- 作成日 : 2025年9月9日
範囲の経済とは?企業戦略における重要概念を基礎から実例まで徹底解説
範囲の経済は、複数の製品やサービスを同一企業で生産することによりコスト削減を実現する経済理論です。現代企業の多角化戦略や事業拡大の根拠となるこの概念について、基本原理から具体的な活用事例までを解説します。
目次
範囲の経済とは?
範囲の経済の基本概念と、企業経営における意義について詳しく説明します。
範囲の経済の基本定義
範囲の経済とは、異なる複数の製品やサービスを単一の企業で生産・提供することで、それぞれを別々の企業で生産する場合よりも総コストを削減できる現象を指します。この概念は、企業が事業領域を拡大する際の経済的合理性を説明する重要な理論です。
具体的には、共通の資源や能力を複数の事業分野で活用することにより、重複投資を避け、効率的な資源配分を実現します。例えば、同一の生産設備、販売チャネル、研究開発部門、管理システムなどを複数の製品ラインで共有することで、単位あたりのコストを大幅に削減できます。
範囲の経済は「規模の経済」とは異なる概念です。規模の経済が同一製品の大量生産によるコスト削減を意味するのに対し、範囲の経済は製品の多様化によるコスト効率の向上を表します。現代の多角化企業において、この概念は事業戦略の根幹を成す重要な要素となっています。
範囲の経済が生じる仕組み
範囲の経済が発生する主要な仕組みとして、共通資源の有効活用が挙げられます。企業が保有する有形・無形の資源を複数の事業で共有することにより、資源の稼働率向上と重複投資の回避が実現されます。
研究開発活動における知識やノウハウの共有も重要な要因です。一つの事業分野で蓄積された技術や専門知識を他の事業領域に応用することで、新製品開発コストの削減や開発期間の短縮が可能となります。この知識のスピルオーバー効果は、特に技術集約型企業において顕著に現れます。
マーケティングや販売活動における共通基盤の活用も範囲の経済を生み出します。既存の顧客基盤、ブランド認知度、販売ネットワークを新製品の展開に活用することで、市場参入コストを大幅に削減できます。
範囲の経済と企業戦略
範囲の経済は、企業の多角化戦略や垂直統合戦略の理論的根拠となります。関連多角化では、既存事業で培った能力や資源を活用して新規事業に参入することで、競争優位性を構築できます。
また、バリューチェーンの異なる段階を統合する垂直統合戦略においても、範囲の経済が重要な役割を果たします。川上から川下までの一貫した事業展開により、各段階で蓄積された知識や資源を相互に活用し、全体最適化を図ることができます。
現代のデジタル経済においては、プラットフォーム戦略における範囲の経済の重要性が高まっています。単一のプラットフォーム上で複数のサービスを提供することで、ユーザーデータや技術基盤を効率的に活用し、競合他社に対する優位性を確立できます。
範囲の経済の効果
範囲の経済がもたらす具体的な効果と、その発現メカニズムについて解説します。
コスト削減効果
範囲の経済の最も直接的な効果は、総コストの削減です。共通の生産設備や施設を複数の製品で共有することにより、設備投資の重複を避け、固定費の配分効率を向上させることができます。製造業においては、同一の工場で複数の製品を生産することで、設備稼働率の向上と単位あたり固定費の削減を実現できます。
管理コストの削減も重要な効果の一つです。人事、経理、法務などの間接部門を複数事業で共有することで、管理コストの重複を排除し、組織全体の効率性を高めることができます。特に、専門性の高い管理機能については、単独事業では十分に活用できない能力を複数事業で有効活用できる利点があります。
研究開発コストの効率化も見逃せません。基礎研究や共通技術の開発成果を複数の製品開発に応用することで、研究開発投資の回収効率を向上させることができます。また、異なる事業分野の研究者間の知識交流により、イノベーションの創出確率も高まります。
収益向上効果
