- 作成日 : 2025年6月9日
クリニックにおけるM&Aとは?手続きや流れ、メリット・デメリットを解説
この記事では、クリニックのM&Aについて、その流れや医療業界における注意点、メリットや事例などを解説します。
目次
クリニックにおけるM&Aとは?
M&Aは、一般的に複数の会社が一つに合併したり、ある会社が他の会社の事業や資産を買収したりすることを指します。売り手側は後継者不足や経営不振、買い手側は事業拡大や新規参入など、様々な理由からM&Aを利用します。
医業承継・医院継承
医療業界、特にクリニックにおけるM&Aは、「医業承継」や「医院継承」と呼ばれることが多いです。この名称の違いは、単なるビジネス取引としてだけでなく、医療行為や患者さんへのケアの継続といった側面が重視される医療業界特有の事情を示唆しています。通常の企業におけるM&Aでは株式譲渡が主要な手法の一つですが、日本の医療機関、特に医療法人の場合、事業譲渡、合併、分割といった手法が中心となることが多いです。これは、医療法をはじめとする法規制や、医療機関の非営利性が強く影響しているためです。
また、日本においてクリニックと病院は、病床数によって明確に区別されており、クリニックは19床以下の施設を指します。
クリニック業界でM&Aが注目される理由
近年、クリニックのM&Aが注目を集める背景には、いくつかの社会的な要因があります。最も大きな要因の一つが高齢化に伴う後継者不足です。多くのクリニックの院長が高齢となり、親族に後継者がいない、あるいはいても承継の意思がないケースが増加しています。これは、従来の家業承継の文化が薄れ、子供たちの人生は子供自身が決めるという考え方が一般的になってきたことや、診療報酬の引き下げや経営環境の悪化など、医療経営に対する将来の不安感も影響していると考えられます。
また、経営多角化や事業規模の拡大を目指す医療法人や企業が、既存のクリニックを買収するケースも増えています。M&Aは、新規にクリニックを開設するよりも、既存の患者基盤や設備、そして医療従事者を引き継ぐことができるため、効率的な事業拡大の手段となります。特に、病床規制などにより新規開設が難しい地域においては、M&Aが事業拡大や新規参入の有効な手段となり得ます。
さらに、診療報酬の引き下げや運営コストの増加といった経営上の課題に直面しているクリニックが、より安定した経営基盤を持つ医療法人や企業にM&Aを求める動きもあります。M&Aによって、経営資源の注入や経営ノウハウの共有などが期待でき、クリニックの存続と地域医療への貢献を維持することが可能になります。
クリニックのM&Aの種類
クリニックのM&Aにおける主な手法には、事業譲渡、持分譲渡、合併、分割があります。それぞれの特徴を理解することが、自社の状況や目的に合ったM&Aを進める上で重要です。
手法 | 対象 | 特徴 |
---|---|---|
事業譲渡 | クリニックの事業(資産、患者、従業員など) | 個別契約が必要、売り手は廃院・買い手は新規開設となる場合が多い、個人医院で一般的 |
持分譲渡 | 医療法人の出資持分 | 医療法人格が維持される、”持分あり”医療法人に適用、社員の変更も重要 |
合併 | 複数の医療法人 | 経営統合、病床移動が可能、都道府県知事の認可が必要 |
分割 | 一つの医療法人を複数に分割 | 事業再編に利用、”持分なし”医療法人に適用、都道府県知事の認可が必要 |
事業譲渡
事業譲渡は、クリニックの事業そのもの、例えば患者さん、医療機器、従業員などを個別に譲渡する手法です。個人経営のクリニックでは、この事業譲渡が一般的なM&Aの方法となります。この場合、売り手側のクリニックは一旦廃院し、買い手側が同じ場所で新たにクリニックを開設する手続きが必要となることが多いです。また、従業員との雇用契約は原則として引き継がれないため、買い手側が改めて雇用契約を結び直す必要があります。
持分譲渡
持分譲渡は、医療法人の株式、具体的には出資持分を譲渡する手法です。この手法は、2007年の医療法改正前に設立された「持分あり」の医療法人に適用されます。持分譲渡では、医療法人格はそのまま維持されるため、事業譲渡に比べて手続きが簡略化される可能性があります。ただし、持分譲渡に加えて、医療法人の社員の変更も行うことで、実質的な経営権の移転が完了します。
