- 作成日 : 2025年8月19日
M&A戦略とは?立案の流れやポイントを解説
企業の持続的な成長、新規市場への挑戦、そして円滑な事業承継。現代の経営者が直面する多様な課題に対し、M&A(合併・買収)は事業を飛躍させる強力な選択肢となり得ます。しかし、その一方で、M&Aが必ずしも成功を約束するものではなく、期待した効果が得られないケースが後を絶たないのも事実です。
では、成功するM&AとそうでないM&Aは、一体何が違うのでしょうか。その成否を大きく左右するのが、実行前にどれだけ深く練り上げられた「M&A戦略」が存在するかという点にあります。
この記事では、M&A戦略の定義から、具体的な立案の流れ、売却側・買収側それぞれの立場で押さえるべきポイントまでを、分かりやすく解説します。
M&A戦略とは?
企業の成長や変革を目指す上で、M&A(合併・買収)は有力な選択肢の一つです。しかし、その成否は行き当たりばったりの判断ではなく、一貫したM&A戦略に基づいているかどうかに大きく左右されます。
M&A戦略とは、自社の経営課題を解決し、持続的な成長を実現するために、どのような目的で、どの領域の、どのような企業を、いつ、いかにしてM&Aの対象とするかを明確にする、経営戦略に深く根差した計画のことを指します。
経営戦略におけるM&A戦略の位置づけ
M&A戦略は、独立して存在するものではなく、企業全体の経営戦略の一部として機能します。全社的なビジョンや事業ポートフォリオの方針に基づき、既存事業の強化、新規市場への進出、あるいは事業の再構築といった目的を達成する手段として位置づけられます。
経営戦略が示す大きな方向性の中で、M&Aという手法をどのように活用するのかを具体的に定めるのがM&A戦略であり、両者は密接に連携している必要があります。
M&A戦略がない場合のリスク
明確な戦略がないままM&Aを進めると、多くの危険が伴います。例えば、案件ありきで話が進んでしまい、買収後にシナジーが全く創出できない事態が考えられます。
また、高値掴みをしてしまい投資回収が困難になったり、買収後の統合がうまくいかず組織が混乱したりする可能性も高まります。こうした失敗は、企業の財務状況や組織文化に深刻なダメージを与えかねません。
M&A戦略の重要性
M&Aの成功確率を高める上で、事前の戦略策定は極めて大切です。戦略があることで、自社の進むべき方向が明確になり、M&Aの目的がぶれることを防ぎます。
これにより、数ある選択肢の中から自社にとって最適な相手企業を見つけ出し、一貫した方針のもとで交渉や統合を進めることが可能になります。
シナジー効果の最大化
M&Aの醍醐味は、複数の企業が一つになることで生まれるシナジー効果にあります。これは、販売網の相互活用による売上向上(売上シナジー)や、拠点の統廃合による経費削減(コストシナジー)など多岐にわたります。
M&A戦略を策定する段階で、どのようなシナジーを期待するのかを具体的に描いておくことで、買収後の統合計画(PMI、Post-Merger-Integration)もスムーズに進み、期待される効果を最大限に引き出すことができます。
M&Aの成功確率向上
M&Aは複雑で、多くの不確実性を伴います。しかし、事前に詳細な戦略を練っておくことで、判断基準が明確になります。
ターゲット企業の選定から、買収価格の算定、交渉の進め方に至るまで、全ての意思決定が戦略という軸に沿って行われるため、場当たり的な判断を避けられます。結果として、M&Aが本来の目的から逸れることなく、成功に至る可能性を高めることにつながります。
M&A戦略の立案の流れ
効果的なM&A戦略は、体系的な手順を経て策定されます。自社の現状分析から始まり、M&Aの目的を明確化し、具体的な対象企業の選定、そして買収後の統合計画まで、一連の流れに沿って慎重に検討を重ねることで、戦略の実効性が高まります。
1. 経営課題の分析とM&Aの目的設定
最初の段階は、自社の現状を客観的に分析することから始まります。自社の強み・弱み、市場での立ち位置、財務状況などを多角的に評価し、解決すべき経営課題を特定します。
その上で、その課題解決のためにM&Aが最適な手段であるかを判断し、「事業エリアの拡大」「新規技術の獲得」「後継者問題の解決」といった具体的な目的を設定します。この目的が、以降の全ての活動の指針となります。
2. M&Aの基本方針の策定
目的が定まったら、それを達成するための基本方針を固めます。どのような事業領域を対象とするのか、どの程度の規模の企業を探すのか、予算の上限はいくらに設定するのか、といった大枠を決定します。
