【後編】 「移住促進の成功は、20年後にわかること」。不動産事業者と役場に聞く、“移住ブーム” 長野県富士見町の長期的戦略

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富士見町

コロナ禍にあって、開業ラッシュと移住者の増加が続く長野県富士見町。前編では、富士見町で事業を営む移住者の方々を巡り、移住のリアルな実感を伺いました。

今回は、富士見町の不動産事業者と役場の移住相談担当者にインタビュー。「移住促進が成功したかは、20年後にわかること」という彼らの言葉は、全国各地方で移住促進の競争が起こるなかで、地域と移住者がもつべき“長期的かつ現実的な視点”の大切さと、それをどう実現するかの重要なヒントを提示してくれています。

最後には、富士見町を例に地方移住・開業にどれくらいのお金がかかるかをシミュレーション。住居購入やテナント賃貸についての具体的なアドバイスもいただきました。

移住促進が成功したかどうかは、20年後にわかること

富士見町の移住促進に大きく貢献する「富士見 森のオフィス」の話を伺ったあとは、この地で長年不動産仲介業を営む、西久保開発の細川強さんにお話を伺いました。インタビュー中、「森のオフィス」を訪れた、富士見町総務課で移住者の相談にのっている平出祐一さんも合流。

「今日もこのあとに新規開店予定の方との契約がある」という細川さんや、「最近、あそこも売れたし、ここも売れた。朝に1件移住に関する打ち合わせをしてきたばかり」という平出さんの言葉から、民間の不動産関係者や行政レイヤーによっても富士見町の「長期的視点」が支えられていることがわかりました。

細川強

<細川強>

富士見町で生まれて上京。25歳のときに「親父の具合が悪いというガセネタ」で富士見町へ戻り、半導体の商社で20年ほど勤務したのちに父の不動産業を継いだ。

──富士見町に移住者が増えだしたきっかけは何だと感じていますか?

細川
これだけ新しく店が出ている理由は、俺らもちょっとわからないんだよ。ただ、森のオフィスができたことは大きいと思うよ。

平出
それはそうだね。活気づき始めたのは移住者がきっかけじゃないかな。森のオフィスがスタートするちょっと前。7、8年前くらいからかなぁ。そこから地元やUターンのひとが店を新しく始めたり、移住者と地元民の動きの両方が絡み合ってこういう動きが見え出した気がする。

富士見 森のオフィス
富士見 森のオフィス

<森のオフィス>

長野県諏訪郡富士見町に2015年に開設された、個室型オフィス ・コワーキングスペース。都市部企業のサテライトオフィスやテレワーク拠点、また地域住民にとっての交流施設も兼ねている。

──移住の活性化や新規開店の増加もあって、なかなかテナント物件がないという話を多く聞きました。一方で、「借り手はいるけど貸し手がいない」という状況がずっと続いていたが、貸主の意識の変化も起きているとも。実際のところはどう感じますか?

細川
移住者の新しい動きや変化を目にしたことで、建物をもってる方々の意識が変わってるのは感じるね。
実際にテナントに出そうな見込みの物件も結構あるし、持て余した建物は実は結構存在するんだよ。だから、賃貸に出るところまでのアプローチや所有者へのコンタクト次第というところかな。

MMF

平出
変な話だけど、悩んだらアウトだよなぁ。いまはみんな物件が欲しくて集まっているから。物件として表に出るスピードより、契約が決まっていくスピードのほうが早いもんね。

富士見町
細川
日本全国そうだと思うけど、物件をもってる方に高齢者が多いから貸し出すにあたって片付けるのが大変だし、そこまでお金にも困ってないから、無理に貸さなくてもいいという人が多いのはあるね。

平出
片付けはかなりネックになってるね。住居に関しては空き家改修のプログラムのなかに片付け費用の補助があるんだけど、テナント向けにはないというのは現状かなぁ。

細川
こういうのは町議員さんらと話して、整備していくって感じなのかね。

平出
商工会の個人事業者向けの開業支援金はあるから、開業支援の方針のなかに片付けも計上できるような文言を入れていくほうが、いまのところは現実味があるかもしれないな。

──かなり貴重なお話を聞いている気がします。物件の応募者や移住相談者にはかなり具体的なところまでアドバイスされるんでしょうか?

平出
かなり細かくするよ。それに、来年から駅舎のなかに役場がオフィスを構えて移住相談窓口を設ける予定なんだ。

細川
電車を降りて、物件契約しないと駅の外に出れないシステムにすればいいんじゃない?