合併
合併は、複数の医療法人が一つの法人に統合する手法です。主に、吸収合併という、存続する医療法人が他の医療法人を吸収する形で行われることが多いです。合併のメリットとしては、診療圏の拡大や病床の移動などが挙げられます。しかし、合併には都道府県知事の認可が必要であり、手続きも煩雑になる傾向があります。
分割
分割は、一つの医療法人の事業や資産を複数の法人に分割する手法で、「持分なし」の医療法人に適用されます。分割には、新たに法人を設立して事業を承継する新設分割と、既存の法人に事業を承継する吸収分割があります。分割も合併と同様に、都道府県知事の認可が必要です。
クリニックM&Aの注意点
クリニックのM&Aは、一般的な企業のM&Aとは異なり、医療法をはじめとする様々な法的・制度的な要因を考慮する必要があります。これらの要因を理解することが、M&Aを成功させるための重要なポイントとなります。
医療法を順守する
医療法は、日本の医療提供体制の根幹を定める法律であり、医療機関の開設、運営、管理などについて詳細な規定を設けています。クリニックのM&Aにおいても、この医療法の規定を遵守することが不可欠です。
医療法における重要な原則の一つに非営利性があります。医療機関は営利を目的として設立・運営することは原則として認められておらず、医療法人も剰余金の配当は禁止されています。このため、株式会社などの営利企業が直接的に医療法人を買収することは制限されています。ただし、企業の福利厚生を目的とした病院の所有・経営は例外的に認められています。
許認可が必要
クリニックの開設・運営には、都道府県知事、保健所、厚生局などからの許認可が必要です。M&Aの形態によっては、これらの許認可の承継手続きや新規取得が必要となる場合があり、手続きが煩雑になることもあります。
理事長に指定がある
医療法人の理事長は、原則として医師または歯科医師でなければならないと定められています。M&Aにおいては、買い手側がこの要件を満たす人材を確保する必要があります。
持分あり・持分なしがある
また、医療法人には持分ありと持分なしの種類があり、これによってM&Aの手法や手続きが大きく異なります。2007年の医療法改正以降、新たに設立できるのは原則として持分なしの医療法人に限られています。
クリニックをM&Aするメリット・デメリット
ここでは、クリニックをM&Aする際のメリットとデメリットを、売り手側と買い手側の双方の視点から解説します。
売り手側のメリット
クリニックのオーナーにとって、M&Aは様々なメリットをもたらします。
事業承継は、後継者不足に悩むオーナーにとって最も大きなメリットの一つです。長年地域医療に貢献してきたクリニックを、第三者に引き継いでもらうことで、廃業を避け、地域医療の継続に貢献することができます。
売却益を得られる
売却益を得られることも、M&Aの重要なメリットです。クリニックの価値は、有形資産だけでなく、患者数や地域での評判といった無形資産(営業権)も考慮して評価されます。売却によって得た資金は、オーナーの引退後の生活資金や新たな事業の資金に充てることができます。クリニックの評価額は、収益性、患者数、立地条件、オーナーの評判など、様々な要因によって変動します。
従業員の雇用維持
従業員の雇用維持も、売り手にとって大きなメリットです。特に長年共に働いてきた従業員たちの雇用を確保できることは、オーナーにとって精神的な安心にも繋がります。ただし、雇用条件はM&Aのスキームによって異なる場合があるため注意が必要です(事業譲渡の場合は再雇用となることが多いですが、持分譲渡の場合は雇用契約が引き継がれることが多いです)。
その他にも、経営不振から解放されたり、煩雑な廃業手続きを回避できたりするといったメリットがあります。また、大規模な医療法人の傘下に入ることで、経営基盤の安定や新たな設備投資、事業拡大などが期待できる場合もあります。
買い手側のメリット
クリニックの買収は、買い手側にも多くのメリットをもたらします。
