「今こそ変わり目です」。ベストセラー『会計の世界史』作者が説く経理の新しい役割【後編】

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会計の歴史とともに、経理の役割や意義も変化を遂げてきました。そして今こそが、経理業務が新しいステージに進む大転換点だと話すのが、ベストセラー『会計の世界史』の著者・田中靖浩さんです。

経費精算の歴史を紹介した前編に続き後編では、経理業務のこれまでと、それが今後どのような位置づけになっていくのかをズバリ予見していただきました。

取材ご協力:
田中 靖浩(たなか やすひろ)
田中靖浩公認会計士事務所所長。産業技術大学院大学客員教授。1963年三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社などを経て現職。ビジネススクール、企業研修、講演などで「笑いが起こる会計講座」の講師として活躍する一方、落語家・講談師とのコラボイベントを手掛けるなど、幅広く活動中。近著に『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ―500年の物語』、ほか『良い値決め 悪い値決め ―きちんと儲けるためのプライシング戦略』など多数。

最初はただお金を数えていればよかった

会計の歴史が進むにつれ、経理の役割もいろいろと変わってきました。

まだ会社の規模が大きくなかった時代では、経理は“お金をきちんと数えること”が一番の役割でした。それを表す言葉がイギリスにあります。「Bean Counter」です。直訳すると、豆を数える人。経理担当者をちょっと侮蔑の意味を込めて呼ぶ時に使います。要は、経理は小銭を勘定していればいいんだ、と。帳簿をつけてお金がきちんとあるかどうかを確かめるという、経理の本来の役割を表しています。

その後、会社の規模が大きくなるにつれ、経理はチームで連携しながら業務を行う必要が出てきました。要はチームワークが求められるようになった。そして会社の大規模化がさらに進むと、今度は他部署との連携も必要になってきました。

そもそも経理部署と他の部署は、ややもすると対立構造になりがちです。たとえば営業部門や生産部門の人は、経理部門をこんなふうに疎んじることがあります。「会社の利益を稼いでいるのはおれたちなのに、あいつらは金のことでうるさいことばかりいいやがって…」と。対して経理は経理で彼らに対し「むやみにお金を使いやがって」「ひたすらつくるだけの仕事のくせに」と思っていたりする。これは今でもよくある構図ですよね。

また少し侮蔑的なニュアンスになりますが、そんな構図を表す言葉がアメリカにあります。「Accounting Guy」です。直訳すると経理マンですが、ニュアンス的には「会計野郎」といったところでしょう。往々にして「あいつら借り方・貸し方とか会計用語を使ってわけのわからないことを言ってけむに巻いてくるから、話すのがイヤなんだよ」といった意味合いが含まれています。

スペシャルになるカギは「コミュニケーション」

会社が大きくなったことで分業化が進み、部署ごとの立場がはっきり分かれるようになった。それに伴い、経理部署と他部署は溝が生じやすくなった。とはいえ会社が大きくなったからこそ、経理業務をつつがなく行わないと経営はうまくまわらない。そこで他部署との溝を埋め、うまく連携を図りながら業務を進めるためのコミュニケーションが必要になったというわけです。

そしていよいよ第3段階です。20世紀になると、経営状態の分析・改善を目的とした「管理会計」が浸透し、さらに21世紀にはIT化が進み、もう経理自身が“豆粒を数え”なくても、正確なデータがパッと出るようになりました。人間が介在する機会が減れば減るほど、計算ミスは減っていった。そしてこの傾向は、今後も劇的に進んでいきます。つまり金勘定というレベルにとどまっている限り、経理の仕事は確実になくなっていくのです。

では、経理にはどんな役割が残るのか。実は大きな転換期にある今こそ、“スペシャル”な存在となる絶好のチャンスでもあるんです。その重要なカギとなるのが、やはりコミュニケーションです。しかしここでいうコミュニケーションは、前の段階で述べたコミュニケーションをさらに一歩前に進めたものになります。

端的にいうと、今後経理に求められるのは、コンピュータによってはじき出された経費データを、会社の意思決定に本当に役立つ形に加工し、提示することです。たとえば、出てきた経費データのすべてをそのまま経営トップに渡すだけでは、まず使ってもらえないでしょう。データを生かしてもらうには、使う人に合わせてセレクトし、加工し、適切なタイミングで渡さないといけないのです。

