越境経理 ~経理から組織を変えていく~ 3.経費削減を「禁じ手」にして、全社員が売上や利益の上がる施策を「考える」

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「経費削減」は、一番「考えなくてもできてしまう」から怖い

経営が厳しい会社に訪問して会社の数字を見させていただくと、経営難の一番の原因は、売上自体が経営を維持する水準に達していないことが多いので、まずその売上をどう回復させるかというのが経理的な視点からはスタンダードな提案になることが多いです。

しかしそのようにご提案をすると、多くの経営者の方は「えっ」と、期待外れの顔をされます。「そうじゃなくて」とおっしゃりたいのが顔に出ています。

経営者の方が私にどのような答えを期待しているかというと、「この会社は経費を使い過ぎですね。この箇所の経費を削減すれば利益が出て業績が改善しますよ」という言葉なのです。

なぜかというと、それが一番経営者にとって「ラク」だからです。私が無駄な経費だと思う箇所をリストアップして経営者にその資料を渡せば、あとは経営者が「このリスト通りに経費削減をしなさい」と部下に指示を出すだけです。

そして、瞬時に業績が改善されるという夢のようなことが起こるのを期待されています。ですが、残念ながらそのようなことは起こりません。

まず、昔と違って今の時代は、経費を無駄遣いしている会社自体がとても少ないのです。確かに羽振りの良い有名企業や、大量に資金調達をしたベンチャー企業などは贅沢な経費の使い方をしていることもあるかもしれませんが、そのような会社は全国の会社の中でも1%もないでしょう。

残りのほとんどの会社は、現状でも「キツキツの状態」で経費をまわしているのではないかと思います。その状態で経費削減に手をつけるということは、社員のモチベーション低下、生産効率への影響など、かなりリスクを伴うことが今は多いのです。

時代の変化で、経費削減が利益改善に直結しなくなってきている

私は会社訪問をする際に、まず会社全体の施設や社員の方達の働いている姿を拝見して、それから数字を見ます。

それは「会社全体の設備や人員と、帳簿との間に齟齬がないか」、つまり社内の設備や備品、人員の状況と帳簿の内容が一致しているかというチェックを行うためです。

そのうえで削減できる経費があるかどうかを実際に目で見たものと帳簿とで付け合わせをし、ご提案できるところはしたいと思っています。しかし昨今はそこで提案できるものはなかなか出てきません。今は無駄な経費を使っている会社が本当に少ないのです。

昔であれば、一般的な会社でも社長室に高価な美術品が飾ってあったり、高級な社用車があったりしたものが、今の時代では社用車どころか社長室すらない、つまり最初から「削るものがない」会社のほうが多いでしょう。

昔であれば、新聞を5紙購読していたり、付き合いで高額な業界紙を定期購読していたり、社員旅行は海外にみんなで行っていたり、ということも帳簿をチェックしているとよく見かけたのですが、今はこれらのこと自体が全くない会社のほうが多いのではないでしょうか。「削ろうと思えば削れる高額な出費」そのものがあまりないのです。

そのため、以前なら、もし会社が経営難に陥ったときに、「今年は社員旅行を中止にする」「会社が所有している美術品を売却する」「社用車を廃止する」など、経費削減の施策をとれば、あっという間に数百万単位、一千万単位の資金繰りを改善することができたのですが、今の時代は、そのような「削ってもいい高額な出費」そのものが少ないので、そうしたことができないのです。

たとえば、新聞を5紙購読するのをやめたところで、実質年間30万円前後の削減にしかならないことからもわかるように、日頃の心がけとしてはこのような金額規模の経費削減も重要なのですが、経営危機というレベルになると、これくらいの資金改善ではどうにもなりません。

少額な経費の削減よりも、売上改善の施策に時間を割く

私の考えとしては、もし会社が経営危機に陥った場合は、大きな経費のうち削減できるものは早晩に削減すべきですが、少額な単位の経費は一旦そのままにして、すぐ売上改善に着手するのが正解だと思っています。

なぜかというと、経費削減をして「やっほーい!テンション上がる!」などという社員など、一人もいないからです。

経費を削減してモチベーションが上がる社員などおらず、小さな経費にまで口出しをして削減しようとすると、むしろ「こんな些細な少額の経費まで使ってはいけないの?」と、モチベーションやテンションが下がる社員が続出します。

