• 作成日 : 2025年10月9日

原状回復とは?基本から法律、不動産トラブル防止のポイントまで解説

賃貸借契約におけるトラブルの一つが「原状回復」です。「退去時に高額な費用を請求された」という入居者の声。その一方で、「どこまで請求して良いのか、公正な基準が分からない」という貸主や不動産事業者の悩みも後を絶ちません。

本記事では、入居者にとっては「自身の権利を守り、不要な支払いを防ぐための知識」を、不動産事業者にとっては「貸主・借主双方から信頼される公正な実務知識」を、法律とガイドラインに基づき体系的に解説します。

目次

原状回復とは何をどこまで直すこと?

原状回復とは「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」であると、国土交通省のガイドラインで定義されています。

ただし、何が「通常の使用」にあたるかは、物件の用途(居住用か事業用か)や契約書の特約などによって判断が異なります。

重要なのは、これは決して「入居時と全く同じ新品の状態」に戻すことではない、という点です。民法第621条でも、経年劣化や普通に生活するうえで生じる損耗(通常損耗)は、借主の原状回復義務から除くと定められています。

つまり、借主の責任はあくまで故意・過失等による損傷部分に限られ、物件の価値を高めるようなリフォーム費用などを負担する必要はありません。

出典:民法 | e-Gov 法令検索

原状回復の費用は誰がどこまで負担する?

借主は「故意・過失、善管注意義務違反、通常の使用を超える損耗・毀損」を、貸主は「経年劣化・通常損耗」の費用を負担するのが基本です。

この責任範囲の線引きを正しく理解することが、トラブル回避の第一歩です。原状回復をめぐるトラブルの多くは、「どこまで直すべきか」「誰が費用を負担するのか」という誤解や認識の違いから生じます。ここでは、双方の責任の線引きについて、より詳しく解説します。

原状回復の本来の考え方と誤解されやすいポイント

契約当事者が誤解しやすいのが「原状回復とは、借りた時と全く同じ新品の状態に戻すこと」という考えですが、これは間違いです。例えば、太陽の光で壁紙が日焼けしたり、冷蔵庫の裏が黒ずんだりするのは、普通に生活していれば起こりうることです。こうした経年劣化や通常損耗まで元に戻す必要はなく、その修繕費用は貸主が負担すべきものとされています。

借主と貸主における責任分担の具体的基準

原状回復の責任範囲は、シンプルに分けると次のようになります。まず借主が責任を負うのは、「故意・過失、善管注意義務違反、通常の使用を超える損耗・毀損」です。例えば、飲み物をこぼしてできたシミや、壁に開けた大きな釘穴などがこれにあたります。

一方、貸主が責任を負うのは、先述した「経年劣化・通常損耗」です。この線引きを正確に理解することが、すべての基本となります。

原状回復の根拠となる法律やガイドラインは?

原状回復のルールを定める中心的な根拠は、2020年4月に改正された民法と、実務上の指針となる国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(以下、ガイドライン)」の2つです。

また、契約書に記載された特約の有効性を判断した過去の裁判例や、消費者を一方的に不利な契約から保護する「消費者契約法」なども、最終的な負担割合に大きく影響します。

トラブルの際は個人の感覚ではなく、これら法律と公的な指針に基づいて負担割合が判断されるため、必ず押さえておくべき原則と言えます。ここでは、その法的な背景と具体的な基準について解説します。

出典:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン (再改訂版)|国土交通省

改正民法における原状回復の位置づけ

2020年4月1日の民法改正により、民法第621条に「賃借人は、賃貸物の通常の使用・収益による損耗や経年変化については原状回復義務を負わない」ことが明文で規定されました。これにより、従来は判例・実務の蓄積で運用されてきた考え方が条文化され、通常損耗・経年劣化は借主負担に含めないという原則が法的に明確化されました。

国交省ガイドラインという実務上の指針

このガイドラインは、法的拘束力を持つ規範ではなく、実務の参考資料です。内容は、判例や取引実務を踏まえた基本的な考え方と典型事例、算定モデルを示すものであり、一律の負担割合や金額を定めるものではありません。

