• 作成日 : 2025年6月13日

飲食店のM&A動向は?メリット・デメリットや注意点を解説

飲食店の経営を取り巻く環境は、常に変化しています。特に近年、後継者不足や人手不足、原材料費の高騰、そして消費者のライフスタイルの変化など、多くの課題が顕在化しています。そんな中、解決策の一つとして、また新たな成長戦略としてM&Aが飲食業界でも大きな注目を集めています。

この記事では、飲食店のM&Aを検討されている企業の担当者様に向けて、なぜ今M&Aが選択肢となるのか、その背景から具体的なメリット・デメリット、成功のための注意点まで、わかりやすく解説していきます。

飲食業界の現状

現在の飲食業界がどのような状況にあり、なぜM&Aが活発になっているのか、その背景を詳しく見ていきます。

飲食業界は、多くの中小企業や個人事業主によって支えられていますが、経営者の高齢化と後継者不足は深刻な問題です。素晴らしい技術や地域に愛されるお店があっても、引き継ぐ人がいなければ事業を継続できません。経済産業省の調査でも、多くの中小企業が事業承継問題を抱えていることが示されています。こうした状況が、事業を譲渡したいと考えるオーナー様を増やしている一因です。

また、新型コロナウイルス感染症の影響を経て、デリバリーやテイクアウトへの対応、デジタル化の推進など、ビジネスモデルの変革が求められるようになりました。これらに対応するための投資やノウハウ獲得を目的として、M&Aを選択する企業も増えています。買い手側にとっても、ゼロから店舗を立ち上げるよりも、既に基盤のある店舗やブランドを獲得することで、スピーディーな事業拡大や新規エリアへの進出が可能になるという魅力があります。

飲食店のM&A動向

飲食業界のM&Aは、今後も活発に推移すると考えられます。事業承継問題は引き続き大きなテーマであり、解決策としてのM&Aのニーズは高止まりするでしょう。また、人手不足対策や効率化のためのDX(デジタルトランスフォーメーション)投資、デリバリー・テイクアウトといった中食市場への対応強化などを目的に、規模の拡大やノウハウ獲得を目指すM&Aも増えると予想されます。

異業種からの参入や、小規模ながらも特色ある店舗を複数展開するマイクロチェーンのような形態のM&Aも注目されるかもしれません。サステナビリティへの関心の高まりから、食の安全・安心や環境配慮といった付加価値を持つ企業の評価が高まる可能性もあります。

飲食店のM&Aのメリット

ここでは、M&Aが売り手、買い手双方の飲食店経営にどのような良い影響を与えるのか、具体的な利点をご紹介します。

売り手にとっては、大切に育ててきた事業や従業員の雇用を守りつつ、創業者利益を確保できる可能性があります。また、後継者がいない場合でも、第三者への事業承継という形で、お店の歴史を未来へ繋ぐことができます。

一方、買い手にとっては、新規出店にかかる時間やコストを大幅に削減できる点が大きな魅力です。既に運営されている店舗を引き継ぐことで、立地、設備、人材、顧客基盤、そして運営ノウハウといった経営資源をまとめて獲得できます。これにより、事業拡大のスピードアップ、リスクの低減、既存事業とのシナジー効果などが期待できるのです。

飲食店のM&Aの種類

ひとくちにM&Aと言っても、いくつかの手法があります。ここでは、飲食店M&Aでよく用いられる代表的な手法とその特色について解説します。

主に用いられるのは「株式譲渡」と「事業譲渡」です。

株式譲渡

これは、会社の株式を売買することで、経営権そのものを移転する方法です。手続きが比較的シンプルで、許認可なども原則としてそのまま引き継げるのがメリットです。ただし、会社の資産だけでなく、負債(借入金や簿外債務などの潜在的なリスクも含む)もすべて引き継ぐことになります。

事業譲渡

こちらは、会社全体ではなく、特定の事業(例えば、特定の店舗やブランド)だけを選んで売買する方法です。買い手は必要な資産や権利だけを選んで引き継げるため、不要な負債を引き継ぐリスクを避けやすいのが特徴です。一方で、資産や契約、従業員などを個別に移転する手続きが必要となり、株式譲渡に比べて煩雑になることがあります。

