- 作成日 : 2025年9月9日
人材派遣会社のM&Aとは?動向やメリット、流れを解説
労働人口減少や高度専門スキル人材の需要急増を背景に、人材派遣業界ではM&Aが成長戦略の一つとして選ばれるケースが増えています。
この記事では、人材派遣会社のM&Aについて、業界動向から具体的な手続きまでを解説します。
目次
人材派遣会社とは?
人材派遣業界の基本的な仕組みと特徴について解説します。
人材派遣業の定義と仕組み
人材派遣とは、派遣元の事業主が契約している労働者を派遣先へ提供し、派遣先の指揮命令のもとで労働に従事する仕組みを指し、正式には「人材派遣事業」ではなく「労働者派遣事業」と呼ばれます。
人材派遣会社は、働き手を求める企業と派遣スタッフをマッチングし、その結果として労働者派遣契約を締結する事業者です。派遣会社は派遣スタッフと雇用契約を結び、派遣先企業に労働力を提供します。
許認可と法的要件
人材派遣事業を行うには、平成27年の「労働者派遣法」の改正により、厚生労働省大臣による許可を受けることが必要となりました。2015年9月に派遣法が改正されるまでは、人材派遣業界では許可制と届出制の2つの制度が混在していましたが、現在は厚生労働大臣の許可が必須です。
類似業種との違い
人材派遣と人材紹介、業務請負は似たイメージを持たれがちですが、それぞれ事業内容に違いがあります。人材派遣と業務請負は、人材会社のスタッフを企業に提供するタイプです。派遣の場合はスタッフが「クライアントから指揮命令」を受けて業務を行います。業務請負の場合は「人材会社の指揮命令」を受けて業務を遂行します。
人材紹介は、企業と求職者をマッチングするサービスであり、法律では「有料職業紹介」といいます。人材紹介を事業として行うには、厚生労働大臣による営業許可が必要です。
人材派遣会社のM&A動向
人材派遣業界のM&A市場は急速に拡大しており、その背景と最新の動向を詳しく見ていきます。
市場規模と成長背景
株式会社矢野経済研究所の調査によると、2023年度の人材関連ビジネス主要3業界(人材派遣業・人材紹介業・再就職支援業)の市場規模は、事業者売上高ベースで、前年度比6.3%増の9兆7,156億円でした。なかでも、人材派遣市場は9兆2,800億円と大きな割合を占めています。
業界規模は人材派遣業単独で9兆円を超えていて、前年比で約6%成長しており、特にIT、物流、医療・介護分野が高成長を牽引しています。一方で、コスト高騰や人手不足が経営を圧迫し、倒産件数は過去最多に達している状況も見られます。
M&A活発化の要因
人材派遣業界でM&Aが活発化している理由は複数の要因があります。国内の生産年齢人口が減少するなか、ITエンジニア、医療・介護専門職、建設・製造分野の技術者など、高度な専門スキルを持つ人材の獲得競争が一層激化しています。M&Aは、これらの即戦力となる登録派遣スタッフや、採用・育成ノウハウを持つ企業を迅速に取り込むための有効な手段と認識されています。
中小規模の人材派遣会社では、経営者の高齢化に伴う後継者不在が依然として大きな課題となっています。こうした中で、事業の継続や従業員の雇用維持、さらに経営者自身のハッピーリタイアを実現する手段として、M&Aの活用が進んでいます。
法規制による影響
2015年の法改正に伴い、労働派遣事業は全て許可制に統一され、「基準資産額が2,000万円×事業所数以上であること」などの許可要件を満たせない事業者は、廃業かM&Aによる事業売却を選択せざるを得ない状況となりました。
労働者派遣法改正により、グループ内での派遣に規制がかけられ、リスクを負わないためにもM&Aの専門家の協力を得ることが重要になっています。
業界再編の進行
人材派遣業界は開示されているもので年間50〜60件程度のM&Aが行われており、特に2025年上半期には既に40件超(年間80件ペース)となるなど、業界内で活発な動きを見せています。人材派遣業界でM&Aが活発化している理由は「人手不足」です。人手不足で即戦力の人材を獲得しにくくなっている影響で、好業績にもかかわらず事業を売却する中小の人材派遣会社が増加しています。
人材派遣会社のM&Aメリット
M&Aによって得られるメリットを売却側と買収側それぞれの視点から詳しく解説します。
売却側のメリット
後継者問題の解決
中小企業庁が公開している中小企業白書によると、経営者の高齢化や後継者不足を理由に、年間約4万4千件(社)の企業が休廃業・解散しており、そのうち半数近くが黒字企業です。人材派遣会社のM&Aは、黒字であっても後継者不足に悩む企業にとって、事業継続の有効な手段となります。
経営基盤の安定化
M&Aによって大手派遣会社の傘下に入ることができれば、大手が持つノウハウや知名度を活用できるようになります。さらに、安定した経営が実現され、さらなる事業成長も見込めます。
創業者利益の獲得
廃業ではなくM&Aという選択をすれば、人材派遣会社を売却した利益を得ることができます。株式譲渡の場合は、オーナー(株主)が対価の受け取り先となるので、まとまった現金を得ることが可能です。
