• 作成日 : 2025年6月16日

歯科業界のM&A動向は?メリットや事例、流れを解説

近年、歯科業界のM&Aという選択肢が注目を集めています。M&Aと聞くと、大きな企業同士の話のように感じるかもしれませんが、実は歯科医院のような地域に根差した医療機関にとっても、未来を切り開く有効な手段となり得るのです。

この記事では、歯科医院のM&Aとは具体的にどのようなものなのか、なぜ今必要とされているのか、そして実際に進める上でのポイントや注意点などを、わかりやすく解説していきます。

歯科業界のM&Aとは?

一般的な企業のM&Aと比べて、歯科医院のM&Aにはいくつか特有の要素があります。

まず、患者さんとの関係性です。長年通ってくださっている患者さんの情報を、どのようにスムーズに引き継ぎ、信頼関係を維持していくかが非常に重要になります。「先生が変わったら通うのをやめる」とならないよう、丁寧なコミュニケーションと配慮が求められます。

次に、専門的な医療機器の扱いです。レントゲンやCT、診療ユニットなど、高額で専門的な機器が多くあります。これらの資産価値をどう評価するか、新しい医院でそのまま使えるのか、といった点はM&Aの条件交渉において重要なポイントとなります。

そして、スタッフの雇用も大切な要素です。歯科医師だけでなく、歯科衛生士や歯科助手、受付スタッフなど、専門的なスキルを持った人材が医院運営を支えています。M&A後も彼らが安心して働き続けられる環境を整えることは、スムーズな医院運営の継続に不可欠です。

これらの歯科業界特有の要素を十分に理解し、丁寧に対応していくことが、歯科医院M&Aを成功させる鍵となります。

歯科業界の課題

ここでは、なぜ歯科業界でM&Aが選択肢として浮上しているのか、その背景にある業界特有の課題について見ていきましょう。

歯科医院を取り巻く環境は、近年いくつかの課題を抱えています。その中でも特に大きなものが後継者不足です。院長が高齢になり引退を考えても、親族や勤務医の中に適当な後継者が見つからないケースが増えています。経済産業省の調査などでも、中小企業全体における後継者不在の状況が指摘されており、歯科医院も例外ではありません。地域医療を支えてきた歯科医院が、後継者がいないために閉院せざるを得なくなるのは、社会全体にとっても大きな損失です。

また、歯科医院間の競争激化も課題の一つです。コンビニよりも多いと言われることもある歯科医院の数ですが、人口減少や価値観の変化などにより、安定した経営を続けることが以前よりも難しくなっている側面があります。新しい技術の導入や設備投資、人材確保など、経営努力が常に求められる環境と言えるでしょう。

さらに、働き方改革の流れも歯科業界に影響を与えています。長時間労働の是正や福利厚生の充実など、スタッフが働きやすい環境を整える必要性が高まっていますが、個人経営の医院では対応が難しい場合もあります。

これらの課題を乗り越え、持続可能な医院経営を実現するための一つの解決策として、M&Aが注目されているのです。

歯科業界のM&Aの動向

以前は、歯科医院の承継といえば親子間や親族間が主流でした。しかし、前述のような後継者不足の問題から、第三者への承継、つまりM&Aを選択するケースが着実に増えています。特に、引退を考える個人開業医の先生が、自身の医院と患者さん、スタッフを信頼できる相手に託したいという思いからM&Aを決断する例が見られます。

一方で、買い手側としては、複数の医院を運営する医療法人などが、事業エリアの拡大や経営基盤の強化を目的としてM&Aを活用する動きが活発化しています。ゼロから新しい医院を開設するよりも、既存の医院を引き継ぐ方が、患者さんやスタッフ、設備をそのまま活用できるため、スピーディーな事業展開が可能になるという利点があります。

また、異業種からの参入や、歯科関連企業によるM&Aも見られるようになってきました。これにより、新たな経営ノウハウや資金力が歯科業界に導入され、業界全体の活性化につながる可能性も秘めています。

