• 作成日 : 2025年8月19日

M&Aにおける銀行の役割とは?それぞれの特徴と注意点を解説

M&A(企業の合併・買収)を検討する際、多くの経営者にとって銀行は非常に身近な相談相手の一つです。日本国内のM&A市場は、後継者不足に起因する事業承継の需要と、企業の非連続な成長を志向する戦略的な需要の両面から活況を呈しています。

このような状況下で、銀行は単に事業資金を融資する金融機関という伝統的な立場にとどまらず、資金調達の支援から、M&Aの相手探し、専門的な助言に至るまで、銀行は多様な側面からM&Aのあらゆる局面においてその存在感を増しています。

しかし、その機能が多岐にわたるがゆえに、M&Aにおける銀行の本当の役割や、付き合い方の要点を正確に理解している経営者は多くないかもしれません。この記事では、M&Aにおける銀行の機能をわかりやすく解説します。

M&Aにおける銀行の役割

企業の経営戦略や事業承継の有力な選択肢としてM&Aが定着する中で、銀行が担う機能は一層の多様化と深化を遂げています。

銀行がM&Aに積極的に関与する背景には、長引く低金利環境下で、従来の貸出業務以外の収益源としてアドバイザリー手数料などの役務収益(手数料収入)を拡大したいという経営上の動機があります。

同時に、取引先企業の事業継続や成長を支援することが、巡り巡って地域経済の維持と活性化に繋がり、自らの経営基盤を安定させるという側面も持ち合わせています。銀行は、M&Aに必要な買収資金を供給する「資金調達先」としての顔を持つと同時に、売り手企業や買い手企業に対する「債権者」という立場にもあります。

さらに、M&Aの専門家として案件を仲介する「アドバイザー」の機能も強化しており、これらの機能を連携させながら、企業のM&Aを包括的に支援する体制を構築しています。

資金調達先としての銀行

M&Aの実行には、時に自己資金だけでは賄いきれない多額の資金が必要となり、銀行からの融資は最もオーソドックスな資金調達手段です。特に、買収対象企業の資産や将来生み出すキャッシュ・フローを主な返済原資と見なして資金を借り入れる「買収ファイナンス」は、代表的な手法として広く活用されています。

銀行は、企業の財務状況や事業の成長性、そしてM&Aそのものの戦略的な妥当性を多角的に評価し、融資の可否や金利、担保といった貸付条件を決定します。2025年現在、金融政策の正常化に向けた動きも見られ、金利が変動する局面においては、調達コストがM&Aの成否を分けることもあるため、銀行との緊密なコミュニケーションと良好な関係構築がこれまで以上に欠かせません。

主な融資の種類

M&Aの資金調達で用いられる融資は、単なる事業資金融資とは異なる特徴を持ちます。その代表格が「レバレッジド・バイアウト(LBO)ローン」です。

これは、買い手企業(特に投資ファンドなど)が自己資金を最小限に抑え、買収対象企業の資産や将来のキャッシュ・フローを担保に金融機関から多額の資金を調達する手法です。「てこ(レバレッジ)」のように、少ない自己資金で大きなリターンを狙える可能性がある一方、多額の負債を抱えるため事業計画が未達に終わった際のリスクも大きくなります。

このLBOローンは、返済順位やリスク度合いに応じて、より安全で低利な「シニアローン」と、リスクが高い分だけ高利な「メザニンローン」などの階層に分けられることもあります。

融資の審査で銀行が重視するポイント

銀行がM&Aに関する融資を審査する際には、極めて慎重かつ多角的な視点から案件を評価します。最も重視されるのは、M&A後の統合事業が描く「事業計画の妥当性」です。市場の成長性分析、競合他社との差別化戦略、具体的な売上向上策、コスト削減計画などが、客観的なデータに基づいて合理的に策定されているかが問われます。

次に、M&Aによって生まれる「シナジー効果」がどれほど見込めるかです。販売網の相互活用や仕入れコストの削減といった事業シナジー、管理部門の統合による財務シナジーなどが具体的に示され、キャッシュ・フローの増加にどう結びつくのかを論理的に説明しなくてはなりません。