従業員の雇用維持
M&A・会社売却を行うことで従業員の雇用は守られます。従業員の雇用維持は、中小企業にとって大きなメリットとなります。
買収側のメリット
派遣取引先の効率拡充
人材サービス業界におけるM&Aは、派遣取引先を効率的に拡充するための手段です。人材派遣業界で新規取引先を開拓するには、継続的な営業活動と信頼関係の構築が不可欠です。しかし、M&Aを実施すれば、買い手企業は、売り手企業が保有する派遣取引先をそのまま引き継ぐことが可能です。
優秀な人材の確保
人材紹介会社をM&Aで買収することで、その会社に所属する優秀で経験豊富な人材を一括して確保できるというメリットがあります。人材紹介業界では、人手不足が深刻な問題のため、M&Aを活用すれば、まとめて多くの優秀な人材を確保できます。
事業規模の拡大
買収側がすでに人材紹介事業を展開している場合、人材紹介会社をM&Aで取得することで事業規模を拡大できます。新規取引先の獲得や優秀な人材の確保により、サービス品質や知名度の向上といったメリットが期待できます。
専門性の獲得
人材不足が深刻化するなか、特にITなど専門性の高い分野ではニーズが強く、専門職に特化した人材派遣会社の人気が高まっています。どれだけ専門性のある人材を有しているかが非常に重要です。
人材派遣会社のM&Aの流れ
M&Aプロセスの全体像と各段階のポイントを詳しく解説します。
M&A戦略の策定
M&Aを成功させるためには、まず自社が何を目指すのか、目的や方向性を明確に定めることが不可欠です。これが曖昧なままでは、交渉の重要な局面で迅速な判断ができなかったり、相手方に有利な条件を飲まざるを得ない状況に陥ったりする可能性があります。
専門家への相談
M&Aは専門家のサポート下で進めるケースが一般的であり、中小企業の場合はM&A仲介会社を利用するケースが多いです。M&A仲介会社は戦略策定や相手先探し、交渉、クロージングまでを一貫支援しています。
相手企業の選定
人材派遣会社がM&Aを進める際、最初のステップとなるのは相手企業の選定です。誤った相手企業を選んでしまうと、M&Aが失敗してしまう可能性があります。適切な相手企業を見極めるためにも、業界動向や財務状況の分析、企業文化の適合性などを総合的に評価しましょう。
基本合意書の締結
相手企業が決まったら、M&Aの基本的な条件について合意し、基本合意書を締結します。この段階では、売却金額や取引スケジュール、従業員の処遇といった具体的な条件について協議します。
デューデリジェンスの実施
M&Aを成功させるためには、事前のデューデリジェンスが不可欠です。財務面に加え、派遣社員の質や契約内容、法的リスクまで徹底的に精査することで、統合後の想定外のトラブルを回避できます。
最終契約の締結とクロージング
デューデリジェンス完了後、最終的な契約条件を決定し、最終契約を締結します。その後、実際の経営権移転や対価の支払いが行われ、M&Aが完了します。
人材派遣会社のM&A売却価格相場
売却価格の算定方法と市場相場について詳しく解説します。
基本的な価格算定方法
人材派遣会社のM&Aの相場は、株式譲渡の場合と事業譲渡の場合によって異なります。株式譲渡の場合は、「時価純資産額+営業利益×2~5年分」が相場です。一方、事業譲渡の場合は、「事業資産+事業利益×2~5年分」が相場となります。
中小企業のM&Aでは、時価純資産にのれん代(年間利益の数年分)を足し合わせた金額を売却価格の相場として考えることが一般的です。この算出方法は「年倍法(年買法)」と呼ばれ、加算するのれん代は通常2〜5年分とされます。
売却価格相場の実情
人材派遣会社のM&A需要は、ますます高くなっています。譲渡価額の相場は中小規模で数千万円〜数億円程度です。許可の有効年数が長い場合や、連絡が取れる登録者数が多い場合には、譲渡価額が大きく上昇するケースがよく見られます。
2025年現在の人材派遣会社の売却価格相場は、主に企業の規模や業種、専門性によって異なりますが、売上高が数億円規模の中小派遣会社の場合、売却価格は数千万円から数億円程度が一般的です。安定した収益を上げている地域密着型企業は、利益の3〜5倍前後の価格で売買されることが多く見られます。
専門性による価格差
ITや医療分野など、専門性の高い派遣サービスを提供している企業は、売却価格が高くなる傾向があります。これらの分野では、利益の5〜7倍、場合によってはそれ以上の価格で売却されることも珍しくありません。こうした分野は専門性の高い派遣社員の需要が強いため、企業価値が相対的に高く評価されやすくなります。
価格に影響する要因
赤字や債務超過、純資産の不足があると相場は下がります。しかし買い手は、規模や財務データに限らず、優秀な従業員や安定した取引先、事業の成長性、ブランド価値といった点も評価します。そのため、これらの経営資源を持っていれば、相場を上回る評価につながります。
人材派遣会社のM&A注意点
M&A実行時に注意すべき重要なポイントを詳しく解説します。