平出
人口減っちまうよ。

富士見町
──駅の中に移住相談窓口をつくるのはすごいですね。

細川
日本中の地方が絶賛競争中なんだからいま頑張らなきゃいけないし、いまダメならもうずっとダメだからね。

平出
移住者への関心は、富士見町はこれまであまり高くなかったんだよ。富士見町の隣町である北杜市が全国でも指折りの移住促進に成功した地域で、日本でもっとも移住に関する売買件数、金額が大きい。その一方で、原村や富士見町はそこにあまり力を入れてこなかったので、取り残されていた背景がある。だから土地の単価も低かったりするんだけど。

首都圏からのアクセスが良くて、住宅やテナント物件の価格はまだまだ安い。富士見町がもってるポテンシャルは、全国的に見ても高いと思うよ。

──そこに少しずつ積み重ねてきたものが噛み合ったと。

平出

そうだね。でも、富士見町が伸びるのは20年後の話。増え始めただけでは本当に移住促進が成功したとはいえないんだよ。移住者が増えて、そこで家族ができて、こどもが大人になってやっと「いい街」になる。結果、それがひとにも伝わって、移住者と町民それぞれがもっと活気づいていくと思うんだ。

日本の人口減少は避けようがないけども、減少のしかたは激しくなっていくのか、それともゆるやかなのかはこれから次第。後者のほうが、移住者にとっても町民にとっても優しいよね。だから人口減少をゆるやかにしていくことを目指して、そのためにはまだ移住者の力が必要、というのが富士見町の作戦なんだよ。
細川
そう、そういうことが言いたかったんだ(笑)。

富士見町 移住
富士見町 移住

平出
ただ20年後を見据えるには、それまで街を維持する収入、つまり税金が必要になる。街としては、これからの街を支えてくれる若い人たちには当然きてほしいけれども、かたや若年層の所得が下がり続けるなかで、彼ら/彼女らにたくさん税金を払ってもらうのは難しいじゃない?

だから、若い方だけでなく50代以上の方々にも富士見町にきてもらって、バランスよく移住を促進していかなきゃならない。そうしないと地域の需要を掘り起こせないから。

──若い人にきてもらうだけではいけない、と。たしかに、富士見町の移住者の方々の多くも、移住者の年齢層は幅広いといっていました。

平出
一方最近では、日本政策金融公庫が個人事業主に対して、驚くような年収でなくとも黒字であれば比較的柔軟に融資をするようになってきたから、個人事業主は移住しやすい時代になってきていると思うんだ。地域の移住支援などもあるしね。

富士見町 移住

細川
俺が最近、将来的に家を買って住みたいという移住検討者に話したのは、税金の申告のときに黒字で申告する努力を3年続けながら家を探した方がいいってことかな。夢だけあっても生活していくだけの経済力が伴わないと、地方に移住したといっても生活していけなくなるからね。

平出
ひとつのテクニックになるけど、それは本当にそうだよ。

──かなり現実的なところも含めてアドバイスをなさるんですね。

細川

それはそうだよ。ただ夢だけ聞いて、物件の条件と合わなかったらそれで終わり、というのももちろんできる。でも、少しでも移住者の努力でコントロールできる部分があるのであれば、現実を踏まえた具体的なアドバイスしないと、街と移住者、どちらの将来にとってもよくない。夢だけで移住しても生活できないから、食べていくこととその手段をセットで考えなきゃいけないんだよ。

平出

移住のことを真剣に考えようとすると、必然的に金銭的なことが一番大事になってくる。夢だけじゃ楽しくないんだから。
細川強

たとえば農業のことを話すと、富士見町の移住者の2割は新規就農者。20年後は農地は確実に荒れてくるし、高齢化も進んで、跡継ぎがいなければ農地そのものがなくなってしまう。農業関連の補助はかなり多いので、こうした制度面でのアドバイスや新規就農者と地元の農業従事者をいかにつなげるかなど、多面的に、本当の意味でサポートすることがすごく大事。じゃないと農業そのものが衰退していっちゃうから。

細川
「じいさんばあさんと仲良くしてたら、自然と農地が集まってくる作戦」だね。これは本当にあると思うよ。

平出
もちろん、なかには失敗するひともいるけどね。でもそれでいいと思うんだよ。

細川
東京でなくても仕事はできるんだからさ、さっさと富士見町さ来ればいいのに。ほんとにいいところだから。あんたらも取材ばかりしてないで(笑)。

──(笑)。

細川
「行ってみたけどこけました」というのも、ひとつのストーリーになるでしょう?失敗しても大丈夫、そういう街にできるように俺らも頑張ってるからね。

結び

富士見町

都市部からの移住者、Uターン移住者、地元の不動産事業者、そして移住促進を図る行政の担当者──。それぞれ異なるプレイヤーのことばを通して、活気づく富士見町のいまを紐解いていきました。