そして最終的には、これらを踏まえた「将来のキャッシュ・フロー創出力」が評価の根幹となります。銀行は、企業が提出した計画を基に独自の分析を行い、安定した返済が可能かを判断します。

債権者としての銀行

銀行は、融資先の企業に対して債権を持つ「債権者」としての顔も持ち合わせています。M&Aの対象となる企業が銀行から既に借入を行っている場合、その銀行は単なる外部の協力者ではなく、M&Aの成否に直接的な利害関係を持つ当事者となります。

買い手企業は、売り手企業が抱える既存の債務をそのまま引き継ぐのか、あるいはM&Aを機に新たな条件で借り換え(リファイナンス)を行うのか、といった財務戦略上の判断を迫られます。このプロセスにおいて、銀行からM&Aそのものに対する同意、いわゆる「バンクコンセント」を取り付けることが、手続きを進める上で避けては通れない関門となる場合があります。

バンクコンセント(銀行の同意)が必要なケース

多くの融資契約ではCOC(Change of Control)条項が設定されているとされ、M&Aでは重大ポイントとなります。

これは、企業の支配権(経営権)に重大な変更があった場合、金融機関が事前の通知や承認を要求したり、場合によっては融資の一括返済を請求したりできる権利を定めたものです。M&Aによる株主の変動は、まさにこのCOC条項に該当する典型例です。そのため、買い手はM&Aの交渉と並行して、売り手企業の取引銀行に対してM&Aの計画を説明し、同意を取り付ける必要があります。

銀行側は、新たな株主の信用力や、M&A後の事業方針が既存の融資の安全性を損なわないかを慎重に見極めようとします。この交渉が不調に終われば、M&Aそのものが頓挫するリスクもはらんでいます。

債務の引き継ぎとリファイナンスの選択

M&Aに際して、売り手企業の既存債務をどう扱うかは重要な検討事項です。もし売り手企業が過去の低金利時代に有利な条件で長期の借入を行っていた場合、その債務をそのまま引き継ぐことができれば、買い手にとって大きなメリットとなります。

一方で、売り手企業が複数の金融機関から複雑な条件で借り入れをしている場合などは、M&Aを機に買い手の信用力を背景として、より有利な条件で新たな融資を組み、既存債務をすべて返済・整理する「リファイナンス」を選択することもあります。

これにより、借入の一本化による管理コストの削減や、月々の返済負担の軽減が期待できます。どちらの手法を選択するかは、金利情勢や買い手・売り手の財務状況を総合的に勘案して決定されます。

銀行のM&Aアドバイザリーとしての役割

近年、メガバンクから地方銀行に至るまで、多くの銀行がM&Aアドバイザリー業務を戦略の中核に据えています。これは、企業の合併・買収に関する初期相談から、専門的な助言、最適な相手企業のマッチング、複雑な交渉のサポート、契約書類の作成支援まで、一連のサービスを提供するものです。

特に地方銀行は、長年にわたる取引を通じて培ってきた地域内の中小企業ネットワークを最大の強みとしています。後継者不在という深刻な経営課題を抱える企業と、事業拡大を目指す企業とを結びつける事業承継型M&Aのマッチングにおいて、その真価を発揮しています。

他方、メガバンクや一部の信託銀行は、国内外に広がる広範な情報網と専門人材を駆使し、国境を越えるクロスボーダー案件や、業界再編に繋がるような大規模なM&Aにも対応できる体制を整えています。

銀行の種類M&Aアドバイザリー業務の主な特徴
メガバンク国内外の広範なネットワークと豊富な専門人材を活用し、大規模案件やクロスボーダーM&Aに強みを持つ。グローバルな視点での業界再編の提案も行う。
地方銀行地域経済に根ざした企業情報網を活かし、特に後継者不在に悩む中小企業の事業承継に関するM&Aの支援に注力。経営者との距離が近いのが特徴。
信託銀行企業の資産管理や承継に関する高度なノウハウが豊富。事業承継だけでなく、株主構成の整理や組織再編を伴う複雑なM&Aを得意とする。

