越境経理 ~経理から組織を変えていく~ 7.技術部門に越境して資金繰りの重要性を啓蒙する

読了まで約 8

製造業・IT系と非製造業では技術部門の人数が圧倒的に違う

今回は、エンジニアなどの技術系の社員の方達と経理が、どのようにコミュニケーションをとればお互いにWIN-WINの関係になるかについてお伝えしたいと思います。

私の会社員時代の勤務先は多くが非製造業でした。技術部門の正社員が数多くいる職場ではなく、総務人事、経理財務と並んでシステム担当としてITに詳しい社員の方達が一人、あるいは数名いらっしゃって、その他に外注や業務委託のIT系の方が出入りしている、というケースがほとんどでした。

そのため、技術部門の社員といっても、社内でシステム構築をするだけでなく、一般社員や社長などが「パソコンが壊れたかもしれない」「メールがおかしい」「ネット回線がつながらない」「サーバーになぜかアクセスできない」といった、本来の業務ではない庶務的なことまでも「デジタル関連で困ったらシステム担当に」と助けてもらうことも多くありました。

そのような状況でも嫌な顔をせず「いいですよ」と助けてくれる方がとても多かったので、システム担当者は「常識ある人」「頼れる存在」「経営者とも対等に話ができる立場」という印象がありました。そのため、経理的な業務、発注管理や経費申請なども全く問題がないことのほうが多かった記憶があります。

しかし、フリーランスになり、王道の製造業やIT系のベンチャー企業などのお手伝いをするようになると、エンジニアの方達へのイメージは大分変わりました。

もちろん前述したような方もいますが、自分の専門の仕事以外の手続きや処理の仕方に関しては経験がないので全くご存知ない、月次などの期日の概念をお持ちでない、見積りをこれまで一度もとったことがない、という社員の方達も多くいらっしゃいました。

大手企業の出身の方であればあるほど、分業制で仕事をして、一つの仕事のボリューム自体が甚大ですので、この傾向は高まり、仕方のないことなのだなと理解しました。

仮にこのような方々がベンチャー企業や非製造業に転職された場合、そこの経理担当者は、「大手出身の人だから何もサポートしなくても全て完璧にできるだろう」と思わず、最初の申請内容や申請する様子をうかがって、サポートが必要かどうかを判断するといいと思います。

その人の入社以前のキャリアを分析して、経理がサポートすべきことを判断する

たとえばIT系のベンチャー企業を例に挙げてみましょう。入社してくるエンジニアの方は入社以前のキャリアもそれぞれ違いますので、経理がサポートをするポイントも人によって変わります。

1.高専、大学、大学院など学校からそのままスライドして入社した方

エンジニアの方達の中には学生時代からインターンなどで会社に出入りをしながらそのままその会社に就職される方もいます。専門的なスキルはあっても、社会人1年目には変わりません。

そのため経理からは、まず会社には「月次」という概念があるので、1日から末日までの領収書請求書を翌月の〇日までに経理に提出する、という作業が全社員に発生することを伝えます。

そしてそれは絶対に守らないといけないことで、「自分の仕事がある」「体調不良で休むのでできません」という理由でも遅延することは原則できないので、そのような状況に陥らならないように、前もって経費関係の作業を進めておくことが重要だと伝えます。

もし「経理からのお願いなど適当でいい」という先輩や上司がいたら、それは間違っているので、速やかに経理に連絡してください、ということも含めて入社時に伝えます。

それで納得してくれればいいですが「なぜそのようなルールがあるのですか」と尋ねられたら、「経営者が経営判断をするためには、なるべくタイムリーに直近の数字を知りたいので、その区切りとして1か月単位が一番現実的なので、翌月の15日くらいまでには前月の売上や利益を経理で算出して経営者に伝えています。

そのため、逆算すると、皆さんには、翌月の〇日までに経費関係の申請してもらわないとその数字が出せずに経営者が困ってしまうんですよ」とお伝えすればいいと思います。

2.大企業からの転職組

大企業からベンチャー企業に来られた方達の中には、前職の企業規模が大きすぎて見積発注や請求書の処理自体を社会人になって一度もしたことがない、という方も実際にいらっしゃいます。

そのため、「あの人は大企業出身だから大丈夫」と経理担当者が油断をしていると、いきなりとんでもない金額の請求書が月次を締めた後に経理に届いたり、急に経理に来て「これを明日までに支払ってください」と請求書を持参してきたり、いうことが起こり得ますし、実際に私も経験があります。

