「経理業務にAIをどう使えばいいか、具体的なイメージが持てない」「機密情報を扱う経理では、セキュリティ面の不安が拭えない」――こうした悩みを抱える経理部門は少なくない。
過去当社にて開催したセミナー「マネーフォワード経理部の生成AI活用のリアル-業務の質向上から現場定着までの試行錯誤の裏側-」では、当社の経理本部が歩んだ生成AI活用の軌跡が語られた。セミナーは、執行役員 グループCAOの松岡俊による組織へのAI導入の講演と、経理本部の渡邉裕大・石上正和を交えた座談会の二部構成で行われた。本稿では、その内容をテーマ別に再構成して紹介する。
株式会社マネーフォワード
執行役員 グループCAO(Chief Accounting Officer) 公認会計士
松岡 俊
1998年ソニー株式会社入社。各種会計業務に従事し、決算早期化、基幹システム、新会計基準対応プロジェクト等に携わる。英国において約5年間にわたる海外勤務経験をもつ。2019年4月より当社参画。『マネーフォワード クラウド』を活用した「月次決算早期化プロジェクト」を立ち上げや、コロナ禍の「完全リモートワークでの決算」など、各種業務改善を実行。中小企業診断士、税理士、ITストラテジスト及び公認会計士試験(2020年登録)に合格。
株式会社マネーフォワード
経理本部副本部長 兼 プロセスオーナー部部長
渡邉 裕大
2014年に三菱電機株式会社に入社し、工場の総費用管理、経営計画策定等を担当。
経理業務効率化プロジェクトメンバーとしてシステム導入に従事した後、2022年5月にマネーフォワード入社。各種会計業務、及び『マネーフォワード クラウド』を活用したグループ全体のプロセス標準化を担当。
株式会社マネーフォワード
経理本部 会計ガバナンス部
石上 正和
2015年にSBIグループに入社し、グループ会社の経理業務やIPO準備に従事。
2021年にマネーフォワードに入社し、グループ会社の月次決算から連結決算・開示、出納業務を担当。連結決算においては、「マネーフォワード クラウド連結会計」の導入を経て、現在はAI等を活用し、監査対応の効率化やリスク検知体制の構築といった取り組みを通じて、財務諸表の信頼性向上を目指している。
経理本部は、なぜ生成AI活用が進まなかったのか

ChatGPTが広く使われはじめた2023年当時を振り返り、松岡はこう語る。
それが直近では、全社数千名中、経理本部が部門別ランキング2位へ急上昇。個人単位でも石上が全社1位、渡邉が13位、松岡自身も全社9位という利用実績を記録するまでになった。
※本記事における利用度合いランキングは、全社導入されているGeminiの使用実績に基づいています。
その背景には何があったのか。渡邉は当時の心理的な壁を率直に振り返る。
過去のワークショップで部内のAI推進リーダーが「機密情報は入れないでください」と発言したこともあり、実際にはデータ学習させない設定が整っていたにもかかわらず、経理部門には「情報を入力すると会社を危機に晒してしまうのではないか」という恐怖が根強く残っていたという。
松岡も補足する。
実際には全社的なAIルールが整備され、Google Workspace内のGemini等、学習されない設定になっている生成AIについては入力可能な情報はかなり緩和されていた。しかし、担当者側がそれを保守的に解釈してしまう、いわば「人間側のハルシネーション」が起きていたと指摘した。
ブレイクスルーは「議事録」と「遊び」から生まれた

渡邉にとっての転機は議事録作成だった。
ところが、他メンバーが生成AIで作成した議事録を見た瞬間、その固定観念は崩れたという。
この経験からAI活用へのモチベーションが一気に高まったと振り返る。
石上も同様に、AI推進リーダーが開催したセミナーで「法人として適切に管理されている環境であれば、マイナンバー等の特殊な情報を除けば経理業務で扱っているインサイダー情報も安全に扱える環境だ」という説明を受け心理的ハードルが下がり、さらに上長がAIを積極的に使う姿を見て「自分も使っていいんだ」と感じたことが活用のきっかけになったと語る。加えて、連結決算や振込業務など複数業務を抱える業務負荷の大きさも効率化への動機になったという。

もう一つのきっかけは、「遊び」からだった。松岡は、難解な新リース会計基準を生成AIに「ギャル語」で要約させ、社内SNSに投稿し大きな反響があったエピソードを紹介した。

石上にも似た経験がある。Gemini(※1)の画像生成機能を試していた際、社内アナウンスの文章をそのままGeminiに入力すると分かりやすい図が生成できることに気づいた。
渡邉も、他のメンバーがGeminiのCanvas機能(コードやスライドを生成できる機能)で会計基準を分かりやすいレポートに変換している様子を見て、自身の予実レポート作成へ応用したと明かす。
松岡はこうした流れを「誰かが遊びで使ってみたことがきっかけとなり、部内で共有され、それを見た他のメンバーが自分の業務に当てはめる。この化学反応が芋づる式に広がっていった」と語った。
※1:Google社が提供する会話型の生成AI
AIに「やらせるべきこと」と「やらせてはいけないこと」