今回の取材を通してわかったのは、それぞれの事業や取り組みが、長期的な視点に立った共通の意識で束ねられていることです。

移住や二拠点、ワーケーション──。多様かつ曖昧になる豊かさや働き方を考える手段のひとつとして、少しずつ浸透しはじめたこれらの考え方ですが、移住や村おこしを一時的なブームや幻想で終わらせないために、どう現実的かつ長期的に考えていくべきかのヒントを伺うことができました。

直接お話を聞いて分かった実態は、「富士見町がいまアツい」などではなく、「富士見町の20年後はきっとアツい」。富士見町のひとびとはそう冷静に未来を見据えていました。たしかにそう考えた方が、もっと地方の未来にワクワクしませんか?

富士見町に移住してカレー店を開業するシミュレーションをしてみた

今回の記事の担当ディレクターである竹中は、ほぼ毎日カレーを食べたりカレーを作ったりする、カレー研究家「タケナカリー」の顔も持つ男。
取材中に『こんなところでカレー屋できたら素敵だなぁ、、』と遠い目をしていたので、東京在住の竹中が、富士見町に移住してカレー店を開業すると、どのくらいのお金がかかるのかシュミレーションをしてみました。

費用について

  1. 店舗契約費用・賃料 ※賃料20,000円/月の物件
    契約費用:40,000円(敷金1、保証金1)
    賃料:240,000円(1年間)
  2. 店舗リフォーム費用
    内装、厨房設備、什器、食器等購入費:3,500,000円(坪あたり50万円✕7坪)
  3. 飲食店開業の必要資格の取得費用
    食品衛生責任者 受講料:10,000円
    防火管理者 テキスト代:5,000円
  4. 合計:イニシャル費用:3,555,000円 / ランニング費用:240,000円

見込める補助金

  1. 富士見町商業振興事業補助金 空き店舗活用事業
    改修費:200,000円
    家賃:200,000円/年
    https://www.town.fujimi.lg.jp/page/syougyoushinnkou2018.html
  2. 地方創生起業支援金:最大2,000,000円
    地域特産品を活用した飲食店など、地域課題の解決を通して地方創生を実現する事業に対して交付
    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/kigyou_shienkin.html
  3. 合計:2,400,000円(最大)

※補助金については各種条件があり、確実な採択を保証するものではありません。

富士見町

〜西久保開発・細川さんによるアドバイス〜
テナント料は一番高い物件で月10万円くらいかな。これくらい出せば、広さは少なくとも30平米以上はあって、躯体部分の修繕までは貸主負担でやってくれているね。

今日も新規契約があるけど、その物件は2階まである広さ35平米で、家賃が月に1万5000円。敷金1ヶ月、補償金1ヶ月であわせて30,000円。借り主は雑貨店さんだけど軽飲食もやるとのことなので、下水の接続などは借主負担でやることになるね。

住居であれば一軒家で10万円くらいで、ひとり暮らし向けの(1LDK〜3LDK)新築アパートで6〜9万円くらいだね。

〜富士見町総務課・平出さんによるアドバイス〜
地方の物件を買うときときは、まずは基礎をしっかりみておくこと。そこを見ていないと、ガクッと費用が跳ね上がる可能性があるよ。

明治・江戸とかからあるようなバリバリの古民家を買うと、改修費で1000万円以上はかかるんじゃないかな。昭和40〜50年代くらいの家であれば、500〜600万円くらいかけて水回りを直せば、かなりのものにはなると思う。

本当にケースバイケースだけど、だいたいの目安は総額で1000万円程度。土地と家を200万円で買ったとしても住むための改修費用に800万くらいかかるし、800万で購入すれば200万くらいの改修費用で済むといった具合だね。

ただ、それもどれくらい直してどこまで業者に頼むか、自分で直すかにもよる。技術をもつ仲間がいるなら自分たちで直すのも、もちろんひとつの正解だよ。

〜シミュレーションをしてみて〜
お店を出すうえでいちばん大変なのが最初の店舗改装費用、そしてお店が軌道に乗るまでの月々のランニングコストですが、富士見町で開店する魅力は何より物件の安さ。都市部と比較して契約にかかる費用もランニングコストも大きく抑えることができそうです。リフォームも多少自分で行うことができれば、さらに費用を下げることが可能。
さらに今は、各自治体による新しい働き方・暮らし方を支援する補助金が設けられています。タケナカリーも本気で移住・開店をするかも!?

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