- 作成日 : 2025年9月9日
株式譲渡と事業譲渡の違いは?目的や税金などを解説
M&Aを検討する際、最も重要な決断の一つが「株式譲渡」と「事業譲渡」のどちらを選択するかということです。どちらもM&Aの代表的な手法ですが、目的、税金、手続きなど多岐にわたって大きな違いがあります。
選択を誤ると、想定以上の税負担や手続きの複雑化を招く可能性があるため、それぞれの特徴を正確に理解することが不可欠です。この記事では、株式譲渡と事業譲渡の根本的な違いから実務上の注意点まで、経営者が知っておくべき全ての知識を解説します。
目次
株式譲渡と事業譲渡
M&Aにおける二大手法の基本的な概念について説明します。
株式譲渡とは、譲渡企業(売り手)の株主が、保有株式を譲受企業(買い手)または個人に譲渡することで、会社の経営権を移転させる方法であり、譲渡企業のオーナー(大株主)が保有株式を譲受企業または個人に譲渡することで、経営を承継させる手続きです。
一方、事業譲渡とは、企業が事業の全部または一部を他社に譲渡することです。会社が特定の事業や資産のみを売却する取引であり、株式を売買するわけではないため、企業全体の経営権は移転しません。
株式譲渡は国内の中小企業のM&Aでよく使われる代表的な手法です。実際に、中小企業のM&Aでは約9割の案件において株式譲渡が用いられています。株式譲渡の特徴は、手続きが比較的簡便なことや、株主の変更のみで全ての資産や取引上の契約を引き継ぐことができる点です。
事業譲渡は、売り手が不採算部門を切り離す場合や、経営資源を重点分野に集中させたい場合に有効な手法です。特定の事業資産のみを選んで売買できるため、企業の成長戦略や経営再編における重要な選択肢となります。
株式譲渡と事業譲渡の違い【目的】
両手法の実施目的における明確な違いについて解説します。
株式譲渡の目的
株式譲渡は、会社の経営権を取得することを目的とした手法です。買い手が過半数(50%超)の株式を取得すれば、株式の所有権とともに経営権も移転します。株主総会で取締役の選任などを決定する際には普通決議(過半数の賛成)が必要となるため、過半数を押さえることで実質的に経営権を掌握できるのです。
なお、中小企業において経営権を全面的に移転させる場合には、株式を100%売却するケースが一般的です。
事業譲渡の目的
事業譲渡では事業の取得が目的となります。買い手側の買収資金が限られている、もしくは様々なリスクを引き継ぐことを回避し、特定の事業だけを買収したい場合に事業譲渡は向いています。
経営権を維持したまま経営の立て直しを図りたい場合、事業譲渡は有効な選択肢となります。譲渡で得た対価を他事業の運転資金に充て、業績が回復すれば廃業の危機を回避できる可能性があります。また、不採算事業を切り離し、好調な事業へ経営資源を集中させることで、さらなる事業拡大を目指すことも可能です。
株式譲渡と事業譲渡の違い【対象となる範囲】
譲渡対象の範囲における重要な相違点について説明します。
株式譲渡の対象範囲
株式譲渡では、企業の株式が対象となります。事業や債権・債務を含め、会社という法人格そのものの経営権を譲渡します。株式譲渡は、会社全体を譲渡する手法であり、事業や資産・負債には直接手を加えず、所有者のみを交替させる形となります。株主が変わるだけで法人格は存続するため、独立性を維持しやすい点も特徴です。会社名や債権債務、取引先との契約、許認可などの権利関係もすべて引き継がれるため、外部から見ればほとんど変化はありません。
事業譲渡の対象範囲
事業譲渡の対象は、企業が保有する事業の一部もしくは全部に関わる資産や負債などです。事業譲渡は譲渡企業が所有する一部もしくは全部の事業を譲渡することになります。
事業譲渡の特徴は、買い手が承継する資産や負債を選択できる点にあります。株式譲渡では会社全体を取得するため、簿外債務や係争中のリスクをそのまま抱える可能性がありますが、事業譲渡であれば不要な債務を切り離すことが可能です。
事業譲渡には、すべての事業を譲渡する「全部譲渡」と、特定の事業だけを切り出す「一部譲渡」があります。なお、全事業を譲渡した場合でも株式は移転しないため、法人格自体は売り手に残るのが大きな特徴です。
株式譲渡と事業譲渡の違い【取引主体】
契約当事者と取引主体の違いについて詳しく解説します。
株式譲渡の取引主体
株式譲渡における譲渡の主体は経営者個人(株主)です。株式譲渡では個人(譲渡企業の経営者(株主))から法人(譲受企業)もしくは個人へ譲渡することになります。
譲渡企業の株式譲渡では、当事者は譲渡企業の株主である譲渡人と譲受企業となります。株主が個人であれば、個人と企業との間の取引となり、株主が企業であれば企業間の取引となります。
選択するM&Aスキームに応じて、当事者になるのは通常、株式譲渡の場合には、売り手である株主(オーナー)と、買い手が当事者になります。M&Aの対象会社(対象企業)が、当事者になるケースは多くありません。
事業譲渡の取引主体
