【前編】 コロナ禍なのに開店ラッシュ!?長野県富士見町で知った移住実態と地域活性で大切なこと

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富士見町

地方への移住希望者の間で、いま静かなブームとなり始めている地域が、長野県富士見町です。南アルプス・八ヶ岳を一望できる景観に、新宿から電車で2時間弱という恵まれた環境の富士見町ですが、コロナ禍で人々の暮らし方、働き方が大きく転換しつつあるなか、ゲストハウスや、コワーキングスペース、喫茶店、飲食店、レコードショップ、雑貨店など、新店ラッシュが続いているというのです。

かつて閑散としていた商店街が、なぜ再び息を吹き返しているのか。大都市出身の移住者から移住促進を図る行政担当者まで富士見町のさまざまなプレイヤーのもとを巡り、夢だけでない、現実もふくめた声を聞くことで見えてきた共通点を、前後編でお届けします。

開業した移住者から見える、富士見のいま

いまが人生で一番楽しい/「gardenia coffee house」原西謙嘉さん

富士見町

この日最初にお話を伺ったのは、富士見町にあるコーヒースタンド「Gardenia Coffee Stand & Roastary」の店主・原西謙嘉(はらにし よしひろ)さんです。原西さんは、祖父の代から住んでいた東京墨田区両国を離れ、7年前に移住。2019年8月に同店をオープンしました。

原西謙嘉

<原西謙嘉さん>

Gardenia Coffee Stand & Roastary」は、日本有数の山野草販売店「中山植物園」があった場所。就職先のつながりで知り合った代表の中山さんが引退することをきっかけに、原西さんは現在の場所を借り受け、コーヒースタンドを開業することを決意した。

なんとコーヒーがずっと嫌いだったという原西さんですが、ある日ふらっと入った専門店で飲んだスペシャリティコーヒーに衝撃を受け、東京で会社勤めをしながらコーヒーの勉強を始めます。それから10年以上が経ち、富士見という町でコーヒースタンドを開業した原西さん。町の魅力と現状、そして地方移住の難しい面すべてをふまえたうえで、「いまが人生で一番楽しい」と語ります。

原西謙嘉

(以下、原西さん)
学生の頃から東京での生活に違和感を感じていました。今思うと、情報が多すぎたことが僕には合わなかったんですよね。それで、親族の別荘があって何度か行ったことがあった長野県への移住を決意しました。有楽町で開催されていた移住・地方就労のイベントで運良く見つけた、まったく未経験の園芸品の栽培・販売会社の営業職に就職したんです。地元のかたとの繋がりを作るには地元の会社に勤めるべきだと思ったこと、また早く職を見つけなければと不安に思っていたこともあります。

僕は子どもが2人いるのですが、子どもを育てるうえで最高の環境だということが一番大きいですね。通っている幼稚園は全体では30人くらいと少人数ですが、その分先生が子どもひとりにかけられる時間や愛情が全然違います。

富士見町の移住者は若い方も年配のかたもバランスよくいますが、近年では若い移住者が如実に増えています。感覚的には7、8年前ごろからこうした動きが少しずつ見え始めたと感じます。

富士見町

富士見町

僕の妻もデザイナーですが、移住者にはデザイナーや写真家などが多いように感じます。地方で仕事を探すのはやはり大変なので、パソコンとインターネット環境があれば場所を問わずに仕事ができるような職種の方が多いですね。

地方移住は良いことばかりでは決してありませんし、覚悟はそれなりに必要です。独立開業した今も、富士見町にはコーヒーの文化はまだまだ定着していませんし、自分で事業をはじめてすぐに新型コロナウイルスのパンデミックが起きたので、不安はあります。

でも、右も左もわからなかった僕を「東京者」と壁を作ることもなく、いろいろな方がとても世話を焼いてくれました。30歳過ぎていきなり移住して、1人目の子どもができた僕を「こいつは大丈夫か」と心配してくれたのかもしれません(笑)。支えてくれる街のひとたちがいるから、いま人生で一番楽しい。自分らしく生きていると感じます。
(Gardenia Coffee Stand & Roastary・原西謙嘉)

移住者を受け入れる側も、新たな発見がある/「両国屋」3代目・石垣貴裕さん(Uターン)

富士見町 豆腐

次に伺ったのは、地元で70年続く長野県富士見町の豆腐屋「両国屋」の3代目・石垣貴裕さん。大阪での会社員勤めを経て、店を継いでいたお兄さんが病気で他界したことをきっかけに、約17年前に富士見町へ戻ってきました。Uターン移住者である石垣さんは、ご自身が戻ってきたときのことを振り返ってくれました。

両国屋

<石垣貴裕さん>

(以下、石垣さん)
地方移住って、移住者だけでなく、受け入れる側にとってもカルチャーショックがあるんですよ。僕が子どもの頃からシャッターを閉じていた場所が、お店もひともどんどん増えていて、「うわぁ、なんかすげ〜!」と驚いています。こちらがお客さん気分になっていますね(笑)。