範囲の経済は、コスト削減だけでなく収益向上にも寄与します。既存顧客に対する新製品の提案により、顧客あたりの売上高を増加させるクロスセリング効果が期待できます。顧客との既存の信頼関係を基盤として、新たな価値提案を行うことで、競合他社よりも有利な条件で事業拡大を図ることができます。
ブランド価値の相互活用も収益向上に貢献します。強力なブランドを保有する企業が新製品を投入する際、既存ブランドの信頼性や認知度を活用することで、マーケティングコストを削減しながら市場浸透を加速できます。
市場支配力の強化により、価格決定権を向上させる効果もあります。複数の事業分野で強いポジションを築くことで、個別の事業における交渉力を高め、より有利な取引条件を獲得できる可能性が高まります。
競争優位性の構築
範囲の経済により、競合他社が模倣困難な競争優位性を構築できます。複数の事業領域にわたる複雑な能力の組み合わせは、単一事業の競合企業には再現が困難であり、持続的な競争優位の源泉となります。
また、事業ポートフォリオの多様化により、リスク分散効果も得られます。特定の事業分野が不振に陥った場合でも、他の事業からの収益でカバーすることができ、企業全体の安定性を向上させることができます。
顧客との接点拡大により、市場情報の収集能力も向上します。複数の事業を通じて得られる市場動向や顧客ニーズに関する情報を統合することで、より精度の高い事業戦略を策定できるようになります。
範囲の経済のメリット
範囲の経済がもたらす企業経営上の具体的なメリットについて詳しく分析します。
資源活用の最適化
範囲の経済の最大のメリットは、企業が保有する様々な資源を最大限に活用できることです。人的資源においては、特定の専門知識やスキルを持つ人材を複数の事業分野で活用することで、人件費の効率化と専門性の向上を同時に実現できます。
技術資源の活用効率も大幅に向上します。一つの事業分野で開発した技術や特許を他の分野に応用することで、研究開発投資の回収期間を短縮し、技術革新のスピードを加速できます。特に、基盤技術や共通技術については、この効果が顕著に現れます。
物理的資源の共有により、設備投資の効率化も図れます。製造設備、物流施設、販売拠点などを複数の製品・サービスで共有することで、資産回転率の向上と投資回収期間の短縮を実現できます。
市場機会の拡大
範囲の経済により、企業は新たな市場機会を効率的に捉えることができます。既存の能力や資源を活用して隣接する市場に参入することで、市場参入障壁を低く抑えながら事業領域を拡大できます。
顧客基盤の活用により、新製品の市場導入も円滑に進めることができます。既存顧客との信頼関係を基盤として、新しい価値提案を行うことで、市場開拓コストを削減しながら売上拡大を図ることが可能です。
また、一つの事業分野で培った市場知識や販売ノウハウを他の分野に応用することで、マーケティング効率の向上と成功確率の向上を実現できます。
組織能力の向上
複数事業の運営を通じて、組織全体の能力向上効果も期待できます。異なる事業分野での経験により、従業員のスキルの幅が広がり、組織全体の適応能力と問題解決能力が向上します。
事業間の知識共有により、学習効果とイノベーション創出効果も高まります。異なる事業分野の知見を融合することで、従来にない新しいアイデアやソリューションが生まれる可能性が高くなります。
管理能力の向上も重要なメリットです。複数事業を統括する経験により、経営陣の戦略的思考能力とマネジメントスキルが向上し、より高度な経営判断が可能になります。
範囲の経済のデメリット
範囲の経済にはメリットがある一方で、いくつかの潜在的なデメリットも存在します。
管理コストの増大
事業の多角化に伴い、組織の複雑性が増大し、管理コストが上昇する可能性があります。異なる事業分野では、市場特性、競争環境、成功要因が大きく異なるため、統一的な管理手法では最適な結果を得られない場合があります。
各事業部門間の調整コストも増大します。資源配分、戦略調整、業績評価などにおいて、複数事業間の利害調整が必要となり、意思決定プロセスが複雑化する傾向があります。
また、事業ポートフォリオが拡大するにつれて、経営陣の注意が分散し、個別事業への集中度が低下するリスクもあります。これにより、機会の見落としや問題への対応遅れが生じる可能性があります。
