P.F.ドラッカーといえば、今もビジネスの世界に大きな影響を与えている「マネジメントの父」。
亡くなってから20年近くたちますが、未だに「ドラッカーなら、今、この私の悩みにどう答えてくれるだろうか?」と考える経営者やマネージャーも多いと聞きます。
そこで、経理パーソンの「今」の悩みを、ドラッカー研究の泰斗である井坂康志教授にぶつけてみました。
井坂教授は、生前のドラッカーにインタビューした最後の日本人。その時のように、私たちの悩みに対して、「対話篇」で答えてくれました。
第1回は、「社内の、経理の仕事への評価が低い」という悩みについて。
井坂 康志さん
1972年埼玉県加須市生まれ。ものつくり大学教養教育センター教授(ドラッカー経営学研究室)、図書館・メディア情報センター長(学長補佐)。2005年、「ドラッカーの日本の分身」といわれた上田惇生氏とともにドラッカー学会を発足。現在は同会の共同代表理事を務める。著書に『P・F・ドラッカー マネジメント思想の源流と展望』(文眞堂刊・「2018年度経営学史学会賞」奨励賞受賞)など多数。ドラッカー学会( https://drucker-ws.org/ )。
悩める経理パーソン・Nさん、「先生」に出会う
月次決算が終わったばかりの、とある中堅企業の休憩ルーム。経理パーソン・Nさんが、せっかく買ったコーヒーに手も付けず、窓の外をぼんやり眺めています。ひと山越えたばかりなのに、その顔は冴えません。どうやら、何か思い悩むことがありそうです。
そこに通りかかったのは、クラシックなツイードのジャケットを着た、白髪のおじいさん。メガネの奥の目には、鋭く、かつ強靭な知性を感じさせます。Nさん、たしか誰かが「“先生”という呼び名の、何かをコーチしてくれる人」だと言っていたことを思い出します。
先生:「こんばんは。少し疲れた表情をされていますね。どうかしましたか?」
Nさん:「え、ええ……。あなたは……?」
先生:「おっと、失礼しました。皆さんは私のことを単に“先生”と呼びます。縁あって、皆さんと対話するために、こうして御社に時々お邪魔しているんです」
Nさん:「そうなんですか。はい、最近少し悩んでいまして……。経理の仕事をしているのですが、どうも評価が低いように感じるんです。5年間一生懸命働いてきたのに、周囲の反応が冷たくて」
先生:「なるほど、それはつらいですね。がんばっているのに努力が認められないのは、つらいものです。わかります。もう少し具体的には、どんなことがあったのでしょうか」
Nさん:「昨年、インボイス制度への対応を任されました。無事に対応できたと思いますし、請求書処理をデジタル化・クラウド化することで、人的コストや金銭コストの削減にも貢献できたと思っています。でも、社内では『できて当たり前』みたいな反応で、特に役員からは『ああ、よかったね』の一言で終わってしまいました」
先生はかすかににうなずき、共感をあらわす深いため息をつきます。
「自らの成果を他者に理解してもらうことは、本人の“義務”」
先生:「その感覚、わかります。特にバックオフィスの仕事は成果が目に見えにくいですから、成功しても『当然』と見なされがちです。トラブルがなければ問題ないと思ってしまうのです。特に経理の仕事は、成功が目立ちにくいんですよね。しかし、あなたが果たしてきた役割はとても大事なことですよ」
Nさん:「まさにそうなんです。会社のために一生懸命働いているのに、その成果が評価されない。自分だけではありません。同僚もみんな同じように感じていると思います。評価されないと、やる気がどんどん失われてしまいます。最近それが怖いんです。この会社を辞めてしまいたいとさえ思うほどです」
先生:「そうですね。人は給料のためだけに働いているわけではない。人の中には『貢献したい』『役に立ちたい』という強い欲求があります。では、どうすればあなたの貢献を効果的に伝えられるか考えてみましょうか。
まず、マネジメントの父ドラッカーはこんな厳しいことを言うんです。自らの成果を他者に理解してもらうことは、本人の“義務”なのだと。
そして、あなたの改善によって会社全体にどれほどの価値があったのかは、『目標』に組み込まなければ、まったくはっきりしません」
Nさん:「目標、ですか? ……そう言われれば、確かに、そうかもしれませんね……。デジタル化によって毎月の処理時間が大幅に削減されていて、ということは人件費もかなり節約されています。しかし、それらの数字の意味は、会社全体としての目標がなかったらわかりませんものね」
