経費精算はいつから始まった? ベストセラー『会計の世界史』作者に聞く経費精算の歴史【前編】

読了まで約 7

普段、私たちが何気なく行っている「経費精算」。これって、いつ頃からあるのでしょう?
会計史を歴史のドラマと結びつけることでエンターテインメントにまで昇華させたベストセラー『会計の世界史』の著者・田中靖浩さんに、経費精算がいつ始まり、どう発展を遂げて今に至るかを話してもらいました。

取材ご協力:
田中 靖浩(たなか やすひろ)
田中靖浩公認会計士事務所所長。産業技術大学院大学客員教授。1963年三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社などを経て現職。ビジネススクール、企業研修、講演などで「笑いが起こる会計講座」の講師として活躍する一方、落語家・講談師とのコラボイベントを手掛けるなど、幅広く活動中。近著に『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ―500年の物語』、ほか『良い値決め 悪い値決め ―きちんと儲けるためのプライシング戦略』など多数。

経費精算の歴史は貨幣の誕生とともに始まる

経費精算がいつから始まったのか。正直、正確なことはわかりません(笑)。しかし想像するに、間違いなく貨幣が登場したのとほぼ同時に、経費精算する人も現れたはずです。貨幣が存在し、それで生活が成り立っている以上、お金を管理する必要があるからです。お金を何にどれくらい使ったかを記録する。商売における支出が経費であると考えると、それがいわゆる経費精算になります。

帳簿をつける習慣自体は中世のイタリアで始まり、その後イタリアで生まれた簿記が16世紀以降オランダに広まったと言われます。でもそれは、紙として記録が残っているからそう言われるだけであって、実際はもっと前からなんらかの形でお金のことを記録していたはずです。たとえば指で砂に書くとか、チョークで壁に書くとかですね。やっぱり書かないとお金の計算はできませんので。だから経費精算も、13世紀よりはるか前からあったことは確実です。

拙著『会計の世界史』では、会計の歴史を大きく三部に分けて紹介しています。第1部が、15世紀のイタリアで小規模商人の組織がだんだん大きくなり、その後17世紀のオランダで株式会社がおこった時代。第2部が、19世紀のイギリスで生まれた蒸気機関車をきっかけに株式会社が本格的に隆盛した時代。そして第3部が、20世紀のアメリカで会社がより大型でパブリックな存在となった時代です。

経費精算に関しても、基本的にはこの三つの段階に沿って変遷を遂げました。それをざっと紹介していきましょう。

まずは簿記が生まれた中世イタリアの時代です。今となってはイタリアと簿記というのは縁遠いイメージがあるかもしれませんが、当時のイタリアはヨーロッパ経済の中心であり、イタリア商人の活躍が金融と会計の基礎を作っていました。

「自分たちのための経費精算」はユルくなりがち

とりわけ注目すべきが、小規模商人が大きくなりカンパーニャ(仲間)という組織が生まれたことです。最初は自分だけ、あるいは自分+家族という単位で商売をしていたのが、次第に志を同じくする仲間と一緒に出資して事業を展開するようになったのです。

このカンパーニャの中では、仲間うちのお金を何に使ったのかを記録・報告する経費精算も行われたことでしょう。ただしそれはあくまでも「自分たちのための経費精算」でした。自分たち自身を管理するため、そして仲間がお金のことでもめて仲間割れしないようにすることが目的だったのです。

ちなみに中世イタリアの帳簿でちょっと面白いトリビアがあります。帳簿の表紙に、こう書かれていたのです。

「神と利益のために」

利益というのは、おそらく儲かりますようにという願望でしょう。そして神というのは、当時なりのガバナンス効果を狙ってのものだったと思います。要は神さまが見ているんだから、帳簿担当者はうそをつくんじゃないぞと。あるいは「私はうそをつきませんので、神さまどうかお恵みをいただき、儲けさせてください」という思いが込められていた。このように当時は宗教を通して良心に訴えかけることで、不正を防ごうとしていたようです。

