• 作成日 : 2025年8月19日

ホテル・旅館業界のM&A事例や最新動向を解説

後継者不足や経営環境の変化に直面するホテル・旅館業界において、M&A(合併・買収)は事業の存続と成長を実現する有力な選択肢として注目を集めています。

この記事では、ホテル・旅館業界のM&Aに関する最新の動向から、具体的なメリット、手続きの流れ、そして実際の成功事例までを詳しく解説します。

目次

ホテル・旅館業界におけるM&A概要

M&Aとは、企業の合併や買収を意味する言葉です。具体的には、あるホテル・旅館業界が他の企業に経営権を譲渡したり、複数のホテル・旅館業界が一つに統合されたりするケースが該当します。

近年、多くのホテル・旅館業界経営者が後継者を見つけられずにいる問題や、施設の老朽化、経営ノウハウの陳腐化といった課題を抱えています。こうした状況を打開し、事業を未来へつなぐための経営戦略として、M&Aが積極的に活用されるようになりました。買い手にとっても、歴史あるホテル・旅館業界のブランドや顧客基盤を一度に獲得できるため、魅力的な手法と認識されています。

ホテル・旅館業界におけるM&A最新動向

ホテル・旅館業界におけるM&Aはコロナ禍を経てV字回復を遂げたインバウンド需要と、根強く残る業界構造の課題が交錯し、大手資本から異業種まで多様なプレーヤーが関与するダイナミックな再編期に突入しています。

ここでは、最新の動向を3つの主要な潮流に分けて解説します。

1. インバウンド需要と事業承継問題

M&Aが活発化している最大の要因は、記録的な円安を背景としたインバウンド(訪日外国人)需要の完全な回復と拡大です。特に、欧米豪からの観光客を中心に宿泊単価(ADR)が高騰しており、ホテル・旅館業界の収益性が大幅に改善しました。これにより、施設の資産価値そのものが再評価され、国内外の投資ファンドや大手企業にとって魅力的な投資対象となっています。

一方で、地方の中小規模なホテル・旅館では、経営者の高齢化と後継者不在という深刻な課題が依然として残っています。高いポテンシャルを持ちながらも、単独での存続が難しい施設がM&A市場に出てくるケースが増加しており、これがM&Aの件数を押し上げるもう一つの大きな要因となっています。

2. 大手資本と異業種からの参入

現在のM&A市場では、買い手(譲受側)の顔ぶれが多様化しています。

大手ホテルグループ・投資ファンド

大手ホテルチェーンや不動産投資ファンドは、潤沢な資金力を背景に、地方の優良なホテルや老舗ホテル・旅館業界を積極的に取得しています。狙いは、展開エリアの拡大、ブランドの多様化、そして取得した施設をリノベーションやリブランドによって価値向上(バリューアップ)させることです。例えば、老朽化した施設を現代的なライフスタイルホテルに転換したり、国際的なホテルブランドを誘致して再開業させたりする動きが目立ちます。

異業種からの参入

不動産業や総合通販、IT企業といった異業種からの参入も活発です。これらの企業は、自社の持つノウハウ(不動産開発、顧客基盤、デジタル技術など)をホテル運営に掛け合わせることで、新たな価値創造を目指しています。例えば、IT企業がホテル・旅館業界を買収し、徹底したDX(デジタルトランスフォーメーション)化によって運営効率を高めるといった事例も見られます。

3. 高付加価値化と万博効果

最新の動向として、特に注目されるのが以下の2点です。

「高付加価値化」へのシフト

単に宿泊するだけの施設から、その土地ならではの文化や自然を体験できる「デスティネーション(目的地)」となることを目指す動きが加速しています。M&Aを通じて取得した施設に大規模な投資を行い、ユニークな食体験やウェルネスプログラムを提供する高級リゾートへ転換する事例が増えています。これは、宿泊単価をさらに引き上げ、収益性を最大化する戦略です。

大阪・関西万博を見据えた動き

2025年の大阪・関西万博は、関西圏のホテル市場に大きな影響を与えています。万博開催を見据え、会場周辺や主要な観光地へのアクセスが良いホテルのM&Aが活発化しました。万博後も見込まれるインバウンド需要の定着を狙い、経営基盤を強化しようとする動きが続いています。

