
わたしたちBizpedia編集部員がよく耳にする「導入したいのはやまやまだけど、ウエがね……」。
確かに、現場はシステム化の必要性を理解しているのにもかかわらず、トップは「売上を作らない経理システムは後回し」というケースも多いかもしれません。
しかし、それでも、経営に与えるメリットを無視すべきでない。……それが、わたしたちの結論です。
そこで、「どうしたらウエを説得できるか」を、元スーパー経理部長で、現在は『メンターになる人、老害になる人。』(クロスメディア・パブリッシング)などの著作が人気の、前田康二郎さんに聞きました。
第2回のテーマは、「論理を尽くしても納得しようとしないトップをどうするか?」です。
元上場企業経理部長・前田康二郎さんに「極意」を聴く|#01 システム導入を渋る社長をどう説得すべきか?
仕事の相談事をAIに尋ねる社長が増えている
昨年から今年にかけてお会いした社長全員に言われた言葉があります。それは「前田さん、AI、使っていますか」という言葉です。
私自身は、10年近く前からAI系のベンチャー企業の手伝いをしていましたので、その企業の社長やAI開発者の社員の方たちに、AIとはどういうもので、ちなみにそれは経理業務など仕事にどのような影響を及ぼすかということを伺っていました。
なぜかというと、その当時、著名な企業と大学との共同研究によって「AIによって10年後には経理業務がなくなる」という情報が流布されていたからです。それは事実なのだろうか?と思い、それも含めて彼らに質問をし、まとめたものを「AI経理」(日本経済新聞出版)というタイトルで2017年に出版もしました。
改めて今それを読み返してみますと、「AIで10年後に経理業務がなくなる」という2015年の発表当時から10年後、つまり今年になりますが、2025年になっても経理は無人化することはないと本の中で断言しています。
そして、AIが進化すれば多くの社長さんは、人間の部下ではなくAIと会話をより多くするようになり、AIが社長の秘書や経営参謀代わりになっていく可能性がある。なぜならAIは社長が使いこなせばこなすほど、社長が気持ちの良くなる回答ができるようになり、人間の部下のように社長の意見に反対したり、反抗したりすることがありません。
そのため、社長さんのなかには、一日中社長室や自宅にこもってAIと会話をしている人も出てくるかもしれない、ということを書いていました。現実に、今多くの社長さんはAIに非常に関心があり、相棒のように活用している方もたくさんいます。
経理実務とAIとの現時点での相性
社長がAIを活用している一方で、私たち経理は業務にAIを活用しきれているでしょうか。私個人に関していえば、まだ「道半ば」といったところです。というのも、AIは数字の精度においてはまだ実務レベルにまでは課題があると感じるからです。
たとえば、以前仕事で、今日現在のある企業の世界中にある店舗数の情報を知る必要がありました。そこでAIに尋ねたところ「だいたい〇〇店舗くらいですが、正確な数字は企業に問い合わせてください」と回答されました。つまり、その会社のHPにも約何店舗です、と「だいたいの数字」しか掲載されていなかったからです。
結局私は、その会社の本国の英文の開示資料をインターネットで検索をして探し当てて、店舗数が記載されているページを見て集計しました。
このように、数字に関係するリアルな実務レベルにおいては、AIは即戦力というよりは、まだ「アシスタントのさらにアシスタント」レベルくらいのことなら任せられる、というイメージで、今現在の段階では基礎的な情報収集などにおいて活用するなら役立つというレベルが多いと思います。しかし、これからさらに精度は飛躍的に上がっていくことでしょう。
それよりも着目すべきなのは、AIの精度ではなく、AIを「とりあえず試してみたかどうか」という点です。私の周囲の社長さん方は皆さん黒字経営をされており、経理システムをはじめとした主要な基幹システムも既に導入済です。
つまり「最新のデジタルツールで、自分や社員、会社にとって良いものがあれば、どんどん積極的に取り入れたいし、試したい」というマインドセットを皆さんお持ちだということです。
社長の「テクノロジーへの無関心」がもたらす経営リスク
経理環境においては、ここ数年、「インボイス制度」や「電子帳簿保存法」、直近では「郵便料金の値上げ」についてニュースでも話題になりました。そして、さまざまなソフトウェアの販売会社がテレビやインターネットなどで経理システムのCMを大量に流しています。
ここまで日常で目や耳にしておいて、現役の社長さんで「経理システム?興味ないな」という方がいたら、それはかなり「まずい」ことです。少なからず「そうなんだ、じゃあ経理部長に指示していくつかの会社の経理システムをトライアルして比較してみようかな」と思うほうが「一般的」です。
社長さんのなかには、「うちの会社はそこまでしなくてもアナログで対処できる量だから」「経理システムを入れても全自動化して経理社員を0人にできるわけじゃないんだから、今のアナログ体制のままでいい」という方もいらっしゃると思います。