事業拡大
事業拡大は、既存のクリニックを買収することで、患者数、診療科、地域ネットワークなどを迅速に拡大できるというメリットです。新規にクリニックを開設するよりも、時間やコストを大幅に削減できます。
新規参入
新規参入を目指す場合、M&Aは有効な手段となります。特に、病床規制などにより新規開設が難しい地域でも、既存のクリニックを買収することで参入が可能になる場合があります。
人材獲得
人材獲得も、M&Aの大きなメリットです。経験豊富な医師や看護師、その他の医療スタッフをまとめて引き継ぐことができるため、採用や育成にかかる時間とコストを削減できます。
その他にも、既存の医療設備や患者を引き継げる、診療領域の拡大や専門性の強化を図れる、スケールメリットによるコスト削減が期待できる、経営の安定化を図れるといったメリットがあります。
クリニックM&Aの事例
近年のクリニックM&A市場の動向と、実際にM&Aによって事業拡大や経営改善、地域医療への貢献を実現した成功事例、そしてM&Aで起こりうるトラブルとその対策について解説します。
後継者不足による事業譲渡
院長が高齢になり引退を考えているものの、親族や勤務医の中に後継者が見つからないケースです。地域医療の継続を望む院長が、第三者への譲渡を決断します。
ベテル泌尿器科クリニック(2022年): 院長の体調不良により従来の診療継続が困難となり、全国で多くの医療施設を運営する徳洲会グループへ事業譲渡されました。譲渡後も医師やスタッフの雇用は維持され、地域医療が継続されています。
藤井病院(医療法人社団博洋会、2021年): 診療報酬の不正請求による保険医療機関指定取り消しという厳しい状況下で、同じ金沢市の医療法人社団竜山会へ事業譲渡されました。
逓信病院(日本郵政): 日本郵政は、経営していた各地の逓信病院を、近年複数の医療法人(済生会、葵会グループ、平成医療福祉グループ、IMSグループ、国際医療福祉大学グループなど)へ事業譲渡しています。これも、経営効率化や事業ポートフォリオ見直しの一環と考えられます。
経営戦略・事業拡大のためのM&A
既存の医療法人や企業が、事業エリアの拡大、診療科目の拡充、グループ化による経営効率化などを目的としてM&Aを行います。
ユニゾン・キャピタルによる熊谷総合病院買収(2022年): 投資ファンドであるユニゾン・キャピタルが、経営支援ノウハウを持つ子会社(地域ヘルスケア連携基盤)を活用し、病院経営に参画しました。
CHCPホスピタルパートナーズによる平和会買収(2020年): 地域ヘルスケア連携基盤(CHCP)が、平和病院などを運営する平和会を買収し、地域医療体制の構築を目指しています。
NSGグループによる医療法人社団共生会買収(2018年): 教育事業などを手掛けるNSGグループが、中条中央病院を運営する共生会を買収し、グループのリソースを活用した事業展開を図っています。
医療法人沖縄徳洲会による社会医療法人木下会・医療法人湯池会の吸収合併(2019年、2018年): 全国規模で病院展開する徳洲会グループが、他の医療法人を吸収合併し、ネットワークを拡大しています。
異業種からの参入
医療・ヘルスケア分野への関心の高まりから、異業種(飲食、IT、葬祭など)の企業がクリニック経営に参入するケースです。
海帆によるBOBS・ワイデン買収(2024年): 飲食事業を手掛ける海帆が、美容クリニック「大美会クリニック」の経営管理を行う2社を買収しました。
メモリードによるエクスロイヤル・医療法人社団健若会買収(2023年): 葬祭事業を手掛けるメモリードが、クリニック経営コンサルティング会社と予防医療を行う医療法人を買収しました。
クリニックのM&A手続きと流れ
実際にクリニックをM&Aする際の手続きと流れについて、準備段階から最終契約、そして統合後のプロセスまでを詳しく解説します。
1.M&A戦略の策定
まず、M&A戦略の策定が必要です。買い手側であれば、どのような規模や診療科のクリニックを、どの地域で買収したいのか、M&Aによって何を実現したいのかといった具体的な目標を定めます。売り手側であれば、譲渡の目的(後継者不在の解消、引退後の生活資金の確保など)、希望する譲渡時期や条件などを明確にします。