先生:「そうですね。数字は強力な武器ですが、その意味は目標があってはじめてはっきりとわかるものです。たとえば、請求書処理の効率が上がったことによって、他の業務にどれだけ時間が割けるようになったか、今後どのようなプロジェクトが可能になるかなど、業務に伴う効用を語ることができればさらに効果的です。要は、人は事実に反応するのではない。そこから派生する意味や価値に反応するのです」
Nさんは考え込みながら、さらに質問を続けます。
「その業務改善は、他の部署にどれだけのアウトプットをもたらしているのか?」
Nさん:「なるほど、単に『やりました』というだけでなく、意味まで考えて伝えることが大事なんですね。でも、どうやってその話を持ち出せばいいのかが難しいところです。上司に評価を求めるのは、少しあつかましく見えそうでためらわれるんですよね」
先生:「その気持ちもわかります。自己アピールなんかできないという人も少なくはないからです。ここで一つのポイントは、主語を「私」から「私たち」に変えることです。実はこれはピーター・ドラッカーが強調している点でもあります。自分の成果をアピールするのではなく、『全体にどう貢献したか』にポイントを合わせることです」
Nさん:「それは新しい視点です。私は内向的な性格なので、つい自分にばかり焦点が当たっていました。自分の貢献を会社全体の視点に広げることで、自信をもって伝えることができそうです。確かに、経理の仕事は目立たないけれど、会社全体にかけがえのない役割を果たしているとの自負はあります」
先生:「そのとおりです。そして、もう一つ大事なのは、経理部門の改善が他の部署にどれだけのアウトプットをもたらしているかを示すことです。誰もが、目の前の作業にばかり目が行っています。どれだけ時間を割いたか、どれだけ注力したかばかりに目を奪われている。けれども、大事なのは、その作業、つまりインプットがどれだけ他者のアウトプットをもたらしたかにある。たとえば、クラウド化によって請求書処理業務の時間が短縮されたことで、他の部署がどう効率化されたか、どんな良い影響があったか、率直に聞いてみることです。その反応をもとに、他部門との連携を促進していくことです。経営層にそれを伝えればいやでも効果を理解せざるをえません。もっともっと理解したくなるはずです」
Nさんの表情が少しずつ明るくなってきました。テーブルに身を乗り出し、語り始めます。
Nさん:「確かに、私たちの仕事は、他部署の成果に貢献しているのは間違いありません。私たちは単独で仕事をしているわけではないのですからね。今後、経理部門の取り組みを理解してもらう努力をしてみます」
先生:「経理部門はどちらかと言えば裏方の役割に見られますが、そこがしっかり機能しているからこそ、会社全体が円滑に運営されるのです」
Nさん:「気が楽になりました。今までは、自分が評価されないことばかりに焦点を当てていましたが、どうやって『私たち』の成果をともに理解し、見えるようにできるかが鍵だったとわかりました」
先生:「その意気です。そしてもう一つ、将来のキャリアを考えるなら、経理の役割をもっと広く考えるべきだと思います。経理部門はただ数字を管理するだけでなく、戦略的な意思決定をサポートする重要な役割も担っています。ドラッカーはそのことを『企業家的業務』と表現しました。すなわち、未来に向けて経営層に有益なインサイトを提供することです」
Nさん:「そうですね。それが理想だと、頭ではわかっていましたが、具体的にどうすればいいのか、いまひとつぼんやりしていました。なんとなく方向性が見えてきた気がします。自らの専門知識を使って、経営や会社全体に役立てる形で貢献する……確かに、そうすればもっと存在感が増しそうです」
先生:「そのとおり。経理部門は、ドラッカーの言う『顧客の創造』にも寄与できるのです。あなたの専門知識やデータ分析力は、さまざまな部署から必要とされているはずです。よいタイミングで必要なデータを提供できれば、新しい顧客にアプローチするための打ち手や選択肢の提示に大いに役立つはずです。それはいわば、『参謀』としての重要な役割です」
Nさん:「先生、ありがとうございます。自分の仕事の価値を再認識できましたし、これからどう進んでいくべきかも見えてきた気がします」
先生:「がんばってください。いつでも応援していますよ」
<シリーズ記事>
経理の「忙しい!」悩みにドラッカーならどう答えるか? ものつくり大学・井坂康志教授に聞くドラッカー流経理のお悩み解決法Vol.2
※掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。