「うちもDXを進めている。でも何かが変わった気がしない」 こんな感想をお持ちの経理担当者は、きっと少なくないはずです。その他にも、直近で以下のようなお悩みをお持ちの経理財務・バックオフィス業務をご担当されている方は多いのではないでしょうか。
- 最新システムを入れたのに、月末は相変わらず表計算ソフトでマクロ関数を組んで確認している
- 月初に前月分の請求書がまだ届かず、催促メールを3回送る
- 連結用の数字を子会社から集めるのにフォーマットがバラバラで毎回整形し直す
上記のような『DX疲れ』とも呼ぶべき正体はどのようなものでしょうか。それは、ツールを入れただけで業務が「点」のまま孤立し、前後がつながっていない「点の改革」に留まっていることが大きな要因です。
バックオフィス領域でのAI活用やAIエージェントによる業務効率化が進む今、改めて経理DXの本質を見直すタイミングが来ています。
本コラムでは、経理財務・バックオフィスに携わる方が直面するリアルな課題をテーマに、現場に根ざした視点から解決の糸口を探っていきます。
株式会社マネーフォワード
ERPドメインリサーチャー
合江 篤
2019年に株式会社マネーフォワードに入社。Fintech研究所にて金融制度、年金制度、海外金融サービス動向を中心とする調査研究をはじめ、弊社Fintech研究所Blogにおける海外Fintech企業の動向の発信や、金融財政事情などの金融専門誌への寄稿などを行う。
2022年から電子帳簿保存法・インボイス制度対応など法制度関連のマーケティング施策に従事。2024年12月からERPマーケティング本部にて企業のバックオフィス業務効率化・DXを推進する取り組みや、企業の経理・財務領域を中心としたバックオフィスパーソンへの情報発信を行っている。
目次
データが示す「ツールを入れても現場が楽にならないワケ」
「ツールを導入しても現場が楽にならない」という課題意識は、海外でもみられます。ある米国コンサルティング・ファームが経営幹部767名を対象に実施した調査によると、85%が「競合より自社のDXは進んでいる」と自己評価する一方、89%が「テクノロジー投資は期待通りの成果を出せていない」と回答しています。
その主な理由として挙げられたのが、統合の複雑さとデータ品質の問題、すなわち「業務プロセス全体の再設計をしないまま、ツール導入だけを重ねてきた」ことでした。
翻って日本を見れば、インボイス制度・電子帳簿保存法対応(2023〜2024年)を「システムや運用ルールのパッチワーク」で力技で乗り切った企業が今、同じ罠に陥っています。
IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)が公表した「DX動向 2025」によると、DXへの取組成果が出ていると回答した企業は57.8%となっています。そのうち、DXによる成果内容について、コスト削減に貢献したと回答した企業は71%を占める一方、企業の売上・利益や顧客満足度の増加に寄与しているとの回答は20%程度に留まっています(※1)。

※1 出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA),「DX動向2025 ―日米独比較で探る成果創出の方向性」, https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2025.html(2026.06.25最終閲覧)
この差はどこから生まれるのでしょうか。成果が出ていない企業に共通しているのは、「システムを入れること」が目的化し、「業務の流れをどう変えるか」という問いが後回しになっていることです。そしてこの落とし穴は、投資規模が大きいほど深くなりやすくなります。
企業規模が大きくなると、高額なERPシステムを入れたのに、結局データの二重入力や経営分析の遅れにつながっている場合も少なくありません。これは現場の怠慢ではなく、「プロセス全体の再設計」を置き去りにしたシステム投資の構造的な欠陥といえるかもしれません。
「小さなDX」から始める、属人化と決算遅延の解消
では、何から手をつければいいのでしょうか。完璧な全体設計を求めるとプロジェクトは頓挫しやすくなります。大手・中堅企業こそ、まずは「今、最も痛い一点に集中して、前後をつなぐ」という発想が重要です。
「月次決算で、自分が一番憂鬱になる作業は何か?」
スタートアップや中堅企業なら、「誰が作ったか分からない秘伝のタレ(マクロ関数)の修正」による属人化の解消かもしれません。大手企業なら、「各部門からバラバラに上がってくるデータを、経営報告用に夜な夜な手加工する時間」の排除かもしれません。 その「憂鬱な一点」の断絶を一つ埋めることが、「決算早期化」や「経営分析」へとつながる「面」の改革の第一歩となります。
現場と経営が一体となるための3つの原則
長年、バックオフィスのDXに関わる企業を見てきて感じるのは、うまくいっているチームには共通点があるということです。以下の3つの点をここでは「やさしい経理DXの第一歩」と位置づけます。
①「制度対応」を「業務改善」の入口と捉える
たとえば新リース会計基準(2027年4月開始の決算期から強制適用)への対応を迫られている企業は今まさに多いのではないでしょうか。これを「また面倒な対応が来た」と捉えるか、「バラバラな契約データを一元化し、業務を見直す最大のチャンス」と捉えるかで、将来の業務負荷がまったく変わってきます。
②「効率化(スピードアップ)」ではなく「再設計(やめる決断)」を目指す
効率化とは今ある業務を速くすることですが、再設計とは、そもそもその業務が必要かを問い直すことです。 特にAI活用の時代において重要になるのが、「Glass Box(AIの判断根拠が見える状態)」と「Human in the Loop(重要な判断ポイントだけ人間が介入する仕組み)」という考え方です。つまり、単に「作業を自動化」するだけでなく、人間が「何を手放すか」の決断が求められるということです。
この「Glass Box」と「Human in the Loop」を実践した結果として、慣習として続けてきた「万が一のための全件目視確認」を、意思を持って「完全にやめる」という決断が可能になります。慣習的な仕事を思い切って捨て、人間は例外処理の確認にだけ集中する。これこそが、単なるスピードアップを超えた、再設計による「業務の筋肉質化」といえるのではないでしょうか。
③「完成形(大プロジェクト)」より「動いている形(クイックウィン)」を優先する
DXプロジェクトが止まる最大の理由は、完璧を求めすぎることです。全部門を巻き込んだ全体最適を図る前に、まず1つの業務フローを変えてみましょう。現場の「この作業、なんかおかしくない?」という気づきを、マネジメント層が「投資の種」としてすくい上げる連携が不可欠です。
さらに「クイックウィン」には、現場の納得感を醸成しながらプロジェクトを推進できるというメリットもあります。小さな成功体験を積み重ねることで、現場は次の変化を自ら求めるようになる -その好循環こそが、点を線へ、線を面へとつなぐ原動力になります。
「改革」は大きな言葉じゃなくていい
「やさしい経理改革」とは、現場に無理を強いる大号令ではなく、目の前の「点」を「線」へ、そして経営に活きる「面」へとつないでいくプロセスです。
「点」の見つけ方は、「月次決算で一番憂鬱な作業」をまずは一つ特定することです。属人化したマクロ関数を前提とした業務の解消や、部門間のデータ連携の断絶を埋めるなど、業務のご担当者ごとに負荷が高いと感じておられる業務は異なるかもしれません。
このような課題に対し「再設計」を念頭に一つひとつ改善をすることが「線」から「面」へと広がり、決算や経営の意思決定の早期化、ひいては企業の競争力強化につながる最短経路といえるのではないでしょうか。
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