現在のホテル・ホテル・旅館業界のM&Aは、インバウンド需要という追い風と、事業承継という構造的な課題を背景に、業界再編の大きな原動力となっています。今後は、単なる施設の売買にとどまらず、いかにして宿泊以外の付加価値を創造し、持続的な成長を実現できるかが、M&Aの成否を分けるでしょう。

ホテル・旅館業界におけるM&Aのメリット・デメリット

M&Aは、関係者それぞれに異なる利点と注意点をもたらします。売り手である譲渡側は事業の継続や創業者利益の確保が期待できる一方、買い手である譲受側は迅速な事業拡大が見込めます。ここでは、それぞれの立場から見たメリットと、双方が留意すべきリスクについて解説します。

売り手(譲渡側)のメリット

売り手にとって最大の利点は、後継者が不在でもホテル・旅館事業を存続させられることです。長年守り続けてきた屋号や伝統、そして何より従業員の雇用を維持できる可能性が高まります。

また、オーナー経営者は株式や事業を売却することで、引退後の生活資金となる創業者利益を確保できます。個人で金融機関から借り入れを行っている場合、その個人保証を解消できる点も大きな安心材料です。さらに、大手企業の傘下に入ることで、自社だけでは難しかった大規模な改修や新たな設備投資が実現し、ホテル・旅館業界がさらに発展していく道筋をつけられます。

買い手(譲受側)のメリット

買い手は、M&Aを通じてホテル・旅館業界へ迅速に参入できます。土地の確保から建物の建設、許認可の取得といった煩雑な手続きを経ることなく、すでに運営されている施設と従業員、顧客基盤をまとめて引き継ぐことができます。

これにより、事業開始までの時間とコストを大幅に削減可能です。特に、地域に根差した歴史とブランドを持つホテル・旅館業界を取得すれば、その知名度や信頼性を活用して安定した集客が期待できます。既存の事業と組み合わせることで、新たな顧客層の開拓やサービス向上といった相乗効果を生み出し、企業全体の競争力を高めることにもつながります。

双方にとっての注意点・リスク

M&Aには双方にとってのリスクも伴います。売り手は、希望する条件(特に売却価格や従業員の待遇)で交渉がまとまるとは限らない点を理解しておく必要があります。買い手にとっては、財務諸表に現れない簿外債務や、将来発生しうる訴訟リスクを引き継いでしまう恐れがあります。

また、M&A後に従業員のモチベーションが低下したり、企業文化の違いから組織がうまく融合せず、期待した相乗効果が得られなかったりするケースも少なくありません。こうしたリスクを回避するためには、契約前の徹底した調査と、M&A後の丁寧な経営統合が欠かせません。

ホテル・旅館業界におけるM&Aの流れ

ホテル・旅館業界のM&Aは、思い立ってすぐに成立するものではなく、一連の段階を踏んで慎重に進められます。検討の開始から専門家への相談、候補先との交渉、そして最終的な契約締結と経営の引継ぎまで、それぞれの段階で押さえるべき点があります。ここでは、その標準的な流れを4つの区分に分けて説明します。

M&Aの検討から専門家への相談まで進める

最初の段階は、自社の経営状況や将来性を客観的に分析し、M&Aの目的を明確にすることです。後継者問題の解決なのか、事業の成長戦略なのか、目的によって最適な相手や進め方が異なります。

目的が定まったら、秘密保持契約を締結した上で、M&A仲介会社や金融機関といった専門家へ相談します。この時、自社の強みや課題、希望する条件などを正直に伝えることで、その後の手続きが円滑に進みます。専門家は、企業価値の概算評価や、今後のスケジュールについて助言を提供します。

マッチングからトップ面談まで交渉する

専門家は、売り手の希望条件に基づき、M&Aの候補となる買い手を探し出します。この際、企業名は伏せた「ノンネームシート」と呼ばれる概要書で打診を行い、関心を示した企業とのみ具体的な情報交換へと進みます。

双方の意向が一致した場合には、経営者同士が直接対話し、経営方針やビジョンを共有する「トップ面談」が行われます。この面談は、お互いの人柄や価値観を理解し、信頼関係を築くための貴重な機会です。ここで良好な関係を築けるかどうかが、その後の交渉に大きく影響します。

