界特有のリスクと課題を事前に把握し、適切な対策を講じることが不可欠です。
事前確認が必要な重要事項
保険会社との契約確認
販売委託契約を買い手企業に移転できるかを事前に保険会社に確認することが必須です。引き継がれない場合、売却金額の減額やM&A自体の白紙化リスクがあります。
従業員の処遇
保険販売員のモチベーションが売上に大きな影響を与えるため、雇用契約を引き継ぐ形式であっても、保険販売員の継続雇用が可能かどうかに注意を払いながら、売却交渉や手続きを進めることが求められます。
顧客情報の取り扱い
保険代理店が保有する顧客情報は、プライバシーの観点からも慎重に扱われる必要があり、顧客情報の引き継ぎや取り扱い方法などに留意しながら進めることが重要です。
売却時期とタイミング
M&Aの検討が長期間に渡り、事業承継前に経営者が死亡することも考えられるため、注意が必要です。早めの検討開始が重要となります。
保険代理店のM&Aを成功させるポイント
M&Aの成功には戦略的な準備と適切な実行が不可欠であり、特に企業価値の向上と買い手選択が重要となります。
企業価値向上の取り組み
自社の磨き上げを行うことが大切で、売却前に企業価値を高める取り組み(自社の強みとなる技術やノウハウの創出、不必要な資産の処分、負債の返済など)を実施することが望ましいでしょう。
高値売却のための戦略
高値売却に向けては以下の5点を押さえることが効果的です。
- 買手が未進出の地域における十分な実績
顧客数や知名度などの点で優位性があること - 安定した収益基盤
保険加入者が多く、継続的に安定した収益を得られること - 独自のノウハウ
集客や接客に関して独自性や模倣困難性が高い方法を有すること - 財務状況の改善
健全な財務基盤を整備すること - 適切な買い手選択
複数の買い手候補と交渉し、自社を高く評価してくれる相手を選ぶこと
専門家の活用
M&Aに関する不明点がある場合、専門家に任せることがおすすめです。M&A仲介会社などに依頼してサポートを受けることで成約につながる可能性が高まります。
保険代理店のM&Aの流れ
M&Aプロセスは複数の段階に分かれており、各ステップでの適切な対応が成功の鍵となります。
基本的なプロセス
基本的なM&Aの流れは以下の通りです
- ノンネームシート作成・配布
- 秘密保持契約(NDA)締結
- 詳細資料の開示
- アドバイザーと買手候補様との面談
- トップ面談
- 条件提示
- 基本合意締結
- 買収監査(デューデリジェンス)
- 最終契約書締結
- 譲渡実行・資金決済
- 経営統合(PMI)
期間の目安
一般的にM&Aの完了までには6ヶ月から1年程度の期間を要します。ただし、案件の複雑さや交渉の進展状況により期間は変動します。
保険代理店のM&A成功事例
実際の成功事例を通じて、M&Aの具体的な効果と実施方法を理解することができます。
大手による中小代理店買収
2025年6月、三井物産インシュアランスは昭光通商およびその子会社である昭光通商保険サービスから保険代理店事業を引き継ぐことで合意しました。昭光通商保険サービスがこれまで培ってきた顧客との信頼関係を基盤に、より質の高い保険サービスの提供を目指します。
事業譲渡による効率化
2024年11月、三菱ケミカルグループは子会社ダイヤリックスが行っている保険代理店事業を、エーオンジャパンへ譲渡することで合意し、契約を締結しました。事業環境の変化を考慮し、国際的な保険サービスに強みを持つエーオンジャパンへ事業を承継することが最適と判断されました。
来店型保険ショップの統合
2024年6月、株式会社アイリックコーポレーションは、株式会社人生設計が持つ来店型保険ショップ事業に関する事業譲渡基本合意書を締結しました。272店舗の来店型保険ショップ「保険クリニック」を全国に展開する同社が、人生設計の保有する来店型保険ショップの一部を譲受して事業拡大を目指しています。
保険代理店M&A成功への道筋
保険代理店業界は構造的な変化の真っ只中にあり、M&Aは単なる事業承継手段を超えて、持続的成長のための戦略的選択肢となっています。成功するM&Aには、適切な相手選び、十分な準備期間、専門家のサポートが不可欠です。
経営環境の変化に対応し、従業員と顧客の利益を守りながら事業を発展させるため、早期からM&Aの検討を始めることが重要です。業界の動向を注視しながら、自社の強みを活かせる最適なパートナーとの出会いを求めていくことが、成功への確実な道筋となるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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