特に売上に携わっている現場の人達が経費を使う機会が多いですから、仕事へのモチベーションが下がり、さらに売上も下がるという可能性が出てくるのです。

「売上が下がる⇒経費を削減する⇒社員のモチベーションが下がる⇒さらに売上が下がる」という最悪のスパイラルになっていくということです。

社員は、高額な出費の削減に関しては納得します。「残念だけどこんな経営状況で社員旅行なんて行っていられないしね」と、正しく説明をすれば理解してくれます。

ただし、少額な出費に関しては、経営サイドから見ると「些細な額」に見えても、現場には「身近な額」なので、逆に「たったこれくらいの経費すらケチるの?」と抵抗感が高まるのです。このことを経営サイド、管理サイドも理解しておく必要があります。

会社の数字において、「経費が膨らんでいるように見える状態」というのは、次の2パターンがあります。

  1. 必要のない経費、無駄な経費を申請時に確認をせずどんどん承認してしまい、経費が膨らんでいる
  2. 売上が急激に下がってしまったので、相対的に経費が膨らんで見えている状態になっている

1のパターンであれば、早晩に無駄な経費を精査すると同時に、今後は経費の申請承認フローを厳格にして、高額な経費に関しては事前申請の段階で細かく精査をし、本当に必要な経費だけが承認されるように管理をすれば解決します。

しかし、2のパターンは読んでおわかりのように、これは経費の問題というより売上の問題なのです。

2のパターンの中にも多少は無駄な経費、削減できる経費はあるでしょうが、もし2のパターンで大幅な経費削減を行おうとすると「必要経費」にまで手をつけなければいけなくなります。

「必要経費」というのは、「売上を獲得するために必要な経費」ですから、必要経費を削るということはその場は赤字をしのげても長期的には悪手です。余計に売上が上がりにくくなってしまう構造を作ってしまいます。

「経費削減」を禁じ手にして、全社員が売上や利益について「考える」習慣をつける

経営危機になると、「経費を削減すればいい」と直感的に考えてしまう人も多いと思いますが、経理社員の方達であれば、そんなに簡単な話ではないということがおわかりのはずです。

特に昨今は物価高や為替の急激な変動などにより、経費の抑制に関してはどの会社でも関心が高まっていると思いますが、安易な経費削減というのは、長期的に見ると売上を下げてしまうこともあります。

経理社員の方達は、前述したような事例も挙げて、経営層や現場の方達に、経理スキルのある人だからこそ説明ができる売上と経費の相関性についても啓蒙していただきたいと思います。

また、経費削減というのは、根本的な経営改善にはなっていない、ということもポイントです。経費削減してもまた売上が下がれば、さらに経費削減をしなければいけなくなります。結局は「売上」を上げることに向き合わずして業績を回復させられる方法はありません。

そこでもう一つの大胆な提案として、「経費削減を禁じ手にする」という提案を経理サイドからするのもいいと思います。経費削減の手が使えないとなれば、利益を出す方法は、「既存事業の売上をもっと上げる」か「新規事業で売上を上げる」かの二つになります。

その中で良い施策が浮かび、実現でき、実際に売上が上がれば、経費削減をすることなく利益が出て、社員のモチベーションも下がらずに済みます。

こうしたことを全社員が考えて、気軽に自分の提案をお互いに提案し合える職場の雰囲気作りが非常に大切であり、その一翼を経理部門が担うことも私はできると思います。

越境することで、また違う角度から自分のスキルや成長を客観視できる

経理の役割というのは、数字の集計管理や資料作成以外にも、このように経理以外に提案をすることで会社を大きく変えることも可能です。そしてこのような提案は、MBAなどの高度な知識や資格がなくても、自分達が既に持っている基礎的な経理スキルがあれば十分できることです。

重要なのはどれだけ多くの「視点」と「知恵」を持っているかです。

経理部の外に越境をしてさまざまな提案をすることで、経理部の中にこもっていた時とはまた別の視点で自分のスキルや成長を客観視できたり、自覚したりすることができるようになります。

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