経理の「育成が難しすぎる!」にドラッカーならどう答えるか?ものつくり大学・井坂康志教授に聞くドラッカー流経理のお悩み解決法Vol.5

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「結局、“人”の問題が、最大の難関」。

多くのリーダーがうなずいてくれる、真理、と言っていいかもしれません。経理の仕事ももちろん、突き詰めると、人の問題に突き当たります。特に近年は、採用難や働き方の多様化、労働意識の変化により、この課題がさらに重大なものなっています。

こうした課題について、ドラッカーならどんなアドバイスをくれるか。本連載では、岩波新書から『ピーター・ドラッカー──「マネジメントの父」の実像』を出版した井坂康志教授にお聞きしています。

井坂教授は、生前のドラッカーにインタビューした最後の日本人です。その時のように、私たちの悩みに対して、「対話篇」で答えてくれました。

<シリーズ記事>
Vol.1 経理の「評価されない!」悩みにドラッカーならどう答えるか?
Vol.2 経理の「忙しい!」悩みにドラッカーならどう答えるか?
Vol.3 経理の「理解してもらえない!」悩みにドラッカーならどう答えるか?
Vol.4 経理の「このままでいいのか……」にドラッカーならどう答えるか?
Vol.5 経理の「育成が難しすぎる!」にドラッカーならどう答えるか?(本記事)

井坂 康志さん
1972年埼玉県加須市生まれ。ものつくり大学教養教育センター教授(ドラッカー経営学研究室)、図書館・メディア情報センター長。2005年、「ドラッカーの日本の分身」といわれた上田惇生氏とともにドラッカー学会を発足。現在は同会の共同代表理事を務める。著書に『P・F・ドラッカー マネジメント思想の源流と展望』(文眞堂刊・「2018年度経営学史学会賞」奨励賞受賞)など多数。ドラッカー学会( https://drucker-ws.org/ )。

人はコストではない

窓から東京湾が見える、とある製造業のオフィス。遠くに浮かぶコンテナ船を眺めながら、経理部マネージャーのSさんは、ため息をついています。その原因は、机にたまった出張経費精算書……だけではないようです。

そこに通りかかったのは、クラシックなツイードのジャケットを着た、白髪のおじいさん。メガネの奥の目には、鋭く、かつ強靭な知性を感じさせます。Sさんは、その紳士が「“先生”という呼び名の、いろいろコーチしてくれる人」だったことを思い出します。

Sさん:「先生、うちみたいな中小企業にとって、今いちばん大変なのは人材の採用と育成なんです。できたら即戦力候補を取りたいんですが、来てくれない。いや、来てくれそうな気配さえない。この間などは、100万円も払って採用広告を出したのに、応募者はゼロでした。結局、未経験の若い人を採用せざるをえない。でも、そこからが大変で……」

先生:「なるほど。人の問題は常に頭痛の種ですね。ところで、私が勉強するドラッカーはこう言っています。『人はコストではない。資源だ』と。

以前はそれほど心に響かなかったのですが、私が年を取ったからなのか、あるいは人が採用できない時代になったためか、改めてしみじみとこの一文が切実なものに感じられるのです。つまり、人は『使う』のではなく、『働いていただく』覚悟がなくてはならない」

Sさん:「確かにそうですね。今や働き手は神様の時代です。大切に育てなければならない。でも、その育成にかける手間に、現場が耐えられなくなっているんですよ。もう少し自分から学んでくれる人ならいいんですが、びっくりするくらい受け身なんですよね……」

先生:「本人のせいではないですよ。私は数十年コンサルティングをしてきて思うのですが、世の中に無能な人なんかいないんです。いるのは無能なマネージャーだけです。

ドラッカーは、仕事とは最終的に『責任』だと言います。上司が間違いを恐れて部下に任せないなら、責任も成長もありません。自律的に学ぶ人は、放っておいて出てくるものではありません。種を蒔いていないのに実がならないと文句を言う。愚かですね」

Sさん:「……つまり、何がおっしゃりたいのでしょう?」

先生:「間違いから学ぶ文化をつくるべきです。間違うとは自分で判断している証だからです。アメとムチで人を操作しようなど、戦後の一時期ならともかく、現代では不可能です。さっさと辞められてしまって余計に苦労するのは目に見えている。

自分で考えて、自分で決めて、その結果を引き受けることが『仕事』の本質なんです。人を操作しようなどという組織文化は本来邪道であり、マネジメントとは縁もゆかりもないものなんです」

研修は役立つか

Sさん:「しかし、うちの場合『学ぶ』文化になっていない気がします。どうすればいいんでしょう」

先生:「その質問自体に組織文化の問題があると私は思いますが、いったんそれは置いておきましょう。

いくつか言えますね。まず自分の意見を持つことを奨励することです。進んで価値判断する風土をつくることです。私が最近聞いた話ですが、ある会社の社員は常に一枚のカードをポケットに入れていたという。そこには、『なんでも自分がいいと思ったことを行ってください』と書かれていた。