今まではそれでも良かったかもしれませんが、今後はあまりにもデジタル分野に興味関心がなさすぎると、それが企業経営にとって命取りになる可能性があるということなのです。
なぜかというと、テクノロジーの進化のスピードが今後さらに劇的に早くなっていくからです。これが、令和の時代における外的環境の大きな変化の二つ目です。
このことが何を意味するかというと、これまでの時代は、同じ業界に先発企業と後発企業があるとすると、先発企業のほうが圧倒的に有利でした。人脈も取引先も主要どころを抑えていますので、後発企業が参入していくには多くのハードルがありました。
ところが、そこにテクノロジーの進化が入ることで、現場作業や事務処理の一部分などが機械化、自動化されるものが増え、先発企業が100人かけてやってきていたことを後発企業は10人+テクノロジーで同じことができてしまう、ということがこれから飛躍的に増えます。
後発企業になればなるほど少ない固定費、少ない社員数で同等、あるいはそれ以上の利益率を叩き出せることが現実として可能になってくる環境になるということなのです。
今現在、大企業や老舗企業は組織のデジタル化、DX化に取り組んでいる会社も多いことでしょう。しかし、ここ数年内に起業した会社は、そもそも起業時にあらゆる業務に関してデジタルツールでできないかを検討し、どうしてもデジタルツールでは対応できないものだけアナログ対応、という形でスタートします。
つまり大企業や老舗企業のようなデジタル化がなかなか進まないといった課題すら「ない」のです。このような状況下で、社内がアナログ体制のままでありながらデジタルツールに無関心な社長は、その社長のマインドセット自体が、企業にとっての「リスク」そのものになるのです。
今後も年を追うごとに、設立初日から社内体制がデジタル化した会社が増えていきますから、デジタル化した会社同士で請求書や契約書のやりとりなどもスムーズに行い、ビジネス取引そのものがデジタル化した会社を中心に行われていく傾向が高まっていくことでしょう。
たとえ先発企業であっても、デジタル化の波に乗り遅れると、デジタル化されている後発企業が団結してグループを作り一大勢力となり、先発企業を孤立させてしまう、という現象も業界によってはこれから起こっていくのではないでしょうか。
理屈では説得できない社長は「感情」で説得する
デジタル化を遅らせてしまう社長のマインドセットの原因として「私は長年経営者としてやってきたからわかっている」「私はこの業界に何十年もいるのだからわかっている」という過信があります。
これまではそれで乗り切れたかもしれませんが、令和の時代はこれまでの時代と違い、人口が減少し、テクノロジーが飛躍的に進化する時代です。企業を取り巻く外的環境が、これまで社長さんが実績を残してきた時代とは全く前提条件が異なりますので、デジタル化できるものはできるだけ早くしていただきたいのです。
それでもなお「とにかく理屈はそうでも自分は全てわかっているから、まだ経理のシステム化などしなくてもいい」という頑なな社長さんにはどのようにシステム提案をしたらよいでしょうか。
理屈が通用しない場合は、感情の問題になってきます。そのため、私でしたら、社長さんの「負けず嫌い」に着目します。私の知る限り、多くの社長さんは「負けず嫌い」です。そこにフォーカスした提案を行います。
たとえば既にクラウドの経理システムを導入した会社の社長さんは、ゴルフコンペなど、社長同士が集まる場で、ラウンド前後や休憩中などにスマートフォンを随時見ながら経理関係の承認決裁などをされていることでしょう。
そのようなときに、社長同士で「今スマートフォンで何をしていたんですか?」「え、御社まだクラウド化していないの?これ便利だよ。スマートフォンで全て申請も承認もできるから。会社に立ち寄らず直行直帰もできるしね」という会話がなされるはずです。
そして三々五々別れた後、クラウドの経理システムを導入済の社長さんは「〇〇社長はまだ導入してないんだ。デジタルツールに疎いんだな」と、笑みを浮かべていることでしょう。
もし理屈では納得されない社長さんに私が経理システムの導入をご提案するとしたら、
- 社長、他の社長さま方より先に最新の経理システムを導入しましょう。そうすれば社長同士の集まりの場で、スマートフォンでさくさく承認処理ができて、社長が先を行っていると思われますよ。
- 社長、今はAIをはじめデジタルツールにどれだけ社長が詳しいかが重要ですので、最新の経理システムにアップデートしましょう。もし社長同士の交流の場で社長が他の会社の社長にそのことで後塵を拝したら私は悔しいですし、社員としても責任を感じますので。
とご提案します。
社長は「負けず嫌い」な方が多いはずですので、その特性に着目して経理システム導入のプレゼン策を練るのも良いと思います。理屈で訴えて駄目なら情に訴えるのも手数の一つです。
今回はいささかやわらかい事例をご提示しましたが、社長の「最新のツールに対する興味の有無」は、これまで以上に経営実績にも直接影響してくる時代になると私は考えています。
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