このような場合も、まず発注に関して「合い見積もり」をすることの必要性や重要性、そして発注書納品書を捨てないこと、支払請求書が来たら内容と金額を必ず確認する、など、その方が社会人20年目であっても、経理関連の処理は1年目という場合でしたら、原則的なことをお伝えすることが重要です。

資金繰りの重要性は知っておいてもらうべき

また、お金の「概念」の部分に関しては、エンジニアの方達に経理社員のように全てを知っていただく必要はありませんが、「資金繰り」に関しては、ある程度理解をしておいていただく必要が今の時代はあると思います。

たとえば大企業であれば、億単位のプロジェクトが途中で頓挫してしまった、完成はしたけど売上が思ったより見込めなかった、といったことでも、会社がそれだけで潰れることはまずありません。

なぜならその何百倍、何千倍も資金が潤沢にあるからです。「失敗は成功の母」というのは、大企業やIPOを達成したような、資金が潤沢にある会社が前提の論理です。

一方で、中小企業やIPO前のベンチャー企業でしたら、「失敗したらつぶれる覚悟で」プロジェクトを進めないと、すぐ倒産の危機に直面します。理由は資金が潤沢にないからです。

簡単に失敗はできない、だから行き当たりばったりではなく、計画性をもって準備をして、プロジェクトもむしろ前倒しするくらいの勢いでやらなければいけないのがリアルです。

仮に製品の完成が3カ月遅れたら、予定していた3カ月分の売上はなくなり、反対に3カ月分の余分な販売管理費が発生します。技術担当者の仕事の立場からしたら「3カ月の遅延くらいしょうがない」で済んでしまうことも、中小企業やベンチャー企業では、会社がつぶれるかどうかの死活問題に直結します。

多くの人が「ベンチャー企業は自由に仕事ができる」と思っていますが、大企業のほうがよほどその点は自由に安心して好きな仕事に没頭できると思います。

日本企業は社員の結果が出なくても、雇用が守られ、安定した給料が出る

「日本企業は技術者への待遇が悪い」「日本企業は技術者が成果を出しても報酬が少ない」という議論がよくされていますが、これも「キャッシュ」の問題に尽きると思います。

今、米国や中国の企業などの技術者への待遇が良かったとしても、5年後どうなっているかなど、誰にもわかりません。1年後、突然会社そのものを解散してしまうことや雇用契約を突然満了してしまうことも海外ではざらです。

その一方で、日本企業の場合は「成果を出していない人」「大失敗した人」へも一定の給与が支払われており、突然解雇をしたり、減給したり、という会社は米国や中国などに比べれば少ないということもいえるのではないでしょうか。

現在はエンジニアバブルですが、それもいつまで続くかはわかりません。今後は高騰した技術系社員の人件費で資金繰りがまわらなくなり会社がつぶれるということも日本、米国、中国など、国に関係なく発生することでしょう。

海外では既に人員整理も始まっていることは日本のニュースでも流れ始めています。日本企業の場合は倒産リスクを考えて、エンジニアに限らず会社員の年俸を抑える傾向があります。

日本的な経営スタイルと、海外の経営スタイル、一長一短でそれぞれ好みはあるでしょうが、待遇や報酬に不満を覚えているエンジニアの方に「会社というのは資金繰りをベースに考えないといけないのでエンジニアへの待遇や評価、研究開発費の金額もそれと連動して考えていかないといけないものなんですよ」と伝えることは経理だからできることです。

それを聞いたエンジニアの方が「確かにそれはそうかも…」「自分や自分の仕事への評価が低いということではないんだ」と、理解してくださり、前向きに仕事に取り組んでくださるかもしれません。

技術者の立場として経理のDX化へのアドバイスを聞ける

また、一方で、技術部門の方達の中には、最新のクラウドツールなどに関心の高い社員の方達も多くいらっしゃいます。

私もSlackやZoomなどは、日本で認知度が全くない時から「海外でこんなツールがありますよ」と教えてもらい、英語表記に苦戦しながらも使っていました。

経理のクラウド化をするときなどに、技術者の立場からのアドバイスやポイントを教えてもらうことも役立つと思います。そのようにしてお互いに越境交流を図るのもいいのではないでしょうか。

※掲載している情報は記事更新時点のものです。

※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談していただくなど、ご自身の判断でご利用ください。