とはいえ、いつの時代も不正をする人間は必ずいます。特に当時のカンパーニャのように自分で自分を律するというのは、人の性としてなかなかもろいものがあります。高らかに宣言した禁煙がなかなか達成されないのと同じですね(笑)。だからその頃の経費精算は、けっこういい加減なところがあったことでしょう。

先日、桂文枝さんの落語を聴きにいったのですが、彼の新作落語に、喫茶店を経営する夫婦の奥さんが、旦那さんのことを「レジから1万円を抜き取った!」となじる場面があります。結局、後で1万円は見つかるのですが、これは普段から店のレジから売り上げを抜いてパチンコに行く旦那がいるからこそ成立する話です。

「人さまのお金」だから、いい加減には使えない

現代の日本では、ガバナンスの効いた大企業的なやり方が当たりまえとなっていますが、こんなふうに経費精算なんてガバナンスなんて適当でいいんだというスタイルの人たちも、いまだにたくさんいるはずです。そういう意味では、中世イタリアの時代から500年近く経った今も、小規模の商いにおける経費精算の本質はそれほど変わっていないのかもしれません。

その後、17世紀のオランダで株式会社が生まれ、さらに19世紀のイギリスで産業革命がおこり、鉄道の普及とともに本格的な株式会社ができたことで、「他人のお金を預かって事業を展開する」時代がやってきます。そしてこれが経緯精算の意味を大きく変えることになります。

それ以前は、経費精算はあくまで自分や仲間のためにやるものでした。だからある程度いい加減でも大丈夫という意識があった。でも株主や債権者など人のお金で経営をやるとなると、さすがにお金を適当に使うわけにはいきません。

こうして「私はお金をちょろまかしておらず、こんなふうに使いました。残ったお金はいくらです」ときちんと説明する必要が生まれ、経費精算の意識も大きく高まった。結果、会計や経費精算のルールがいろいろ整備され、監査という職業もこの頃に始まります。

ちなみに日本人は一般的に、こうした「人さまからお金を預かり、代理人としてビジネスをやっている」という意識が希薄です。それを表すのが、公開企業の株主総会などで経営者や社長が自社のことを呼ぶ時の言い方です。多くの人が「わが社は~」「われわれは~」と言いますよね。対して欧米では、株主を前にした時に「Your Company」と言います。そこにあるのは自分たちの会社ではなく、株主の会社という意識なんです。

「管理会計」により経費精算が経営戦略の一環に

さて、会計の歴史はさらに進み、19世紀末のアメリカではより大型化した「パブリックカンパニー」が誕生します。株式会社はマーケット的性質を強め、見ず知らずの人たちから巨額の資金を集めて会社を運営するようになります。これにあわせるようにして、より効率的に利益を上げるべく大量生産の時代がやってきます。

そして20世紀初頭、利益効率をさらにアップさせたいというニーズに応え、シカゴ大学の教授だったジェームズ・マッキンゼーにより「管理会計」がはじまります。これにより会社の会計は、株主と債権者に対し会社の状況を報告するこれまでの「財務会計」と、経営問題を分析・解決するために経営者が自由に組み立てる「管理会計」の2本立てとなります。いわば財務会計が守りの会計で、管理会計が攻めの会計です。

以降、管理会計は世界のスタンダードとなっていきます。それにともない、経費の概念ももう一歩進んだものとなります。会社の利益を科学的に上げるために、経費を効果的に使う必要が出てきた。また管理会計とともに「予算管理」の概念も導入され、経費は基本的に予算内に収めるものとなったのです。

中世イタリアの小規模経営の時代は、あくまで自分たちのためのものであった経費精算は、その後オランダやイギリスでおこった株式会社により、株主や債権者に報告するという役割を帯び、さらにアメリカにおけるパブリックカンパニーの誕生で、再び自分たちのためにという意義が加わりました。それに伴い経費精算は、経費をきちんと管理し、戦略的に使うために行うものという性質を強めたのです。

後編はこちら:「今こそ変わり目です」。ベストセラー『会計の世界史』作者が説く経理の新しい役割

※掲載している情報は記事更新時点のものです。

※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談していただくなど、ご自身の判断でご利用ください。