経理Bar~アナログで起こる不正、デジタルでも起こる不正~ <Episode11:意地悪なベテラン事務員の真実>

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新人に意地悪なベテラン事務員

「本当にわかっていないなお前は」

「わかってないのは親父のほうだろ」

口喧嘩をしながら似た風貌の2人が経理Barに入ってきた

「いらっしゃいませ。親子喧嘩なんて珍しいですね」

父親であるA会長とその息子のB社長は経理Barの近くで従業員30名ほどの会社を経営している。

もともとBさんは別のベンチャー企業で働いていたが、Aさんは息子に社長の座を譲ることを決め、昨年Bさんは途中入社し、今年正式に社長に就任し、父親は後見人として会長に退いた。今は月に一度、役員会議に顔を出すだけである。

以前、Aさんが一人で来店した時には「いつまでも私が会社に顔を出しているとベテランの社員達が息子の言うことを聞かないと思うので」と、親心を見せていた。

注文したアルコールが手元に届くと、息子は一気に半分以上飲み干して再び話し始めた。

「マスター、聞いてくださいよ。私が親父から引き継いで、組織をアナログ体制からデジタル化しようと思っているのに、ベテランのCさんっていう事務員が嫌がらせばかりして邪魔するんですよ」

「それはお前がベテラン社員の不安を無視して強引にデジタル化を進めようとするからだろう。Cさんもそうやって嘆いていたぞ」

「ほらまた。Cさんは俺に隠れてすぐ告げ口するんだから。そういうところが嫌なんだよ」

「まあまあお二人とも落ち着いて。具体的にお話を聞きましょう。それでBさん、Cさんが意地悪ばかりすると言っていましたが、具体的にどんなことをされるのですか?」

「私が入社するまで、経理事務員はCさん一人だったんです。一人経理体制の場合は間違いや不正も起きやすいから、必ず誰かがダブルチェックしなければいけないじゃないですか。だから私が新たな事務員を雇ったのですが、来る人来る人にCさんが意地悪をするので皆3カ月ももたずに辞めてしまうんですよ」

「それは大変ですね。辞めた人達は具体的に何と言って退職されていかれるのですか」

「電話の出方が悪いとか、周囲に対して気が利かないとか、ただの屁理屈としか言いようのない理由を並べるらしくて。本来なら新しい人にも経費精算を担当してもらって、ついでにデジタル化もその新しい人と一緒にしてしまおうと思っていたのですよ。それなのにCさんは、入社してきた人に、『あなたのようなビジネスマナーもままならないような人に大事な経費精算を任せるわけにはいかない』と、かたくなに経費精算の引継ぎを拒否するんです。」

「じゃあ、経費精算はずっとCさんのワンオペということですか」

「そうなんです」

「Aさん、経費精算はCさんが精査したあと、Aさんがダブルチェックとして見ていましたか?」

「え?いやあ、私も営業やら付き合いやらで、Cさんはこの道30年のベテランだからCさんを信じでいますので」

「ということは、ダブルチェック体制にはずっと昔から今までなっていないということでよろしいですね」

「…はい。すみません、マスター」

「私にあやまる必要ないじゃないですか」

「だってマスター、いつも『経理はダブルチェックでないと駄目だ』と言っているのに」

「まあいいですよ。私が100万回そう言ったって、やらない社長はやりませんから(笑)。それより話を戻しますが、私が考えるに、せっかく新しい事務員を雇ってもCさんがそれを受け入れない理由は、おそらく3つありますね」

「3つもですか。マスター、ぜひ教えてください」

ベテランアナログ社員が新しい人やツールを受け入れない3つの理由

「まず1つ目は、新しい事務員が入ったことで、自分が代わりにいずれリストラされるのではと危惧している可能性がありますね」

するとAさんが思い当たる顔をして言った。

「確かに私には、『私はずっとAさんを信じてついてきたのに息子さんは私をクビにしようとしている』とこの間、会社から帰る時に泣きついてきたことがあります」

それを聞いた息子のBさんはあきれ顔で言った。

「なんだよそれ、こっちはそんなこと言ったこともないよ。経理は本来ダブルチェック体制にしなければいけないから、Cさんが新人に仕事を教えてあげてくださいって、言っただけだよ」

「なるほど。そのような言い方だときっとCさんは『ダブルチェックなんて言っているけれど、本当は自分が新人に仕事を教えきったら用済みになって切られるんだ』と思うのかもしれないですね」

「マスター、じゃあどういう言い方ならいいんですか」

「最初にはっきり言えばいいんじゃないですか?『今度新しい事務員が入りますが、それによってCさんがリストラされることはありませんから』と」

「ああ、そういうことか。会社の体制がどうとかという前に、とにかく自分のことで頭がいっぱいなんですね。わかりました。明日そう言ってみます。それでマスター、2つ目の理由は?」

「2つ目は、業務がアナログからデジタルになることで、多くの仕事が簡便化されますよね。それによって自分の仕事(居場所)がなくなってクビになるのではないかという不安です。そのような人は、アナログの良いところやデジタルの弱点を主張して、新しい体制を拒否しがちです」

「ああ、確かに。じゃあその場合はどうしたらいいですか」

「先程と同じように、『今回のデジタル化によって社員がリストラされることはありませんので』と最初に宣言をするのも一つです。それだけでも多くの人の場合は安心するはずです」

