
「国税庁の職員に抜き打ちで来られるという恐怖体験してみろよ」――先日、ツイッターで国税庁への怒りを爆発させたネットニュース編集者の中川淳一郎さん。
中川さんはフリーランス7年目の2007年に、国税局の税務調査を受けたそうです。当時は“ネットニュース”という仕事も知られておらず、国税職員に説明してもなかなか伝わらない。一切不正をしていないのに「無実を信じてもらえない」という危機感を味わいました。
中川さんが「本当に怖かった」という税務調査の体験と、ツイッターで国税庁に対し満腔の怒りを叩きつけた真意について聞きました。
「この中川とは何者だ?」 年収激増で疑い
※ろくろを回してくれました
ネットニュース編集者/PRプランナー
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『謝罪大国ニッポン』『バカざんまい』など多数。
――早速ですが、中川さんはこれまで何回税務調査を受けました?
これまでに2回受けました。
1度目が国税局の税務調査で、フリーランス(個人事業主)7年目だった2007年8月ですね。2度目は税務署の税務調査で、俺が「株式会社ケロジャパン」という会社を設立した後の2013年でした。
――個人事業主としても法人としても経験があるんですね。今回はフリーランス7年目のときの国税局による税務調査について教えてください。
まずは経緯を話すと、大学卒業から4年間働いた博報堂を2001年に辞めて、その年からフリーランスのライターを始めたんですよ。
フリーランス1年目は主に雑誌のライターをしていたんですけど、某IT企業・A社ともライティングの仕事を始めたんです。ちなみに1年目の年収は60万円です。
――60万円! 日本のライター界では一番稼いでいると噂もある今の中川さんからは想像できないですね。
コラ! 誰がそんなテキトーなこと言っておるのだ。ちなみにフリー2年目は年収400万円になりました。3年目、4年目も順調に伸びて、2005年の5年目は年収840万円まで増えました。
2006年は年商1,700万円、2007年には年商3,600万円になりました。ここで「年商」を使っているのは別のライターへの外注もあり、自分の純粋な年収ではないからです。
で、収入が激増したこの2007年に税務調査が入ったんです。
――なんでいきなり収入が増えたんですか?
実は2006年8月から、さっき話したA社から毎月まとまった金額の仕事を受注するようになったんですよ。
ネットニュースの仕事なんですけど、毎日12本の原稿を俺が用意して、それをA社のニュースサイトに掲載するという作業です。
これまでも同社からはメルマガとかパンフレットの制作で仕事をもらっていたんですけど、この新しい仕事のおかげで2006年後半から一気に収入が上がることになりました。
2001年:フリー1年目。年収60万円。主に雑誌ライター。A社と仕事を始める。
2002年:年収400万円。
2003年:年収600万円。
2004年:年収800万円。
2005年:年収840万円。
2006年:年商1,700万円。8月以降はA社から毎月固定額の仕事を受注。
2007年:年商3,600万円。国税局の税務調査が入る。
――それで国税局に怪しまれたと。
企業って何年かに一度、税務調査が入るんですよ。それで俺の年収が激増した2007年は、たまたまA社に税務調査が入る年だった。そのA社の調査で国税職員が色々調べていくと、中川淳一郎という個人に毎月かなりの大金を支払っている。
国税職員にしてみれば、「この中川淳一郎というやつは一体何者なんだ?」となったわけです(笑)。
――普通はライター業でそこまで稼げると思えないですしね。
そうそう。それに、当時は俺の名前をネットで検索しても、なにも出てこないわけですよ。そんなどこの馬の骨かも分からないフリーランスに莫大な金を支払っている。
それで、国税局は、A社がトンネル会社としてよく分からない個人にお金を払って、資金を還流しているんじゃないかと疑ったんでしょうね。
脱税等を目的として、お金や仕事を回して通過させる名目上の会社のこと
<還流>
流れを元のところに戻すこと。資金還流などと言う
「これ信じてもらえないわ」 恐怖の税務調査
――それで中川さんのところへ国税職員が来たんですか?
いきなり、しかも実家に来たんですよ。というのも、当時は下北沢近くの一軒家を借りてそこを事務所にしていて、俺は立川市にある実家から下北沢の事務所に通勤していたんです。その事務所のことは国税局は把握していない。だから母親が対応してくれたんです。
いきなり背広姿の2人組の男がやってきて、「中川淳一郎さんいらっしゃいますか?」と母親は聞かれた。それで「朝に自宅を出て、今は下北沢近くのオフィスにいますよ」と言って住所を教えてくれたんです。
それから男2人は俺がいる下北沢の事務所に向かったんだけど、その後、母親からすぐ連絡が来ました。
「アンタ、なんばしよっと!?」「国税局の人が2人来たっちゃ! 脱税しよっと!?」って。このとき、母親は「息子が逮捕されるんじゃないか」と相当狼狽したと思います。
俺は「そんなことしとらん!」と釈明するのに必死でした(※中川さんは北九州出身)。
俺も、不正をした覚えは一切ないけど疑心暗鬼になるんです。その頃は税理士に頼まず自分で確定申告していたんですよ。もう6回も確定申告の経験があって慣れていたけど、何かミスがあったんじゃないかと。
ニュースで家宅捜索の映像なんか見るわけじゃないですか。人がぞろぞろと家に入っていく。税務調査って聞いて、あれと同じような“ガサ入れ”を想像したんです。それは本当に怖かったですよ。ヘンな話ですが「頼むから早く来てくれ……」とさえ思いました。
――お母さまも怖かったでしょうね。その2人の国税職員は物々しい雰囲気なんですか?