紛争時には、裁判所やあっせん・調停等で参照されることがある指針で、判断の一資料として位置づけられます。

実務では、不動産事業者が契約時や退去時にガイドラインの考え方を根拠として説明し、契約の特約の有効性・現地状況・写真や見積明細等の証拠とあわせて個別に合意形成を図るのが基本です。

貸主と借主の負担範囲の具体的な線引き

ガイドラインでは、どちらの負担になるかの具体例が豊富に示されています。

例えば、画鋲の穴(下地ボードの交換が不要な程度)や家具の設置による床のへこみ、日照によるクロスの変色などは「通常損耗・経年劣化」として貸主負担とされます。

一方で、タバコのヤニ汚れ、ペットによる傷や臭い、引越作業でついた傷などは「借主の故意・過失等」にあたるため、借主負担と判断されるのが一般的です。

原状回復の費用負担で発生するトラブルとは?

費用の負担者は、損傷の原因が「日常生活で生じる自然な劣化(通常損耗・経年変化)」なのか、あるいは「借主の故意・過失、善管注意義務違反、通常の使用を超える使い方」なのかで原則が分かれます。この基本原則を、現場で判断に迷いやすい具体的なケースに当てはめて解説します。

ケース1. クロス(壁紙)の汚れや日焼け

テレビ裏の電気ヤケや、日光による日焼け・変色は経年劣化とみなされ、貸主負担となります。画鋲の穴も、ポスター等を貼るための通常の使用範囲として貸主負担とされるのが一般的です。しかし、子供の落書きや、下地ボードの交換が必要なほどの大きな釘穴は、通常の使用を超えるものとして借主の負担となります。

ガイドラインでは、負担額を算定する際の考え方としてクロスの耐用年数を目安6年とする逓減按分(減価償却)が示されています。ただし、これは一律適用される法定ルールではなくモデルケースです。

ケース2. 床の傷や家具の設置跡

ベッドやソファ、冷蔵庫などを設置したことによる床のへこみや跡は、生活する上で避けられない「通常損耗」として扱われ、貸主の負担となります。しかし、キャスター付きの椅子などで床に広範囲の傷をつけたり、何か重いものを落としてフローリングをえぐってしまったりした場合は、借主の過失とみなされ、その補修費用は借主負担となる可能性が高いです。

ケース3. タバコやペットによる特有の損耗

室内での喫煙によるヤニ汚れ・臭気の付着は、通常の使用による汚れには当たりません。そのため、汚損箇所の修繕費・清掃費は借主負担になり得ます。同様に、ペットによる柱や建具の傷、床のシミ、強い臭気なども通常使用を超える損耗として借主負担になり得ます。

ケース4. 退去時のハウスクリーニング費用

借主が一般的な清掃(掃除機がけや拭き掃除など)を済ませて退去する場合、専門業者による追加のハウスクリーニング費用は、原則として貸主が負担すべきものとされています。

ただし、賃貸借契約書に「退去時ハウスクリーニング代は借主負担とする」という特約が明記されており、その金額が妥当で、契約時に借主がその内容を十分に理解・合意している場合は、有効と判断されることがあります。

【入居者・事業者別】退去時の立ち会いを成功させるには?

立ち会いの目的は、貸主・借主・事業者の三者が「室内の状況」と「費用負担の範囲」について共通認識を持ち、書面で合意することです。感情的な対立を避け、客観的な事実確認に徹することが成功の鍵です。

以下では、それぞれの立場から見た当日のポイントを解説します。

【入居者(借主)向け】当日のチェックポイントと心構え

入居時の写真やチェックリスト、賃貸借契約書を持参し、指摘された傷が故意・過失等によるものか、通常損耗かをその場で冷静に主張することが重要です。

納得できない合意書には安易に署名してはいけません。

  • 当日の流れ:担当者と一緒に室内を回り、指摘箇所を確認する。
  • 主張のポイント:「この傷は入居時からありました」「この凹みは家具を置いていただけで、通常損耗の範囲だと思います」など、具体的に主張する。
  • 注意点:その場で結論が出ない場合は「一度持ち帰って検討します」と伝え、安易な即決を避ける勇気も必要。

