会社の経理は知っている、不正とモラル⑧〜経理の資質編〜【前田康二郎さん寄稿】

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経費の過剰使用や、架空請求による売上金の横領など、ほぼ100%、どの会社でも起こっていると言われる企業の「不正」。これら不正を食い止めるため、大小さまざまなケーススタディを踏まえながら、そのメカニズムや人間の心理に迫ろうという今回のシリーズ。フリーランスの経理部長として活躍する、前田康二郎さんに語っていただきます。

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CASE8:経理の資質・人間性

「ねえ、なんで現金の仕訳入れるだけでそんなに時間かかるの?もう帰りたいんだけど」
「すみません、すぐできますので」
経理部長のAは一部上場企業の経理部に勤めていたが、3カ月前、業容拡大で経理部長を募集していたベンチャー企業に転職してきた。

部下は経理未経験で入社して半年になるB一人だけ、しかもBは秘書や総務人事も兼任していた。Aが入社をしてくるまでは、税理士がBに指導をして、Bは自分ができるところまでやり、残りは税理士がやるという形をとってきた。しかし業容も拡大していく中で、経理業務も内省化しようということで、Aを採用したのである。

Aの口癖は「もし一流企業だったらこんなことあり得ないから」。何か自分の腑に落ちないこと、前職と違うことがあるとすべて否定し、前職のやり方に変えてしまっていた。

その一つに現金管理があった。Aが入社する以前は、Bがエクセルに毎日現金の入出金を記録して、会計ソフトには、それをもとに1週間に一度を目安に、まとめて仕訳入力をしていた。そして1カ月に一度、税理士が来社した時にチェックをしてもらっていた。Aはまずそれについて否定した。「いい?一流企業というのは会計ソフト上で日時決算レベルじゃないといけないの。会計データが反映されてないなんてあり得ないから。だから毎日仕訳を必ず入れて残高を合わせて私に報告をして」。

しかし、Bは経理以外の業務も請け負っているため、繁忙期には対応しきれないこともあった。入社手続きや給与計算の手配、現場から発注書見積書はどう作ったらいいのかという問い合わせ、急な振り込み、毎日やることが山のようにあった。ベンチャー企業ではこういったことが日常という会社も多い。日々新しいことやアクシデントの連続なので、そうした事情がわかっていた税理士は、エクセルだけは毎日簡便的に記載して、仕訳は時間がある時にまとめて入れればいいと指示していたのである。

横領の隠蔽(いんぺい)が発覚?

Aは、入社早々から、「あれもこれもこの会社はできていない」と、いつもピリピリしていた。だからBは怖気(おじけ)づいてしまい何も質問できず、ただ言われたことをやるだけで精一杯であった。そしてAはBのことなど目もくれず、いつも机でパソコンに向かって夢中で何かを打ち込んでいた。

会社の成長に伴いBの業務量はさらに増えていったがAがBを気遣ったり手伝ったりすることもなく、AとBの関係は悪化していった。そして半年後、Bのほうが耐え切れなくなり、退職を申し出た。「すぐ後任くらい決まるだろう」とAは考えていたが、上場企業と違い、ベンチャー企業の採用はそう簡単ではない。結局Bが退職するまでに後任が決まらず、Aがしばらく経理部分の業務を引き継ぐことになった。

Bの最終出勤日、BはAに声をかけてきた。「あの、Aさん、この処理をお願いしたいのですが」差し出されたのは封筒だった。中を見ると10万円入っていた。

「え、なにこれ?」
「あの、私が入社したときに既に金庫に入っていたんですけど、何のお金かわからなくて前任者の方に質問したら、私もよくわからないからとりあえずそのままにしておいて、と言われたものです」
「だって、毎月私も立ち会って金庫の中身を実査していたけど、こんなのなかったじゃない」
「はい。私の引き出しに…」
「え?なんで?」
「すみません、Aさんが入社されたらこれをどうしようか相談しようと思っていたんですけど、いつもピリピリされていらっしゃったので聞きづらくて、いったん自分の席の引き出しに入れておいてそのままにしてしまっていたんです」
「ちょっと!人のせいにしないでよ!これって立派な横領じゃない!今からすぐ社長に報告するから」
「違います!ちょっと待ってください!」
「あなたも来るのよ!」

温厚な社長の一喝

ことのいきさつを聞いた社長は、ふぅ、とため息をついた。

「ああ、それね、悪い、多分自分のだ」

社長によると、Bの前任者の経理担当も経理未経験でしかも週3回勤務だけだったので、社長自身でも一部金庫を開け閉めしていたそうだ。その時期に取引先の急なお祝い事がよくあったので、自分のポケットマネーから10万円分の新券を封筒に入れて、いざ新券が必要というときのために金庫の底に経理担当が不在の日に入れておいたらしい。しかしそれを経理担当にも言い忘れ、社長自身もそのことを今言われるまで忘れてしまっていたそうだ。

