
数多くの企業の「現場」を歩き、実務の最前線でコンサルティングを行ってきた中尾篤史先生による新連載をお届けします。
テーマは「経理の現場のリアル」。制度対応の「建前」ではなく、現場で実際に起きている「本音の悩み」にフォーカスし、実務家ならではの視点で、解決の糸口を提示していただきます。
第1回の今回は、AIと人材。もしかすると、今、最も現場で課題になっていることかもしれません。
目次
なぜ経理部員は「定着」しないのか
「せっかく採用した若手が1年持たずに辞めてしまった」「特定のベテラン担当者が休むと、決算が止まってしまう」……。こうした声は、多くの企業の経理部門で共通して聞かれる悩みです。
経理という職種は、専門性が高い一方で、現場では「適切な引き継ぎがされない」「業務が属人化している」「膨大なルーティンワークに追われる」といった、非常にアナログで閉鎖的な環境も一部残っています。
特にインボイス制度や改正電帳法など、制度変更が相次ぐ昨今、若手社員にとって経理業務は「暗記すべきルールが多すぎるうえに、作業が苦痛」なものに映っているのかもしれません。
今回は、AIを活用することで人に依存した組織を脱却し、部員が定着する経理部にアップデートする手法を考えます。
悩み1:マニュアルがない、あるいは「死んでいる」
引き継ぎの際、十分なマニュアルがないケースは驚くほど多いものです。あったとしても、数年前の古い情報のままで、結局は「ベテランの〇〇さんに聞かないと正解がわからない」という状況。これが新人の不安を煽り、離職の大きな要因となります。
【AIによる解決】引き継ぎの「動画・音声」からマニュアルを自動生成
これまではマニュアル作成そのものが「追加の重労働」でした。しかし今は、AIを活用して引き継ぎ作業を画面録画したり、説明音声を録音したりするだけで、AIが手順を構造化し、精度の高い文書に書き起こしてくれます。
さらに、作成したマニュアルを社内ナレッジとして「RAG(検索拡張生成)」の仕組みに組み込めば、新人は「〇〇の処理はどうすればいい?」とAIにチャットで聞くだけで、過去の事例や規定に基づいた回答を即座に得られるようになります。
「忙しそうな先輩に何度も質問して嫌な顔をされる」という心理的障壁がなくなることは、若手の定着において極めて重要です。
悩み2:終わりのないルーティンと「例外処理」の山
経理業務に飽きてしまう理由の一つに、細かなデータの突き合わせや入力といった「ルーティン業務」の多さがあげられます。
例えば新リース会計基準への対応など、契約書を一件ずつ読み込んで判断する作業は、初めは新鮮でも件数が多ければどこかの段階からルーティンであり、終わりなき量に苦痛を感じる担当者も出てくるでしょう。
【AIによる解決】「判断の1次対応」をAIに委ねる
AI-OCR機能を活用して手入力をなくすのは、もはや大前提です。一歩進んだ活用法として、経費申請の妥当性チェックや、複雑な契約書の要件抽出をAIに行わせる動きが広がっています。
例えば、新リース会計の判断においても、AIに契約書を読み込ませることで、リース期間や解約不能期間などの重要項目を自動で抽出させることが可能です。人間は、AIが導き出した「判断の根拠」を確認するだけで済むようになります。
このようにルーティンをAIに置き換えることで、部員は単なる作業員から、数値を分析して経営に貢献する経営参謀へとシフトでき、仕事に対するやりがいを実感しやすくなります。
悩み3:教育の仕組みがなく「放置」されている
多くの現場では「OJT」という名のもとに、現場での丸投げが行われています。体系的な教育コンテンツを作る時間もリソースもないことが原因であり、これが部員が離職する一因になっているとも考えられます。
【AIによる解決】教育コンテンツのオンデマンド化
AIを活用すれば、新制度が導入される場合の会計や税務のルールを学習させた「教育用スライド」や「確認テスト」を、従来の数分の一の時間で作成できます。
新人は自分のペースで、AIが生成した自社専用の教材で学習を進めることができます。教育の質が標準化されるため、「教える人によって言うことが違う」という混乱も防ぐことが可能です。
対策:AI導入は「人を大切にするための投資」

属人化の解消に向けて、今すぐ取り組むべきアクションは以下の3点です。
- 1.「属人化の可視化」:誰がどの業務を担当者の脳内だけで完結させているかをリストアップし、優先度の高いものからAIによるドキュメント化(音声・動画の活用)を行う。
- 2.「作業のAI移管」:経理担当者が苦痛と感じているルーティンワークを特定し、AI-OCRや自動照合機能を持つシステムを導入して、その業務から解放する。
- 3.「ナレッジの資産化」:属人的な知識を共有財産としてクラウド上に蓄積し、誰でもAIを通じてアクセスできる環境を構築する。
経理DXの本質は「定着率」にある
経理のDXというと、「コスト削減」や「ペーパーレス」ばかりが注目されがちです。しかし、真の目的は、属人化という沼から部員を解放し、付加価値の高い業務に専念できる環境を整えることにあります。
AIを味方につけ、ベテランの頭の中にある貴重な知見を組織の資産へと変換する。これこそが、人材難の時代において経理部門が生き残り、活気あるチームを作るための実効性のある対策になりうるのです。
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