- 作成日 : 2025年9月9日
ゼネコン業界のM&Aとは?メリットや事例を解説
ゼネコン業界は、日本経済の基盤を支える重要な産業でありながら、少子高齢化、インフラ老朽化、デジタル化の遅れなど多くの構造的課題に直面しています。これらの課題解決と競争力強化を目的として、業界内でM&A(企業買収・合併)が活発化しており、業界再編が本格的に始まっています。
この記事では、ゼネコン業界におけるM&Aの現状と今後の展望について、基本概念から実践的なポイントまでを解説します。
目次
ゼネコン業界とは?
ゼネコン業界の基本的な構造と事業特性について詳しく説明します。
ゼネコンの定義と事業領域
ゼネコン(General Contractor)とは、建設工事の元請けとして、設計から施工、完成まで一貫して責任を負う総合建設会社を指します。単純な工事請負業者とは異なり、プロジェクト全体のマネジメント機能を担い、複数の専門工事業者を統括して大規模な建設プロジェクトを完遂させる役割を果たしています。
事業領域は多岐にわたり、土木工事では道路、橋梁、トンネル、ダム、港湾などのインフラ整備を手がけます。建築工事では、オフィスビル、マンション、工場、病院、学校などの建築物の建設を担当します。近年では、これらの従来事業に加えて、不動産開発、海外事業、再生可能エネルギー事業、ICT関連事業なども重要な事業分野となっています。
業界構造と市場規模
日本のゼネコン業界は、大手5社(鹿島建設、清水建設、大成建設、大林組、竹中工務店)がリードする階層構造となっています。市場規模は年間約50兆円で、大手が約30%を占めています。しかし、公共工事の減少と民間投資の変動により、特に地方の中小企業では事業継続が困難になっています。
事業の特徴と課題
ゼネコン事業は長期プロジェクト、大規模資金需要、受注競争の激化という特徴があります。人材面では技能労働者の高齢化と人手不足が深刻で、多重下請け構造による技術継承の課題も顕在化しています。
ゼネコン業界のM&A動向
近年のゼネコン業界におけるM&A活動の状況と業界再編の進行状況について分析します。
M&A件数と規模の推移
ゼネコンを含む建設業界のM&Aは、近年非常に活発な状況が続いています。特に中小企業においては、後継者不足などを背景に事業承継を目的としたM&Aが急増し、2024年度の成約件数は過去最高を記録しました。
一方、大手企業が関わるM&Aでは、2023年度の件数自体は前年比で落ち着きを見せたものの、取引の大型化が顕著です。取引総額は前年度を大幅に上回り、インフラ更新や脱炭素といった新技術の獲得、海外事業強化などを目的とした数十億円から数百億円規模の戦略的な案件が業界再編を牽引しています。
業界再編の進行
大手ゼネコンは専門技術獲得や地域展開強化を目的とした中堅企業買収を推進しています。異業種からの参入も活発化し、IT企業や商社との協業やM&Aが増加しています。地方では企業統合が活発化し、インフラメンテナンス需要への対応が進んでいます。
ゼネコン業界のM&A背景
ゼネコン業界でM&Aが活発化している根本的な要因と外部環境の変化について解説します。
市場環境の構造的変化
日本の建設市場は人口減少により長期的な縮小傾向にあり、新規建設需要の減少に対してインフラ維持・更新需要が増加しています。東京五輪後の建設需要の反動やコロナ禍の影響により、民間投資の偏りや競争環境の変化が生じていると複数報告されています。
デジタル化とイノベーション
建設業界はデジタル化の遅れが指摘されており、BIM、ICT施工、AI・IoT活用などの技術投資が急務となっています。中小企業には投資負担が重く、M&Aによる大手企業との統合で最新技術へのアクセスと投資負担軽減を図る戦略が注目されています。
人材確保と技術継承
技能労働者の高齢化と若年入職者減少により深刻な人手不足が続いています。M&Aによる企業規模拡大で人材育成体制強化、職場環境整備、技術の相互補完を図る動きが加速しています。
ゼネコン業界のM&Aメリット・デメリット
M&Aがもたらす具体的な効果と潜在的なリスクについて詳しく分析します。
買い手企業のメリット
- 専門的な技術や施工ノウハウを短期間で獲得でき、企業の総合力向上につながります。
- これまで進出していなかった地域において、営業基盤と顧客ネットワークを一度に獲得し、地理的な事業拡大を実現できます。
- 経験豊富な技術者や営業担当者をまとめて確保できるため、人材不足問題の解決に貢献します。
- 仕入れ力の向上や管理部門の効率化によるコスト削減が期待でき、大型案件への参画機会も拡大します。
売り手企業のメリット
- 後継者不在といった事業承継問題を解決し、自社の価値を適正に評価されて事業を売却できます。
- 買い手企業の信用力を背景に資金調達力が改善したり、最新技術へのアクセスが容易になったりします。
- 大手企業と連携することで、単独では難しかった大型案件への参画や元請けとしての受注機会が増加します。
- 大手企業の傘下に入ることで、従業員の雇用が安定し、キャリア開発の機会や福利厚生が改善されるメリットがあります。
買い手企業のデメリット・リスク
- 企業文化や仕事の進め方が異なるため、従業員の融和に時間がかかったり、安全・品質管理基準の統一が困難だったりします。
- 買収時点では表面化していない過去の工事の瑕疵や簿外債務など、買収時に明示されない潜在リスクを引き継ぐ可能性があります。
- 長期プロジェクトの将来性評価や売掛金の回収リスクなど、事業価値を適正に評価することが難しい場合があります。
- M&A後の環境変化などを理由に、事業の中核を担う重要な人材(キーパーソン)が離職してしまうリスクがあります。