「社長、そんないい加減なことでは困りますよ、一流企業ではあり得ませんよ」Aはいつもの決まり文句を言った。
「ごめん、ごめん、でもだからこそ君に入ってもらったんじゃないか」
「まあそうですけど。じゃあ帳簿のミスはないということですね。でも、それとBさんがこのお金を自分の席に隠し持っていた件は別です。これは完全に横領です。だって金庫から自分の引き出しに盗んで移していたんですよ」
「盗んでなんかいません!本当に信じてください。私、Aさんがそうやって何でも自分の思い込みを押し付けてきて自分の考えが一番正しい、あなたやこの会社のやり方は間違っている、と言われ続けてコミュニケーションもとれないし、気がおかしくなりそうだったんです」
「お金を隠す人の言い訳なんて、信じられないでしょう。それこそ上場企業だったら大変なことになるわよ。まずあなたの退職金も出しちゃいけないよね、それに・・・」
「いい加減にしなさい」

いつも温厚な社長が突然Aを叱りつけた。

「君、いつも自分が一流企業出身と言うけれど、一流企業の社員というのは日中インターネットに書き込みばかりして、忙しい社員のフォローも一切しないということなのか」

Aの表情が一瞬にしてこわばった。社長は続けた。

「他の社員から聞いているよ。君がなんとかっていうニュースサイトに、評論家みたいに偉そうに上から目線でニュースや働き方の持論を書き込みしているって」
「それは・・・」
「あんな偉そうな書き込み、うちの会社の恥さらしだからやめるように社長から注意してくれとか、そんな暇があったらBをなぜ手伝ってやらないのかと君のことで言われているんだよ」

それでもAの口は閉じなかった。

「でも、Bさんのことと私のこととは関係ないと思いますけど」
「わかった。じゃあBが不正だというなら、君も上司として監督不行で責任をとってもらうよ」
「それは・・・困ります・・・」

社長は哀れな顔でAを見やりながら「本当に横領するつもりだったら、最後にわざわざ現金のことを引き継がないだろ。この件は私が最終判断する」。ぶぜんとした表情のAの前で社長ははっきりと言い、幕引きをした。

周りが見えていなかったA氏

Bが退職した数日後、AはBから引き継いだ現金の仕訳入力をしていた。Bと仲の良かったCが領収書を持って神妙にAに近づいてきた。

「あの、Aさん、これお願いします」
「はいはい、どうせあなたも私がBさんをいじめて辞めさせたと思っているんでしょ」
「Aさんって、もっとデキる人だと思っていましたけど、案外、人間関係には鈍感なんですね」
「何が言いたいの?」
「Aさんのニュースサイトの書き込み、どんなコメントも、必ず一つ以上は“GOOD”がついていませんでしたか?」
「え?・・・・まあ、そうね」
「あれ、Bさんがいつも“GOOD”をしてあげていたんですよ」
「え・・・」
Aは、自分の顔が紅潮していくのがわかった。

Cによると、Aが懸命に机で書き込みをしているのをたまたま見て以降、自分も少しでもAの考えを理解したい、と、その書き込みをチェックし、“GOOD”を押しているとCに言っていたそうだ。もちろんBの退職後に投稿されたAのコメントについた“GOOD”は、0であった。

自分自身についてでさえも客観的分析ができるか

以前、マネーフォワードさまに寄稿したコラムの中で、「自分の机やカバンに会社のお金を入れていた経理社員は不正か不正でないか」という話を書きました。それが他社のニュースサイトに転載され、そこでコラムを読んだ現役の経理社員の人たちの中に、「こんなの不正以外ないでしょう、不正と思わない発想がおかしい」「毎日現金残高をチェックしていないなんてあり得ない」「大丈夫か、この記事」と書き込みしている方がいました。

まさにそれが、私が記事を書いた本当の狙いで、「こんなことありえるのかな」「少なくとも自分は経験がない」という話でも、すぐ直感的に全否定するのではなく、「一応参考として覚えておこう」という発想を持てる柔軟な人でないと、多くの不正にも気づけない、いう裏テーマを持たせたコラムだったのです。自分の考えと少しでも違うとカッとなる人が皆さんの周りにもいるかもしれませんが、経理は自分の利己的な考えだけで仕事をするのではなく、自分自身についてでさえも客観的分析をできるメンタリティを持っていないと本来はいけない仕事です。