【不動産事業者向け】円滑な進行と合意形成のポイント

中立的な進行役として、感情的になっている入居者の話を傾聴しつつ、ガイドラインを基に客観的な判断基準を示すことが求められます。

目標は「その場での円満な合意形成」であり、一方的な通告はさらなるトラブルの元です。

  • 事前準備:入居時の写真や過去の修繕履歴などを準備し、スムーズに事実確認ができるようにしておく。
  • 進行のコツ:まず入居者に話してもらい、不満や言い分を受け止める姿勢を見せる。高圧的な態度は厳禁。
  • 合意形成のポイント:ガイドラインの該当箇所を示しながら、「このケースでは一般的にこう判断されます」と説明し、納得を促す。合意した内容は必ず「退去時確認書」などの書面に具体的に記載し、署名をもらう。

原状回復費用の内訳と精算方法はどうなっている?

借主が負担する原状回復費用は、預けた敷金から差し引かれる形で精算されます。敷金で足りない場合は追加で支払いが必要です。

ここでは費用の内訳や敷金との関係について、より詳しく解説します。以下の費用はあくまで一般的な目安であり、その金額を保証するものではありません。地域、物件のグレード、工事の範囲、施工する業者によって費用は大きく変動します。

不動産事業者(または貸主)は、正確な金額を算出するために必ず複数の業者から見積もりを取得する必要があります。また、入居者(借主)は、提示された見積もりが妥当か判断する上で、これらの相場観を理解しておくことが重要です。

全体費用の目安(間取り別)

借主負担分の費用は、損傷の度合いによって大きく変動しますが、特に大きな問題がない場合の一般的な目安は以下の通りです。

  • 1K・ワンルーム:2万円~4万円程度
  • 1LDK:4万円~6万円程度
  • 2LDK:6万円~8万円程度

上記は参考値で、公的基準ではありません。最終額は明細付き見積(部位・数量・単価・作業内容)で個別確定します。借主の故意・過失等による大きな損傷がある場合は、この限りではありません。

主な工事費用の目安(作業内容別)

費用の内訳を知ることは、見積書の妥当性を判断する上で重要です。以下に主な工事内容ごとの費用目安を挙げます。

  • クロス(壁紙)の張替え:1㎡あたり 1,000円 ~ 1,500円程度
    • 一般的な量産品の場合の目安です。
  • フローリングの部分補修:1箇所あたり 2万円 ~ 5万円程度
    • 小さな傷やへこみのリペアを想定しています。
  • フローリングの張替え:12,000円/㎡前後~(張替え)/9,000円/㎡前後~(上張り)
    • 広範囲の損傷で、部分補修が不可能な場合の目安です。
  • ハウスクリーニング:1部屋あたり 2.5万円 ~ 5万円程度
    • 間取りや汚れ具合によって変動します。

上記は参考値で、公的基準ではありません。使用する材料のグレードや、物件の状況、依頼する業者によって費用は変動します。

費用精算の仕組み(敷金との関係)

退去時に確定した原状回復費用のうち、借主が負担すべき金額は、入居時に預けた敷金から差し引かれます。これを「相殺」と呼びます。

例えば、敷金を10万円預けていて、借主負担の原状回復費用が3万円だった場合、差額の7万円が借主に返還されます。もし費用が敷金を超えた場合は、差額分を追加で請求されることになります。

原状回復トラブルを未然に防ぐ不動産事業者の契約実務とは?

不動産事業者としての真価が問われるのが、トラブルの未然防止です。

貸主・借主双方からの信頼を勝ち取るためには「①争いの種を生まない契約書作成」「②認識のズレをなくす重要事項説明」「③証拠に基づく円満な退去立会い」の3ステップを徹底することが不可欠です。

問題発生後の火消し役ではなく、そもそも火種を生まない仕組みを作ることこそ、プロフェッショナルとしての最も重要な責務です。

ステップ1. 契約書における原状回復条件の明記

契約書には、原状回復の原則を明記することが基本です。特に、ハウスクリーニング代や鍵交換費用などを借主負担とする「特約」を設ける場合は注意が必要です。

過去の裁判例などから、特約が有効と認められるには、主に以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。