これがものすごく丁寧なんですよ。背広にネクタイを着けて、誠実そうな40代と30代の男性2人。ものすごく紳士的で低姿勢。全く高圧的ではなく、営業マンって感じですね。
――そんな2人が事務所にやってきた。
ただの一軒家で、とにかく雑然として汚い事務所にね(笑)。
玄関には水槽があってメダカとかザリガニとか入れているんですよ。台所を通って2階に上がり、8畳ぐらいのスペースが仕事部屋。そこにもベンチプレスとか置いているんですよ(笑)。どう考えてもオフィスっぽくないんですよね。
その仕事部屋に2人が入ってきて、あらためて「なんで俺のところなんですか?」って聞いたら、こう言うんです。
「今、私たちはある企業の調査をしていて、あなたとの関係性でやや不可解な点がある。それはA社とあなたの関係です」と(笑)。
「おぉ! いっぱい仕事してますよ!」って言ったんですよ。
その瞬間に相手の目が鋭くなって「どんな仕事しているんですか?」と聞いてくる。ここからが大変だった。
――ネットニュースの仕事って伝わらなさそう……。
そう。しかも2007年当時はまだネットニュースが一般的じゃなかったからね。
「朝何時に起きて、朝から午後にかけてネットニュースの原稿12本をA社の〇〇さんと××さんにメールで送る仕事をしています。その原稿をインターネットのニュースサイト上に掲載します。この編集の仕事を私がやっていて、隣の机では一橋大学の学生が週2回バイトに来て、原稿を書いています。フリーのライターも15人ぐらい雇ってます」と丁寧に説明していきました。
それでも2人は全く分からないわけですよ(笑)。なんでこんな一軒家の2階でニュースが生まれているんだと(笑)。
――ニュースというと、記者が外で取材しているイメージですもんね(笑)。
なのに、ヨレヨレのTシャツ短パンの俺とか学生が、ニュースの原稿を作ってるわけですよ(笑)。しかもビールの缶が部屋にいっぱいあるんです。「これ信じてもらえないわ」と思ったね。
信じてもらえたけど…「国税庁むかつく」理由
――そこからどう釈明したんですか?
幸い、A社の担当者に毎日12本の原稿を送っていたメールの履歴が全部残っていたんです。それに原稿を書いてくれるライターからのメールも残っていて、メールの文面には「お疲れ様です。A社の原稿を送ります」と書いてある。
そこで、「私はこうしてライターの皆様から原稿をいただき、それを編集して、A社に毎日送っています」ということが証明できた。
あとはライターに原稿料を支払うとき、ライターの名前、記事のタイトル、連絡先とかを全てExcelで管理していた。これで俺がA社とネットニュースの仕事をしているって信じてもらえたんですよ。
・取引先とのメールの履歴
・ライターへの報酬の支払管理表(Excel)
――調査はその日で終わったんですか?
2時間ぐらいで終わりました。証拠もあったし、すぐに怪しくないと判断されたから早く終わったんだと思います。怪しい下請けがいるから来てみたけど、意外とクリーンだったということです。
――よく「税務調査はきつい」と聞きますが、それはなかったですか?
きついはきついよ。こっちは無実を証明しなきゃいけないから。俺はたまたまメールの履歴と報酬管理表があったからよかったけど、証明できないことだってあるかもしれないですからね。
――ツイッターでは「国税庁むかつく」とかなり激怒されていましたが、その真意は?
国税職員とか税務職員は、本当に丁寧な人たちなんですよ。その人たちが嫌いなわけじゃない。
でも、無実なのに家族ともども不安を煽られ、精神的に追い詰められるのはとてもストレスがかかります。ちょうど俺は、あの時期に一番大事な人を自殺で失っていたので、精神的に不安定でしたし。もちろん国税職員自身もストレスを感じているだろうとは思いますけどね。
あとは「儲かっている会社は悪いことしているだろう」「お金を取れるところから取ろう」という魂胆だろうと感じずにはいられないんです。それはこれから話す、会社設立後の税務調査の話に絡んできます。
(執筆:久住梨子)
中川さんが2度目の税務調査を受けた話はこちらから
■2018年11月15日掲載:
中川淳一郎に聞く、税務調査で「バカでキレる社長」を演じたワケ【法人編】
※掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。