基本合意とデューデリジェンスを実施する

トップ面談を経て、双方がM&Aに前向きな意思を持つと、主要な条件(譲渡価格、スケジュール、従業員の処遇など)を定めた「基本合意書」を締結します。ただし、この合意に法的な拘束力は通常ありません。

合意後、買い手は売り手企業の経営実態や潜在的なリスクを詳細に調査する「デューデリジェンス(買収監査)」を実施します。財務、法務、税務、人事など多岐にわたる専門的な調査が行われ、その結果は最終的な契約条件の交渉材料となります。

最終契約から経営の引継ぎまでを完了させる

デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な交渉を行い、双方がすべての条件に合意すれば「最終契約書」を締結します。この契約をもって、経営権が売り手から買い手へ正式に移転します。

契約締結後は、クロージング(決済と株主名簿の書き換えなど)を経て、M&Aの手続きは完了です。しかし、本当の成功はここから始まります。従業員や取引先への説明を丁寧に行い、円滑な経営の引継ぎ(PMI:Post-Merger Integration)を進めることで、M&Aで目指した効果を最大化できます。

ホテル・旅館業界同士のM&A事例

業界内のM&Aは、運営ノウハウの共有、ブランド力の強化、展開エリアの拡大などを目的として活発に行われています。

大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツによる「旧 星野リゾート 界 川治」のM&A

【買い手】大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ株式会社

【売り手】星野リゾート・リート投資法人

2024年、栃木県川治温泉にあった「星野リゾート 界 川治」を大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツが取得しました。星野リゾートが展開する温泉ホテル・旅館業界ブランド「界」の一つでしたが、ポートフォリオの見直しにより売却されました。全国で温泉リゾートを展開する大江戸温泉物語は、この取得により北関東エリアの有力な施設を加え、事業基盤をさらに強化しました。

サンフロンティア不動産による「ホテル大佐渡」のM&A

【買い手】サンフロンティア不動産株式会社

【売り手】 株式会社ホテル大佐渡

不動産再生事業やホテル運営を手掛けるサンフロンティア不動産が、新潟県の佐渡島にある「ホテル大佐渡」を取得しました。同社はすでに佐渡島内で「佐渡リゾート ホテル吾妻」を運営しており、今回のM&Aによって島内での連携を強化。日本ホテル・旅館業界とリゾートホテルという異なるタイプの施設を一体で運営し、佐渡全体の観光魅力向上と地方創生に貢献することを目指しています。

穴吹興産による「和の宿 ホテル祖谷温泉」のM&A

【買い手】 穴吹興産株式会社

【売り手】 祖谷渓温泉観光株式会社

西日本を中心に不動産事業やホテル運営を行う穴吹興産が、徳島県の秘境として知られる祖谷にある「和の宿 ホテル祖谷温泉」を取得しました。インバウンド観光客にも人気の高い著名なホテル・旅館業界を取り込むことで、観光事業のポートフォリオを強化する狙いがあります。地域に根差した有力なホテル・旅館業界を取得し、グループ全体の競争力を高める典型的な事例です。

ホテル・旅館業界・ホテル業界と他業種のM&A事例

異業種からの参入は、既存の枠組みにとらわれない新しい価値創造や、事業の多角化を目的として行われるのが特徴です。

大和財託(不動産投資)による「須賀谷温泉」のM&A

【買い手】大和財託株式会社(不動産投資・コンサルティング)

【売り手】有限会社須賀谷温泉

2024年、不動産投資事業を展開する大和財託が、滋賀県長浜市で戦国時代から続く歴史を持つ「須賀谷温泉」を取得し、ホテル・ホテル・旅館業界運営事業へ新規参入しました。不動産の知見を活かしつつ、歴史的価値のある施設を再生・運営することで、事業領域の拡大を図っています。異業種が持つ専門性を活かしてホテル・旅館業界を再生する新しい流れを示す事例です。

ベルーナ(総合通販)による「定山渓ビューホテル」のM&A

【買い手】株式会社ベルーナ(総合通販事業)

