経理Bar~ Season2 請求書でつながる人たち~ <Episode6:過度な期待が架空の売上請求書を生む>

読了まで約 8

社長の老害?

「マスター、やっぱり私って老害なんでしょうか?」

Aさんがカウンター越しにマスターにつぶやいた。Aさんは近隣にあるコンサルティング会社の経営者である。35歳で独立し、気合と根性で順調に業績を伸ばして社員も増え、現在50歳である。

「老害…ですか?以前一緒にいらっしゃっていたあの若い社員の方にでも言われたんですか」

「いや、あの社員は先日辞めてしまいました」

「あ、そうなんですか。それは大変失礼しました」

「別にいいんだけど、あまりいい辞め方じゃなかったから自分にも責任があるんじゃないかと思ってね。自分が老害かどうかなんて社内の人間には聞けないでしょう」

「そうですね。よかったら何があったかお話聞かせてください」

さかのぼること1年と少し前、Aさんは中途採用をしたBさんを連れて来店した。

「マスター、紹介するよ。今度入社してくれたB君。彼すごいんだよ。先月入社したばかりなのに新規で3件も年間コンサル契約をとってきたんだから!」

Bさんは大手企業からAさんの会社に転職をしてきた。前職の職場に不満はなかったが、優秀な先輩たちを見ていて、「こんなに優秀な先輩が上に何百人もいたら、自分が出世をしてやりたいように仕事ができるのはいったい何年後になるのだろう」と思うようになったそうだ。

そして学生時代の同級生たちが起業をしたり、ベンチャー企業に就職をしたりして、すでに管理職として活躍していることにも影響を受けたという。

彼らを見ていて最初は「現実は甘くない。きっと長くは続かないだろう。大手企業にいたほうが安全だ」と思っていたが、彼らがSNSに日々楽しそうな仕事の様子を投稿するのを見て自分も早くキャリアを積まないといけない、と焦りを感じ始めたそうだ。

Aさんにも「自分だけの力でどこまでできるか試したい」と面接で力強くアピールしたとのことだった。

「月額50万円のコンサル契約をたった2か月で3件も獲得できたんだから、この調子で毎月いけばすごい売上になるなあ。B君、これからもよろしく頼むよ!」

意気揚々と語るAさんを横に、Bさんはなんとも複雑な顔をしていた。

「新規獲得」の真実

それから数か月経過した頃だろうか。Bさんが学生時代の友人らしい仲間とBarに訪れた。Bさんは心なしか疲れているようだった。

カウンター越しに彼らの会話が聞こえてきた。Bさんを真ん中にして、両脇に友人が座っていた。

会話の内容からして、一人の友人は自分で起業をし、もう一人は新卒でベンチャー企業に入りすでに管理職をしているようだった。

「あーあ、ベンチャーってやっぱり滅茶苦茶大変だよ。お前たち見て楽しそうだと思ったから転職したけど、こんなはずじゃなかったよ」

「何が大変なのさ」

「二人にお願いして、コンサル契約してもらえそうな取引先を入社前にそれぞれ紹介してもらったじゃん」

「ああ。無事契約してもらえたんだろう?」

「うん。3社で月額50万円の1年契約だから、合計で1800万円の売上だよ」

「じゃあよかったじゃん」

「そうじゃないんだよ。うちの社長、それが俺の実力だと思って、『そのペースなら、年度末まであと10件は新規で契約を獲得できそうだな』ってプレッシャーかけてくるんだよ」

「だから言ったじゃん。いきなり新規でまとめて3件契約報告するなんてハードル上がるぞって。3か月おきに1社ずつ俺たちが紹介してあげた会社と契約して会社に報告したほうが、周りもお前に過度な期待を持たないし、お前もプレッシャーがかからないよって。それをお前が『周りに舐められたくないから最初にガツンと実績を作ってアピールしたい』なんて言うもんだから。自業自得だよ」

「だってさ、『大手企業から来たのにこんなもんですか』なんて言われたくないじゃん。それに、自分の初年度の年俸の3倍以上の売上とってきたんだから、あとは年度末までゆっくりできると思ったんだよ」

両脇の2人はやれやれという顔で呆れていた。

「甘いよな。そういうところが上から目線なんだよ。俺も起業して自分が社長だからわかるけど、『2か月で年間分の売上をとってきたので、あとの10か月はのんびりさせていただきます』なんて社員いたら絶句するよ。ベンチャーは大企業ほど資金繰りに余裕がないから、日々売上をどうしようか、資金繰りは大丈夫だろうかって社長は考えているんだから。そりゃあBみたいにいきなり売上をガツンと作ってきてくれたら社長としたら期待するに決まってるじゃん。」

