- 作成日 : 2025年9月9日
税理士事務所のM&Aとは?動向やメリットを解説
税理士事務所のM&Aは、後継者不足や技術革新などのさまざまな要因により、経営環境において大きな変化に直面している中で、事業継続の重要な手段として注目されています。
税理士事務所・会計事務所業界におけるM&Aは年々活発化しており、業界全体にも大きな影響を与えています。この記事では、税理士事務所のM&Aについて解説します。
目次
税理士事務所とは?
税理士事務所について正しく理解することが、M&Aを検討する第一歩となります。
税理士事務所の定義と特徴
税理士事務所とは「税務代理、税務書類の作成及び税務相談などの業務を行う事業所」をいいます。税理士法第40条2項において「税理士が設けなければならない事務所は、税理士事務所と称する」と定められています。
つまり、税理士事務所は税理士が個人事業主として開業した事務所です。これに対し、複数の税理士(2名以上)が共同で設立し、組織的に業務を行う法人を「税理士法人」と呼びます。
税理士事務所と会計事務所の違い
よく混同される税理士事務所と会計事務所について、その違いを明確にしておきましょう。
税理士事務所は、税理士法第40条で正式に定義されている名称です。一方で会計事務所は、税理士法などの法律に明記された用語ではありません。会計や税務に関するサービスを提供する事業所の総称として使われるのが一般的です。
実務上は、税理士業務(税金に関するサービス)を中心に行う場合は「税理士事務所」、税理士業務にとどまらず、会計やコンサルティングなど幅広いサービスを提供する場合には、「会計事務所」と呼ばれることもあります。
業界の現状
総務省・経済産業省の経済センサス(2021年)によると、会計事務所の総数は30,840で、このうち税理士事務所が28,244、公認会計士事務所が2,596となっています。
税理士の登録者数は81,532人(2025年6月時点)と、この20年間で約20%増加しました。税理士法人数も毎年増えており、税理士業界は過当競争気味であるといえます。
出典:経済産業省|令和3年経済センサス活動調査、日本税理士会連合会|税理士登録者数
税理士事務所のM&A動向
税理士事務所業界におけるM&Aの現状と背景について詳しく見ていきましょう。
高齢化による後継者不足
税理士業界の高齢化は深刻な課題です。日本税理士会連合会が2024年3月に公表した「第7回税理士実態調査」によると、回答した税理士のうち60歳以上の割合は53.6%に達しており、10年前の調査(53.8%)から引き続き高い水準を維持しています。。
税理士は資格保有者の約半数が60歳以上とされ、高齢化が著しく進んでいます。その背景には、国税専門官としての経験があれば退職後に税理士登録が可能なため、定年後に登録する人が多いことが挙げられます。
M&Aへの認識変化
税理士事務所業界におけるM&A(合併・買収)の需要が拡大している背景には、M&Aに対する認知度の向上も大きく影響しています。以前は、M&Aと言えば大企業間の大規模な取引が主流でしたが、現在は売上高1千万円から1億円規模の小規模な案件が主流となっています。
税理士事務所のM&Aが当たり前の時代になりました。税理士業界は同業者の仲が良いので、かつては友人に顧問先を振り分けて引退(廃業)していました。しかしM&Aが浸透するにつれて、税理士事務所も「譲渡できる」ことが口コミで知れるようになると、廃業ではなくM&Aを選択する経営者も増えてきました。
IT技術の影響
業界再編を促進する要因として、IT技術の進歩も見逃せません。AI(人工知能)やIT技術の進歩は、税理士事務所の業務に大きな変化をもたらしています。これらの技術により、税務申告や会計業務といった従来税理士が担ってきた作業の一部を自動化し、効率化することが可能になります。
一方で、税理士にとっては新たな機会が生まれることを意味します。AIやIT技術を取り入れることで、税理士はAIでは提供が難しいより専門的で付加価値の高いサービス(税務コンサルティングや経営相談、顧客の紹介など)に集中できるようになります。
市場規模の推移
総務省によると会計事務所の売上(収入)金額は2012年で1兆2,830億円、2016年で1兆5,328億円、2021年で1兆9,023億円と増加傾向です。市場は拡大しているように見えますが、顧問先となる中小企業などは減少しています。
税理士事務所のM&Aメリット
M&Aを実施することで得られるメリットを、譲渡側と譲受側に分けて詳しく解説します。
譲渡側(売却側)のメリット
後継者問題の解決
最も重要なメリットは後継者問題の解決です。昨今は会計事務所の「高齢化」と「後継者不足」が問題となっています。日本税理士会連合会が行った「第7回税理士実態調査」によると、50代以上の税理士が全体の75.1%を占めているのが現状です。
M&Aにより、事業を継続させながら円滑な事業承継を実現できます。
創業者利益の獲得
M&Aが成立した場合は、創業者利益を得ることで、引退後やセカンドライフの資金とすることができます。長年培った事業価値を適切に評価してもらい、資金を得られることは大きなメリットです。
経営安定化と従業員の待遇向上
譲受側が大手税理士法人の場合はグループの傘下に入ることができるため、経営が安定する可能性があります。経営基盤が安定することで、取引先にもより安心してもらえるでしょう。
従業員にとっても、税理士法人の傘下に入ったことで福利厚生などが充実し、よりよい待遇で働けるようになるという可能性があります。
譲受側(買収側)のメリット
事業拡大の効率化
大手・中堅事務所とグループを形成することにより、関与先にワンストップサービスを提供できるようになります。