経理の職場環境と一口にいっても、そのバリエーションはさまざまです。
事務全般の業務担当として採用され、税理士や社労士に遠隔指示を受けながら経理や総務、また秘書業務なども兼任しているという人も世の中にはたくさんいます。私も経理出身ですから、経理処理は日々遅滞なく処理するのが理想だと思っていますが、総務人事も兼務している人の場合、入社手続きと現金仕訳、どちらを優先してやるべきかとなると、答えは現実世界では二通りあるわけです。

ベンチャー企業などは1日に5人とか、1カ月に30人入社してくる、というケースもざらです。経験者でも兼任は大変であるのに、未経験者となったら、余裕のない状況が数多く生まれてくるわけです。世の中のほとんどが中小企業なわけですから、主計だけやっていればいい、財務だけやっていればいい、という恵まれた環境の人のほうがむしろ少ないのです。

かくいう私も、会社設立初日から参画してバックヤードのサポートをさせていただいたり、海外の言葉も通じないようなところに飛び込んで内部統制の仕事をしたり、運よくいろいろな会社のケースを実際に「体験」し、経理だけでなく総務人事をはじめさまざまな業務も兼任させていただいてきた経験があるので、このような生意気なことを書かせていただいていますが、もし自分も上場企業1社だけ、反対にベンチャー企業や中小企業を多少経験した位、経理以外やったことがない、というようなキャリアだったら、「自分の経験の範囲内だけ」で、同じように、同意できないことを反射的にネットに書き込みをしていたのかもしれません。

私自身は頭でっかちにならないように、他の先生方のコラムは、「あらを探して批評をする素材」としてではなく、「自分の足りない体験値を補わせてもらう栄養剤」「自分の想像力を養わせていただく教材」として、読んだり、参考にさせていただいたりしています。

さて、不正のシリーズも後半戦になり、いよいよ「経理の不正」を今回から取り上げていきます。「経理が不正をしたらどうしようもないじゃないですか」という方もいるかもしれませんが、その通りです。だから、「御社の経理社員は大丈夫ですか、モラルがありますか」ということなのです。

よく「誰か経理でいい人知らない?誰でもいいのだけど」と周囲の方たちから聞かれることがあるのですが、そのような時に私は冗談で「スキルは私が教えれば何とでもなりますから、誰でもいいならその辺の交差点で立っている人でいいんじゃないですか」と意地悪をしてしまうことがあります。そうすると「いやいや、やっぱりモラルがあって、うそをつかなくて、真面目で・・・」となるので「今、誰でもいいって言いませんでした?」と笑顔で切り返すのですが、それくらい、経営者や社員にとっても、「経理の人間性」はなんだかんだ言いながらも大切なのです。「個人レベルのモラルの自己管理も経理の仕事の一つ」、それが経理です。

職場の不正には複数の論点がある

また、職場の不正というのは、単なる勧善懲悪ではなく、論点がいくつかあります。経理や内部統制の立場から見た論点の他に、経営者から見た立場の論点、というものがあります。だから「経理から見たら不正。だから不正なのです」だけでは、経営者から見ると、少し発想が物足りません。

経営者は不正が起こると「なぜこんなことが起こってしまったのか」ということを考えます。経理は警察ではないので、まず不正をした人を責める前に「なぜ自分たち経理は不正を発生させてしまったのだろう、気づかなかったのだろう」という謙虚さと「あらゆるシチュエーションを考えて今後は不正を防止しないといけない」という想像力の豊かさを備えていないと、経営者の求めるニーズに答えられません。

今回のエピソードでいえば、まずAがBに、「私が入社する以前に保留になっていたり、わからない、不安な経理処理があったら全部教えて」ということを入念に聞いたりしても、なおBが隠していたら、それは社長もAの責任は問わないでしょうし、Bに対して横領を疑い責任を取らせるような指導もすることでしょう。

しかし、そうした対応をもしAが何もしていなかったら、経営者の立場からすると、Aは、経理業務のマネジメントをそもそもきちんとできる力量があったのだろうか、という点も気になりだすわけです。「自分にも責任があります」という謙虚さがなければなおさらです。

私は実際に、「高圧的な上司の下」、「自分のことばかり考えている上司の下」で起きたお金の不正を何度も聞いたことがあります。そのような場合、「本当に、不正をした当人だけの責任なのか、それともそうした性格の上司が、不正の間接的な誘引になったのか…」と私は考えますし、目に見える部分は誰でもわかりますので、目に見えない部分に不正の原因がなかったのかという発想が、経理には必要だと思っています。

経理処理自体がロジカルですので、仕事でも日常でも何でもロジカルに、短絡的に考えてしまう癖が経理の仕事をしていると職業病としてありがちです。そうならないように、都度、当たり前に見える物事でもいったん立ち止まって考える癖をつけることを私はしています。それが不正を発見したり、未然に防いだりすることに役立つ習慣だからです。

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