【売り手】Karakami HOTELS&RESORTS株式会社

カタログ通販やECサイトを主力とするベルーナが、北海道の有名温泉地である定山渓の大型リゾート「定山渓ビューホテル」を取得しました。ベルーナは以前からホテル事業を手掛けており、このM&Aによって北海道における事業基盤を確立し、通販事業の顧客基盤とホテル事業の連携による相乗効果を狙っています。

小野写真館(写真館・ブライダル)による「桐のかほり 咲楽」のM&A

【買い手】株式会社小野写真館(写真館・ブライダル事業)

【売り手】 桐のかほり 咲楽

茨城県で写真館やブライダル事業を営む小野写真館が、後継者不在に悩んでいた静岡県伊豆の高級ホテル・旅館業界「桐のかほり 咲楽」を事業承継しました。一見すると全く異なる業種ですが、「顧客に特別な体験を提供する」というサービス業の本質的な共通点を見出し、事業の多角化を実現しました。小規模ながらも質の高いホテル・旅館業界の運営ノウハウと、ブライダル事業などを組み合わせた新たなサービス展開が期待されています。

これらの事例から、ホテル・旅館業界のM&Aが単なる事業の売買にとどまらず、地域経済の活性化や新たな観光価値の創出につながる重要な経営戦略となっていることがうかがえます。

ホテル・旅館業界M&Aの相談先

ホテル・旅館業界のM&Aを成功させるためには、信頼できる専門家の支援が不可欠です。M&Aは法務や税務など専門的な知識を広範に要求されるため、独力で進めるのは困難です。自社の状況や目的に合わせて、最適なパートナーを選ぶことが、円滑な取引の前提となります。ここでは、主な相談先となる3つの選択肢とその特徴を紹介します。

M&A仲介会社の特徴と選び方を学ぶ

M&A仲介会社は、売り手と買い手の間に入り、中立的な立場で交渉の成立を支援する専門家集団です。豊富な情報網を活かして最適なマッチング相手を探し出し、複雑な手続き全般をサポートしてくれます。

ホテル・旅館業界に精通したアドバイザーが在籍しているか、過去の成功実績が豊富か、といった点が選定の基準になります。また、手数料の体系は成功報酬型か着手金が必要かなど、会社によって異なるため、事前に契約内容をよく確認することが大切です。複数の会社から話を聞き、自社との相性を見極めることをお勧めします。

金融機関や士業専門家の役割を理解する

メインバンクとして付き合いのある銀行や信用金庫も、M&Aの相談先となります。取引先のネットワークを活かして候補企業を紹介してくれることがありますし、M&Aに必要な資金の融資(ローン)についても相談に乗ってくれます。

また、顧問契約を結んでいる公認会計士や税理士、弁護士といった士業専門家も頼りになります。彼らは、特にデューデリジェンスや契約書の作成といった法務・税務面で専門的な知見を発揮します。ただし、マッチング機能はM&A仲介会社ほどではないため、複数の専門家と連携しながら進めるのが一般的です。

事業承継・引継ぎ支援センターを活用する

事業承継・引継ぎ支援センターは、国が各都道府県に設置している公的な相談窓口です。中小企業の事業承継を後押しすることを目的としており、後継者不在に悩む小規模なホテル・旅館業界経営者にとっては心強い味方となります。

無料で相談に応じてくれるほか、M&Aの専門家を紹介したり、小規模な案件のマッチングを支援したりしています。公的機関であるため、中立的な立場から客観的なアドバイスが受けられるのが大きな利点です。まずは情報収集の場として、気軽に活用してみるのが良いでしょう。

ホテル・旅館業界のM&Aは思い出やおもてなしを紡ぐ有効な経営戦略のひとつ

ホテル・旅館業界のM&Aは、後継者不足の解消や事業のさらなる成長を目指す上で、極めて有効な経営戦略です。売り手にとっては事業の存続と創業者利益の確保、買い手にとっては迅速な事業拡大と新たな価値創造の機会となります。

成功のためには、M&Aの目的を明確にし、信頼できる専門家をパートナーとして選ぶことが欠かせません。M&A仲介会社や金融機関、公的な支援センターなど、それぞれの特徴を理解し、自社の状況に最も適した相談先を見つけることから始めてみてはいかがでしょうか。適切な準備と手順を踏むことで、ホテル・旅館業界の持つ価値を未来へとつなぎ、新たな発展を実現することが可能です。


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