たとえば、会社の工場長にデータを渡すのに、12桁の数字をそのまま渡してもとても見てもらえないだろう、そもそも老眼で細かい数字が見えないかもしれない、ならば2桁の数字で大要をつかんでもらうのがベストじゃないか、でも推移も理解してもらいたいので、折れ線グラフを付けよう、といった具合です。要は漠然とした経費データを、相手によってどんな方向性で生かしてもらうかを決めることが経理に求められてくるのです。

今後の経理に必要なのは“経理以外の本を読むこと”

それを実現するには、経営者や各部門の担当者が、どんなタイミングでどういう情報を欲しているのかをつかむ必要があります。そのためには、自分から接触をはかり、会話し、ニーズを的確に引き出すことが重要です。そうした意味合いの「コミュニケーション」なんです。これを経ずに、経理の方から一方的に「こんなデータがあるので使ってください」とやっても、相手にとって本当に有用な情報とは、なかなかならないでしょう。

ホンダを立ち上げた本田宗一郎さんの右腕として、会社の経理や財務を取り仕切った藤沢武夫さんという方がいます。彼は『経営に終わりはない』という本を書いていて、その中で会社の経理部の人たちに対し「細かい数字をそのまま出すのではなく、グラフ化するなど見せ方の工夫をしなさい」と諭した話が紹介されています。

つまり、今経理に求められているような課題が、既に1950年代に顕在していたのです。ただ当時の経理はまだ法律に則り正しく記録するという業務ウェイトが高かったので、それほど取り沙汰されなかった。それが、経理の記録業務の自動化が大きく進みつつある今、前面に出てきたというわけです。

こうした状況をふまえて経理の方にぜひおすすめしたいのが、日常から経理の実務書以外の本を読むことです。今後、経理とITは切っても切り離せなくなります。だから、たとえば、“情報とは何か”とか、“インターネットが私達の生活をどう変えたのか”といった大局的な視点を持つことが大切になります。それには、経理以外の本が大きなヒントとなるはずです。

近代史の本を読むと、これまで日本でどれだけ情報産業が軽んじられてきたかがわかります。多くの意思決定者は「データより精神性が重要」といった態度でした。逆にドイツの軍人・モルトケなんかは、データを利用して19世紀後半に戦争に勝ちまくりました。そういうことを勉強すると、情報とはどう捉えるべきものなのかがわかり、視野の広さみたいなものも手に入れられます。

今後の経理にとっての“手に職”とは?

現状では、ほとんどの経理担当者がルールベースの仕事をこなすだけにとどまっています。だからこそ、こうした従来とは違う視点を持ち込むだけで、かなりユニークな存在になれます。仕事がどんどんなくなりそうと心配する向きもあるかもしれませんが、裏を返せば転換期だからこそ大きな可能性が開けてもいるんです。

たとえばこれまでは、どの会社にいっても通用する帳簿作成や決算整理のやり方を覚えることが、経理にとっての“手に職”でした。ところが今はそこをコンピュータが担い始めています。だからそうした“手に職”は消滅しつつあります。

かわりに今後は、たとえばこんな能力が“手に職”になると思います。会社の現状を的確につかみ、社内の人と相談もしながら、うちにはこういう管理会計的なデータがあったら活きそうだなというアイデアを柔軟に生み出せる。さらにはそれを月次決算の3日以内とかにエクセルで形にすることができる。「会計情報のことはあいつに相談してみよう」と思われる力があれば、どんな会社でも重宝がられ、引く手あまたの存在になれるでしょう。

要は経理業務の自動化で浮いた時間を、会社の戦略構築に活かせる人材というのがポイントになってきます。

それを実現するためには、「これはどうでしょう?」「そっちがダメならこっちでいかがでしょう!?」と失敗を恐れず果敢にトライ&エラーを繰り返すことも大切になるでしょう。また、周囲とコミュニケートし続けることも重要になるでしょう。

そう考えると今後の経理の理想像は、会計が始まった中世イタリアの経理マンの感じに近いのかもしれません。明るく楽しくて、周囲とコミュニケーションを欠かさず、飲み会なんかにすぐ誘われるような存在。会計が始まって約500年の間にいろいろあったけど、結局は1周して元の場所に戻ってきたということでしょうか(笑)。

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