事業譲渡は、法人が主体となって行われる取引です。譲渡企業と譲受企業の間で事業の一部または全部を移転するもので、対象となる法人自体が当事者となります。会社と会社の間での取引となるため、株主は直接関与しません。
株式譲渡と事業譲渡の違い【契約内容】
契約書の種類と内容における相違点について説明します。
株式譲渡の契約内容
株式譲渡では、譲受企業と株主が株式譲渡契約(SPA)を締結します。契約に基づき譲受企業が代金を支払い、譲渡株主が株式を交付します。その後、株主名簿の書き換えを行うことで手続きが完了します。
株式譲渡契約は経営権の移転に相当するものであり、契約書には株式譲渡の基本事項に加え、表明保証や制約事項などを記載する必要があります。
事業譲渡の契約内容
事業譲渡では譲受企業と譲渡企業で事業譲渡契約を結びます。事業譲渡契約の場合、資産目録(会社が所有している資産の一覧表)を用いて、譲渡対象となる事業に関わる資産や負債を指定しなければなりません。
そのため、取引先との契約を改めて結び直す必要があり、従業員や取引先への個別対応も求められます。加えて、顧客契約や賃貸借契約なども承継手続きを行う必要があるため、株式譲渡と比べて手続きが複雑になりやすいのが特徴です。
株式譲渡と事業譲渡の違い【会計処理】
会計上の処理方法における重要な違いについて解説します。
株式譲渡の会計処理
株式譲渡の場合、のれんは譲渡された会社の個別財務諸表には計上されません。買い手企業が連結財務諸表を作成する際に、株式の取得価額と譲渡された会社の純資産評価額との差額として、買い手企業の連結財務諸表上に計上されます。
株式譲渡では、会社そのものを承継するという形になるため、会社の帳簿はそのまま引き継がれます。買い手企業の連結財務諸表上では、株式の取得価額と取得した会社の純資産との差額がのれんとして計上される場合があります。
事業譲渡の会計処理
事業譲渡の場合、承継した事業の純資産価額と譲渡対価の差額が「のれん」として計上される流れです。のれんは償却期間に応じて費用化されることとなります。「税務上ののれん」と呼ばれる資産調整勘定が発生した場合、5年間にわたって償却することとなり、償却費は「損金」として認められています。
譲渡側(売り手)の会計処理
事業譲渡益の計算方法は以下の通りです。
現金預金と事業譲渡益を借方と貸方に計上し、譲渡した資産を貸方から除外します。
売り手は事業譲渡により事業譲渡益が発生した場合、法人税や事業税、住民税が課される点に注意が必要です。
譲受側(買い手)の会計処理
譲渡対価と譲渡対象事業の資産・負債との差額を「のれん」と呼びます。買い手は、こののれんを5年から最長20年以内の期間で償却します。
「税務上ののれん」と呼ばれる資産調整勘定が発生した場合、5年間にわたって償却し、その償却費は損金として計上することができるため、節税効果が期待できます。なお、株式譲渡では、のれん相当額は損金として計上することができません。
株式譲渡と事業譲渡の違い【税金】
税務上の取り扱いにおける最も重要な相違点について詳しく説明します。
株式譲渡の税金
株式譲渡で生じた譲渡益については、株主個人に対して課税されます。株主は保有株式の取得価額との差額である譲渡益に対し、個人で所得税や住民税を支払う必要があります。
所得税と住民税を合わせて、売却益に対しておよそ20.315%の課税率です。具体的には、上場・非上場株式の売却益に対して20.315%の税金が課税されます。
株式譲渡の対価は主に現金で支払われ、株主である経営者個人が受け取ります。これにより創業者利益を得られ、ハッピーリタイアの実現や新たな事業への投資資金の確保が可能となります。
M&Aの規模が大きくなると事業譲渡の納税「額」は大きくなりますが、適用される法人税の「税率」は原則として一定です。個人の株主が譲渡益を得る株式譲渡(税率約20%)と比較して、法人に課税される事業譲渡(実効税率約30-34%)は税率が高くなる傾向があります。
事業譲渡の税金
事業譲渡によって得られた譲渡益には、法人である対象会社そのものに課税が行われます。事業の売却益は会社の収益となり、法人税の課税対象となります。
法人税等
事業譲渡で得た対価に利益が出れば、その利益額に対する法人税が課されます。法人税が課される場合は、事業税、地方法人税、法人住民税も課税対象です。
利益額の計算は以下の式で求めます。
法人税・事業税・地方法人税・法人住民税を合計した実効税率は、およそ31~35%となります。事業譲渡益が大きいほど、それに比例して納税額も増加します。
株式譲渡と異なり、事業譲渡では消費税が発生します。譲渡対象に課税資産が含まれていれば、当然消費税がかかります。
【消費税の計算方法】
事業譲渡では、事業に必要な資産や人材、ブランドなど会社の財産を売買します。その中に税法上の「課税資産」が含まれる場合には、「課税資産 × 消費税率」に基づいて消費税が発生します。
株式譲渡と事業譲渡どちらを選ぶ?