このように、歯科業界におけるM&Aは、単なる事業承継の手段としてだけでなく、業界の再編や成長戦略の一環としても、その重要性を増していると言えるでしょう。

歯科業界のM&Aのメリット・デメリット

ここでは、歯科医院のM&Aを行う際に、医院を譲渡する側(売り手)と譲り受ける側(買い手)それぞれにどのような良い点と注意点があるのかを整理します。

M&Aは、関係者それぞれにメリットをもたらす可能性がある一方で、考慮すべきデメリットも存在します。双方の立場から見ていきましょう。

立場メリットデメリット(注意点)
譲渡側親族等に後継者がいなくても、医院を存続させられる。必ずしも希望通りの価格や条件で売却できるとは限らない。
医院の価値に応じた売却益を得られる可能性がある。M&A後の変化に対する従業員や患者の不安への配慮が必要。
従業員の雇用を守り、安心して働ける環境を継続できる。M&A交渉中の機密情報(経営状況、患者情報など)の漏洩リスクがある。
閉院を避け、地域住民への歯科医療提供を続けられる。長年経営してきた医院を手放すことへの寂しさや喪失感を感じる場合がある。
譲受側新規開業より早く事業規模を大きくできる。見えない負債や問題を引き継いでしまう可能性がある(デューデリジェンスが重要)。
既存医院の運営ノウハウや経験豊富な人材を得られる。既存組織と新しい組織の文化をうまく融合させる必要がある。
設備や内装などをそのまま活用できれば、初期コストを抑えられる。M&Aによる環境変化で、主要なスタッフが離職してしまう可能性がある。
開業当初から一定数の患者を見込める。期待していたほどの連携効果が出ない場合もある。

譲渡側・譲受側双方が、これらの点を十分に理解し、納得した上で話を進めることが重要です。特に、デメリットやリスクについては、事前の調査や契約内容の工夫によって、ある程度軽減することが可能です。

歯科業界のM&A事例

ここでは、具体的なイメージを持っていただくために、歯科業界で実際に行われたM&Aのケースをいくつかご紹介します。

医療法人H会/ S歯科医院

譲渡側: 長年にわたり地域医療に貢献してきた歯科医院。特に訪問診療による高齢者・障がい者診療や、痛みの少ない小児歯科に注力し、地域住民から厚い信頼を得ていた。創業者である院長が高齢となり、親族内に後継者がいなかった。

譲受側: M&Aキャピタルパートナーズを通じて紹介された医療法人(名称非公開)。

譲渡側の動機: 自身が引退した後も、医院が地域に存続し、これまで提供してきた医療が継続されること。また、従業員の雇用を守り、自身の診療哲学や経験・知識が次世代に引き継がれること。金銭的条件よりも、理念や診療方針への共感が重視された。M&A後は経営業務から解放され、診療に専念したいという意向もあった。

譲受側の動機: 地域で高い評価を得ている歯科医院と、その患者基盤、そして訪問診療や小児歯科といった独自のノウハウを獲得すること。院長の専門性を、自法人のネットワーク内で展開していく可能性も視野に入れていた。

結果と示唆: M&Aは成功裏に完了。譲受法人は事務・人事・経営管理などの面でサポートを提供し、院長は引き続き診療に携わっている。今後は、院長の診療モデルを医療連携を通じて広めていく計画もある。この事例は、事業承継型M&Aにおいて、経済合理性だけでなく、双方の理念や文化的な適合性(フィット)、そして地域医療継続への共通認識がいかに重要であるかを示している。

医療法人正翔会 / 有限会社クラフト

譲受側:愛知県を中心に複数の歯科医院を運営する医療法人正翔会。

譲渡側: 愛知県日進市で長年営業してきた歯科技工所の有限会社クラフト。

目的・背景: 買い手である正翔会は、自院グループ内にも技工所を持つが、クラフトの買収を通じて、①日進市という隣接地域でのネットワークとコネクション獲得(閉鎖的な業界での新規参入の足掛かり)、②グループ全体の技工キャパシティ拡大と技術連携によるシナジー創出、③歯科技工士不足の中での技術力ある人材の確保、④業界内部情報の入手、などを目的とした。地域密着型の技工所が持つ無形の価値(地域での信頼、人的ネットワーク)を評価した戦略的な買収である。

統合・結果: 売り手であるクラフトの鈴木所長は、買収後も10年間勤務を継続する前提で、技術と顧客関係の円滑な移行を図っている。

歯科業界M&Aの価格相場

歯科医院のM&Aにおいて、医院の価値(価格)がどのように決まるのか、そしてM&Aを進める上でどのような費用がかかるのかについて解説します。

歯科医院の価値はどうやって決まる?