実はこれがフィードバックの基本なのです。ドラッカーは、『フィードバックこそが成長の鍵』と明言しています。考えるのは自分であり、相手なのです。特にマネージャーは、人に自分の頭で考えてもらわなければならない。指示を出すだけで、その後に何も言わない上司が多すぎるのです。成果に対する具体的なコメント、次の方向性、ビジョンを提示すること、それが『育てる』ということの内容です。

私の知人にりんご農家がいます。ほとんど毎日りんごの世話をしている。行うべきことはその日によって違うんです。私にはそのりんご農家がマネージャーのお手本に思えてならない。手間を惜しんではマネジメントはできない。生き物とは本来面倒くさいものなんですから」

Sさん:「それが簡単ではないんです。採用段階で『学ぶ人かどうか』を見極めたい、と思うのがふつうじゃないですか? それはどうしたらいいのでしょう」

先生:「先ほど言いましたよね。生き物は面倒くさいものだと。残念ながら、それはできません。人とはそんなにわかりやすいものではない。20代で光る人が30代で成長を止めて無能になる事例などざらにある。逆に40を超えてからめきめきと本領を発揮する人もいる。どこで頭角を現すかは誰にもわかりません。成長は計画できないものなんです。あなたもそんな例を山ほど見てきたでしょう」

Sさん:「確かにその通りです。ただ、会社としてはずいぶん研修にも力を入れてきました。何もしていないわけではないんです」

先生:「それは当然です。研修自体がどんな意味を持つかは受ける側の力量に依存してきます。いい話を聞いたから、翌日から行動ががらりと変わるなどないでしょう。大事なのは、会社が『学ぶことを重視している』姿勢を示すことです。特に大事なのは研修が終わった後でしょうね。職場でその内容を共有する仕組みをつくることです。学びは一人で完結しないのですから」

信頼と敬意を培う

Sさん:「そういえば、メンター制度も検討していて……。これは有効なんでしょうか?」

先生:「ドラッカーは『若い人にはゴッドファーザーが必要だ』と語っています。相談できる、尊敬できる存在。直属の上司である必要はありません。同じ部署でなくてもいい。けれども『職場に一人でいいから尊敬できる人』がいることが、若く柔らかい心を支えてくれるのです」

Sさん:「私にも覚えがあります。何かと世話をしてくれた先輩がいました。では、そのための具体的な仕組みはありますか?  1on1も試してみていますが……」

先生:「信頼のない上司と1on1をしても意味はないな。それにその人の『特性』によって違うでしょう。万人に通じる仕組みは存在しません。耳で覚える人、目で覚える人、人に説明して学ぶ人。上司のコミュニケーション方法と部下の学び方の相性を理解し、適切な手段を選ばねばなりません。くれぐれも画一的に行わないことです」

Sさん:「マニュアルや勉強会も役に立つものでしょうか?」

先生:「マニュアルは有効です。それが判断を要しない業務は標準化すべきという意味においてです。嫌々参加する定型的な勉強会は逆効果です。それよりも、共通の人間的関心を共有できる場をつくる。映画を語る、小説を語る。そうして心をつなげる場を提供することが、組織に学ぶ空気を育てます。そして何より信頼を育てます。

会社は友達を作る場所ではないので、仲良くする必要はありません。好かれる必要もない。けれども、信頼と敬意はなくてはなりません。それがなければコミュニケーションが成り立ちませんから。心がつながっていなくてはならないのです」

Sさん:「心をつなげる、か……。たしかに、つながってる『ふり』だけの職場は増えてますね。だんだんと『ふり』ばかりうまくなってしまう」

先生:「オンラインで『情報』はつながっても、『意味』『価値』が共有されていなければ人は動きません」

Sさん:「なるほど。ではすでに属人化してしまった業務などは心が通ってないですね。古くなったゴムみたいに固くなってしまっている」

先生:「仕事はチームで行うべきです。属人化を避けるためには、判断を要さないものはシステム化する。あるいは外注する。人間は『価値判断』に集中すべきです。『全体の目的を見失っていないか』という視点が大切です。複雑さが問題なのではない。『全体像が見えないこと』が問題なのです。目的を見失った業務は、オーケストラが楽譜なしで演奏するようなものです」

Sさん:「……今日の話、もう一度じっくり考えてみます。ありがとうございました」

先生:「Sさん。私たちは人間の可能性に賭ける営みをしているのです。そこにマネージャーの喜びがある。それは芸術家が作品を完成させる喜びと何ら変わることがありません。

ともに歩んでいきましょう」

経理の「育成が難しすぎる!」にドラッカーならどう答えるか?井坂康志教授に聞くドラッカー流経理のお悩み解決法Vol.5

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Vol.4 経理の「このままでいいのか……」にドラッカーならどう答えるか?
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