適切な手法選択のための判断基準について具体的に解説します。
手法選択時に考慮すべき主要な要素を整理すると以下の通りです。
判断基準 | 株式譲渡が有利 | 事業譲渡が有利 |
---|---|---|
手続きの簡便性 | ○(包括承継) | ×(個別承継で複雑) |
税負担 | ○(約20%) | ×(約31-35%) |
譲渡対象の選択性 | ×(会社全体) | ○(事業選択可能) |
簿外債務リスク | ×(引き継ぐ) | ○(回避可能) |
許認可の承継 | ○(自動承継) | ×(個別手続き必要) |
従業員の処遇 | ○(雇用継続) | △(移籍手続き必要) |
株式譲渡を選ぶべきケース
手続きの簡便性を重視する場合
株式譲渡は、譲渡側と譲受側が「株式譲渡契約」を締結するだけで手続きが完了するため、比較的簡便に行うことができ、会社の権利義務は包括的に承継されます。産業廃棄物処理業や酒造業のように再取得が難しい許認可についても、株式譲渡であればそのまま引き継がれるのが一般的です。
税負担を軽減したい場合
事業譲渡では譲渡企業側で発生した譲渡益の約30%が法人税となりますが、株式譲渡は譲渡益に対する所得税・住民税率を20.315%に抑えることができます。そのため、創業者利益を最大化しやすいスキームといえます。
会社全体を売却したい場合
株式譲渡は会社を丸ごと売却するM&Aスキームです。したがって、売却側が持っていた全ての資産が買収側に移動します。一般的に、会社全体を譲渡する株式譲渡は、一部の事業のみを譲渡する事業譲渡よりも取引価格が高くなる傾向にあります。しかし、不採算事業を抱える会社の場合、優良事業のみを切り出した事業譲渡の方が株式全体の価値を上回るケースもあります。
事業譲渡を選ぶべきケース
特定事業のみを売却したい場合
包括的に譲渡する「株式譲渡」と異なり、買い手側は譲渡対象とする事業を選ぶことができ、経営権は売り手側に残すことができます。
簿外債務リスクを回避したい場合
事業譲渡では、買い手が承継する資産や負債を取捨選択できるため、不要なリスクを避けることが可能です。特に中小企業のM&Aにおいては、過去の財務状況が不透明なケースも多く、事業譲渡によってリスクをコントロールできる点はメリットです。
税務上ののれんの償却による節税効果を期待する場合
買い手側(買い手)は税務上ののれんである資産調整勘定を5年にわたって償却し、税務上損金として計上することができるため、節税効果が期待できます。
選択時の留意点
事業譲渡と株式譲渡には、各々メリットやデメリットがあります。そのため、以上を考慮した上で、目的に適したスキームを選ぶことが求められます。
手続き面を考慮すると、圧倒的に株式譲渡のほうが負担が少ないといえます。しかし、買い手側の買収資金が限られている、もしくは様々なリスクを引き継ぐことを回避し、特定の事業だけを買収したい場合には事業譲渡が向いていると言えます。
できるだけお金を手元に残したいのであれば税金に注意して、株式譲渡をするべきか事業譲渡をするべきか専門家に相談することをお勧めします。
株式譲渡と事業譲渡、最適な選択への道筋
株式譲渡と事業譲渡の選択は、M&Aの成否を左右する重要な決断です。
税率だけを見れば、事業譲渡よりも個人の株式譲渡の方が低いでしょう。しかし、株式譲渡を行って全て引き渡すのか、会社を残して事業の一部を引き渡すのかは、金銭以外の要素も関係するので、一概に株式譲渡を選択した方がよいとは言い切れません。
最終的には、自社の経営戦略、財務状況、将来計画を総合的に勘案し、専門家の助言を得ながら最適な手法を選択することが重要です。目先の税負担だけでなく、長期的な事業戦略に照らして最も適した手法を選ぶことで、M&Aの成功確率を高めることができるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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