移住者が増えている決定的な理由はわかりませんが、「森のオフィス」ができた5〜7年前くらいから、移住者に対する住民の意識が変化しているのは感じます。

隣に「cafe DanDan」というカレー屋をはじめたスリランカ出身のオーナーがいるのですが、彼は僕の人生で一番仲の良い外国人です。スリランカの方と地元にいながら友達になるなんて、これまた大変なカルチャーショックでした。最初はお互いに壁がありましたが、子どもが同級生だったことで親交が深まった。そこから、外国人でも壁はなくなるんだから、移住者との壁なんてないようなものなんじゃないか、と思うようになりました。

両国屋
両国屋

地元の人間からみると、富士見町はどちらかというと閉鎖的な地域かもしれません。「俺らの地元教えるよ!飲み行こうよ!一緒に富士見町を盛り上げようよ!」みたいなグイグイした感じでもない。だけど、僕みたいに気になってはいる。

富士見町は閉鎖的とはいえ、隣人の顔も知らない東京と比べて住民同士の関わり合いは密接です。「じいちゃんばあちゃん、生きてるか?」と気にするし、子どもが泣きながら帰っていれば「大丈夫か?」と世話をしてくれる。逆に、悪いことをすると叱られもします。こんなことは都会ではありえないでしょう? 僕が若い頃にこの街に帰ってきたとき、そういった付き合いが煩わしく感じていたので、地元なのに馴染むまでに時間がかかりました。

両国屋

時折訪れるだけの人と、実際に住んでいる人とでは暮らし方も考え方も違います。ひとによっては地域に溶け込んでいくまでに時間がかかるかもしれません。でも、少しだけ深く入り込むと、人間の関わり合いがちゃんとあって、あたたかく感じるんです。

ですから、移住者と地元の人間との良い作用は、むしろこれからどんどん起きてくるんだと思います。(両国屋・石垣貴裕)

富士見町に次々開店している魅力的なお店たち

mountain bookcase
mountain bookcase

富士見町にあるセレクト書店。長野県県境の小淵沢に済む石垣純子さんが運営している。「富士見町の移住者は職種も年齢層も幅が広いです。移住の盛り上がりは、森のオフィスの存在が大きいと思います」

MMF
mountain bookcase
mountain bookcase

富士見町駅近くの商店街にある、衣料品と雑貨を扱うセレクトショップ。アーティスト「mighty mummy frogs」として活躍するオーナーのギャラリーも兼ねている。ナチュラルでセンスの良い洋服や雑貨はネットショップでも購入可能。

変化のきっかけとなったのは、人と人をつなぐ場「富士見 森のオフィス」

富士見町を巡る取材で見えてきたのは、「ここ5〜7年で少しずつ変化が起きている」という感覚が移住者の方々のあいだで共通していることです。そのなかで多くのひとが口にしたのが、富士見町にあるコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」の存在です。

富士見 森のオフィス

<富士見 森のオフィス>

長野県諏訪郡富士見町の、個室型オフィス ・コワーキングスペース・会議室・食堂を備えた複合施設。都心の企業にとってのサテライトオフィスやテレワーク拠点、地域住民にとっての公民館的スペース、地域と都会に住む人々をつなぎ、新たな仕事や働き方、暮らし方を創り出せる場を目指している。宿泊棟「森のオフィスLiving」も併設

同施設を運営するのは、Route Design合同会社代表・津田賀央(つだ よしお)さん。2015年に家族とともに八ヶ岳に移住し、2年前までは東京の世界的電子機器メーカーの研究開発部門で企画担当として勤めながら同社を経営。2020年12月に5周年を迎えた「富士見 森のオフィス」の立ち上げ・運営に携わっています。森のオフィスが富士見町の活性化のきっかけとなった理由を紐解くために、じっくりとお話を伺いました。
津田賀央

<津田賀央さん>

──まず、移住したきっかけを教えていただけますか?

もともとは横浜に住んで東京の会社に勤めていたのですが、雑誌『BRUTUS』の村特集で長野県原村の写真をみて実際に足を運び、そのときに「隣の富士見町もおもしろい」と友人から聞いたことがきっかけです。帰って富士見町役場のホームページを調べたところ、「街の企画書」(※)をみつけたんです。

※長野県諏訪郡富士見町「富士見町テレワークタウン・ホームオフィス計画」

見ると、すごく良いプロジェクトなのに誰にも伝わらない内容で(笑)、もったいないと思ってすぐにメールしました。

──そこから毎週のように富士見町へ通うようになったのですよね。森のオフィスを立ち上げた経緯はどのようなものでしたか?

当時は、家族は自然豊かな場所に住んで、自分は都会と田舎を行き来して働きながら、プロジェクトが生まれるような何かしらの場所を作りたいと漠然と思っていました。

そんなときに、当時の町長が企業数社を誘致したサテライトオフィスを作ろうと推進していたんです。その方はフリーランスのような職種をあまり認知していなかったのですが、「これからは個の時代になるから、彼らが仕事できる場所を」とコワーキングスペースを提案して、実現したんです。

──運営は、どのような仕組みで行われているのでしょうか?

