リクルート江副浩正が平成にもたらした功罪。BUSINESS INSIDER編集長・浜田敬子に聞く「平成の三大経営者を選ぶなら…」

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浜田敬子

孫正義、柳井正、永守重信――数々の経営者を見つめてきた経済ジャーナリストは「平成を代表する経営者」に誰を選ぶのでしょうか。

本企画では経済メディア編集長3名にインタビューを実施。NewsPicks編集長の池田光史さん、プレジデントオンライン編集長の星野貴彦さん、BUSINESS INSIDER JAPAN編集長の浜田敬子さんに、「あなたが思う平成の三大経営者」を聞きました。

第3回は、Business Insider Japan編集長の浜田敬子さん。あえて“昭和の経営者”を挙げた浜田さん。その真意は?

平成30年に余波を残し続けた「昭和の経営者」

【プロフィール】浜田 敬子(はまだ けいこ)
Business Insider Japan統括編集長
1989年に朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年AERA編集部へ。2004年にAERA副編集長、編集長代理を経て14年編集長に就任。16年5月より朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサーを経て、17年3月末退社。同年4月よりBusiness Insider Japan統括編集長に就任。

浜田敬子さん:平成は日本から何も生まれなかった時代でしたね。バブルが崩壊して日本経済は停滞し、「失われた30年」を歩みました。

それでも平成半ばからベンチャー企業を創業する起業家が出始め、昭和的経営を破壊し、新しい価値観やカルチャーを生み出そうとしました。彼らのような平成の起業家の針路となったのが、昭和の経営者であるリクルート創業者の江副浩正さんだと思います。

平成元年にリクルート事件で逮捕起訴された江副さんですが、平成の30年間、彼のベンチャー精神は出身母体のリクルートだけでなく、多くの起業家に影響を残し続けたと思います。私自身も、江副さんの有名な言葉「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」に強く影響を受けました。

昭和的価値観を破壊する経営者として、私はサイボウズの青野慶久さんを挙げたいと思います。

そして日本が停滞している間、海外では多くの起業家が生まれ、これまでのビジネスモデルの大転換が起こりました。その象徴として3人目にスティーブ・ジョブズを挙げます。

江副浩正(リクルート)

【プロフィール】江副 浩正(えぞえ ひろまさ)
リクルート創業者
1936年生まれ。日本の実業家。東京大学教育学部卒。1960年株式会社リクルート(当時の株式会社大学広告)を設立。1988年に株式会社リクルートの会長に就任するも、同年にリクルート事件が発覚し、会長職を退任。2003年に東京地裁で有罪判決を受ける。2013年没。

江副さんは昭和に活躍した経営者ですが、平成後半に出てきた“アントレプレナー”のあるべき姿を定義づけたと思いますね。ただ、彼には功罪の両面があり、そのどちらも平成の30年間に影響を及ぼしたと思います。

リクルートは大学発ベンチャーの元祖であり、昭和最大のベンチャーに成長しました。江副さんはものづくりが主流だった日本で新たに「情報ビジネス」を始め、次々と新規事業を生み、平成へと続く先進的なカルチャーや制度を作り上げました。一方、政界への未公開株バラマキという昭和的汚職事件を引き起こした。新しさと古さが同居する経営者として、結果も功罪相半ばでした。

事件後、リクルートはバッシング報道に晒されるわけですが、当時の報道には「新興企業はしょせん新興企業」といったベンチャーをバカにするニュアンスを感じました。あそこまで成長したベンチャーがここまで叩かれる様を見て、多くの創業者たち、これから何かを生み出したかった起業家たちはひるんだと思います。そこにバブル崩壊です。もちろん不景気もありますが、1990年代に日本で起業というムーブメントが生まれなかったのは、リクルート事件の影響が大きかったのではと思っています。ベンチャーや新しい経営者が生まれなかった「失われた10年」を誘発したことは、江副さんの“罪”の部分だと思います。