また、買収、合併、資本提携など、どのようなM&Aスキームを用いるのかについても検討します。この方針が明確であるほど、効率的に候補企業を探し出すことが可能になります。
3. ターゲット企業の選定
基本方針に基づき、具体的な候補企業を探し出します。まず、条件に合致する可能性のある企業を幅広くリストアップした「ロングリスト」を作成します。
次に、事業内容や財務状況、企業文化などの観点から絞り込みを行い、優先度の高い数社からなる「ショートリスト」へと精査していきます。この絞り込みの精度が、M&Aの成否に直接的な影響を与えます。
4. PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の計画
M&Aは契約締結がゴールではありません。買収後の統合(PMI)こそが成功の可否を分けます。そのため、最終的な交渉に入る前の段階から、PMIの計画に着手することが求められます。
業務、組織、人事制度、情報システムなど、多岐にわたる領域でどのように統合を進めるのか、具体的な計画を策定します。PMIの準備を早期から進めることで、買収後のスムーズな連携を実現します。
売却企業のM&A戦略ポイント
企業を売却する側の立場においても、M&A戦略は企業の未来を左右する大切な指針となります。自社の価値を正しく評価し、最適な相手に引き継いでもらうためには、計画的な準備と交渉が欠かせません。目的を明確にすることで、従業員や取引先にとっても最良の選択が可能になります。
企業価値の最大化
自社の企業価値を最大限に高めて売却することは、オーナー経営者にとって大きな目標の一つです。そのためには、売却を決意した段階から、計画的に企業価値向上策を実行する必要があります。
収益性の改善、不要資産の整理、ガバナンス体制の強化などを通じて財務内容や事業の魅力を高めます。そして、自社の強みを最も高く評価してくれる買収候補先を選定し、交渉に臨むことが成果につながります。
事業承継問題の解決
後継者不在は、多くの中小企業が直面する深刻な課題です。親族や社内に適任者が見つからない場合、M&Aは有力な事業承継の手段となります。
この場合の戦略では、売却価格だけでなく、従業員の雇用維持や、長年築き上げてきた企業文化を尊重してくれる相手かどうかを見極めることが非常に大切になります。会社の未来を託すにふさわしいパートナーを探し出す視点が求められます。
選択と集中による経営資源の再配分
企業が複数の事業を手掛けている場合、ノンコア事業(非中核事業)を売却し、得られた資金を主力事業に集中投資する「選択と集中」もM&Aの活用法です。
この戦略では、自社のポートフォリオ全体を見渡し、将来性の高い事業とそうでない事業を冷静に判断します。ノンコア事業を、その事業をより成長させられる他社へ譲渡することは、双方にとって合理的な判断となり得ます。
買収企業のM&A戦略ポイント
企業を買収する側にとって、M&Aは時間を買う行為とも言えます。新規事業を一から立ち上げるよりも速く、市場への参入や事業規模の拡大を実現できます。ただし、その効果を確実にするためには、何のために買収するのかという目的意識を明確に持った戦略が不可欠です。
新規事業への進出と事業多角化
自社にない技術やノウハウを持つ企業を買収することで、短期間で新規事業分野への参入が可能になります。これは、市場の変化が速い現代において、成長機会を逃さないために有効な手段です。
戦略を立てる際には、自社の既存事業との親和性や、参入しようとする市場の将来性を慎重に見極める必要があります。未知の分野へ進出するリスクを管理しながら、新たな収益の柱を育てる視点が大切です。
スケールメリットの獲得と市場シェアの拡大
同業他社を買収することで、生産規模や販売網を拡大し、スケールメリットを追求できます。仕入れコストの削減や、生産効率の向上などが期待でき、業界内での競争優位性を高めることにつながります。
この戦略では、買収によってどれだけ市場シェアを高められるか、そしてそれによってどのような競争上の利点が得られるかを具体的に分析することが成功の条件です。
技術や人材の獲得
特定の先進技術、特許、あるいは優秀なエンジニアや専門家チームを獲得することを目的としたM&Aも増加しています。
特にITやバイオといった技術革新が速い業界では、自社での研究開発を補完し、競争力を維持・強化するためにこの手法が用いられます。この場合、買収対象となる技術や人材の価値を正しく評価し、買収後にその能力が最大限発揮されるような環境を準備することが求められます。