慢性的な人材不足を抱える会計事務所にとって、税理士資格保有者や熟練スタッフを即戦力として受け入れられる点は大きなメリットです。専門性が高い人材を中途採用でそろえるより、M&Aの方がコスト効率に優れます。
サービス領域の拡大
譲渡する事務所に特有の強み(経営分析やコンサルティングノウハウなど)があれば、それを取り込むことでサービスラインが拡大します。M&Aで得た新サービスを既存クライアントへ展開すれば、クロスセル機会が広がり売上高を押し上げられます。
地域展開の促進
複数拠点を有することで人材の配置転換が柔軟にでき、繁忙期の負荷分散も実現できます。地域密着型の事務所を買収することで、その地域でのネットワークと顧客基盤を一気に獲得できます。
税理士事務所のM&A注意点
M&Aを成功させるために押さえておくべき重要な注意点を説明します。
顧問契約の解消リスク
最も重要な注意点は、顧問先との契約解消リスクです。会計事務所や税理士事務所のM&Aで注意しないといけないことのひとつが、顧問先との契約が解消されるリスクです。譲渡先の会計事務所や税理士事務所との契約を嫌がり、顧問先が契約を解除してしまうリスクがあります。
対策方法
代表税理士がM&Aで事業を譲渡したあと、譲渡先にしばらく籍を置いて、顧問先にM&Aについて丁寧に説明することで契約解消のリスクを減らせます。会計事務所・税理士事務所のM&Aでは、こうした事業・経営の統合プロセス(PMI)を設けることが一般的です。
M&Aにより契約主体が変わる場合、顧問契約は一旦解除して譲受企業と再契約する流れになります。この時期に料金改定や担当者交代があると顧客満足度が下がりやすいため、事前にメリットを丁寧に説明し、書面と面談の両面でフォローすることが重要です。
従業員の離職リスク
会計事務所業界は今後、人材不足に陥る可能性が高く、優秀な人材は争奪戦となるでしょう。したがってM&Aにより、職場環境や労働条件が変化した場合、譲渡側の従業員が退職するなど人材の流出が懸念されます。
法的制約と規制
税理士事務所は税理士資格を持つ者しか開業できません。当然ながら売却先の受け皿も税理士の有資格者のみとなります。しかも個人の税理士は複数の税理士事務所を設置できないという規定があります(税理士法第40条)。
契約の内容にもよりますが、基本的にM&Aを行うと競業避止義務違反となるため新たに個人事務所を開いて税務業務を行うことはできません。
スキーム選択の制約
個人税理士が営む会計事務所は法人格を持たないため、株式譲渡によるM&Aはできません。そのため、多くのケースでは「事業譲渡」というスキームによって事業が承継されます。
時間的制約
M&Aは、アドバイザーへの相談からクロージングまで長い時間を要します。相手先がすぐに見つかる場合もありますが、数年かかるケースも少なくありません。
後継者がいない・引退する年齢を決めているなど、今後M&Aを希望している場合は、早い時期からM&Aの準備を進めましょう。
評価額に影響する要因
同じ売上高であっても利益率によって算定結果は異なります。例えば、売上高が同じ5,000万円の事務所でも、A事務所が顧問先160社・職員8名、B事務所が顧問先80社・職員5名であれば、利益率の高いB事務所の方が評価額が高くなる可能性があります。
さらに、年間売上が同じでも、その内訳がすべてルーチン業務による固定報酬なのか、相続など一時的なコンサルティング報酬を含むのかによって、算定結果は変動します。
税理士事務所M&Aの成功ポイント
税理士事務所のM&Aは、税理士業界は再編の真っ只中にあり、買い手意欲が旺盛な業界のひとつですという状況にあります。
売却価格の相場
税理士事務所の売却価格は、利益率や顧客層、将来性など多くの要因で決まります。M&A仲介会社などからは、売上高の0.5倍から1.5倍程度が営業権の目安と言われることがありますが、これはあくまで一般的な指標に過ぎません。収益性の高い事務所では、より高い評価額で取引されるケースもありますが、個別の事情により大きく変動するため、専門家による適切な企業価値評価が不可欠です。
適切なタイミング
足元では大手会計事務所において、優秀で経験のある税理士や公認会計士を確保して顧問先を広げたいという根強いニーズがあります。こうしたニーズがあるうちに、事業を継続する選択肢の一つとして、M&Aを検討してみていただければと思います。
専門家の活用
税理士事務所のM&Aは、業界特有の規制や慣行があるため、経験豊富な専門家のサポートが不可欠です。M&A仲介会社や税理士事務所に精通したアドバイザーに相談し、適切な戦略を立てることが成功への近道となります。
税理士事務所のM&Aは、単なる事業売却ではなく、これまで築いてきた顧問先との関係や従業員の雇用を守りながら、事業の発展と継続を実現する重要な選択肢です。十分な準備と専門的なサポートのもとで進めることで、すべての関係者にとって有益な結果を生み出すことができるでしょう。
税理士事務所のM&Aを成功させるために
税理士業界を取り巻く環境が大きく変化する今、M&Aは喫緊の課題である「事業承継」と、持続的な「成長戦略」を同時に実現する強力な切り札となっています。
譲渡を考える事務所様にとっては、従業員の雇用と顧客との関係性を維持し、事業の価値が最も高いタイミングで次世代へバトンを渡す好機です。一方で譲受を考える事務所様は、時間のかかる採用や新規開拓を経ずに、即戦力となる人材と安定した収益基盤を手に入れることができます。
このようなWin-Winの関係を実現するためには、自事務所の強みや価値を正しく把握し、信頼できる専門家と共に余裕を持ったスケジュールで準備を進めることが不可欠です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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