どちらの手法が最適かは、個々の状況によって異なりますので、専門家と相談しながら慎重に検討することが大切です。

飲食店M&Aと居抜きの違い

飲食店を探す際によく聞く「居抜き」と「M&A」はどう違うのでしょうか。ここでは、それぞれの特徴を比較し、その違いを明確にします。

よく混同されがちですが、「M&A」と「居抜き物件の取得」は目的も範囲も異なります。簡単に言うと、M&Aは「事業そのもの」を引き継ぐこと、居抜きは主に「店舗の設備や内装」を引き継ぐことを指します。

特徴飲食店M&A居抜き物件の取得
対象範囲会社全体(株式譲渡)または特定の事業全体(事業譲渡)、経営権店舗の不動産賃借権、内装、設備(厨房機器など)
権利義務の承継包括的に承継(株式譲渡の場合)または選択的に承継原則として承継しない(新たに契約を結ぶ)
従業員原則として引き継がれる引き継がれない(新たに雇用契約を結ぶ)
ブランド・屋号引き継がれることが多い引き継がれない(新たなブランドで開店)
目的事業の継続・拡大、ノウハウ獲得、事業承継開業コスト・期間の削減

M&Aは、人材やブランド、運営ノウハウといった「目に見えない価値」も引き継ぐことを目的としていますが、居抜きは主に初期投資を抑えてスピーディーに開店するための「ハコ(物件)」の取得に主眼が置かれています。

飲食店M&Aのメリット

改めて、飲食店M&Aがもたらすメリットについて、売り手側と買い手側、それぞれの視点からもう少し深く掘り下げてみましょう。

売り手側のメリット

  • 事業の存続と従業員の雇用の維持:後継者がいなくても、お店やブランド、そして大切な従業員の働く場所を守ることができます。
  • 創業者利益の確保:株式や事業を売却することで、これまで築き上げてきた価値を現金化し、リタイア後の資金や新たな挑戦への元手にできます。
  • 個人保証の解除:経営者が会社の借入金に対して行っている個人保証を、M&Aによって解消できる場合があります。
  • ハッピーリタイアの実現:従業員の処遇の心配や老後資金の心配が無くなり、安心して経営の一線から退くことができます。

買い手側のメリット

  • 迅速な事業拡大:新規出店よりも早く、店舗数や事業エリアを拡大できます。
  • 初期投資とリスクの抑制:ゼロから立ち上げる場合に必要な市場調査、物件探し、人材採用・育成などのコストや時間を削減でき、事業開始当初の不確実性を低減できます。
  • 人材・ノウハウの獲得:経験豊富なスタッフや独自のレシピ、運営ノウハウなどをそのまま引き継げる可能性があります。
  • ブランド力・顧客基盤の獲得:既に地域で認知されているブランドや、固定客を引き継ぐことで、安定した収益基盤を早期に確立できます。
  • スケールメリットによる効率化:仕入れコストの削減や本部機能の共有化など、規模の経済性を活かした効率的な運営が期待できます。

飲食店M&Aのデメリット・リスク

多くのメリットがある一方で、M&Aには注意すべき点や潜在的なリスクも存在します。ここでは、事前に理解しておくべきデメリットやリスクについて説明します。

  • 簿外債務・偶発債務のリスク:決算書に現れていない債務(未払い残業代など)や、将来的に発生する可能性のある債務(訴訟リスクなど)を引き継いでしまう恐れがあります。特に株式譲渡の場合は注意が必要です。
  • 統合プロセスの困難(PMI):買収後の組織文化の融合、業務プロセスやシステムの統合がうまくいかず、期待したシナジー効果が得られないことがあります。
  • 従業員の離職:経営者が変わることへの不安や、新しい方針への不満から、キーパーソンとなる従業員が離職してしまうリスクがあります。
  • 想定通りの収益が得られない可能性:M&A前の業績が、買収後も維持できるとは限りません。市場環境の変化や経営体制の変更により、収益性が低下する可能性も考慮する必要があります。
  • M&Aの不成立リスク:交渉がまとまらず、時間やコストだけがかかってしまう可能性もあります。