フォーカスの欠如
範囲の経済を追求するあまり、企業のコア・コンピタンスが曖昧になり、競争力の源泉が不明確になるリスクがあります。あらゆる分野に手を広げることで、どの分野においても中途半端な競争力しか持てない状況に陥る可能性があります。
特に、本業以外の分野への参入においては、その分野の専門企業と比較して劣位に立つ場合が多く、期待した成果を得られないことがあります。限られた経営資源を複数分野に分散することで、重点分野での競争力強化が阻害される恐れもあります。
市場の変化に対する対応速度も低下する可能性があります。複数事業を抱えることで組織の機動性が損なわれ、迅速な戦略転換や事業調整が困難になる場合があります。
シナジー効果の限界
理論的には範囲の経済効果が期待できる事業組み合わせでも、実際には十分なシナジー効果が得られない場合があります。事業間の関連性が低い場合や、組織文化の違いが大きい場合には、期待した相乗効果を実現することが困難になります。
また、時間の経過とともに事業環境が変化し、当初想定していたシナジー効果が失われる可能性もあります。技術の進歩や市場構造の変化により、事業間の関連性が薄れ、範囲の経済効果が減少することがあります。
共通資源の活用においても、各事業の要求仕様が大きく異なる場合には、効率的な共有が困難になることがあります。無理に共通化を進めることで、個別事業の競争力が低下するリスクもあります。
範囲の経済の注意点
範囲の経済を効果的に活用するために注意すべき重要なポイントについて説明します。
事業間の関連性の評価
範囲の経済を成功させるためには、事業間に十分な関連性があることが前提となります。単純に複数事業を組み合わせるだけでは効果は期待できず、共通の技術基盤、顧客基盤、流通チャネルなどの具体的な共有可能な資源が存在することが重要です。
関連性の評価においては、表面的な類似性だけでなく、深層レベルでの能力や資源の共通性を慎重に分析する必要があります。例えば、同じ製造業でも、求められる技術特性や品質水準が大きく異なる場合には、実質的な共有効果は限定的になる可能性があります。
また、現在の関連性だけでなく、将来的な関連性の変化も考慮する必要があります。技術革新や市場環境の変化により、事業間の関連性が強化される場合もあれば、逆に希薄化する場合もあるため、長期的な視点での評価が求められます。
組織設計の重要性
範囲の経済効果を最大化するためには、適切な組織設計が不可欠です。事業部制、マトリックス組織、ホールディングス制など、企業の状況に応じた最適な組織形態を選択する必要があります。
特に重要なのは、事業間の連携を促進する仕組みの構築です。定期的な事業部門間会議、横断的なプロジェクトチーム、人材の事業間ローテーションなど、組織的な学習と知識共有を促進する制度の整備が重要です。
評価制度についても、個別事業の業績だけでなく、事業間協力による全社最適化への貢献度も適切に評価する仕組みが必要です。短期的な個別業績のみを重視する評価制度では、範囲の経済効果を阻害する可能性があります。
リスク管理の観点
事業の多角化により、企業が直面するリスクの種類と複雑さが増大するため、包括的なリスク管理体制の構築が必要です。各事業分野特有のリスクに加えて、事業間の相関リスクや連鎖リスクについても十分に検討する必要があります。
特に、共通資源への依存度が高い場合には、その資源に問題が生じた際の全社への影響を慎重に評価する必要があります。例えば、共通の生産設備や基幹システムに障害が発生した場合、複数事業が同時に影響を受ける可能性があります。
また、事業ポートフォリオの最適化を定期的に見直し、収益性の低い事業や戦略的意義の薄れた事業については、売却や撤退を検討することも重要です。範囲の経済効果が期待できない事業を継続することは、全体の効率性を損なう要因となります。
範囲の経済の事例
実際の企業における範囲の経済の活用事例を通じて、その効果と成功要因を検証します。
製造業における事例