銀行系M&Aアドバイザリーの強み

銀行が提供するM&Aアドバイザリーの最大の強みは、その「ワンストップサービス」の提供能力にあります。M&Aの相手探しから、企業価値評価、資金調達、さらにはM&A後の事業統合(PMI=Post-Merger Integration)のコンサルティングまで、一連の流れを一つの窓口で完結できる可能性があります。

また、金融機関としての「社会的信頼性」は、M&Aという機密性の高い情報を扱う上で大きな安心材料となります。さらに、日頃の銀行取引を通じて、対象企業の財務状況や経営者の人柄といった、数値には表れない定性的な情報まで把握しているケースも多く、これが精度の高いマッチングに繋がることも少なくありません。

銀行を通じてM&Aを行う場合の注意点

銀行をM&Aのパートナーとして選ぶことには多くの利点がある一方で、その構造的な特性から生じるいくつかの点に留意しなくてはなりません。

銀行の提案を鵜呑みにせず、自社の利益を最大化するためには、冷静な視点を持つことが求められます。

M&Aは不可逆的な経営判断であり、パートナー選びの失敗は許されません。銀行の持つ強みを最大限に活用しつつも、その限界とリスクを理解した上で、主体的に意思決定を行う姿勢が肝要です。

利益相反の具体的なリスク

銀行をM&Aアドバイザーとする場合に最も留意すべきなのが「利益相反」の問題です。銀行は、M&Aを仲介する「アドバイザー」であると同時に、買収資金を融資する「貸し手」でもあります。この二つの立場が、必ずしも買い手の利益と一致しない場面が想定されます。

例えば、銀行が多額の融資を行っている取引先が経営不振に陥っている場合、その企業を別の健全な取引先に売却することで、自らの不良債権化を防ごうという動機が働く可能性も否定できません。このようなケースでは、買い手にとって必ずしも最適とはいえないM&A案件が提案されるリスクが潜んでいます。

手数料体系と専門性の確認

M&Aの仲介手数料は、一般的に「レーマン方式」と呼ばれる成功報酬体系が採用されることが多く、これは取引金額が大きくなるほど手数料率が低減する仕組みです。契約前には、この成功報酬の料率だけでなく、着手金や中間金の有無、そして最低報酬額が設定されているかなどを詳細に確認しなくてはなりません。

また、銀行のM&A担当部署に所属する行員が、必ずしもM&Aの実務経験豊富な専門家であるとは限りません。法人営業担当者が兼務しているケースや、人事異動によって担当者が変わることも考えられます。自社が直面するM&Aの難易度や特性に見合った専門的なサポートが受けられるのか、担当者の経歴や実績をしっかりと見極めることが大切です。

M&A成功に向けた銀行との最適な連携

ここまで見てきたように、M&Aにおける銀行の立ち位置は、資金の貸し手、既存の債権者、そしてM&Aを導くアドバイザーと、実に多角的であり、それぞれが密接に絡み合っています。これらの機能を正しく理解し、自社の置かれた状況やM&Aの目的に応じて銀行と適切に連携していくことが、M&Aを成功に導くための鍵となります。

資金調達の相談はもちろん、事業承継や非連続な成長戦略の一環としてM&Aを視野に入れるのであれば、まずは日頃から関係の深い取引銀行に相談してみることは、有効な選択肢の一つです。その際は、この記事で解説した銀行の多様な機能と潜在的なリスクを念頭に置き、自社にとって最良のパートナーとなりうるかを客観的に評価する視点が欠かせません。

また、銀行からの提案だけに依存するのではなく、必要に応じてM&A専門のブティックファームや公認会計士、弁護士といった外部の専門家からセカンドオピニオンを得ることも検討すべきです。多様な視点からの情報を組み合わせることで、より納得感のある、後悔のない経営判断を下すことができるでしょう。


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