許認可の取り扱い
人材紹介・派遣事業は、法的な許認可を要する事業です。M&Aの手法によっては、その許認可を引き継げない場合があります。株式譲渡の場合は法人格が存続するため、有料職業紹介や労働者派遣などの既存許可をそのまま引き継ぐことができます。これに対し、事業譲渡・合併・会社分割などでは、買収する側がM&Aの以前から労働者派遣事業の許可を有している場合を除き、原則として許可の再取得が必要です。
とりわけ事業譲渡では、買い手側が事前に必要な許可を得られないケースも多く、譲渡後に新たに申請しなければなりません。そのため、許可が下りるまでの「空白期間」に事業が停止するリスクが生じます。
組織文化の違いによる摩擦
M&A後の失敗の原因としてよく挙げられるのが、組織文化の違いによる摩擦です。人材派遣会社は従業員や派遣スタッフとの信頼関係を基盤としているため、組織文化が大きく異なる企業同士では、統合後に摩擦が生じ、業務へ悪影響を及ぼす可能性があります。
人材の流出リスク
M&A後に人材の流出が発生することは、大きなデメリットの一つです。人材派遣会社において、営業担当者や派遣スタッフとの信頼関係は非常に重要です。しかし、M&Aによる統合後の変化に不安を感じた従業員が退職するケースは少なくありません。
簿外債務のリスク
未払保険料や未払い賃金などの簿外債務や、従業員や派遣スタッフとの間にトラブルはないでしょうか。
契約時には、それらの問題が存在しないことを担保する表明保証を盛り込むのが一般的です。万一、後に重大な問題が発覚すれば訴訟に発展する可能性もあるため、事前の確認と開示が不可欠です。
競業避止義務
事業譲渡の場合は、競業避止義務を負う点に注意しましょう。競業避止義務とは、民法で定められている同一市町村および隣接市町村の区域内で、譲渡した日から20年間にわたって同一事業を営んではいけない義務のことです。ただし、実務上は1~5年程度となることがほとんどです。
法的リスクの調査
人材派遣業界は、労働法規や派遣法など複雑な法規制の対象となっています。M&A実行前には、対象企業が適切に法令遵守を行っているか、行政指導を受けた履歴がないかなど、法的リスクを徹底的に調査する必要があります。
人材派遣会社のM&A事例
実際のM&A事例を通じて、成功のパターンと注意点を学びます。
同業間でのM&A事例
2024年10月、オープンアップグループは、アイアールを傘下に持つオフューカスインベスコの全株式を取得し、子会社化しました。オープンアップグループは、メーカー・ゼネコン・IT企業向けのエンジニア派遣を主な事業としています。買い手である同社はエンジニア派遣事業の拡大を目指し、とりわけ建設分野に重点を置いていました。
地域密着型のM&A事例
2024年6月、株式会社ヒューテックは、パーソルグループに参画しました。パーソルグループは、戦略的に重視する九州エリア、特に佐賀・福岡・長崎・熊本において事業基盤を強化する必要がありました。このM&Aでは、ヒューテックが佐賀県内トップシェアを誇る地域基盤に加え、製造・軽作業および事務職分野で培ってきた専門的なノウハウ、顧客基盤が高く評価されました。
専門特化型の事例
コンフィデンス・インターワークスは2025年2月、関西圏においてWeb系クリエイター人材に強みを持つレッツアイの全株式を取得し、連結子会社化すると発表しました。同社はゲーム業界を中心に人材派遣や紹介を展開しており、今回のM&Aにより、Web業界との親和性を活かして人材データベースと顧客網の相互活用を進めます。
異業種との統合事例
2022年1月、ひろぎんホールディングスの子会社であるひろぎんヒューマンリソースが、マイティネットプラスを完全子会社化しました。ひろぎんホールディングスは、広島銀行を中核とするグループを統括する持ち株会社で、本M&Aを足掛かりに人材派遣事業への参入を目指し、業務軸の拡大を図りました。
人材派遣M&Aの成功に向けて
人材派遣業界のM&Aは、労働力不足や技術革新という時代の要請を背景に、今後さらに活発化することが予想されます。成功の鍵は、明確な戦略と専門家のサポート、そして組織文化の融合にあります。
人材派遣業界におけるM&Aを成功させるためには、事前の入念な準備と適切な相手先選定が不可欠です。特に許認可の継承、人材の定着、組織文化の統合といった業界特有の課題に対して、経験豊富な専門家のサポートを受けながら進めることが重要です。
M&Aは単なる規模拡大にとどまらず、競争力強化や経営効率化、そして専門性の向上という多角的なメリットをもたらします。急速な技術進化や労働力不足が進む現代において、M&Aは企業の成長と生き残り戦略において重要な位置を占めています。適切な準備と専門的なサポートのもとで進めることで、有益な結果を生み出すことができるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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