松岡は、予算ファイルと実績ファイルのような構造化された数値データの突合・計算を生成AIに任せ、精度が出なかった経験を明かす。
渡邉にも、社長報告レポート作成で予算と実績の突合をAIに丸投げした際、数値が合わなかったり事実にない内容が生成されたりした「ヒヤリハット」の経験があるという。
この経験から得られた教訓として、渡邉は3つのポイントを挙げる。1つ目は、 数値の計算を伴うデータについて、事前に既存のSaaSや表計算ソフトできちんと計算・突合したうえで投入すること。2つ目は、定量データだけでなく事業の状況を示す定性データも組み合わせることで、経理だけでは作れない深みのあるレポートになること。3つ目は、作業を一度にまとめて指示せず、まず「文章でのサマリー化」、続いて「図解・インフォグラフィック化」の2段階に分け、ハルシネーションのリスクを抑えることだ。
松岡はこの工夫について、「予算と実績を数字の羅列として出すだけでなく、週報やIR資料といった非構造化情報を組み合わせてナラティブに説明してもらうことで、経営者が読みたくなる報告書を、時間をかけずに作れるようになった」と補足した。
石上も同様の観点から、海外送金業務における活用例を紹介した。海外送金の請求書は必要事項の記載箇所が分かりにくく、過去に金額を誤って入力してしまった経験があったという。そこでGeminiのCanvas機能で請求書PDFから必要情報を抽出しCSV出力するアプリを自作。インターネットバンキングへの入力情報との突合は最終的に人間が確認する設計にした。
数字だけでは判断がつかない「グレーゾーン」を泳ぐための壁打ち相手

松岡は、経理業務が必ずしも一意の正解を持つとは限らず、複雑な会計基準や経営陣の意向を踏まえた判断が求められる場面が多いと指摘する。
渡邉はその実践例として、会計基準のポジションペーパー作成を紹介した。前提知識や会計基準のPDF、契約書を入力し、「ポジションペーパーを作成してほしい」という指示と論点の所在、文書構成の指示を与える。
当社では新リース会計基準の早期適用にあたり、この手法で論点ごとのポジションペーパーを作成したという。
石上は、複雑なビジネススキームを上長や他部署に説明する場面で、Gemini Notebook(※2)を活用した例を紹介した。
スライド作成の時間短縮だけでなく、自身がスキームを理解し直す「おさらい」の手段としても役立っているという。
※2:Google社が提供するAIリサーチツール
AIエージェントが経理業務の実行まで担う時代へ

松岡は、これまでの「アシスタント」としてのAI利用から、今後はAIエージェントが実行段階まで踏み込む時代が来ると展望を語った。
デモでは、Googleスプレッドシートの関数で取得した外貨レートをCSVでダウンロードし、経費精算システム(マネーフォワード クラウド経費)の外貨レートマスタへアップロード、その結果を再度スプレッドシートに戻すという一連の業務を、AIエージェントを用いて自動実行させた様子が紹介された。
当社ではまだハーネスやガードレールを整備しながら慎重に検討している実験段階で、機密ではない情報に用途を限定しつつ、複数ツールをまたいで自律的に処理が完結する時代の到来を見据えていると述べた。
この展望に対し、渡邉はグループ会社の経理業務標準化を担う立場から期待を語った。
石上も、海外送金業務のうち人間が担っているインターネットバンキングへの入力作業について、「AIエージェントに任せられる範囲が広がれば、さらに効率化が進むはず」と述べた。
人と既存システム、AI、それぞれの得意分野を活かした適切な役割分担へ

セミナーの終わりに、渡邉と石上がそれぞれメッセージを寄せた。
渡邉は「 生成AIの登場によって定型的な作業の自動化が進み、人とAIそれぞれの得意分野を活かした適切な役割分担の形が見えてきました。」と振り返り、「ちょっとずつでも、遊びの延長でも構わない。AIを使ってみることで、一気にブレイクスルーが訪れるはず」と呼びかけた。
石上は、組織へのAI浸透において「機密情報も安全に扱える環境整備と、上長が積極的に活用している状況が、メンバーの心理的ハードルを下げるきっかけになる」と指摘し、「メンバーが遊び感覚で使っていても否定せず、それでよいというふうに受け入れる空気感も大切だ」と述べた。
松岡は「今日のデモはGeminiで行ったが、基本的な考え方はどの生成AIツールを使っても同じだ」と締め、経理組織におけるAI活用のヒントとして本セミナーが役立つことへの期待を語った。
※本記事は、2026年4月17日に開催されたセミナー「マネーフォワード経理部の生成AI活用のリアル-業務の質向上から現場定着までの試行錯誤の裏側-」をもとに構成しています。
※生成AIツールの機能・仕様は急速に変化するため、最新情報は各生成AI提供会社の公式サイトを確認してください。また、本記事で紹介した活用事例は当社の参考事例です。実際の利用にあたっては各企業のセキュリティルール・法令等に従い検討してください。
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