多くの企業の「経理の現場」を歩き、実務の最前線でコンサルティングを行ってきた、中尾篤史による連載第3回をお届けします。
テーマは「経理の現場のリアル」。制度対応の「建前」ではなく、現場で実際に起きている「本音の悩み」にフォーカスし、実務家ならではの視点で、解決の糸口を提示していただきます。
今回は「不正対策」。避けられない課題ですが、一定の「不毛さ」が伴ってしまう業務だとも言えるのではないでしょうか。これを回避しながら、経理の仕事を生産的にする考え方をご紹介いただきます。
目次
チェックの「量」と「重圧」が経理を疲弊させる
企業規模の大小を問わず、経費に関する不正や不適切な申請は、残念ながら一定の割合で発生してしまいます。
こうした事態が起きた際、経理部門が取る対応の多くは、チェックの強化です。しかし、これが現場をさらに苦しめる悪循環を生んでいます。
実態としては、ほとんどの社員が正当な申請を行っているにもかかわらず、ごく一部の不適切な事例を見逃さないために、全体に対して過度に入念なチェックを継続せざるを得なくなります。
その結果、本来不要なはずの膨大な確認作業に追われ、経理担当者の業務時間は際限なく膨れ上がってしまうのです。
とくに大きな負担となっているのは、膨大なチェック量に加え、「間違いを絶対に見逃してはいけない」という重いプレッシャーです。
今回は、個人の善意や精神論に頼るのではなく、クラウドソフトやAIを活用して仕組みで不正を未然に防ぎ、経理の負担を劇的に減らす方法を考えます。
「アナログ管理」が招く、経費不正のリアルなパターン
アナログな管理や、目視に頼ったチェック体制では、以下のような不正を完全に見抜くことは困難です。
- ■二重申請:
過去に精算済みの領収書を再度提出する、同一の取引に対して領収書とレシートをそれぞれ別々に提出する、あるいはスマホで撮影したデータと現物の両方で申請するといった手口です。
- ■私的流用:
週末の飲食代や私的な旅行代を、取引先との会食や出張費用と偽って精算するケースです。
- ■日付・金額の改ざん:
領収書の日付を書き換えたり、数字を巧妙に修正して申請期間内に収めたり、金額を上乗せしたりする行為です。
これらを人間が一つずつ見抜こうとすると、過去の全データとの照合や詳細な確認が必要になり、現実的な作業量を超えてしまいます。
クラウドソフトによる「機械的検知」が防波堤になる
最近のクラウド経費精算システムには、こうした不正を未然に、かつ機械的に検知する機能が備わっています。
- 1. 領収書の重複チェック(二重申請の防止)
AI-OCRで読み取った領収書の「日付・金額・支払先・電話番号」などの情報をデータベース化し、過去の申請データと瞬時に照合します。意図的な不正だけでなく、うっかりミスも、入り口でアラートによって除外できます。
- 2. 規程違反の自動アラート
深夜タクシーの頻繁な利用や接待交際費の上限超過などの社内規程違反を、システムが自動で検知します。不備があれば申請時にシステムがその場で警告や差し戻しを行うため、経理担当者が後から個別に確認や指摘を繰り返す必要がなくなり、事務負担と心理的な摩擦を同時に軽減できます。
AIによる「1次対応」がもたらす戦略的チェック

さらに進んだシステムでは、AIが経理担当者の代わりに内容の精査にまで踏み込んだ1次チェックを担います。
- ■規程との整合性チェック:
参加人数と総額から一人あたりの金額を算出し、社内ルールと照合。
- ■証憑照合:
領収書の画像データと、ユーザーが入力した金額・日付が一致しているかをAIが確認。
ここで重要なのは、「すべてをまんべんなくチェックする」という非効率な働き方からの脱却です。
AIが定型的な確認を担ってくれることで、人間は「AIがアラートを出した怪しい部分」や「金額が大きくリスクの高い箇所」のチェックに十分な時間を割けるようになります。
これにより、人海戦術では見落としがちだった大きな確認漏れやガバナンス違反を未然に防げる可能性が格段に高まります。
効率化の罠:AI時代にこそ必要な「プロの懐疑心」
ただし、テクノロジーの導入には注意点もあります。AI照合が優秀であればあるほど、人間は「システムが通したのだから大丈夫だろう」と無批判に信じてしまいがちです。
AIはあくまで強力な助手であり、最終的な判断を下すのは人間です。AIによる効率化で生まれた時間を使って、経理担当者はプロフェッショナルとしての適切な懐疑心を持ち続けることが求められます。
「なぜこの時期にこの経費が発生したのか?」「この取引先との接触頻度は妥当か?」といった、データの裏側にある背景まで推察する視点は、今のAIは持ち合わせていないと思います。
システムを使いこなしつつも、常に疑う目を忘れないことが、真に強固なガバナンスを築く鍵となります。
対策:仕組みへの投資は「コスト」ではなく「生産性向上」
不正の未然防止に向けた対策は、単なる効率化以上の価値を生みます。
- ■内部対立からの脱却:
指摘がシステムの判定になることで、社員との摩擦が軽減されます。
- ■不正の機会を奪う:
システムでチェックされているという事実が、不正の動機を抑制します。
- ■付加価値業務へのシフト:
作業から解放され、戦略的な業務へ時間を充てられます。
経理を「守る」ためのDX
経費不正の防止において大切なのは、社員を疑うことではなく、社員が「間違えない、不正ができない仕組み」を提供することです。
クラウドソフトやAIを活用した未然防止は、一見するとコストに見えるかもしれません。しかし、それによって削減される膨大な作業時間や残業代、そして何より「見逃しが許されないプレッシャー」から解放され、より重要なリスク管理に集中できる実務上のメリットは計り知れません。
テクノロジーに定型作業を任せ、人間はプロの知見と懐疑心を持って重要なリスクに向き合う。これこそが、これからの時代に目指すべき経理ガバナンスの姿なのです。CSアカウンティング 中尾篤史先生の過去の連載は、こちらの一覧ページからご覧いただけます。
多くの経理の現場を見ているCSアカウンティング社だからこその、リアルな知見・知恵をまとめていただいています。
※掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。