
数多くの企業の「現場」を歩き、実務の最前線でコンサルティングを行ってきた中尾篤史先生による連載第2回をお届けします。
テーマは「経理の現場のリアル」。制度対応の「建前」ではなく、現場で実際に起きている「本音の悩み」にフォーカスし、実務家ならではの視点で、解決の糸口を提示していただきます。
今回はインボイス制度。落とし穴があちこちに空いている、というのが、経理パーソンの実感ではないでしょうか?
目次
喉元を過ぎたあとの「油断」が一番怖い
インボイス制度が開始されてから2年以上が経過しました。導入当初、あれほど世間を騒がせ、経理部門がかなりの負担を強いられて対応にあたったあの喧噪も、今や落ち着きを見せています。
「うちはもう対応済みだから大丈夫」── そんな声が聞こえてきそうですが、実は今、現場では静かに、しかし確実に「運用の形骸化」が進んでいます。
当初は完璧に整えたはずのフローが、いつの間にか崩れている。あるいは、新しく始まった取引で要件を満たさない書類が平然とやり取りされている。今回は、そんな形骸化の実態と、今すぐ取り組むべき再点検のポイントを掘り下げます。
現場で起きている「インボイス要件を満たさない」4つの具体例
制度開始から時間が経過したことで、チェックの目が甘くなり、以下のような「不備のある請求書・領収書」が散見されるようになっています。
①インボイス番号がどこにもない「名ばかり請求書」
最も基本的なミスですが、いまだに絶えません。請求書本体に番号がない場合でも、別途契約書などで通知されていれば要件を満たしますが、その紐付けすら行われていないケースです。「相手は登録事業者だと知っているから」という思い込みが、取引先の仕入税額控除が否認されるリスクを招いています。
② 消費税額の記載漏れ(税込金額のみの記載)
インボイス(適格請求書)には「税率ごとに区分した消費税額」の記載が必須です。しかし、現場ではいまだに「税込〇〇円」としか書かれていない領収書が通用してしまっていることがあります。特に手書きの領収書や、現場独自のフォーマットで作成された書類に多く見られる傾向です。
③ 不動産取引における「土地・建物」の未区分
実務上、間違えると影響が大きいのは土地建物の売買に関わるケースです。適格請求書発行事業者間の取引であるにもかかわらず、土地と建物の総額のみしか記載がされず、課税対象となる「建物分」の消費税額が明記されていない事例があります。契約書がインボイスを兼ねる実務において、この不備は問題です。
④ 「免税事業者時代」のテンプレートの亡霊
かつて免税事業者だった個人事業主や小規模企業が、適格請求書発行事業者の登録を受けた後も、古いExcelテンプレートを使い続けているケースです。登録番号の欄がない、あるいは消費税の計算ロジックが旧制度のままという事態が起きています。
なぜ「不備」は防げないのか?

経理の知らないところで進むインボイスの不備が発生する背景には、共通の構造的な原因があります。
■「法務部門は通っても税務部門は通らない」契約書の落とし穴
①〜③のケースで多いのが、経理部門を通過せずに事業部門(営業や現場)が直接契約を結んだり、請求書を発行したりしているケースです。
契約書の内容自体は法務部門がチェックしていても、彼らの専門は「リーガルリスク」であり、その書類が「税法上のインボイス要件を満たしているか」までは見ていないことが多々あります。
その結果、ビジネスとしては成立していても、税務上は仕入税額控除ができないインボイスもどきが量産されてしまうのです。
■小規模事業者における「情報の真空地帯」
④のように古い様式を使い続けてしまうのは、最新情報の不足が原因です。
制度導入時はテレビやネットでも頻繁に解説されていましたが、現在は「対応していて当たり前」という空気感になり、情報のアップデートが止まってしまっています。
特に管理部門が手薄な個人事業主や小規模な企業では、悪意なく「昔のまま」の事務が継続されてしまいがちです。
■放置することのリスク:それは「相手への迷惑」と「二度手間」
インボイス要件を満たさない書類を発行し続けることは、自社だけの問題ではありません。
- 取引先の損失:相手方が仕入税額控除を受けられず、実質的に相手の税負担を増やしてしまいます。これは信頼関係にヒビを入れる大きなリスクです。
- 修正インボイスの地獄:後日不備が発覚した場合、発行者は「修正したインボイス」を再発行しなければなりません。過去に遡って大量の書類を差し替える作業は、通常業務を圧迫する多大なコストとなります。
今すぐ実行すべき「インボイス再点検」の処方箋
「なんとなく運用」を脱し、本来の姿を取り戻すためには、以下の3点に注力して調査を行うことをお勧めします。
- ■インボイスもどきの発見:社内システムを通さず、ExcelやWordで個別に作成されている請求書がないか、全部署を対象にヒアリング・調査を行ってください。
- ■システムの強制利用:独自テンプレートの使用を禁止し、インボイス要件が自動的に満たされる「社内指定の会計・請求システム」や「標準フォーマット」の使用を徹底させます。
- ■契約締結フローの見直し:契約書がインボイスを兼ねる場合は、最終締結前に必ず「経理部門のチェック」を入れるワークフローを構築してください。
経理が「最後の砦」として機能するために
インボイス制度は、一度設定すれば終わりの「定型作業」ではありません。事業の変化に合わせて、メンテナンスが必要なプロセスです。
今一度、自社が発行している書類、そして受け取っている書類をチェックしてみてください。「導入時は完璧だったはず」という自信をあえて疑うことが、数年後の税務調査や取引先トラブルから会社を守る手段となるのです。CSアカウンティング 中尾篤史先生の過去の連載は、こちらの一覧ページからご覧いただけます。
多くの経理の現場を見ているCSアカウンティング社だからこその、リアルな知見・知恵をまとめていただいています。
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