「富士見 森のオフィス」の建物は、富士見町が税金と地方創生交付金を活用して建設し、弊社はプロデュース・運営委託というかたちで参画しています。

企業向けの個室については収益は富士見町に。コワーキングスペースに関しては、施設を弊社で借りて自主運営、収益は弊社で回収するという仕組みになっています。

行政と民間がどちらも事業責任を担うという構造になっていますが、街の人口増・新しいプロジェクトの創発に貢献するために、長期視点をもつという共通意識で運営しています。

富士見 森のオフィス
富士見 森のオフィス

──「森のオフィス」の収益面は、どのような現状にありますか?

「森のオフィス」の収益に関しては、まだ損益分岐点には達していません。宿泊棟の「森のオフィスLiving」がもう少し稼働すればトントン、というくらいまではきていますが、そこから利益をさらに出そうという感じでもありません。

一方で日々運営している中で、新しいプロジェクトや仕事の相談が舞い込んでくるので、利用者の方たちとチームを組みながら、そこから利益を生み出すというのが僕らのビジネススタイルになっています。

「森のオフィス」の目的はただの場所貸しではなく、コミュニティとそこで繋がった人のネットワークを起点に新しいプロジェクトや仕事が生まれ、それが地域に還元されることなんです。

──「森のオフィス」に関わる方々への長期的な価値を生むために、津田さんはどのようなことを心がけていますか?

何より重要なのは、ひと同士の会話で、それを仲介するコミュニティマネージャーが場にきちんと存在するかだと思います。コワーキングスペースがコミュニティのハブになれるかは、この「会話の仲介者」がきちんと機能しているかどうかで分かれるように思います。

たとえば僕たちの場合、カレーが好きな人が来たらすぐに同じカレー好きの方を紹介するといったように、共通の話題があって初めて同士のときは必ずおつなぎしています。

こうしたインタレスト軸でひとをつなげるためには、利用者のことを根掘り葉掘り聞いて知る必要があります。会話を濃くして、趣味嗜好、結婚やこどもが生まれたといった近況を知るなど、自分たちのなかにしっかりと情報を蓄積させることを徹底しています。

富士見 森のオフィス

──最新の設備や新しさより、そうした小さなことが重要なんですね。

地域を構成する最小単位はひとですから、コワーキングスペースを運営するうえで大切なことも、結局ひとです。

ただの場所貸しになってしまっている、また最初はすごく良かったが運営会社が変わることで魅力を失うというケースが、コワーキングスペースの多い東京ではよく目にします。

場所を貸せばいい、仕事を発注すればひとがとどまってくれる──。こうした考えだけでは何も残らなくなってしまう。「ひとが繋がっていること」がコミュニティの原点ですから、それがないとハードウェアとしてしか見られない。結果、もっと安くてサービスやスペックの良い場所が出てきたら、利用者がすぐに移ってしまうんです。

──現在、コロナ禍において、「森のオフィス」の状況はどのようなものですか?

緊急事態宣言で一時休館しましたが、7月に再開してから見学者は急増しました。コワーキングスペースの新規登録は、ワンデー利用のドロップインを含めて1ヶ月で80人。4年かけて2020年の1月に700人を超えて喜んでいたのですが、そこから半年で800人を超えました。

富士見 森のオフィス

──それはすごいですね。理由はどのようなところにあると思いますか?

僕の話になるのですが、前の会社を退職したあとも、週3日東京に出る働き方をずっと続けていました。これは複数の場所を行き来することでバランス感覚を保つことを意識していたからです。

でも、緊急事態宣言以降、この6年ではじめて東京にいかない生活をして、少し考え方が変わったんです。仕事がひと段落して子どもと自転車で夕焼けをみにいったり、土地も広くてひとがいないのでGW期間中の天気がいい日にのびのびと遊べたり、安心・安全を感じられるゆったりした生活が本当に素晴らしいと感じたんです。

ある日、利用者のかたから「居心地のいいワークスペースをはじめて経験した」という言葉をもらったのですが、東京の仕事や住宅環境、そこからパンデミックという要素が加わったことで、利用者のかたも僕と近い感覚を持ったのではないかと思います。

前編では、実際の移住者さん、受け入れる地元の方、ハブとなったコワーキングスペース運営者さんにお話を聞きました。見えてきたことは、富士見町には新しく来た人と人がつながる仕掛けがあることと、それが元々住む地元の人にも影響を与えていることです。引き続き後編では、移住・開業の実態をよく知る地元の不動産事業者さん、富士見町役場の移住促進担当者の方に、住宅やテナントの賃貸費用などについてお話を伺います。移住、開店にいくらかかるのかシミュレーションも!ご期待ください。

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