2.クリニックの企業評価
次に、譲渡対象となるクリニックの企業評価を行います。これは、クリニックの適正な価値を算定するプロセスで、主に時価純資産に営業権を加算する方法、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くDCF法、そして類似するクリニックの取引事例を参考にする方法などがあります。専門家であるM&Aアドバイザーやコンサルタント等に依頼することが推奨されます。
3.買い手または売り手候補の選定
買い手または売り手候補の選定を行います。仲介会社を利用する場合は、仲介会社が候補先を探してくれます。候補先が見つかったら、詳細な情報を開示する前に秘密保持契約を締結します。
4.基本合意書の締結
初期的な条件交渉がまとまれば、基本合意書(LOI)を締結します。これは、取引の基本的な枠組みや条件を定めるもので、法的拘束力を持たないことが多いです。
5.条件交渉
条件交渉では、買収価格、支払い条件、譲渡の時期など、M&Aに関する詳細な条件について売り手と買い手が協議します。この段階では、双方の希望や譲れない点を明確にし、専門家のアドバイスを受けながら交渉を進めることが重要です。
6.デューデリジェンス(買収監査)
買い手側は、譲渡対象のクリニックに対してデューデリジェンス(買収監査)を実施します。これは、クリニックの財務状況、法務状況、事業状況などを詳細に調査し、リスクや問題点がないかを確認するプロセスです。財務デューデリジェンス、法務デューデリジェンス、ビジネスデューデリジェンスなど、多岐にわたる調査が行われます。徹底的なデューデリジェンスを行うことで、潜在的なリスクを早期に発見し、M&Aの条件を見直したり、中止したりする判断材料とすることができます。
7.関係当局との協議
医療法人のM&Aの場合、関係当局との協議が必要となることがあります。特に、合併や医療法人の種類変更など、組織再編に関わる場合には、都道府県知事などの認可を得る必要があります。
8.最終契約の締結
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な条件交渉が完了したら、最終契約を締結します。この契約書には、M&Aに関する全ての合意事項が詳細に記載され、法的拘束力を持ちます。
最終契約の締結後、クロージングが行われます。これは、買収代金の支払いと、持分や事業の譲渡が実際に行われる日です。
9.統合プロセスの開始
クロージング後には、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)、つまり統合プロセスが始まります。これには、組織体制の統合、業務プロセスの統合、ITシステムの統合、人事制度の統合、そして企業文化の融合などが含まれます。
また、従業員や患者さんへの告知とコミュニケーションは、PMIにおいて非常に重要です。従業員に対しては、M&Aの目的や今後の待遇、組織体制について丁寧に説明し、不安を解消する必要があります。患者さんに対しては、診療体制の変更や院長の交代などについて、分かりやすく説明し、安心して診療を受けられるように配慮しましょう。
事例や医療法を理解してクリニックのM&Aを成功させよう
この記事では、クリニックのM&Aについて、その定義、背景、種類、メリット・デメリット、最新動向、手続きの流れ、そして成功のための注意点について詳しく解説してきました。
クリニックのM&Aは、後継者不足や経営課題の解決、事業拡大など、様々な目的で活用される有効な手段です。しかし、医療業界特有の法規制や手続き、そして従業員や患者さんへの配慮など、注意すべき点も多く存在します。
クリニックのM&Aは、専門的な知識や経験が求められる分野です。M&Aを検討する際には、ぜひ医療業界に精通したM&A仲介会社や、法律、税務の専門家にご相談ください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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