M&A戦略策定の注意点
M&A戦略を策定し、実行する過程には、いくつかの落とし穴が存在します。成功事例の裏には、計画の甘さや見通しの誤りから失敗に終わった数多くの事例があります。事前にこれらの注意点を理解し、対策を講じておくことで、失敗のリスクを低減させることができます。
目的の曖昧さ
M&Aを行うこと自体が目的化してしまうケースは、失敗の典型例です。なぜM&Aを行うのか、それによって何を達成したいのかという根源的な目的が曖昧なままでは、適切な相手企業を選ぶことができません。
また、交渉の過程や買収後の統合においても、判断の拠り所がなくなるため、一貫性のない行動につながりやすくなります。常に「何のためか」を問い続ける姿勢が欠かせません。
デューデリジェンスの不備
デューデリジェンス(買収監査)は、買収対象企業の価値やリスクを精査する手続きであり、M&Aの意思決定における生命線です。
財務や法務、事業内容の調査が不十分な場合、買収後に偶発債務や訴訟リスクといった想定外の問題が発覚することがあります。デューデリジェンスは専門家を活用し、徹底的に行うべきです。表面的な情報だけでなく、事業の実態や潜在的なリスクまで深く掘り下げることが求められます。
PMIの軽視
M&Aの成否は、契約調印後の統合プロセス(PMI)にかかっていると言っても過言ではありません。しかし、交渉に注力するあまり、PMIの計画がおろそかになる企業は少なくありません。
異なる文化を持つ組織を一つにまとめる作業は、想像以上に困難を伴います。PMIの計画不足は、従業員の離反、業務の混乱、そして期待したシナジーの未達といった深刻な結果を招きます。
M&A戦略の実例
M&A戦略がどのように企業の成長に結びついたのか、具体的な事例を見ることで理解が深まります。ここでは、近年の日本企業による特徴的なM&Aの事例を取り上げ、その戦略的な意図を考察します。
日本製鉄によるUSスチール買収(2023年発表)
日本製鉄が発表した米鉄鋼大手USスチールの買収は、グローバル市場での競争力強化を目的とした戦略的な一手です。
このM&Aにより、同社は高品質な鉄鋼製品の生産能力を大幅に増強し、特に需要の拡大が見込まれる北米の自動車市場やインフラ分野での存在感を高めることを目指しています。先進技術を持つ企業の買収を通じて、グローバルな供給網を再構築し、成長市場での主導権を握るという明確な戦略が見て取れます。
セブン&アイHDによるコンビニ事業の集中(2023年)
セブン&アイ・ホールディングスは、百貨店事業などを売却する一方、祖業である国内外のコンビニエンスストア事業に経営資源を集中させる戦略を鮮明にしています。
米国のコンビニ大手スピードウェイの買収はその象徴であり、北米市場でのドミナント戦略を加速させるものです。これは、自社の強みである事業領域を見極め、そこに資源を再配分する「選択と集中」をM&Aを通じてダイナミックに実行している好例と言えるでしょう。
自社に合ったM&A戦略の実現に向けて
M&Aは、単に企業を売買する取引ではなく、企業の未来を形作り、持続的な成長を実現するための、極めて戦略的な経営活動です。この記事では、その成功の土台となるM&A戦略について、基本的な考え方から立案の流れ、そして実行における注意点までを解説しました。
成功したM&Aの事例に共通しているのは、自社の経営課題とM&Aの目的が明確に結びついており、その目的達成に向けた一貫した計画が存在する点です。特に、買収対象を徹底的に調査するデューデリジェンスと、買収後の円滑な統合を実現するPMIへの周到な準備は、その成否を分ける分岐点と言えるでしょう。
変化の速い現代の市場環境において、M&A戦略は一度立てて終わりではありません。市場の動向や自社の状況に合わせて柔軟に見直し、実行していく姿勢が求められます。
この記事を参考に、まずは自社の現状と向き合い、どのような未来を描くのかを明確にすることから始めてみてはいかがでしょうか。M&Aの実行には高度な専門知識も要するため、必要に応じてM&Aアドバイザーといった外部の専門家へ相談することも、成功の確率を高めるための賢明な選択です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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