Bさんは両脇の友人に、そんなこと言わずに、と泣きついていた。

「なあ頼むよ。また契約できそうな会社どこか紹介してくれよ」

「そんなこと言われてもさあ、そう簡単には見つからないよ」

「そうだよ。自分の実力で何とかしろよ。それよりも俺たちが紹介してあげた取引先に失礼なことはしてないよな。新規営業のことばかりじゃなくて、目の前のお客様を大切にするのは基本中の基本だぞ。紹介してやった俺たちの顔に泥を塗るなよ」

「わかってるよ。ちゃんとやってるよ」

さらにその数か月後、今度はAさんとBさんが険しい顔でBarに訪れた。

「B君さ、期待しすぎた私も悪かったけれど、あれから1件も新規の取引先が契約できないっていうのはまずいと思うんだ」

「はい…」

「B君の後に中途採用で入ってきた若い社員たちも今どんどん新規で契約をとってきているから、もうちょっと頑張らないとね」

「はい…」

「それで、今契約している3社は、そろそろ更新時期だけど来年度も継続できそうなの?」

「それはもちろんです!はい!」

「そう。じゃあよかったよ。気になってたんだよ。それだったら君の仕事自体は取引先には満足いただいているということだから、引き続き頑張って」

「わかりました。すみません…」

プレッシャーに耐えかねて…

そして、今日…である。

それまでの間に何があったかというと、Bさんが契約した会社からは毎月翌月末に必ず入金があったのに、ある月から突然入金がなくなってしまった。

経理担当者がBさんに確認をしたところ「売上請求書を私が発送するのが遅れたので、入金が1か月ずれます。すみません」と言われたそうだ。しかし次の月末も入金がなかったので、再度経理担当者がBさんに確認したところ「おかしいですね。すぐ調べます」と言ったものの、翌日から体調不良で休みをとってしまった。

仕方なく経理担当者がそのうちの1社の経理担当者に連絡をし、先方の現場担当者に確認してもらったところ、仕事の契約は先日ちょうど1年経ち、更新はしないということで取引は終わったので、当然ながら御社の請求書もこちらには来ておりません…と言われてしまった。経理担当者が慌てて他の2社の経理にも連絡をすると、やはり同様であった。

つまりBさんは、担当していた3社とも年間契約が更新できず取引が満了していたものの、それを社長に言うことができず、架空の売上請求書だけ作り続けて経理に申請していたのである。

先方との業務契約書自体も、双方に特段申し入れがない場合は次年度も本契約を有効として継続するという文言が入っていたため、先方からはBさんに満了の2か月前に契約更新はしませんので、と通知はしていた。

しかし、Bさんがその事実を会社に報告していなかったため、誰も気づくことができなかったということだった。

幸いにもその架空計上は会社の年度をまたいでいなかったため、会計上は経理と税理士がやりとりして売上の取消処理をするだけで解決したが、Bさんはその後、退職代行会社を使って退職願を出し、それっきりだそうである。

「マスター、やっぱり私は老害なんですかね。社員にプレッシャーをかけすぎたんでしょうか?」

「どうなんでしょう。まあでも人間、誰でも老害的なところはあるんじゃないですか。私もきっとあるでしょうし。でもそれ以前に、架空の請求書が今後は計上されないようにしたほうがいいですね」

「そうですね。どうしたらいいのかなあ」

「たとえばもし私でしたら、クラウドの請求書発行システムを導入します。そのシステムで作成した売上請求書を、登録している先方の担当者のメールアドレスに現場担当者がデータで送信して、その時経理担当者のメールアドレスもccに入れておきます。そして先方には、受領した旨のメールを全員に返信してくださいとお願いをして、受領の確認がとれたものだけ会計上の売上に計上していけば、今回のような架空の請求書も架空計上も防げます」

「なるほど。考えてみます」

「一つ言えるとすれば、老害にならない人というのは、何か悪いことがあったときに、たとえそれが自分の落ち度で起きたことではなくても『それでも自分に何かできることがあったのではないか』と自責できる人ではないですかね。その反対に老害になる人というのは、何か悪いことが起きたときでもすべて他責をして、自分の習慣や言動には一切責任や問題がない、と、改めたり振り返ったりしない人なのかもしれないですね」

「そうだね。B君が辞めていったことも、自分の反省材料として活かしていかないといけないね」

いつもは深酒をするAさんだが、この日は「今日はこれからの会社のことを考えます」と言い残して店を後にした。

※掲載している情報は記事更新時点のものです。

※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。