自動車産業において、トヨタ自動車は範囲の経済を効果的に活用している代表例です。同社は、乗用車、商用車、産業車両など複数の車両カテゴリーで共通のプラットフォームや部品を活用することで、開発コストの削減と品質向上を実現しています。
特に、ハイブリッド技術や安全技術などの先進技術については、複数の車種に展開することで開発投資の回収効率を高めています。また、世界各地の生産拠点においても、共通の生産システムや品質管理手法を適用することで、製造効率の向上と品質の標準化を図っています。
さらに、販売・サービス網においても、複数の車種を取り扱うことで、拠点あたりの収益性を向上させています。顧客データベースや販売ノウハウの共有により、顧客満足度の向上と営業効率の改善を実現しています。
IT・テクノロジー企業の事例
Googleは、検索技術を核とした範囲の経済の典型例です。同社は、検索エンジンで培った情報処理技術とデータ分析能力を、広告配信、地図サービス、動画配信、クラウドサービスなど様々な分野に応用しています。
共通の技術基盤とデータインフラを活用することで、新サービスの開発コストを削減しながら、高品質なサービスを提供しています。また、各サービスから得られるユーザーデータを統合活用することで、より精度の高いターゲティング広告を実現し、収益性を向上させています。
Amazon も範囲の経済を巧みに活用している企業です。電子商取引で構築した物流インフラとIT基盤を、クラウドサービス、デジタルコンテンツ配信、デバイス販売など多様な事業に展開しています。共通のプラットフォームを活用することで、事業拡大のスピードと効率性を両立しています。
サービス業における事例
金融業界では、総合金融グループによる範囲の経済の活用が顕著です。例えば、三菱UFJフィナンシャル・グループは、銀行業務、証券業務、信託業務、保険業務を統合することで、顧客への総合的な金融サービスの提供を実現しています。
共通の顧客データベースとリスク管理システムを活用することで、クロスセリングの促進とリスクの分散を図っています。また、各業務で培った専門知識やノウハウを相互に活用することで、サービス品質の向上と新商品開発の効率化を実現しています。
小売業においては、イオングループが範囲の経済を効果的に活用しています。総合スーパー、専門店、ショッピングセンター、金融サービス、物流サービスなど多岐にわたる事業を展開し、共通のブランド価値と顧客基盤を活用してシナジー効果を創出しています。
メディア・エンターテインメント業界の事例
ディズニーは、キャラクターとストーリーを中核とした範囲の経済の成功例です。映画制作で生み出したキャラクターとコンテンツを、テーマパーク、商品販売、テレビ番組、ゲームなど様々な事業領域で活用しています。
一つのコンテンツを複数のチャネルで展開することで、コンテンツ開発投資の回収効率を最大化しています。また、各事業領域での顧客接点を通じて得られる情報を統合活用することで、より魅力的なコンテンツ開発とマーケティング戦略の精度向上を実現しています。
範囲の経済を活用した持続的成長の実現
範囲の経済は、適切に活用することで企業の持続的成長と競争優位性の構築に大きく貢献する重要な概念です。しかし、その効果を最大化するためには、事業間の真の関連性を見極め、適切な組織設計と管理システムを構築することが不可欠です。
現代の変化の激しいビジネス環境においては、単一事業への特化戦略と多角化戦略のバランスを慎重に検討する必要があります。範囲の経済効果が期待できる分野では積極的に事業領域を拡大する一方で、コア・コンピタンスの強化も怠らないことが重要です。
また、デジタル技術の進展により、従来は関連性の低かった事業分野間でも新たなシナジー創出の可能性が生まれています。データの活用やプラットフォーム戦略など、新しい形の範囲の経済を探索し、時代に適応した事業戦略の構築に取り組むことが、企業の長期的な成功につながるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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