歯科医院のM&Aにおける売買価格は、最終的には売り手と買い手の交渉によって決まりますが、その交渉のベースとなる「企業価値評価(バリュエーション)」が行われます。

歯科医院の価値評価でよく用いられる考え方の一つが、「時価純資産 + 営業権」です。

  • 時価純資産
    医院が持っている資産(土地、建物、医療機器、預金など)から、負債(借入金など)を差し引いたものです。ポイントは、帳簿上の価格ではなく、「今現在の価値(時価)」で評価することです。特に医療機器は、法定耐用年数を過ぎていてもまだ使えるものも多く、その価値を適切に評価する必要があります。
  • 営業権(のれん)
    医院が持つ「目に見えない価値」のことです。具体的には、安定した収益を生み出す力(収益性)、長年培ってきた地域での評判やブランド力、特定の技術やノウハウ、優秀なスタッフ、良好な立地条件などが含まれます。一般的には、年間の営業利益の数年分(例:3~5年分)として評価されることが多いですが、医院の状況によって大きく変動します。

この他にも、将来期待される収益を現在価値に割り引いて評価する方法(DCF法)や、類似のM&A事例と比較する方法(類似取引比較法)など、様々な評価方法があります。どの方法を用いるか、また営業権を何年分とするかなどは、評価する専門家や交渉状況によって変わってきます。

立地条件(駅からの距離、周辺の人口動態など)や、院長の引退後の経営体制(新しい院長がすぐに見つかるかなど)も、価格に影響を与える重要な要素です。

M&Aにかかる費用

M&Aを進める際には、医院の売買価格以外にも様々な費用が発生します。主なものとしては以下のようなものが挙げられます。

  • 仲介手数料
    M&A仲介会社やアドバイザーに支払う成功報酬や着手金などです。料金体系は会社によって異なりますが、一般的には取引価格に応じた料率(レーマン方式など)で計算されることが多いです。
  • デューデリジェンス費用
    買い手が、売り手医院の財務状況や法務状況などを詳細に調査(デューデリジェンス)するために、公認会計士や弁護士などの専門家に支払う費用です。調査の範囲や内容によって費用は変動します。
  • 法務費用
    M&Aに関する契約書(基本合意書、最終契約書など)の作成やレビューを弁護士に依頼する場合の費用です。