「でも、それでも『そんな言葉、簡単には信用できない』と言われたらどうしたらいいでしょう。Cさんって、そういう人なんですよ」

「そのようなときは、やや荒療治的ですが、そのデジタル化に反対する人に、あえて新しい仕事をお願いするんです」

「新しい仕事をですか」

「ええ。そうするとどうなるかというと、『今の仕事でも手作業もたくさんあって手一杯だというのに、新しい仕事などできるわけないじゃないですか』と怒ると思うんです」

「でしょうね。Cさんが言いそうな言葉です」

「それが狙いなんです。そう言ってきたら『そうですよね。でも既存の仕事をデジタル化したら、従来の何分の1の時間でできるようになりますので、むしろ新しい仕事の時間を入れても定時で帰れるようになりますよ。だから既存の仕事を一旦こちらに預からせてもらえますか。デジタル化したらまたお返ししますので』と言うんです。」

「それで納得するでしょうか」

「ええ。自分のアナログの仕事をデジタル化されることに直面している人は、将来自分がやるべき仕事がなくなることが不安なのですから、引き続き自分に仕事があるということそのものに安心します。それに、自分がこれからも会社に求められているんだということがわかるので安心するはずですよ」

「なるほど。そうですね。ありがとうございます。Cさんにもそうやってアプローチしてみます」

「ええ。試してみてください。ただ…」

「ただ…なんですか、マスター?」

「ただ、それでも頑なに拒否をする人がいる人もいます。その場合は、その人が不正をしている可能性があります」

「不正ですか?」

「ええ。単純に、デジタル化やダブルチェック化によって、今現在している不正がバレるのを恐れて、デジタル化やダブルチェック化に反対するケースです。まあ、御社に限ってそれはないでしょうけどね。大ベテランで、Aさんの信頼も厚いことですから」

そう言われたAさんは不安そうな顔になった。

「え、ええ…。考えたこともなかったですけど。まあ、それも一応頭に入れておいて、Cさんにはそのようにちょっと対応してみようか」

Aさんに促されてBさんも頷いた。

「うん、そうだね。マスター、アドバイスありがとうございました」

孤独だったベテラン事務員

1週間後、AさんとBさんが再び来店して、Cさんに関する顛末を話し出した。

BさんからCさんに、「人を入れたりデジタル化したりすることによってCさんをリストラすることもないし、むしろこれからも一緒に働いてもらいたい。だから経費精算の仕事を一旦手離れしてもらえませんか」と頼んだところ、それでもその依頼を拒否したそうだ。

そのため、A会長、B社長、顧問税理士とCさんで面談を開くことになった。税理士が持参した帳簿には、Aさんが身に覚えのない接待費用がAさんの利用分として数多く計上されていた。

Bさんは、過去数年分の帳簿を税理士にお願いして取り寄せ、そこに計上してある経費精算の内容についてAさんに確認をしてもらった。そこで、身に覚えのないさまざまな経費が自分の経費精算として処理されていたのを見つけたのだった。

税理士は内容を把握していたが、当然ながらAさんが使用したものだと思い込んでいた。つまり、一人経理のCさんが、自分の私物の飲食費などの領収書をAさんが使用した経費として計上し、その分を現金で引き出し長年横領していたのだった。

最初は平身低頭に謝罪していたCさんだったが、Aさんが「長年君のことを信じていたのに裏切られた気分だ」と言った途端、Cさんの態度が一変した。

「信じていた?こっちは長年えらい迷惑でしたよ。『一人経理は自分が間違えたときに責任がとれなくて不安だから、ダブルチェック体制にするか社長がダブルチェックしてくださいませんか』と何十回もお願いしたのに『今忙しいから』『Cさんのことを信頼しているからシングルチェックで大丈夫だと』とあしらっておいて。この30年で私の上がった基本給、3万円だけですよ。1年に1000円。営業とか他の人達はたくさん昇給しているのに馬鹿にして。信頼していたんじゃなくて、無関心だったんですよ。」

Cさんの初犯は、自分の経費精算をした時に、財布に一緒に紛れていた私物の領収書も間違えて精算してしまっていたことに後日気付いた時だそうだ。

仕訳を修正してお金を元に戻そうとしたが、経費精算作業はシングルチェックで社内には他に誰もそのミスに気づく者がいないことに気付き、税理士もそれが私物だとは判別しようがないので、それをきっかけに、接待の多いAさんの経費に私物の飲食代などを潜り込ませて経費精算をし、着服していたそうだ。

Cさんは、退職金を辞退することを条件に、懲戒解雇を免れ、自主退社となった。

力なくAさんが呟いた。

「やっぱりマスターの言うとおり、ダブルチェック体制にすべきでした」

「そうですね。Aさん、盗られたお金より、30年信じてきた人に裏切られたことのショックが大きいでしょう」

「ええ。自分の人を見る目が信じられなくなりました」

息子のBさんがそんな父親を慰めた。

「何言ってるんだよ親父。ちゃんとマスターの言うとおりダブルチェック体制にして、自分が中心になってデジタル化をして全員の経費精算をデータで閲覧できるようになれば、牽制もかかるから今後はそんなことが起こる確率も激減するよ。しっかりしてくれよ。ねえマスター」

「ええ。Aさん、息子さんもすっかりたくましくなりましたね」

「不正は残念ですが、会社の弱い部分を発見できた良い機会だと思えばいいですね。でも、理由なく意地悪な人というのは、やはり何かを隠しているんですね。どうしてマスターはわかったんですか。ご経験があるんですか」

「ええ、もちろん。『どうしてこの人はこんなに意地が悪いのだろう』という人に皆さんも出会ったことがあるでしょう。その理由の一つに不正をしていることを隠すために虚勢をはっていることもある、ということを覚えておくといいと思います。」

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