しかし、あれから時を経て、彼の“功”の部分が評価されるようになりました。江副さんが築いたビジネスモデルの先見性には驚かされますし、彼のスピリット、何より「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉は今でも多くの起業家が参考にしています。平成後半に多くの起業家が生まれたように、日本にベンチャースピリットを根付かせたという意味で偉大な経営者だと思いますね。

青野慶久(サイボウズ)

【プロフィール】青野 慶久(あおの よしひさ)
サイボウズ代表取締役社長
1971年生まれ。日本の実業家。1994年大阪大学工学部卒業後、松下電工(現パナソニック)株式会社に入社。1997年に高須賀宣、畑慎也とともにサイボウズ株式会社を創業し、取締役に就任。2005年に取締役社長に就任した。

平成の30年で唯一生まれた新しい価値観が「働き方改革」だと思います。昭和の働き方や会社と個人の在り方を30年問い続けて、それが平成最後に加速度的に盛り上がり、政府を動かし、令和に変わる年に「働き方改革関連法」が施行された。まだ完全ではないですが萌芽が見えましたよね。この新たな働き方を提言する象徴的な人物がサイボウズの青野慶久さんだと思います。

青野さん自身が大企業の松下電工(現パナソニック)を辞めて起業したという意味でも平成らしいですよね(笑)。かつての青野さんはモーレツ経営者で、サイボウズの離職率は一時28%。今では考えられませんがブラック企業だったわけです。しかし、人が辞めては事業が継続できないなど行き詰まりを感じて、働くことの価値観を変えていったんですよね。

青野さんは個人と会社の関係、さらには個人の幸せとは、をすごく考えている経営者だと感じます。サイボウズの株主総会に出たことがあるのですが、彼は株主を前に「社員や顧客の幸せを優先すると赤字になることもあるかもしれない。それをよしとしてくれる株主に支えられたい」とまで言うんですよね。青野さんが実践しようとしているのは新しい働き方だけでなく、会社のあり方、株主至上主義から脱する新しい資本主義の形だと思いますね。

同様の制度改革を行う企業も多々ありますが、実際にどこまで本気でやっているでしょうか。言っているだけでやってない経営者も多いんじゃないでしょうか。本気度が違います。

本業で「機会を創り出し」ているだけでなく、機会によって自らを変えた、自らの働き方を変え、社会全体への問題提起をしようとしている。それが青野さんだと思っていて、こうした経営者が平成の半ばになって少しずつ現れはじめました。彼らの会社は今は伝統的な大企業に比べると小さいかもしれないけど、今後優秀な人材がどっちの企業を選ぶか。自由で幸せに働ける会社を選ぶようになる時代が来ていると思いますね。

スティーブ・ジョブズ(アップル)

【プロフィール】スティーブ・ジョブス
アップル元CEO(創業者)
1955年生まれ。米国の実業家。1972年リード大学に進学し中退。1977年にアップルコンピュータを設立するも、1981年に同社を解雇される。1985年にNeXT社を創業。1996年のアップルのNeXT社買収を機にアップルに復帰した。2000年にアップルのCEOに就任。2011年にCEOを辞任し、同年に没した。

個人的に好きな経営者なんですよ(笑)。わがままで人柄的には一緒に働きたいかと言われれば、違うかもしれません。ですが、ジョブズは前例を疑い、破壊して、新しい世界観を創造し、製品として体現する力がありました。ジョブズにも「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉が当てはまります。

日本企業はこれができないから苦しんでいるわけですよね。何度も変わろうとしているんだけど、結局これまでの成功の延長線上にある改革しかできない。

そんな日本企業がくすぶり続けた平成が生んだのが、サイボウズ青野さんのような経営者だと思います。青野さんのようなタイプの経営者はこれまで“ドン・キホーテ”のように見られていたと思うんですけど、令和の時代では“王道”になるのではないでしょうか?これからはいわゆる経団連的な経営者ではない人が王道になっていくと思います。

(取材:久住梨子、挿絵:國村友貴子)

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