売り手企業のデメリット・リスク
- 買い手企業の経営方針により、長年培ってきた事業の進め方や企業文化が大幅に変更される可能性があります。
- 本社機能の重複などを理由に、人員整理や望まない配置転換が行われるリスクがあります。
- 交渉のタイミングや市場環境によって企業価値は変動するため、期待していた価格で売却できるとは限りません。
- 経営陣の交代や方針変更などを理由に、長年の取引があった顧客との関係が悪化するリスクがあります。
ゼネコン業界のM&Aを成功させるポイント
M&A取引を成功に導くための重要な要素と実践的な手法について解説します。
戦略的適合性の徹底評価
ゼネコン業界のM&A成功の鍵は戦略的適合性の正確な評価です。技術の相互補完、地域カバレッジ拡大、事業領域多様化などの具体的シナジー効果を明確にする必要があります。安全管理方針、品質管理基準、環境配慮などの経営方針の一致も重要な要素となります。
デューデリジェンスの重点項目
建設業界特有のリスク調査が必要です。財務面では工事進行基準の適正性、完成工事未収入金の回収可能性を詳細検証します。法務面では建設業許可、資格者在籍、労働安全衛生法遵守状況を確認します。事業面では顧客関係の安定性、技術力、人材定着状況を総合評価します。
統合プランの策定と実行
現場作業継続性を確保しながら段階的統合を進めます。管理部門から開始し、安全・品質管理基準の統一を最優先とします。基幹システムの段階的移行計画を策定し、業務への影響を最小限に抑えます。多様なステークホルダーへの適切な説明と理解獲得が不可欠です。
ゼネコン業界のM&A事例
実際のM&A事例を通じて、業界再編の実態と成功要因を分析します。
1. 清水建設による日本道路の完全子会社化(2025年)
スーパーゼネコンの一角である清水建設は、長年連結子会社であった舗装大手「日本道路」に対して株式公開買付け(TOB)を行い、2025年6月に完全子会社化しました。
目的・背景
両社が持つ経営資源を集約して効率化を図るとともに、清水建設が注力する再生可能エネルギー事業などでの連携を強化するため、完全子会社化によって迅速な意思決定が可能な経営体制を構築しました。
この事例のポイント
既に親子関係にあった企業間のM&Aですが、より連携を強固にし、グループとしての総合力を最大限に発揮することで、激化する競争環境を勝ち抜くという強い意志の表れと言えます。
2. 大成建設によるピーエス三菱の子会社化(2023年)
同じくスーパーゼネコンの大成建設は、PC(プレストレスト・コンクリート)技術に強みを持つ中堅ゼネコン「ピーエス三菱」に対してTOBを実施し、2023年末に連結子会社化しました。
目的・背景
今後需要の増加が見込まれるインフラ老朽化対策を見据え、ピーエス三菱が持つ橋梁などのPC構造物に関する高い専門技術と人材を確保し、この分野での競争力を大幅に強化する狙いです。
この事例のポイント
自社にない、あるいは強化したい特定の技術分野を持つ企業をM&Aの対象とする「戦略的買収」の典型例です。インフラ更新という将来の有望市場を見据えた動きと言えます。
3. 大林組による海外企業の買収(米国・水処理事業)
大林組は、2023年末に米国の水処理関連施設建設会社「MWH Constructors」を傘下に持つMWH US Acquisitions, Inc.を買収しました。
目的・背景
国内市場の将来的な縮小を見据えて成長が期待される海外の水ビジネス市場へ本格参入するため、MWH社が持つ水処理施設の設計・施工に関する高度な専門知識や顧客基盤を獲得し、短期間で事業基盤を構築しました。
この事例のポイント
スーパーゼネコンが、国内の建設事業だけでなく、海外の成長分野(特に環境・インフラ関連)へ積極的にM&Aを通じて進出していることを示す事例です。
4. 高松コンストラクショングループによるM&A戦略
高松コンストラクショングループはM&Aを通じて領域補完や企業再生を図ってきた企業の一つです。その中核には、かつて経営危機にあった企業などを統合して誕生した「青木あすなろ建設」の存在があります。
目的・背景
もともと中高層建築に強みを持っていましたが、土木事業を得意とする青木建設などを救済・再生する形で傘下に収め、建築と土木の両分野を手がけることで事業領域を補完し、企業規模を飛躍的に拡大させてきました。
この事例のポイント
異なる強みを持つ企業同士を組み合わせることで大きなシナジー効果を生み出し、非連続な成長を遂げた成功事例です。ゼネコン業界における再編の歴史を象徴するケースの一つです。
ゼネコン業界のM&Aという選択を
この記事では、ゼネコン業界におけるM&Aの動向、メリット、そして具体的な事例について解説しました。
かつてのゼネコン業界では珍しかったM&Aは、今や企業の未来を左右する重要な経営戦略の一つです。後継者不在に悩む企業にとっては「事業承継」の有力な解決策となり、買い手企業にとっては「専門技術や人材の確保」「事業エリアの拡大」といった課題を迅速に解決するための強力な手段となっています。
事例で見たように、近年は単なる規模拡大ではなく、インフラ更新や海外市場といった将来性のある分野を見据え、特定の技術を獲得するための戦略的なM&Aが増加しています。
2025年問題や働き方改革など、業界が大きな変革期を迎える中で、企業の持続的な成長と競争力強化を実現するため、M&Aの重要性は今後ますます高まっていくでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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