これらの費用は、M&Aの規模や複雑さによって大きく変わります。事前に専門家によく相談し、全体でどれくらいの費用がかかるのかを把握しておくことが大切です。

歯科業界M&Aの流れ

実際に歯科医院のM&Aを進める場合の具体的なステップと、その過程で注意すべきリスクや対策について解説します。

M&Aは大きな決断であり、準備から完了までには様々なステップがあります。一般的な流れを理解しておくことで、スムーズな進行につながります。

M&Aの具体的なステップ

  1. 準備段階
    • なぜM&Aを行うのか(後継者問題解決、事業拡大など)を明確にします。
    • M&A仲介会社やアドバイザーなど、信頼できる専門家を選び、相談を開始します。秘密保持契約を結び、自院の状況を開示します。
    • 財務状況、強み・弱みなどを客観的に分析し、希望条件(価格、時期、従業員の処遇など)を整理します。
  2. 相手探し(マッチング)
    • 専門家が、匿名性を保ちながら候補となる相手を探します。
    • 関心を示した候補者と秘密保持契約を結んだ上で、より詳細な情報(ノンネームシート、企業概要書など)を開示します。
  3. 交渉段階
    • 売り手と買い手の経営者同士が面談し、お互いの経営理念やビジョン、人柄などを確認します。
    • M&Aの基本的な条件(価格、スキーム、スケジュールなど)について合意し、「基本合意書(LOI/MOU)」を締結します。この段階では、まだ法的な拘束力を持たないことが多いですが、独占交渉権などが定められる場合があります。
  4. デューデリジェンス(DD)
    • 買い手が、売り手医院に対して詳細な調査を行います。公認会計士による財務DD、弁護士による法務DDなどが中心となり、医院の財政状態、契約関係、許認可、労務状況などに問題がないかを確認します。売り手は、求められる資料を誠実に開示する必要があります。
  5. 最終交渉・契約
    • DDの結果を踏まえ、最終的な条件(価格の調整など)を交渉します。
    • 条件が合意に至れば、「最終契約書(株式譲渡契約書、事業譲渡契約書など)」を締結します。これは法的な拘束力を持ちます。
  6. クロージング
    • 最終契約書に基づき、株式や事業用資産の引き渡し、および対価の支払いを行います。これにより、M&Aの取引自体は完了となります。許認可の引き継ぎや登記などもこの段階で行います。
  7. PMI(Post Merger Integration)
    • M&A後の統合プロセスです。経営方針の共有、業務プロセスやシステムの統合、人事制度の調整、従業員の意識統一などを計画的に進め、M&Aによるシナジー効果を最大化することを目指します。歯科医院の場合、患者さんへの丁寧な説明やスタッフとのコミュニケーションが特に重要になります。

M&Aにおけるリスクと対策

M&Aには期待される効果がある一方で、リスクも伴います。事前にリスクを認識し、適切な対策を講じることが成功の鍵です。

  • デューデリジェンス(DD)の重要性
    買い手にとって、DDは「隠れたリスク」を発見するための非常に重要なプロセスです。財務諸表に現れない簿外債務や、将来発生しうる訴訟リスク、許認可の問題などがないかを徹底的に調査します。DDを省略したり、不十分な調査で進めたりすると、後で大きな問題が発覚する可能性があります。
  • 契約交渉におけるリスクヘッジ
    最終契約書には、DDで発見されたリスクへの対応策や、表明保証(売り手が開示した情報が真実であることの保証)、補償条項などを盛り込むことで、万が一問題が発生した場合の責任の所在や解決方法を明確にしておくことが重要です。弁護士などの専門家と十分に協議しながら、慎重に契約内容を詰めていく必要があります。
  • PMIの失敗リスク
    M&Aの成否は、取引完了後のPMIにかかっていると言っても過言ではありません。特に歯科医院では、院長やスタッフ、患者さんとの関係性が重要です。新しい経営方針への反発や、文化の違いによる軋轢、コミュニケーション不足などが原因で、主要なスタッフが離職したり、患者さんが離れてしまったりするリスクがあります。丁寧なコミュニケーションと、時間をかけた段階的な統合プロセスが求められます。

これらのリスクを最小限に抑えるためには、経験豊富な専門家(M&Aアドバイザー、弁護士、公認会計士、税理士など)のサポートを得ながら、慎重かつ計画的にM&Aを進めることが不可欠です。

歯科業界でのM&Aを成功させよう

この記事では、歯科医院のM&Aについて、その背景にある業界の課題から、具体的なメリット・デメリット、価格の考え方、そして実行する際の流れや注意点まで、幅広く解説してきました。

後継者不足や競争環境の変化といった課題に直面する歯科医院にとって、M&Aは単に医院を存続させるだけでなく、新たな成長の機会をもたらす可能性のある選択肢です。譲渡側にとってはハッピーリタイアメントや地域医療への貢献継続、譲受側にとってはスピーディーな事業拡大やノウハウ獲得といったメリットが期待できます。

一方で、M&Aは決して簡単なプロセスではなく、患者さんやスタッフへの配慮、適切な価格評価、デューデリジェンスによるリスクの洗い出し、そして丁寧なPMI(統合プロセス)が不可欠です。まずは、信頼できる専門家に相談することから始めてみるのがおすすめです。


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