これらのリスクを最小限に抑えるためには、後述するデューデリジェンス(買収監査)を徹底し、買収後の統合計画(PMI)を慎重に策定することが不可欠です。

飲食店のM&Aの事例紹介

ここでは、具体的なイメージを持っていただくために、飲食店M&Aでよく見られる成功パターンをいくつかご紹介します。

コロワイドによる大戸屋ホールディングスの子会社化 (2020年)

買い手:株式会社コロワイド (居酒屋「甘太郎」、レストラン「ラ・パウザ」などを展開)

売り手(対象):株式会社大戸屋ホールディングス (定食店「大戸屋ごはん処」を展開)

概要:コロワイドが敵対的TOB(株式公開買付け)を経て大戸屋ホールディングスを連結子会社化しました。仕入れコストの削減や店舗運営の効率化などのシナジー効果を目指した、業界内でも大きな注目を集めた事例です。

DDグループ(旧:DDホールディングス)による複数ブランドの取得

買い手:株式会社DDグループ (「わらやき屋」「バグース」などを展開)

売り手(対象):様々な飲食・アミューズメント企業 (例:株式会社商業藝術、株式会社エスエルディーなど)

概要:DDグループは、M&Aを積極的に活用して事業ポートフォリオを拡大してきた企業の一つです。個性的なダイニング、カフェ、アミューズメント施設など、多様な業態の企業をグループに迎え入れ、ブランド価値の向上や経営基盤の強化を図っています。具体的な買収対象は多岐にわたります。

M&Aの流れ・プロセス

実際に飲食店M&Aを進める場合、どのようなステップを踏むのでしょうか。ここでは、一般的なM&Aのプロセスを解説します。

M&Aは通常、以下のような流れで進められます。

  1. M&A戦略の策定と準備:まず、なぜM&Aを行うのか(目的)、どのような相手を求めているのか(希望条件)を明確にし、M&A仲介会社やアドバイザーなどの専門家へ相談を開始します。自社の企業価値評価(バリュエーション)もこの段階で行うことがあります。
  2. マッチング・候補先の選定:専門家を通じて、あるいはM&Aプラットフォームなどを活用して、条件に合う候補先を探します。秘密保持契約(NDA)を締結した上で、匿名で情報交換を行うのが一般的です。
  3. トップ面談・交渉:候補先が見つかったら、経営者同士が面談し、お互いの経営方針やビジョン、条件などを話し合います。基本的な条件について大筋で合意できれば、基本合意書(LOI)を締結します。これには、独占交渉権や今後のスケジュールなどが盛り込まれることが多いです。
  4. デューデリジェンス(Due Diligence / DD):買い手側が、売り手企業の財務、法務、税務、事業内容などを詳細に調査するプロセスです。「買収監査」とも呼ばれ、M&Aにおいて最も重要なステップの一つです。ここで、事前に開示されていなかったリスクなどが発見されることもあります。
  5. 最終条件の交渉と契約締結:DDの結果を踏まえて、最終的な譲渡価格やその他の条件を交渉し、合意に至れば、法的拘束力のある最終契約書(株式譲渡契約書や事業譲渡契約書など)を締結します。
  6. クロージング:契約書に基づき、譲渡代金の決済や株式・資産の移転手続きを行い、M&Aが完了します。
  7. PMI:M&A成立後、経営、業務、従業員の意識などをスムーズに統合していくプロセスです。M&Aの成否を左右する重要な段階と言われます。