  1. 必要性・合理性
    なぜ特約が必要かの客観的・合理的理由があり、金額が相場等に照らして暴利的でないこと
  2. 借主の具体的認識
    通常損耗も負担対象に含める趣旨ならその旨を明示し、対象範囲・金額・作業内容を具体例付きで説明して、借主が何を・どれだけ負担するのかを理解できるようにすること
  3. 明確な同意(真意に基づく合意)
    重要事項説明や契約書面上で明確に特約を独立記載し、口頭+書面で丁寧に説明したうえで、借主が自署・押印等により明確な同意を示していること

ステップ2. 重要事項説明での丁寧な解説

重要事項説明は、トラブル防止の最大のチャンスです。契約書を読み上げるだけでなく、国土交通省のガイドラインを示しながら、「普通に使っていて古くなった部分の修理代は貸主様の負担ですが、借主様が誤って壊してしまった部分の修理代はご負担いただきます」といったように、平易な言葉で負担の線引きを丁寧に説明することが、後のトラブルを大きく減らします。

ステップ3. 入居時チェックリストと写真記録の活用

不動産事業者が主体となって入居時の室内状況チェックリストと写真撮影を促しましょう。「入居時点での状態」という客観的な証拠を貸主・借主双方で共有させることが、退去時の不毛な論争を防ぎます。

壁の傷や床の汚れなど、入居時点であったものをリスト化し、日付入りの写真と共に保管しておけば、退去時の立会いで「これは元からあった傷か、新たについた傷か」という不毛な争いを避けることができます。

近年の原状回復をめぐる動向で、特に注意すべき点は?

近年では「消費者保護の観点」がより重視される傾向にあり、借主に一方的に不利益な特約は無効とされるケースがあります。また、敷金ゼロ物件の費用回収リスクも実務上の注意点です。 社会の変化に伴い、裁判所の判断傾向も変わってきています。ここでは、こうした最新動向を詳しく解説します。

敷金ゼロ物件における原状回復費用の扱い

敷金ゼロ物件の場合、退去時に借主負担の原状回復費用が発生すれば、それを別途請求することになります。敷金という担保がないため、貸主にとっては費用の回収リスクが高まります。

そのため、多くの家賃保証会社が原状回復費用を保証対象に含む商品を提供していますが、その保証範囲や上限額、利用条件はプランによって大きく異なるため、事前の確認が不可欠です。

原状回復費用をめぐる裁判例・判例の傾向

近年の裁判では、消費者保護の観点が重視される傾向が強まっています。契約書に特約があったとしても、その内容がガイドラインの考え方から大きく逸脱し、借主に一方的に不利益なものであると判断された場合、消費者契約法に基づき無効とされる裁判例も見られます。

契約書の有効性を過信せず、常に公正な取引を心がける姿勢が重要です。

保証会社を利用した場合の費用精算の流れ

家賃保証会社が原状回復費用を保証する場合、まず貸主と借主間で負担額を確定させ、その請求を保証会社に行うのが一般的な流れです。

保証会社は契約内容に基づき貸主に費用を支払い(代位弁済)、その後、支払った分を借主に請求(求償)します。ただし、これは一般的な流れの一例であり、具体的な手続きや保証の上限額は保証会社との契約内容によって異なりますので、必ず契約を確認する必要があります。

不動産事業者としては、こうした流れを理解し、関係者間のスムーズな連携をサポートする役割が求められます。

原状回復の正しい理解がトラブル防止につながる

この記事では、原状回復の基本から法律、実務上のポイントまでを網羅的に解説してきました。原状回復の本質は、「借主の権利」と「貸主の資産価値」を守る、その公正なバランスの上に成り立っています。

入居者は、自身の権利と義務について正しい知識を持つことで、不当な請求を防ぎ、貸主と対等な立場で話し合うための準備ができます。そして、不動産事業者は、一方の利益に偏ることなく、法律とガイドラインという公正な物差しを基に両者の調整役を果たすことで、貸主・借主双方から揺るぎない信頼を得ることができます。

知識を持った入居者と、公正な不動産事業者が協力し合うことこそが、原状回復をめぐる不要なトラブルを防ぐための最も確実な方法です。


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