各ステップには専門的な知識が必要となるため、信頼できる専門家のサポートを受けながら進めることが成功の鍵となります。

飲食店のM&Aにかかる費用

M&Aには、譲渡価格(買い手にとっては買収価格)以外にも、以下のような費用がかかります。

  • M&A仲介手数料・アドバイザリー費用:M&A仲介会社やファイナンシャルアドバイザー(FA)に支払う費用です。成功報酬型(取引金額に応じて一定料率を支払う「レーマン方式」が一般的)や、着手金、月額報酬などが組み合わされる場合もあります。レーマン方式は、取引金額が大きいほど料率が低くなる段階的な計算方法です。
  • デューデリジェンス(DD)費用:買い手が、弁護士や公認会計士、税理士などの専門家にDDを依頼するための費用です。調査範囲や期間によって変動します。
  • 企業価値評価(バリュエーション)費用:売り手・買い手双方が、自社や相手企業の価値を算定するために専門家に依頼する場合にかかる費用です。
  • 契約書作成費用など:弁護士に最終契約書の作成やレビューを依頼する場合の費用や、登記変更などにかかる実費です。

これらの費用は、案件の規模や複雑さによって大きく異なります。事前に専門家へ見積もりを依頼し、全体のコスト感を把握しておくことが重要です。

飲食店のM&A注意点

M&Aを成功させるためには、いくつか注意すべきポイントがあります。ここでは、特に重要な点をいくつか挙げて解説します。

M&Aをスムーズに進め、期待した成果を得るためには、以下の点に留意しましょう。

  • 目的の明確化と共有:なぜM&Aを行うのか、それによって何を実現したいのか、目的を明確にし、社内や関係者間で共有しておくことが重要です。目的が曖昧だと、交渉の軸がぶれたり、適切な相手を選べなかったりします。
  • 信頼できる専門家の選定:M&Aは専門的な知識と経験が不可欠です。実績豊富で、自社の状況を理解してくれる信頼できるM&A仲介会社やアドバイザーを見つけることが成功への近道です。
  • デューデリジェンス(DD)の徹底:特に買い手にとっては、リスクを洗い出すためにDDを徹底することが極めて重要です。財務や法務だけでなく、人事労務、事業運営の実態など、多角的に調査しましょう。売り手側も、DDに誠実に対応する姿勢が求められます。
  • 従業員への配慮とコミュニケーション:M&Aは従業員にとって大きな変化であり、不安を感じさせる可能性があります。適切なタイミングで丁寧な説明を行い、雇用維持や待遇について誠実に対応することが、優秀な人材の流出を防ぎ、スムーズな統合に繋がります。
  • 情報管理の徹底:M&Aの情報が外部に漏れると、従業員の動揺を招いたり、取引先との関係に影響が出たりする可能性があります。交渉中は関係者以外への情報管理を徹底し、秘密保持契約を遵守しましょう。
  • 焦らない姿勢:良い相手が見つからない、条件が折り合わないなど、M&Aは時間がかかることもあります。焦って妥協せず、納得のいく条件で進めることが大切です。

M&Aを検討する上でのヒント

これからM&Aを検討される企業担当者様へのヒントとしては、まず自社の強み・弱み、そしてM&Aによって何を実現したいのかを深く理解することが第一歩です。そして、早い段階から専門家へ相談し、客観的な視点を取り入れることをお勧めします。

また、日頃から業界動向やM&Aに関する情報収集を心がけ、いざという時に備えておくことも大切です。M&Aプラットフォームなどを活用して、どのような企業が売りに出ているのか、どのような買い手がいるのか、市場の雰囲気を掴んでおくのも良いでしょう。

動向やトレンドを理解して飲食店のM&Aを成功させよう

この記事では、飲食店のM&Aについて、その背景からメリット・デメリット、プロセス、注意点、そして今後の展望まで幅広く解説してきました。

飲食業界を取り巻く環境が変化する中で、M&Aは、事業承継問題を解決し、大切な事業を未来へ繋ぐための有効な手段となり得ます。また、買い手にとっては、スピーディーな成長や新たな価値創造を実現するための強力な戦略オプションです。

もちろん、M&Aにはリスクも伴いますし、成功のためには慎重な準備と専門家のサポートが不可欠です。しかし、しっかりと計画し、丁寧に進めることで、M&Aは売り手・買い手双方にとって、それぞれの夢や目標を実現するための大きな力となる可能性を秘めています。

自社の状況を客観的に把握し、M&Aが本当に最適な選択肢なのか、どのような可能性があるのかを探ることから始めてみましょう。


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